歌姫-唄わない歌姫- サンプル





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サンプル1



煌くシャンデリア、目映いばかりの舞踏会場。
色とりどりの豪奢なドレスを纏った美しい貴婦人。
それをエスコートする紳士達。
その会場に流れる静かなクラシック音楽は、
煌びやかな世界を彩っていた。

その会場で、一人壁際でグラスを傾けていたアントーニョに、
ローデリヒは声をかけた。
「つまらなそうですね。」
「…当たり前やろ。やっぱり慣れへんわ、こういうの。」
「お馬鹿さんが。…これも貴族の仕事ですよ。」
ローデリヒの小言は聞き飽きた。
アントーニョは肩を竦めて、グラスのワインを煽った。

やって、しゃーないやん?
確かに美しく着飾った貴婦人は目の保養や。
俺も男や。綺麗な姉ちゃんは大好きや。
けどなー、なんや畏まったような礼儀作法とか。
兎に角、堅苦しいのは……やっぱ、苦手やわ。
そう思っていると、会場の照明が落ち、薄暗くなり、周囲がざわめいた。
なんや、停電か?と思ったら中央の階段の踊り場にのみライトが当てられた。
横にいたローデリヒが、薄く微笑んだ。
「なんやの?」
「いいから黙って見ていなさい。」
言われるままにそちらに目を遣ると、オーケストラが再び演奏を始めた。
いつの間にか中央階段の踊り場にはドレスを纏った人物が二人、立っていた。
よく見ると、二人は似通った容姿をしており、どうやら姉妹のようであった。

真白い薔薇のようなドレスを纏ったフェリシアーノが高らかに歌い始める。
まるで天使のようなフェリシアーノの声は、周囲の人を一瞬にして虜にしてしまった。
そして赤い薔薇のようなドレスを纏ったロヴィーノが、すっと顔を上げる。
一瞬、アントーニョと目がかち合ったように思えた。

(…え?)

その時、アントーニョの胸がざわめいた。

(なん…や…?今の…)

ロヴィーノは微かに目を伏せると、フェリシアーノの声よりも僅かに低く、
けれど美しい声で歌い始める。
天使のように清純なフェリシアーノの声と、色っぽく艶やかな美しいロヴィーノの声は
見事に調和し、更に美しく会場に響く。
その歌声に、舞踏会に来ていた全員が魅了されたに違いない。
あれだけざわめいていた人々の声も、今はしんと静まり返り、
誰の目も、美しい歌姫の声に耳を傾けた。

「…やはり、いつ聴いても彼らの歌は素晴らしい。」
ローデリヒはぽつりと呟いた。
(…ですが、やはりあの子は弟を気にするあまり、声に明るさがない。)
「なぁ、ローデ!あれ誰?二人ともめっちゃ別嬪さんやなぁ!」
「…まぁ、見る分にはそうでしょうね。」
「なぁなぁ、教えてやー。」
アントーニョは目を歌姫に向けたまま、出来るだけ小声でそういい募る。
まるで天使か、妖精のような二人に、アントーニョの瞳は輝く。
会場の貴婦人たちも確かに美しく、綺麗な女ばかりだったが…。
二人はそれよりも、どこか非現実的な。
もしくは、まるで神が作り出した人形のような。
どこか浮世じみた雰囲気が、中性的な美しさを醸し出していた。
元々可愛いものが好きな男だ。
人目で“彼ら”を気に入ったらしい。
ローデリヒはその様子に、小さく溜息をついた。

「貴方も聞いたことがあるでしょう。『歌姫姉妹』の噂を」
「『歌姫姉妹』……あぁ、あのその歌声聴いたやつは幸せになれるっちゅーやつやろ?
あの子らがそうなん??へぇ、後で紹介してや〜」
そこでローデリヒは、隣にいるアントーニョを見た。
視線に気付いて、アントーニョはそちらに視線を向けた。
ローデリヒは、ふむ。と、暫し考えた。

(この男なら、もしかしたら……。)

「…わかりました。いいでしょう、後で二人を紹介しましょう」
「ほんま?やー流石、お貴族様!おおきに♪」

本気で嬉しそうなアントーニョに呆れつつ、思う。

(さて、事態が好転するか。それとも…―――――)


***


二人が歌い終わると、ロヴィーノたちを盛大な拍手が包み込む。
それに僅かに頭を下げて、ロヴィーノは重く息を吐き出す。
隣のフェリシアーノは、笑顔で舞踏会の客に手を振って答えていた。
二人で階段を下りると、早速何人かの男たちが声をかけてくる。
『素晴らしかった』だの、『感動した』だの。
それにフェリシアーノが微笑みながら『ありがとうございます』と返す。
ロヴィーノはそれを横目で見ながら、また溜息をついた。
いい加減、うんざりだ。
俺が欲しいのは、そんな言葉じゃない。
そしてその言葉たちは、俺に向けられたものじゃない。
ロヴィーノは客たちの相手をフェリシアーノに任せ、人々の輪から抜け出した。
そしてこっそりと会場から出て行った。

*

フェリシアーノは、いつの間にか兄がいなくなっていることに気が付いた。

(兄ちゃん?)

最近はいつもこうなので、慌てることもないけれど…。
だけどいつも不安になる。
このまま、自分の元に戻ってきてくれないかもしれない、と…。
「フェリシアーノ、こちらへ。」
声に振り返ると、ローデリヒだった。
そのことに少し安堵して、ドレスの裾を踏まないように気をつけながら近づく。
と、隣に見慣れない男がいた。
黒に近い茶髪にオリーブ色の目と、褐色の肌…。
「ローデリヒさん、お招きありがとうであります!」
「…言葉遣いがおかしいですよ、このお馬鹿さんが。」
「ヴェー…。ごめんなさい。」
じろと睨まれると、とても怖い。
素直に謝っておくと、ローデリヒは仕方ないなと少々呆れられた。
「フェリシアーノ、こちらはアントーニョ・フェルナンデス・カリエド。私の友人です。
アントーニョ、この子はフェリシアーノ・ヴァルガス。兄…いや、姉の方はロヴィーノといいますが…」
舞台名ではなく、本名で紹介されたことに驚きながらその男…アントーニョを見れば、
にこっとまるで太陽のような眩しい笑顔を向けられた。
こういう世界にいる人とは思えない、優しい笑みだった。
だから、俺も素直に笑い返すことが出来た。
「初めまして、フェリシアーノです。」
「うわ〜近くで見てもホンマ、めっちゃかわえぇ!」
「…ところで、ロヴィーノはどうしました?」
「あ、そうだ!兄ちゃんいつの間にかいなくなってて…。」
「またですか。」
やれやれとばかりにローデリヒは額に手を当てた。
兄ちゃんは、こういう場がとても苦手らしい。
…かくいう俺も、そんなに好きじゃないんだけど…。
「…はぐれたん?」
「う、ん…えっと…というか…。」
「やったら、俺が探してくるよって。」
にこと人のいい笑みを浮かべたアントーニョは、フェリシアーノの返事も聞かずにさっさと踵を返し、
人込みの中へと消えていった。

ちょっと心配で、隣のローデリヒを見ると、目が合った。
「…大丈夫ですよ。彼はそんなつもりはないと思いますから。」
「……うん。」
ローデリヒがそういうなら任せても大丈夫なのだろう。
少々性質が悪い人物に関わってしまった経験から、兄に対して必要以上に心配をしてしまうのだ。
―――あの人が、兄の心まで深く傷つけることがないといいな…。
フェリシアーノはそう願いながら、アントーニョが消えた先を見詰めた。


***


「おらへんなぁ〜…。」
まいったなぁ…。あんな綺麗な子がおったら、皆放っておかんやろし、
目立つやろから見つけ易いかと思ったけど…。
考えが甘かったのだろうか。と、アントーニョは溜息をついた。
もしかしたら、もうこの会場にはいないのかもしれない。

(外に出てしもとったら、探しようがないわなー…)

そう思って、とりあえず戻ろうかと思った時だった。
中庭に出る扉が僅かに開いているのに気が付いた。
少し逡巡した後、自分のカンを信じてそこから外へ出た。

外に出ると、会場内よりも冷えた夜の空気が日照った頬を冷ましてくれた。
流石エーデルシュタインという冪か。
中庭も手入れが行き届いており、昼間であれば、花も綺麗に咲き誇っていることだろう。
(…って、関心しとる場合やなかったわー)
石造りの階段を下りようとすると………一番下の段に人影があった。
夜目でも分かる。見忘れるわけもない。
あの歌姫が着ていた赤いドレス。
階段に座り込んだ後姿は剥き出しの肩が細く、頼りなげでそして…。

(………なんや、めっちゃ寂しそうや…―――――)

カツン。カツンと、階段を下りていく。
歌姫は微動だにせず、膝に顔を埋めたままだ。
まさか、眠っているのだろうか。
(まさか、なー…)

「そんなとこに座っとったら、風邪ひいてまうで?」
最初に出てきたのは、そんな言葉だった。
もっと何か、気の聞いた台詞のひとつでも言えればよかったかもしれないが…。
生憎と、堅苦しい挨拶も、空気を読むのも苦手なのだった。

…さて、歌姫の方はというと、そんなアントーニョの声にさえ、無反応だった。
まさか本当に寝こけているわけではあるまい。
アントーニョはそれでも、言葉を探した。
「…ちょっと風冷たいけど、綺麗な庭やねぇ。
んーでも、俺としてはもうちょい赤が欲しいところや。
あ。月も星も綺麗やー……けど、さっき歌っとった君の方が綺麗やったな〜。
皆、二人の歌に聴き入ってたで〜。あ、もちろん俺も!
二人ともめっちゃかわええし、ローデリヒに……あぁ、せやった!
ローデリヒとフェリシアーノちゃんが探してたで。一緒に戻ろうや。」
にこにこと悪意のない笑顔で話すも、まったく無反応だった歌姫は
ぴくりと反応を示した。…寝ていたわけではなかったようだ。
けれど、それ以上の反応はなく、さてどうしたものか。
「二人とも、心配してたで。な、戻ろう?」
階下に降り立ち、歌姫の目の前に立つ。
すると、歌姫は気怠げに顔を上げた。
フェリシアーノに良く似た、けれどどこか凛々しく秀麗な歌姫の
紅を塗った艶やかな唇から出た言葉は…――――。

「……ぅっせーな。俺に話しかけんな。うぜぇんだよ。
アンタ、馬鹿?無視してるのが分からないのか?」



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サンプル2




「やっと見つけた…ほんまにもう、何してたんこんな時間まで!」
怒っている。声に驚いて思わず肩が跳ねた。
それを見て、アントーニョはぎゅうっと強く抱きしめてきた。
「心配、したんやで。急に出て行くから…勝手にどっか行ったりせんといて」
「……ん、ごめん…なさい…」
素直にそう言うと、アントーニョは大きな溜息を吐いた。
弾む吐息、汗ばんだ身体。もしかして、今まで探していてくれたのだろうか。
そう気付けば、じわりと心が熱くなる。
「――――――アントーニョ?まさか、アントーニョかよ!?」
驚く声に、そういえばまだギルベルト居たんだっけか。
慌てて離れようとする俺を逃がすか、とばかりに更にぎゅっと抱き寄せられてしまった。
「お、お前ら知り合い…なのか…?」
「まぁな」
「お前――――――誰やっけ?」
「忘れんなよ!先々月くらいにも遊びに行っただろーが!!つーか、お前がロヴィーノの身請け先かよ」
「冗談やんか。ていうか、ギルこそ何なん?知り合い?ロヴィーノどないする気やったん?」
答えようによっては、殴るで。とアントーニョが言えば、ギルベルトは慌てて口を開いた。
(って、待て!言うな!!本当のことなんか、言ったら…――――――!)
慌てて手を伸ばしてギルベルトの口を塞ごうとしたが、その手は届かなかった。
「俺様はな、ロヴィーノの昔の客だ。でもまぁ安心しろよ。
久しぶりに会ったから、少し話してただけだからよ」
「客…?昔の…――――――?」
アントーニョは腕の中の俺を見た。俺は目を合わせられなくて俯いた。
アントーニョは知ってる。俺が昔男娼をしていたことを。
でも、その客と会ってた、なんて知られるのは嫌だった。
変な誤解してないといい。それだけを願った。
「まさかお前知らないのか?ロヴィーノ娼館にいたんだよ。しかも、かなり売れっ子。
新規の客は顔拝むだけでも金取るし、上客しか相手にしない。
客だろうが絶対に下手に出たりしない。そういうプライド高いのを従わせたがる
男にすげぇ人気で、やたら感度もいいから夢中になるやつ多くて――――――」
「黙れギルベルトっそれ以上言うな!!」
昔の所業をつらつらと語られるなんて、どんな羞恥プレイだ。
しかも、よりにもよってそんなことを、好きな男に知られてしまうなんて…!
ドン引きもいいとこじゃねーか!見ろ、固まっちまってる!
あぁ、最悪だ。
「フン、やっぱお前が操立ててる、好きなヤツってアントーニョかよ」
「ちがっ、も、黙れって言ってんだろーがああああ!」
泣きたい。そこまで暴露しなくてもいいじゃねーか!
フェリシアーノのこと、教えなかったからってこんなのは酷い。
絶対気持ち悪いって思ってる。フェリシアーノと違っていやらしい、汚い、淫乱って思ってる。
しかも、そんな男に好かれているとか、気持ち悪いにも程がある。
(終わったな…)
せめてギルベルトに一発食らわせてやろうと腕から抜け出そうとした。が。
アントーニョは俺をしっかりと抱きしめて離さない。
「はな、せ…このハゲ!」
ぐいぐいと胸を押す俺に、アントーニョは安心させるように、優しい笑みを向けた。
抵抗する手を下ろすと、身体を離した。
くしゃっと俺の頭を撫でてギルベルトから背に庇うようにして向き直った。
「昔のこと穿り返してベラベラ喋るとか、お前ほんまデリカシーないなぁ。」
「お前に言われたくねーよ!」
「ロヴィーノ、あの阿呆は気にせんでえぇから、一緒に帰ろ?な?」
全然気にしてない、みたいに笑うアントーニョに、じわりと涙が浮かんだ。
気にしてない態度は、俺のため?それとも、興味がないから?…答えは後者だろう。
だって、アントーニョは俺のことなんか好きでも何でもない。
ただ、ローデリヒから預かってるから、大事にしてるだけ。
俺が勝手に、アントーニョを好きでいるだけ。
ただ、それだけがどうしようもなく、苦しい。
「う…っひくっ」
「あぁ、泣かんといて…!もー、ギルのせいやで!」
「はぁ?てめーのせいだろーが、この鈍感野郎!
オイ、ロヴィーノ!アントーニョなんかのとこじゃなくて、俺様んとこに来いよ。コイツより大事にしてやるぜ」
「ギルなんかのとこ行ったら不憫が移るやん。もう早ぅどっか行ってくれへん?」
「あぁ?!んだとこのやろー!」
「さぁ帰ろ。フェリちゃんも待ってるで〜」
よしよしと頭を撫でられて、アントーニョは俺の肩を抱いて歩き出した。
アントーニョの口からフェリの名前が出てズキリと胸が痛んだ。
けれど、黙ってそれに従った。疲れた。今は早くベッドに入って眠りたい。
「…待てよ!」
強く腕を引かれて、振り返る。アントーニョの腕が再び肩を抱こうしたその前に、
ギルベルトは俺を腕に引き込んで首筋に顔を埋めてきた。
「ギルッ…んっ!」
ちりっとした痛みに顔を顰めると、ギルベルトはニッと口の端を上げて笑った。
「またな!」
そうして素早く身を翻して去って行った。
俺の首筋に、赤い痕を残して。


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