そして相変わらず、悪友どもに振り回されながら季節は過ぎ…
アントーニョともそれ以来、どこか距離を置いて接して、
大学入試も終わり、卒業式もどうにか無事、全員を送り出すことができた。
卒業式の後、校門あたりで卒業生に写真を取ろうと引っ張られて
仕方なく一緒に取ってやっていると、アントーニョが人込みを掻き分けてやってきた。
「先生っ!」
「カリエド……無事卒業できて、良かったな。俺の指導のおかげだな。感謝しろ、このやろー。」
「あ、うん。ありがとーございました……っじゃなくて!!」
ぐっと手首を掴まれて、あの瞳が俺を見る。
だから、やめろよ、その瞳…!
何か見透かされているみてーで、嫌なんだよ…!
「は、離せ…っ!」
「先生…っあん時の約束、俺…絶対守るから!」
―――――『ちゃんと大人になって、先生を養えるようになったら迎えに行くで』――――――
「だから、待っててや…!」
(最後まで……冗談、ばっかり言いやがって…。)
俺は掴まれていた手を、無理矢理振り解いた。
「…言う相手、間違えてんじゃねーよ。」
そう言うと、くるりとアントーニョに背を向けて歩き出した。
背後で名前を呼ばれた気がしたけど、聞こえなかったフリをした。
何故か胸が苦しくて、泣きたくなった。
だけど、それにさえも気のせいだ、と自分の気持ちに蓋をした。
気付きたくないから。
知りたくないから。
認めたくないから。
だから俺は、ソレに背を向けた…。
: : : : : :
夕陽が差し込む二人きりの教室。
目の前の生徒の頬が赤いのは、その夕陽のせいか、
それとも別の理由なのか。
瞳はどこまでも真直ぐに俺を見詰めて…――――――。
「先生が、好きです。」
こんなどっかのドラマか小説、漫画にありふれたシチュエーションが
今まさに俺を主人公として展開されていた。
…って、前にもあったなーと考えていたら、余計なことまで思い出してしまった。
内心チッと舌打ちして、さてどうするか…。
目の前の女生徒は、若干潤んだ瞳で…だけど、真直ぐに俺を見詰めている。
(その瞳が、アイツのあの瞳と被って見えた…なんてどうして、)
冗談なんかじゃないことは、その瞳を見れば明らかで。
真剣な気持ちには、それ相応の態度で返さなければ…。
「ありがとう…でも、ごめんな。」
気持ちには答えられない、と言うとその生徒は僅かに肩を揺らしたが、
それでも笑っていた。
「いいんです。分かってましたから…。」
明日が卒業式ということもあって、最後に伝えたかっただけ、と
そう言って、その生徒は資料室を出て行った。
なかなか可愛い子だったのに、惜しいことしたかも。
…なんて思ったけど、本気じゃないなら、それは相手にも失礼だよな。
『先生が、好きです』
(本当は、解かっていた)
あの時のアイツの気持ちが冗談でも嘘でもないことぐらい。
あの瞳を見れば、明らかだったのに。
思えばいつも、アイツは冗談っぽくても素直に気持ちを伝えてくれていたのに。
だけど、俺はいつもそれを見ないフリ、気付かないフリしてた。
冗談だろうと決め付けて、本気にせずに。
(俺はソレに気付きたくないから。)
(ソレを知りたくないから。)
(ソレを認めたくないから。)
だけど、本当は…―――――――――――。
俺も…いつの間にか、好きになっていた。
好きだった。
アイツと一緒にいる時間が楽しくて仕方なかった。
「バッカじゃねーの…ちくしょ…。」
資料室の本棚を背に、ずるりと座り込んで、泣いた。
嗚咽が漏れないように、口元を手で覆った。
(気付いて、後で泣くのが解かっていたから知りたくなかった、とか)
(認めてしまえば、負けた気がする、とか)
ちっぽけなプライドが邪魔をした結果が、これだ。
あれから十年近くになるけど、今更だ。
今更認めても、時既に遅し、だ。
なのに、あんな口約束をいつまでも守ってやっている、自分はなんて滑稽なんだろう。
忘れてしまえたら、よかったのに。
引きずったまま、消えない想いが憎らしい。
アイツはもしかしたら、あんな約束忘れているかもしれないのに。
…つーか、もう忘れてる可能性大だろ…。
「ちくしょー…。」
もう潮時かもな。…今度こそ、すっぱりと忘れて。
可愛い彼女作ってやる。
この間誘われた合コンとかも、今度は行ってみるか…。
「…俺も帰ろ…。」
すっかり暗くなった頃に、漸く立ち上がった。
帰ったら、やけ酒決定だな。
そんなことを思いながら、帰りにコンビニに寄って、アパートまで帰ってきた。
…が、俺の部屋の前に、人影があって、思わず隠れた。
何だよ、誰だよちくしょー。
またフェリシアーノか?それとも………なんかヤバいヤツか?
逡巡したが、俺はぐっと鞄とコンビニの袋を握り締め、人影に向かって歩き出した。
危なそうなヤツだったら、即逃げる。
悪いが逃げ足だけは誰にも負けねーぞ!!ヴェーハハハハ!!
「ぉ、おいコラ!人ん家の前で何してやがるこのやろー!」
「……ぶは。」
「なっ何笑ってやがん、だ…って…」
「相変わらずやなー、ロヴィーノ先生。」
まさか。
だって。
…嘘だろ…。
「お、まえ…まさか…。」
「うん。アントーニョ・フェルナンデス・カリエドでっす☆久しぶりやね、ロヴィーノ先生。」
これは夢か。
幻覚か?
「なんで、お前…」
「ちょっと遅ぅなってしもうたけど…堪忍な。約束どおり、迎えにきました!」
最後に見た時よりも、大人びた(実際大人になったから当たり前か)顔で微笑まれて
思わず心臓が跳ねた。
「やく、そく…って…。」
アントーニョは、俺の左手からコンビニの袋を奪うと、
その左手を引いて、薬指に口付けた。あの時、みたいに。
「『いつか、ちゃんと大人になったら迎えに行く』って。忘れてもーた?」
覚えてるよっバカヤロー。
何なんだよお前…ちくしょー…。
何で忘れるって決意した途端…。
「っうわ、なんで?なんで泣くん?!俺、何か変なこと言うた?」
「ぅ、うるせ…黙れ、ちくしょーが…っ。泣いてなんか、ねぇ!!」
「あーもー…ほんまかわええなぁ…。」
ぎゅっと抱きしめられて、なしなしと頭を撫でられた。
だから、撫でるなちくしょーが…!
「先生。俺な、やっぱり先生が好きやで。」
「…っんなの…。」
知ってる…っての。
「やから、先生。俺と…結婚したって。」
「…先生はやめろ…。俺はもうお前の先生じゃねー。」
「じゃあ、ロヴィーノ?」
「呼び捨てムカツク。」
「え〜……。」
どないしたらえぇの?と、困った顔をしているであろうアントーニョに、
可笑しくなって笑った。
「…返事、聞かせたってや。」
むぅと口を尖らせるアントーニョがちょっと可愛いなと、思ってしまった。
返事なんて、素直に「はい」とか言える訳ないから。
「…三食昼寝、パスタ付きなら。」
「…りょーかい!愛してんで、ロヴィーノ!」
いろいろ、言いたいことはあるけど、今は。
とりあえず、キスしたって。
もう待つのはゴメンだからな!!
あの進路希望調査票は、明日にでも判を押して出しに行こう。
そしたらもう変更は聞かへんよ!
なんていうアントーニョに、お前もな。と笑って返しておいた。
|