園芸部所属のアントーニョは、真夏の太陽が照りつける中、
今日も部活に勤しんでいた。
太陽の光を一心に受けたトマトは、赤々と輝き、それはそれは見事だった。
そのことに、当然のことながら大事に大事に育てきたアントーニョは
嬉しそうに笑っていた。
呑気に鼻歌を歌いながらの、水遣りである。
それをこっそり校舎の影から見ていたロヴィーノは、ふんと鼻を鳴らした。
トマトばっかり構いやがって。
少しは俺も構えよ、このやろー。
…実は自分も園芸部であるが、そんなことはどうでもいい。
(…いや、よくないけど)
この時期になると、本当にアントーニョはトマトのことばっかりなんだ。
それで、俺のことはいっつも放っておかれる。
それって、結構痛い。
俺だって、トマト好きだけど。
好きだけど、いやだ。
トマトばっかり、ずるい。
なぁ、お前、知らないだろ。
恋だって、ちゃんと水貰わないと、
育たなくなっちまうんだぞ。
…枯れる前に、早く水をくれよ。
「まーるかいてトマト〜まーるかいてトマト〜♪」
呑気に歌ってやがるアントーニョの背後にそっと近づき、
ホースを足で踏んづけておく。
すると、徐々に水の勢いが弱くなったことに気付き、
アントーニョは首を傾げてホースの先を覗き込んだ。
(今だ…!)
ホースを踏んでいた足を離すと、塞き止められていた水が
一気にアントーニョ目掛けて噴射された。
「うわっ!!」
一瞬にしてびしょ濡れになったアントーニョを見て、
少しだけ鬱憤が晴れた。
「だっせー!!」
背後でケタケタと笑う俺を見つけたアントーニョは、
少しムッとした顔をした。
「ロ〜〜ヴィ〜〜〜……何してくれんねん!あーもーっびしょ濡れやんかー!」
「ふん、知るかばーか。」
「ちゅーか、ロヴィも部員なんやからちょっとは手伝ってぇや〜。」
「嫌だ。暑い。というわけで、俺は帰るぞこのやろー。」
てめーなんかトマトと仲良くしてればいいじゃねーか。
この鈍感KY野郎。
もう知らない。アントーニョなんか、もう大嫌いだ。
くるんと踵を返すと、ばしゃっと水がぶっ掛けられた。
「……て…んめーっ!何しやがんだド畜生が!」
「ロヴィが先に俺にやったんやから、仕返しや。」
「あぁっ!?んだと、このやろ…!元はといえばてめーのせいだろーが!」
アントーニョの持っていたホースを奪い取ると、アントーニョにまた水をかけてやった。
さまぁみやがれ!!と思っていたら、今度はアントーニョが俺に水をかけ…。
何故か水の掛け合いが始まってしまった。
「何やってんの二人とも〜。びしょ濡れじゃない。」
「おっ楽しそうじゃねーかっ!俺様も混ぜろ混ぜろ!!」
後からやってきたフランシスとギルベルトも混ざって
盛大な水遊びとなった。
「喰らえ!俺様スペシャルスプラッシュビーム!」
「ちょっなにそのネーミングwwwwwセンス悪〜いwwwww」
「阿呆、それやったら俺の情熱のトマトシャワーのがマシやわ〜。」
「どっちもどっちだろ。」
つーか、何でこんなことに…。
マジ帰りてぇ…。
アントーニョの野郎は、俺のことなんて気にしてないみたいに、
馬鹿みたいに笑っている。
アントーニョのばぁーか。大馬鹿野郎。
きっとアイツは俺がいなくてもあぁして笑えるんだ。
俺がいなくても、毎日楽しそうに友達と遊んで。
そのうち、俺のことなんか、気にもしなくなるんだろ。
(俺はお前いないと全然楽しくないのに)
畜生…なんで俺ばっかり。
なんで俺ばっかり、こんな気持ちにならなきゃいけねーんだよ!
そんなことを思って泣き出しそうになって、だけど
そんな時にフランシスにいきなり胸に水をぶっ掛けられた。
「つめたっ…!てめーこのやろーっ何しやがんだ!!」
「あ、ゴメ〜ン☆でもロヴィーノ、すっごく色っぽいからお兄さんはぁはぁしちゃう。」
「はぁ?…ちょっっ近寄るなっ!」
「ほらトーニョ見てみて〜乳首が透けてて凄くかわ…っゴファッ!」
なっなんだとっ!?思わず胸を隠すが、考えてみたら
そんなの気にすることでもない。…女の子だったら危ないけど。
(けど、なんか、ちょっと助かった…?)
…などと考えているうちにアントーニョはフランシスの胸倉を掴み上げていた。
「お前、俺のかわえぇロヴィーに何してくれてんねん…。あかんやろぉ?
ロヴィーノにそういうセクハラはあかんて何べんゆうたら解るんやろうなぁ?
一遍痛い目に遭わな解らんのかなぁ?」
「ごめっ…!俺が悪かった!ちょっと悪ふざけが過ぎたことは謝るよ!
だから、あのさぁ…大目に見てく…あぁぁぁっマジ勘弁してぇー!」
フランシスが殴られる前に、騒ぎを聞きつけた先生に、全員こっ酷く叱られた。
ちくしょー何で俺まで…。とばっちりじゃねーか。畜生。
…元はといえば、やっぱりアントーニョのせいだ!!
反省文を書かされて、下校する頃にはすっかり日は西に傾いていた。
アントーニョと家の近い俺は、必然的に帰り道はアントーニョと一緒になる。
けど、俺は一緒に帰るっていう気分でもなかった。
最悪だぞ畜生…。
「ロヴィー、何怒ってん?」
「怒ってねぇ!!」
「水ぶっ掛けたことやったら、あれはロヴィーノが先に…。」
「怒ってねぇっつってんだろーが!!」
この鈍感KYトマト野郎。
「お前なんか、大っっっ嫌いだっこん畜生め!!」
そう叫んで、駆け出した。
くそう。暑いせいで目から汗が出てきやがる。
そのまま真っ直ぐ帰る気にも慣れなくて、ふらりと公園に立ち寄った。
誰も居ない街灯だけが光る公園のブランコに腰かけた。
そういえばここで良く遊んだなぁ…と、すんと鼻を啜る。
くそ…目から汗が止まらない。
『俺、ロヴィーノのこと好きやねん…。』
『俺と…恋人として、付き合ったって…?』
告白してきたのはアントーニョの方からだった。
俺は、もちろん…好きだったけど…それこそ、ずっと前から。
でも、アントーニョにそういう意味で好かれているなんて、
考えてもいなくて。…完璧俺の片思いで終わるんだろうって思ってて。
言ってくれたの、凄く…嬉しかった。
…けど、俺は素直にそんなことを口で言えるわけがないから。
『しょ、しょうがねーな』
そこまで言うなら付き合ってやる。
なんて、物凄く可愛げのないことを言ってしまった。
けど、アントーニョはそれでも嬉しそうに笑ってくれた。
…それが、高校に入って直ぐの春のこと。
つまり、3ヶ月以上前のことだ。
でも手を繋ぐぐらいのことが出来るようになったくらいで、
未だにキスさえもまともにしていない。
(…お前の恋人としての“お付き合い”はその程度かよ)
もう直ぐ夏休みだっていうのに、デートの約束も、
旅行とかだって……してみてぇし………。
なのに…何にもなくて、トマトの世話ばっかりって…。
実は俺のことどうでもいいんじゃね?って思っちまうだろーが。
俺、悪くないよな。
…普通、だよな?
…俺がおかしいのか?
もしかして、今更あんな告白しといて男同士でキスはねーわ。
とか、言うつもりだろうか。
それとも、俺がこんなだから、もう愛想がつきた……?
ありえる。
誰だって、可愛くて素直な恋人の方がいいに決まっている。
そう、フェリシアーノみたいな。
「…はは、そーか。だよな…普通に考えてそうだよなぁ。」
大体、アントーニョが俺なんか相手にするわけがなかったんだ。
もしかしたら、アントーニョはどこかで俺の気持ちを知っていたのかもしれない。
それで、可哀想だからちょっと恋人ごっこでもしてやろうって、思っ…て…。
「っ…はっ…ばっかみてぇ!…ふ、…ぅ…」
あぁもう。余計に辛くなるから、泣きたくなんかないのに。
悲しいかな。俺の涙腺は人よりも緩んだ。
(汗なんかじゃないことは、最初っからわかっていた。)
「ロヴィーノ。」
…何で。
「何で泣いてるん?」
アントーニョの指が優しく涙を拭う。
それはいつもと変わらなくて…――――それはつまり昔と全然変わらないんだ。
アントーニョの手を、ぺちっと払い除ける。
同情なんか、いらない。
『優しい幼馴染』もいらない。
俺が欲しいのは。
「もう、俺に構うなよ。」
「えー、いややわ〜。ロヴィーの世話焼くの、好きやもん。」
「っやめろよ!お前は俺のかーちゃんか何かかよ!」
「ちゃうよ〜。俺、ロヴィーノの恋人やもん。」
ぎゅっと抱き寄せられて、胸が詰まる。
大好きな太陽の匂いがした。
でも、俺はそれも突っぱねる。
「…恋人だなんて、思ってもいないくせに…!」
「そんなことないで。俺、ロヴィーノのこと…。」
「だったらなんで!…なんで………キス、しないんだよ!」
「えっ?」
きょとんとした顔に、あぁ、やっぱそんなこと考えてもいなかったんだな、と
悲しくて、余計に涙が溢れた。
「お前の『恋人として付き合う』は、おままごと程度なのは良くわかった。
そんなもんなら、俺はいらねーんだよ!
俺は…俺だって男だから、す、好きなやつとキスだってしたいし、
それ以上だって……でも、お前はそういうの、考えてもなかったんだろ。
だったら、もういい。そんな形だけの恋人、いらね…っん。」
唇にあたたかいものが触れた。
それは優しく触れ合わせるものから、段々と深くなっていく。
あぁ、これキスだ。
アントーニョが俺に…――――――――俺に?
「とっトー…んんっ!」
声を出そうとすると、それを飲み込むように唇を塞がれる。
キスって…いうより、これは…。
食べられてるみたいだな、と頭の端で思いながら、目を閉じた。
・
・
・
「ロヴィーの阿呆。」
「なっなんだとっ!?」
キスの余韻に浸る間もなく言われた台詞に、カチンときて
何か言い返そうとするのを、アントーニョの声で遮られた。
「手ぇ繋ぐだけでも真っ赤になって、
顔近づけるだけで照れてまうような初心な子ぉに
最初っからがっついたら引かれるかなって、思ったん!我慢してたん!
それやのに、…考えてないわけないやろ…!
俺かてロヴィーといっぱい、いろいろしたいに決まってるやんか!
ロヴィーは知らんやろ。俺の頭の中、お前のことでいっぱいなん。
多分、ロヴィーが思ってるよりも、ずっとエロい妄想ばっかりやで。」
あーもうっあかん!言わせんといてや…。
めっちゃ恥ずいやんか…。
夜目でも解るくらい、アントーニョの顔は真っ赤だった。
…トマトみたいな。
「ぶはっお前…トマトみたいだぞ。」
「ロヴィーノかて、真っ赤やんか〜!」
「う、うるせぇっ!」
再び抱き寄せられた。今度はずっと力強く。
「もう、我慢せんでえぇんやなぁ?ほな、覚悟しぃや。」
低く囁く声に、ぞくりと身体に何かが走った。
それがなんなのか、わからないまま今度は俺も、アントーニョの背に腕を回した。
「今週末の夏祭り…連れて行けよ。」
「えぇで。夏休みはどこ行こうか。」
「海も行きたい。」
「せやね、行こ。…でもナンパはなしなしやで〜。」
「保障はしねぇぞ。」
「じゃあナンパできへんような身体にしとかなあかんなぁ。」
ふっとアントーニョが妖しく笑う。
「愉しみやわ。」
意味することに、かっと頬を染めた。
それこそ、太陽に照らされて赤く染まる…トマトみたいに。
あれ?こいつ、こんなヤツだっけ?
まぁいいか。
とりあえず、この夏は兎に角、暑くなりそうだ。
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