マスカットはとろけるキスの味

「ちゅーしたいなぁ」

澄んだ青空と流れていく綿菓子のような白い雲を
教室の窓際の席に座って眺めながらアントーニョはぽつりと呟いた。

帰りのHRも終わり、部活に向かうものや帰宅するもの、
各々放課後の予定のために殆どの生徒が教室から出て行った中で
今だ自分の席で悪友たちと他愛も無い話をしていたのだが
窓の外はとてもいい天気だなぁとぼんやりしていたアントーニョは
ふと大事で愛しい幼馴染のロヴィーノを思い起こした。

不機嫌そうなしかめっ面。
口の端を上げた勝気な笑み。
トマトのように頬を赤くして怒る顔。
嬉しい時のキラキラした瞳と正反対に引き結んだ唇。
(素直に嬉しさを顔に出せない彼はこんなところまで不器用だ)
怖いものや痛い思いをした時の泣き顔。
真剣な表情や見ることは稀だが、柔らかな微笑み。
大好きなロヴィーノの表情が浮かんでは消えていく。
あっという間にアントーニョの頭の中はロヴィーノのことで埋め尽くされてしまった。

拗ねたように尖らせる唇はキスしたいくらい愛しい。
何度そんな衝動に駆られたか数え切れない。
それでも寸でのところで理性が働き、何とか持ち堪えている。
ロヴィーノは自分がこんなふうに欲望の対象にされていることなど
全く知りもしないだろうし、気付いていなさそうだ。
ロヴィーノは自分に対しては警戒心もなにもない。
それは一重に苦労して積み上げてきた信頼の証だ。
そう簡単に崩せるわけが無い。

けれど…少しは意識してはくれないだろうか。
さり気無く体に触れても反応はイマイチだし、
やっぱり俺はロヴィーノのそういう対象にはなっていないということだろう。
(まぁ、分かっとったけど…)
何しろロヴィーノは女の子が大好きだ。
つまり男という時点で既にロヴィーノの興味はないだろうし
男にそういう意味で好かれている、などと知られれば避けられることは間違いない。
いや、避けられるだけならまだましだろう。
下手をすればもう一生口も利いてもらえないかもしれない。
どうすればいいのか、最早お手上げ状態だ。


「何、何?キスならお兄さんがいつでもしてあげるけど!?」
「遠慮しとくわー」

唇を尖らせて顔を近づけてくるフランシスを右手で押し返した。
心の中で呟いたつもりが声に出していたようだ。

「まぁ冗談はおいといて。…ロヴィーノのこと?」
「せやねん。昨日も夕飯一緒に食べてなぁ…」

昨夜ヴァルガス家にお呼ばれして、夕食を共にした。
フェリシアーノの作ったパスタを食べながら和やかに会話を楽しんでいた。
ふとロヴィーノに視線を向けると彼は我関せずとばかりに会話に口を挟まずに
黙々とパスタを平らげていた。
このままではさっさと夕食を終えたロヴィーノは
そのまま自室に籠もってしまいそうだったので、何か話しかけようとしたら。
ロヴィーノの唇の端についた赤いトマトソースをロヴィーノ自らの舌で舐め取ったのを見て、
どくりと心臓が大きく脈打ち、視線に気付いたロヴィーノと目が合いそうになって
慌てて勢いよく視線を外した。

(ちょっ、ま、えっろ…っ!)

ロヴィーノのふとした仕草、表情がやたらそそられるというのは
長年一緒にいたから今更これくらいのことで動揺したりはしない…と思っていたのに。
その赤い舌を覗かせたロヴィーノの唇にキスがしたくて仕方がなくなった。

「…あぁ、なんであの子あんな可愛いんやろ…」
「しちゃえばいいんじゃない?」
「は?」
「キ、ス。ロヴィーノと」

フランシスはそんなに好きならさっさと告白でもなんでもして
付き合っちゃえばいいのに、と思う。
(ロヴィーノだって断ったりしないだろうに…)

「お前人事やと思って…っ!そんなんしたら俺まで変態セクハラ野郎って
罵られて嫌われて…挙句無視されるんやで!?そんなん嫌や!無理!!」

するならちゃんと告白した上で、恋人としての付き合いが始まってから…。
ロヴィーノは今まで誰とも付き合っていないのだから、
ちゃんと手順を踏んだ上でなければ戸惑うだろうし、余計なことで悩んでしまいかねない。
気持ちがついてこないままにそういう行為に及んではいけない。
大切に、ゆっくり時間をかけなければあの子は逃げてしまう。

「あんな、この夏の大会優勝したらロヴィーノに言おうと思ってん」
「ふーん。まぁちゃんと手順踏もうっていうのはいいことだと思うよ。
…特に、ロヴィーノ相手なら…ねぇ。気難しい子だし」

頑張れ、と一応応援してくれているらしいフランシスに礼を言って立ち上がった。

「ほな、部活行ってくるわ。またなー」

ひらりと手を振り教室を出たところでコンビニに行っていたギルベルトと鉢合わせた。
そういえばじゃんけんで負けたのでパシっていたのを思い出した。
袋から覗くスポーツ飲料を軽く礼を口にしながら勝手に取り出した。

「なんだよ、もう帰んのかよ?」
「ちゃうちゃう、部活ー。今季は手抜かれへんねん」
「ふーん…」

大会で優勝したらロヴィーノに告白すると決めた。
自分勝手な都合だが、今のメンバーなら夢ではないはずだ。
そこまで考えたところでコンビニの袋の中に詰まった菓子がふと目に付いた。
スナック菓子に混ざって緑色のキャンデーのパッケージには美味しそうなマスカットの写真。
何となく手にとって見ると『とろけるキスの味』などと袋の後ろに書かれている。
こんな乙女ちっくな品を誰でもないギルベルトが買っているなんて。
笑わずにはいられようか。いや、いられまい。
フランシスと一緒になって腹を抱えて笑っていると、
ギルベルトが声を荒げながら言い訳のように言った。

「この間家に遊びに来たフェリシアーノちゃんが持ってたんだよっ」

もちろん、フェリシアーノはギルベルトの家に遊びに行ったのではなく、
ルートヴィッヒのところに遊びに行ったらたまたまギルベルトが居たという認識だろう。
それでコンビニでたまたま同じものを見つけたので買ったのだと。

キスの味、なぁ。

ふとロヴィーノがこのアメを口に含む様が脳裏に浮かび、
柔らかそうな唇から赤い舌の上で転がされて溶けていくそのアメが心底羨ましくなった。
脳内妄想で出来た映像に『俺、実はそのアメなんだ』というタグを付けたい。
俺がアメだったらロヴィーノの口の中を遠慮なく転がりまわれるのか…!
(なんやそれ、オイシイ!)
気がついたらそれを肩にかけたバッグにいそいそと詰めていた。
ギルベルトたちに気付かれぬ前にさっさと部活に向かった。
その足取りはいつも以上に軽やかだった。



*



「おまたせ、帰ろーか」

声に顔を上げたロヴィーノは不機嫌そうな顔で『遅い』と返した。
アントーニョは苦笑しながら、堪忍な、と手を合わせた。

空は夕焼けでトマトのように赤く染まっていた。
サッカー部の練習が終わるまで待っていてくれるロヴィーノと
こうして並んで帰るのが密かな俺の楽しみだ。
少しでも長く一緒にいたいから、歩く速度はなるべくゆっくり。
のんびりと歩くロヴィーノに合わせているのもあるけれど。

「あ、せや。ロヴィー、待たせていたお詫びにあめちゃんあげるなぁ。」
「あめちゃんって…ガキかよ。」

つーか、別に待ってないし。というロヴィーノのセリフはスルーしながら
部活の前にギルベルトから奪った例のキャンディの入った袋を破って
一粒ロヴィーノに手渡した。
それを素直に受け取ったロヴィーノがその一粒を包装から取り出し、口に含む様を見ていた。
緑色のまるい飴玉が唇の奥に消えていく。
コロンと舌の上で転がすと甘い味が口に広がったのか
ほんの少し表情を緩めたロヴィーノが口を開いた。

「マスカット味…。…つーか、お前そんなもん袋ごと持ち歩いてんのかよ」

ロヴィーノの口元を凝視していたのを慌てて逸らした。
あぁ、やっぱりあの唇にキスがしたい。
そんな邪な感情を頭の隅に勢いよく放り投げて取り繕う。

「…ギルちゃんが買ってきたん、奪ってん!」

にしし、と悪戯っ子のように笑う。上手く誤魔化せただろうか。
呆れたようなロヴィーノの表情に一先ず安堵して、
自分も同じように飴を口に含むと、広がる甘い味にふにゃりと笑った。

「んー…やっぱ疲れた後は甘いもんがえぇわ〜。でもこれ、もっと甘ぁてもえぇな」
「あほ。これ以上甘くしてどーすんだよ」

虫歯になってそのうち総入れ歯になっても知らないぞというロヴィーノに
それは困るなぁと笑いながら返した。

こうやって他愛ない話をするのも楽しくて好きだ。
ロヴィーノと過ごす時間は何よりも特別だった。
小さな頃からずっとこんな関係が続けばいいと思っていた。
でもいつからだろう。『幼馴染』なだけじゃ足りないと思ったのは。
――――――あぁ、そうだ。
『幼馴染』…それだけの関係だったらいつかロヴィーノの隣を
誰かに奪われてしまうと思ったから。
俺じゃない誰かがロヴィーノに触れるのさえ我慢がならない。
ロヴィーノの“特別”は誰にも渡せないと思った。

「―――――とろけるキスの味。」
「…は?」
「って、このキャンディの袋に書いてあるで。ほんまやろか?」

ロヴィーノが口を開く前に顔を近づけた。

「――――――ためしてみる?」

ロヴィーノが何かを言いかけたがそれも飲み込むように唇を合わせた。
触れた唇は熱くて、とけそうだった。
『とろけるキスの味』…か。なるほど、そうかもしれない。
頭の隅でそんなことを考えながら驚愕して固まったままのロヴィーノの唇を味わう。
軽く触れ合わせると今度は柔らかな唇を舌で舐めた。
思ったとおり、甘い。
今だ状況が飲み込めていないロヴィーノが僅かに口を開けた隙に舌を入れた。
アメを乗せていた舌を撫で、ロヴィーノの口の中に自分の舐めていたそれを残し
名残惜しかったがセーブが利かなくなりそうだったので最後にちゅっと音を立てて離れた。
呆然とするロヴィーノに晴れやかな笑みを向けた。

ちゃんと手順を踏むと言った舌の根も乾かぬうちに…と
呆れたようなフランシスの声が聞こえた気がしたが、
それはそれ、これはこれだ。
いや、人間我慢は身体に悪いと思うんよ。

「もうしてもうたー。ごめんなー?」
「ご、ごごごごごめんじゃねーだろ、ばかっあほ、何してんだっ!!」

頬がトマトのように赤くなったロヴィーノがポカポカと胸を叩く。
嫌悪感を抱かれてはいないようで、内心ほっと胸を撫で下ろした。

(にしても、何これ。何この反応。可愛すぎるやろ…!)

「あてて、ごめ…!でも、マスカット味やったなぁ」
「何がだよっ!!」
「キ、ス」

言って、ロヴィーノの唇を指で撫でた。
それに更に頬を赤く染めるものだから、もう本当に可愛すぎて困る。

「あっあほちくしょおおおおお!!お前なんか嫌いだー!!」

怒った様にさっさと歩き出す背中にきっと聞こえていないだろうが呟いた。





「俺は大好きやで〜?」







【END】



















いつぞやかにブログで書いた親分のマスカットショックの時の
初キスの話を視点を変えてリメイク。
当時とは少し設定を変えているのですが
ブログの方のロヴィーノ視点もお楽しみいただければ…v

2012/9/30 up