【 夏 恋 ト マ ト 仕 様 U 】

燦々と、というよりは最早ギラギラと表現した方が良いような太陽が照りつける中、
水遣りで使ったホースを片付けていた。
8月、夏休み真っ只中、俺は今日も学校にいた。
それというのも、学校にある園芸部の畑では、今まさに夏野菜の収穫期だからだ。
今日もたくさんのトマトを収穫した。
赤々と輝くトマトは、見るからに美味しそうで、今すぐに齧り付きたいくらいだ。

「ロヴィーノ!日誌と鍵返してきたで、帰ろうか」
「おぅ」

振り返ると、アントーニョがペットボトル飲料を差し出してきた。
それを受け取ると、アントーニョがにこにこと笑顔を浮かべたまま話し出す。

「鍵返すついでに野菜おすそ分けしたら、先生が熱射病に気ぃつけぇって買うてくれてん!」
「ふーん、気が利くじゃねーか」

まぁこれだけ暑い中、毎日のように態々学校まで来て部活動に勤しんでやってるんだ。
これくらい当然だろう。
受け取ったペットボトルのスポーツ飲料をごくごくと豪快に飲み干してやる。
アントーニョも同じように喉を潤すと、空になった二つのペットボトルをゴミ箱に捨てた。
もちろん、ペットボトル用のゴミ箱に、だ。
さぁ、帰ろう。そうして差し出された手を、無言で握り返すと、そのまま二人で歩き出した。



『形だけの恋人なんかいらない』

夏の始まり、ついに不満をぶちまけてしまったが、アントーニョはそれを受け止めてくれた。
今思うと、かなり恥ずかしい出来事だったが…まぁ結果オーライというやつだろうか。
こうして部活に精を出す傍ら、夏祭りにも行ったし。花火も見た。
海にも行った。…美しい水着美女をナンパ出来なかったのは心残りではあるが。
…いや、逆ナンというものはされたんだ。
しかしだ。喜ぶ俺を制してアントーニョは眩しい笑顔でこう言い放った。

「ごめんなー、俺らこういう仲やから邪魔せんといて?」

…こういう仲といいつつ、アントーニョはあろう事か、俺と繋いだ手にキスをした。
――――――引き攣った顔で、『あ、そう…』という女の子の視線が痛かった。
なんて勿体無いことを、と憤慨した俺は、あの後アントーニョに“お仕置き”として
あれやこれや、こんなところでは言えないようなことをされ、
もう二度とアントーニョなんかと海なんか行くもんか、と思ったものだ。
(しかし、懲りずにまた同じようなことがあったとか、なかったとか)

なかなかにそれらしい恋人としての付き合いではないだろうか。
キスすらまだだった以前に比べるべくもない、濃い付き合いが出来ていると思う。

アントーニョは変わらず優しい。
あれこれ我儘をいう俺に、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる。
セックスする時だって、同じだ。
こういう付き合うということすら、何もかも初めてな俺をリードしてくれる。
いっぱいいっぱいな俺に比べて、ずっと余裕があるアントーニョ。
(年は一つしか違わないはずなのに、なんでこんなに差があるんだ?)
俺たちは、上手くいってる。不安なんて、もう何もないはずなのに。
また気になることが出来てしまった。

アントーニョは、俺と付き合う前は何人と付き合ってたんだろう。
そんなの今更気にしても仕方がないことだということは、重々分かっている。
でも、俺…幼馴染なのに、そのテのことは全く知らないんだよなぁ…。
学校が同じであれば、アントーニョとは一緒に登下校する仲だった。
昼休みだって、何かと構いにやってきたアントーニョ。
だけど、一つ違いって案外大きいんだよな。
…疎遠になる、空白の時期がある。
例えば、俺が小六、アントーニョが中一。
学校が違えば、会える時間なんて、めっきり減ってしまう。
登下校も時間がばらばらになるから、どっちかが家に行かなければ会えない。
…去年もそうだった。
たまにしか会えなくて、会ってもアントーニョは高校生活が楽しくて仕方ないみたいで。
凄く悔しい思いをしたんだ。

その、空白の時期に、もしかしたら恋人がいたのかもしれない。

一体どんな人で、どういう付き合いをしていたのだろう。

俺に向けるみたいな、夏の太陽みたいに眩しい笑顔をその人に向けていたのだろうか。
ツキンと胸が痛んだ。
(…あ、なんか嫌だ。)
過去は過去、今は今。こうして傍に居てくれるだけでも、嬉しいんだ。
なんて、そんなふうに思えたらどんなにいいだろう。

だって、俺…こんなだし。
前の彼女…とかと比べたら、きっとすげー可愛げのないヤツだろ。
だから、もし…前の方が良かったとか。
もし、愛想をつかされたら…とか、考えてしまうと酷く恐ろしかった。

そうなったらどうしたらいいんだ。
…そう、ならないようにするには、どうしたらいいんだ。


「ロヴィーノ、お腹空かん?なんか食べて帰ろうや」

アントーニョの明るい声に、はっと現実に戻ってくる。
慌てて、『そうだな』と返すと、突然アントーニョではない誰かに肩を抱かれた。

「いいねー、おにーさんも、ま・ぜ・て…v」
「ちぎゃあああっ!?」
「ぐおぉらぁぁ!フランシス!何勝手にロヴィに触っとんねん!!離せや!」
「ケセセセッ!俺様もいるぜー!」

全く油断も隙もない、とフランシスを払い除けたアントーニョは
俺の肩を抱いてフランシスの触れたところをパタパタと払った。

「ちょっとぐらいいいじゃない、ケチ!」
「ケチやないわ!…ロヴィーもう大丈夫やで〜」
「お…おぅ…」
「メシ食いに行くなら、俺様も連れていけー!」

急に騒がしくなった周りに押されつつ、何故か一緒に昼食を取ることになってしまった。
学校の直ぐ近くのカフェは客の大半が学生のためか、
ファミレスよりもリーズナブルな価格でありながら、それなりに美味しいことで良く利用する。
ちょうど昼時なためか、午前中の部活動が終わった学生で賑わっていた。
運よく四人がけのテーブル席に着くと、各々食べたいものを注文した。

夏休みだというのに、俺たち同様しっかりと制服をきた二人。
フランシスは生徒会の仕事で午前中ずっと机にかじりつきで、最悪だったと零した。
夏が終われば、秋。秋といえば、体育祭や文化祭など学校行事が目白押しだから、
それまでの下準備やら何やらで忙しいらしい。

ギルベルトは…聞いても大した理由はないから省略しよう。
本人曰く、『ひとり楽しすぎる部』の活動のために他部活を見回っていたらしい。
まぁ、つまりは暇だから、他の真面目に部活動に勤しむ奴らにちょっかい出して回ってた。
そんなところだろう。

全く迷惑な野郎だ。



*



食べ終わって涼しいカフェから外に出ると、相変わらず日差しがキツイ。
さっさと帰ってシャワー浴びてぇ。
何もしてなくても流れてくる汗が服に染みて、肌に張り付くのが気持ち悪い。

「なぁ、お前らこの後どうすんだ?」
「俺とロヴィーは夕飯の買い物して〜…一緒に帰ってシャワー浴びてシエスタやな」

なー?とアントーニョは繋いだ手に一度力を込めて、
俺の顔を覗き込んで、意味ありげに笑った。
それに、あえて否定はしない。
代わりに『ばかじゃねーの』と憎まれ口を叩く。

「ケッ!リア充爆発しろ!!」
「じゃあおにーさんも、一緒しちゃおっかなー」
「あーかーん!邪魔すんなや。」
「だいじょーぶ!二人ともちゃあんと、平等に可愛がってあげるよ〜♪」

わきわきと俺に向かって伸びてきた手を、アントーニョがすかさず叩き落す。
ぎゃーぎゃーと言い合うアントーニョとフランシス、それにギルベルトも混じって騒がしいことこの上ない。
しかし、その間もしっかりと繋がれた手は、既にどっちの手も汗ばんでいた。
それでも、離そうとは思わなかった。


「もー、ほんまえぇ加減にせんと、張っ倒すで」
「独り占めはよくないと思うんだよね、お兄さんは」
「そうだそうだ!くたばれリア充!!」

河川敷のグランドに忘れ去られていたサッカーボール。
それを見つけたギルベルトがアントーニョに向かって投げた。
それはボコンッと見事にアントーニョの頭に命中した。

「…ギル…えぇ度胸しとるやんけ。えぇわ、相手したるで!かかってこいやぁ!」
「フンッ!それはこっちの台詞だぜ!ケセセセッ!」

アントーニョ相手に、サッカーで勝負かよ。
ギルベルト、終わったな…。
と内心思いながら馬鹿みたいにボールを奪い合う男たちに呆れた。
こんな暑い中で良くもまぁあれだけ元気に走れるものである。
(これは当分帰れそうにないぞ、畜生…)
傾斜になった芝生の上に腰を下ろすと、アントーニョが徐にシャツを脱いで寄越した。
下に着ていた赤いTシャツ一枚になると、アントーニョは笑った。

「それ頭被っとき」

それだけ言うと、ギルベルトとまたボールの取り合いを始めてしまった。
日よけ代わりにしろ、ということらしい。
こんな気遣いをするくらいなら、早く帰ってシャワーを浴びさせろ。
文句を言いたいのに、楽しそうにサッカーをするアントーニョを見ると、言葉が出てこない。
繋がっていた手が、汗ばんでいたはずなのに冷たい気がした。
被せられたそれをそのままに、呟いた。




「…汗臭いぞ、ちくしょう!」





*







キラキラキラキラ。
アントーニョの汗が動くたびに輝いて見えるとか、どれだけ分厚いフィルターが
かかっているんだろう、俺の瞳には。
いや違う。きっとこれは暑さのせいに違いない。
真夏の太陽の下で、同じように太陽みたいに笑うアントーニョから、目が離せない。

(畜生、楽しそうにしやがって…)

あんなふうに子供みたいに笑うアントーニョは、そういえば久しぶりかもしれない。
もしかしたら、アントーニョは無理をしてたのかもしれない。
俺が、あんな我儘を言ったから、それに合わせていただけなのかもしれない。
『我慢してた』なんて言ってたけど、ほんとはそれほどでもなかったんじゃないか。

疑心暗鬼になってしまう、自分が嫌だ。

アントーニョはこれ以上なく優しくしてくれる。
大事にしてくれているし、愛されてる………とは、思う…けど。
何で俺はこうなんだろう。
アントーニョのこと、信じたいのに、信じきれてない。
真っ直ぐアントーニョだけ見てるはずなのに、どうしてこんなに不安になるんだ。

視界がぼやける。


そんなボールの奪い合いなんて、どうでもいい。
ギルベルトなんか相手にしなくていいから。


(一人にするなよ、このやろー…)


涙が零れ落ちそうになった時、突然頬に冷たい何かが押し当てられた。

「ヴォアァ!?」
「はは、ビックリしたー?それあげるよ、お兄さんのおごりー♪」

頬に押し当てられたミネラルウォーターのペットボトル。
受け取ると、こっちはアントーニョのぶんね、ともう一つ手渡された。
フランシスは全く悪びれもせず隣に腰を下ろした。
いないと思ったら、どうやら近くのコンビニで時間を潰してきたらしい。

「…こっちは暑ぃ中待たされてるっつーのに…」
「だから、お詫びにそれあげるって。それとも、こっち食べる?」

コンビニの袋を漁り、棒アイスを差し出される。
そんなものがあるなら、早く出せ、このド変態。
フランシスの手から奪うと、袋を破って口に含んだ。
ミルクの優しい味が、心を解してくれるようだ。

「美味しい?」
「まぁな……やらねーぞ」
「それはいいけど」

ふわりと風が吹く。
生温い風が頬を掠めた。

「……アイツって……」
「んー?」
「アントーニョは……、何したら一番喜ぶと思う?」

どうしてこんなことをフランシスに言ったのかは、分からない。
ただ、その時は聞いてみたくなったのだから、仕方ない。

話の意図を掴めずに、フランシスは首を傾げた。

「それって、どういう意味の?」
「そのまんまだよ、畜生」

ただ傍に居るだけじゃ、きっとあんなふうに笑ってくれない。
なら、俺はどうしたらいい?
アイツの喜びそうなことって、トマトとサッカーと馬鹿弟以外じゃ何も思いつかない。
溜息と共にそう吐き出せば、隣のフランシスが呆れたような気がした。

「馬鹿だねぇ。あーんなにお前に夢中なのに、当の本人は全く気がつかないんだもんなぁ…。
アイツも鈍感だけど、ロヴィーノも同じくらいにっぶいよねぇ…」
「?????」

誰が何に夢中だって?
この状況でどうしてそんなふうに言えるんだ。

「じゃあ聞くけど、ロヴィーノはアントーニョに何されたら一番嬉しいの?」
「え…」

何?何って言われても…。すぐに答えられない。
ただ俺は、アントーニョと一緒に居られたらそれでいい…。
(体温感じられる近さ…で)

「アントーニョも同じだよ、別にお前に特別何かして欲しくて一緒に居るわけじゃない
…って、どうしてお前はそう思ってあげないわけ?」

(だって、そう思ってても、違うかもしれないだろ)

黙ってアイスを食べることに専念する。
暑さのせいで、もうドロドロに溶けてしまいそうだった。
そんな俺を横目に、フランシスは独り言のように言った。

「お前が長い間、アントーニョに片思いしてたの知ってるけど、
アントーニョだって気付くの遅かったけど、同じくらい…いや、それ以上に
お前のこと想ってるよ。だからさ、もうちょっと自信持っていいんじゃない?」


(そうだろうか…)


未だに不安は拭えないけれど、ちょっとくらいは…そうだな。
その言葉を、信じてみてもいいかもしれない。
食べ終えたアイスの棒を、最後にペロリと舐めた。


「ちょっと、すっきりした、かも」
「そりゃよかった。可愛い子の相談にならいつでも乗ってあげるよ」

なんて言ったって、おにいさんは世界のおにいさんだからね!!
と自慢げに言うが、…世界のお兄さんってなんだよ。
まったく意味が分からないぞ、このやろー。
ほんの少し変態を見直してもいいかと思ったら、どさりと草の上に押し倒された。

「ロヴィーノ可愛いよ可愛いよ!はぁはぁ」
「ちぎゃあああああっ助けろアントーニョ!!」

ドゴッ!とアントーニョの蹴ったボールがフランシスの頭に命中した。
痛いと喚きながら振り返ったフランシスは、顔を青ざめさせた。

「お前は…まぁたロヴィーノにセクハラして…一遍シメなあかんかな、ほんまに…」
「ちょっ、ちょっとしたジョークだよ、フレンチジョーク!ね、だから…怒るなよ」
「ジョークで押し倒すとか、余計悪いわ!」
「いやああっ勘弁してぇぇぇええ!」

アントーニョはフランシスに掴みかかろうとしたが、その前にふらりと体が揺れて、
ばったりとその場に倒れこんでしまった。

「お、おい、大丈夫かよ!?」

もしかしたら、熱射病かもしれない。
慌てて近づくと、額に手を当てた。…熱い。
兎に角、水!水飲ませて…いやその前に日陰に移動…!
物凄く混乱しながらどうにかしようと考える俺に、アントーニョは笑った。

「大丈夫やでぇ、ちょっと疲れただけや」
「な…っ馬鹿野郎!てめーなんかもう知らねー!!」

フイと視線を逸らせば、『ごめんやって〜』と尚もくすくす笑い続ける。
笑い事じゃない。こっちは本気で心配してやったのに!
グラウンドに視線をやれば、アントーニョと同じようにバテて寝転がっているギルベルトに、
フランシスが飲み物を渡してやっていた。
あぁ、そういえば。
アントーニョの分、と渡されたスポーツ飲料。
それをアントーニョの頬に押し当てた。

「うはー、冷たー!気持ちえぇわぁ」
「フランシスが、お前の分だってよ。ちゃんと礼言っておけよ」
「うん、おおきに」

よっと勢いを付けて起き上がったアントーニョは、
ペットボトルの蓋を開けて、中の液体を煽った。
ゴクゴクと動く喉に、何故か視線が吸い寄せられる。
額から流れた汗が、顎を伝って鎖骨に流れていく。

俺は殆ど無意識に、そこに唇を寄せていた。

「え、ちょっ…ロヴィ、」

日除け代わりにしていたシャツで周りをシャットアウトして、
アントーニョの唇に、触れるだけのキスをした。
驚きすぎて何も言えずにいるアントーニョに、してやったりと口の端を上げて笑うと、
さっさと立ち上がって歩き出した。

「おい、何呆けてやがる。さっさと帰るぞ、このやろー!」
「えっあ、待ってや!…もう、何やねん、ほんま…!」

慌てて追いかけてくる足音を、背後に感じながらそっと笑みを浮かべた。
さぁ、早く来い。
右手なら開けておいてやるから、早くその手で捕まえろ。


「今度俺のこと放っておいたら、お前置いて帰ってやるからな!」
「うん、ごめんなぁ」


触れた手のひらはやっぱり熱くて、暑くてしょうがないけど。
家に帰るまでは、そのままで。







【END】








【おまけ】

「あちーなら手ぇ離せっつーの」
「いいなー、お兄さんも久しぶりに可愛い子に会いに行っちゃおうかな」
というわけだから、じゃあねとフランシスはさっさと別方向に帰って行った。
残されたギルベルトは、『リア充爆発しやがれー!』と一人叫ぶのだった。
























もう夏は終わったぞ、とかいうツッコミはなしでお願いします。
…書き始めたのは、夏だったんだよ…。(´Д⊂ヽ


2011/9/24 up