ちびロマの不思議な一日

「ロマーノ!ロマーノどこや、ロマーノ!」
怒ったような声音でおれを呼ぶスペインに、ビクっと肩を震わせた。
どこに隠れようか、と考えていたところに首根っこを掴まれた。

「うわっ!?」
「ロマーノ!まーた部屋ぐちゃぐちゃにしおって…もーなんでこんなことすんねん!」
「う、うるせぇっ!ちょっと掃除してやっただけじゃねーか!」
「掃除〜?これの!どこが!掃除やねんっ!」
スペインは、ぐちゃりと物が散乱する部屋を指した。
俯くと、上から大きな溜息が聞こえてくる。
(あぁ、まただ)
言われるであろう言葉を察して、ぎゅっとメイド服の裾を握った。

「イタちゃんやったらこんなんせーへんのに…。」

ほらな、やっぱりそう言うと思った。
皆結局はヴェネチアーノの方がいいんだ。
コイツも信用出来ない。
くるりと踵を返して走り出した。
後ろでスペインがおれを呼ぶ声が聞こえたけど、振り返らなかった。

(そんなにヴェネチアーノがいいなら、さっさとおれのことなんか捨てろよ!)

じわっと滲んだ涙をそのままに、兎に角走った。
走って、走って、走って。
どこだか分からないままに、目の前に現れた扉に飛び込んだ。

「…え?」

扉の中は真っ暗闇で、何もない。
何だここ…?と戸惑う間もなく急に身体ががくりと傾き、
重力に引かれるように真っ逆さまに落ち始めた。

「うわあああああああっ!?」

何だ?何がどうなっているんだ?
パニックになり、ぎゃーぎゃー喚いた。
けれど、身体は落ちていく。闇にのまれるように。
もしかしたら、俺は落ちているのではなく、堕ちているのかもしれない。
奈落の底へと。あぁそうだ。善人ではないから、きっと堕ちるなら…。
だが、堕ちたらどうなる?
先の見えない恐怖に、ぎゅっと目を閉じ、思わず叫んだ。

「…スペインッ!助けろこのやろ――――――――!」






***







ボスン!とどこか、硬いような柔らかいような。
よく分からない感触がする上に、落ちた。
「グエッ!」
下から蛙が潰れたような声がした。
そおっと目を開いて、辺りを見回した。
見たこともない部屋だった。
スペインのお城みたいな屋敷の豪奢な部屋ではなく、
庶民が暮らす、どこか素朴な造りの部屋。
真白いカーテンから、陽が差していて明るい。
けれど、ここは…どこだ?
「う、うぅーん…ロマーノぉ…お腹ぼんぼんして起こすんやめてぇや…。」
下から声がして、もぞもぞと動き始めて、自分の体がころりと転がった。
その声には聞き覚えがあった。
若干低くて、オマケに物凄く眠そうな声だったけれど。
「す……すぺいん?」
くあっと欠伸をしながら起き上がった男は、見覚えのある顔をしている。
…けれど、自分の知っている顔よりも大人びている。
胸元の十字架のネックレスも見覚えがある。
でも、違う。違う気がする。おれの知ってるスペインじゃ、ない。
寝ぼけ眼の男は、俺に視線を合わせると、固まった。
と思ったらあっという間にその逞しい腕の中へと引き寄せられた。
「うわあああっ楽園やああああ楽園がここにあるうううう!」
「ぎゃ――――――――!はなせっ離せちくしょー!」
思い切り胸を押し返すのに、てんで歯が立たない。
どころか、ますますぎゅうぎゅう抱きしめられて息苦しい。
「なんや〜またブリ天?なぁブリ天なん?
もー、ほんまあの眉毛はしゃーないなー。…GJすぎるわ!」
意味が分からないことを言いながら、スペインに良く似た男は俺を『かわえー』と愛でた。
こんなのスペインじゃない。
アイツはいつも怒ってばっかりで、弟のことが大好きで、俺のことは『かわいくない』と言うのだ。
けれど…少し…じいちゃんに似てるような気もする。
どうしよう、と思っていると、男の隣の布団がもぞりと動き、にゅっと手が出てそれが男の腕を抓った。
「あいた!」
「……てんめぇ…うるっせぇんだよ!ちったぁ静かにしやがれ!」
腕が緩んだ隙に、さっと距離を取る。
もぞもぞと起き上がったもう一人の男は、如何にも不機嫌です、という顔で髪を掻き上げた。
イタリア人特有のくるんが揺れる。

どこかで見たような顔、だった。
多分、いやきっと知っている。
俺は、その男をよく知っている。

「やって、ロマが……ん?あれ?なんで二人居るのん?」
首を傾げるスペイン(らしき男)だったが、まぁえぇーかー。
二人居ったら楽園みたいやんなぁ。とへらりと笑った。





***






「一体どうしてこうなった。」
「おれに聞くなちくしょー。」
「んー、あんなぁ。気進まんかったけど、クソ眉毛(いつかシバく)に聞いてみたで。
で、眉毛が言うには時空の歪みがどうたらこうたらで、そこにちっちゃいロマが迷い込んでもうて、
現代に来てしもうたんやないかって。」
適当な現代のスペインの説明に、とりあえず納得しておく。
(…じくうのゆがみ…あの時のまっくらやみのことだろうか。)
問題は、元の時代に帰ることは出来るのだろうか。
不安そうにしていた俺に、現代のスペインはへらりと笑って頭を撫でた。
「だぁーいじょーぶやって。歪みが直れば元の時代へ戻れる言うてたし。」
せやから、そんな顔せんで。と、ふそそそとおまじないをかけられる。
俺の知っているスペインより、幾分か優しいと思った。
「ゆっくりしていきや〜。…あぁ、ほんまかわえぇなぁ…かわえぇなぁ!」
ハァハァと息を荒くするスペインに、前言撤回。コイツは危険だ。
「ハァハァすんなっ!このド変態が!」
ゴスっと現代の俺(らしい…)が頭突きをして、サッとおれを抱えた。
「お前の近くにいると、俺が危ねーんだよ。…帰る。いくぞ、ちび。」
「あぁぁぁあ!待ってや、ロマーノ!ちょっ、ロマがちっちゃいロマ抱えとんのかわえええええ!
なぁなぁ、写真撮らせてやー!」
「うっせぇ黙れカッツォ!」

現代の俺は、俺を抱えたまま家を出て歩き出す。
その斜め後ろからやけにテンションの高いスペインがついて来る。
…おい、スペイン。一体何がどうしてこうなったんだ?
と思いながら、そう言えば、あの後アイツどうしただろう。
いなくなったから、心配……なんてしてるわけねーか。
だって、俺が居ないほうがいいんだろうし。
ちくっと痛んだ胸に、気付かないふりをして、現代の俺の肩に顔を埋めた。






***






現代の俺が、俺を抱えたまま、今住んでいるという家に入ると、
奥から同じ顔をした男が出てきた。
…ま、まさか。
「兄ちゃんお帰り〜!今日は早かったんだ、ね……。」
「いや、ちょっとな。」
「イタちゃんお邪魔しまーす!」
緩い笑みを浮かべていた男が、俺を見て固まった。
「ヴェー……これはおめでとうって言うべきなのかな?
それともスペイン兄ちゃんを殴るべきなのかな?」
うーんと考え込む男に、現代の俺がその頭を小突いた。
「お前変な想像すんじゃねーよ!…コイツは、赫々云々で過去の俺なんだとよ。」
「ヴェー。兄ちゃんの説明アバウト過ぎるよー。でもさ、それで何で帰ってきたの??
あと二日くらい滞在してくるのかと思ってたよー。」
「…スペインにいると、いろいろ危ない気がしたんだよ。」
クイっと親指で後ろに立っているスペインを指すと、なるほど、と苦笑しながらヴェネチアーノは納得した。
そして、ひょいと俺と視線を合わせると、緩い笑顔を向けた。
「大変だったねー。俺はヴェネチアーノだよ〜。」
「お前…本当にヴェネチアーノか?」
疑いながら、じっと見詰めた。
これが、あの馬鹿弟…?

スペインよりも幾分か線が細いが、背も伸び、穏やかに微笑む好青年という風貌だ。
可愛らしいと皆に好かれるあの小さな弟が。
目の前にしながらまだ疑っている俺を、ヴェネチアーノが抱き上げる。
「ヴェーほんとにちっちゃい兄ちゃんだー!かわいいー!」
「うわっ!?何すんだやめろこのやろー!」
でかくなったとはいえ、弟に抱っこされるなんて屈辱だ。
そんな俺たちの後ろでスペインは楽しそうに見ていた。
「わ〜なんや楽園みたいやんなぁ!」

そんなカンジで、元の時代に帰れるまで一緒にいることになったけれど、
やっぱり何だか不安だ。
本当に帰れるのだろうか。
そう思っていると、目の前にカンノーリを乗せた皿が突き出された。
「大丈夫だよー絶対戻れるからさ。」
だからそんな顔しないで、とヴェネチアーノが笑う。
緩い笑顔を見ていると、何だか少しだけ力が抜けた。
「別に俺は何も言ってねーぞちくしょー!」
ツンとそっぽを向きながらカンノーリに手を伸ばした。
「ははは、ほんまロマやー。かわえぇなー。」
「「うるせぇよ!!」」
図らずもハモってしまい、ますますスペインは上機嫌だ。
俺にも抱っこさせてー。昔も良うやったやん〜。などと言うが、三人で却下しておいた。
「俺の身が危ない。」
「ヴェー…残念だけど否定はしないよ〜。それに、スペイン兄ちゃんには、兄ちゃんがいるじゃん!」
ねー?とヴェネチーノが現代の俺に微笑むが、ゴスッと頭突きを返された。
「えぇーなんでー!?」
と現代の俺に絡みだすスペインに、それを鬱陶しがる、現代の…俺。
現代でも普通に仲が良くみえるが、ふとここにくる前のスペインを思い返す。
毎日掃除しろという割りに、やったらやったで文句ばっかり。
そして…出来のいい弟と比べるのだ。
信用出来ない。コイツも他のヤツらと同じ。
そう思っているのに、どうしてこんな関係になれるんだ?

「ねぇ兄ちゃん、折角だから今のイタリア見たくない?」
何かを言い合う現代の俺とスペインに気付かれないように、
こっそりと悪戯っぽく笑みを浮かべて耳打ちされて、二人でそっと家を出た。






***







「いい天気だねー、どこ行こっかー?」
うんと両手を伸ばして体を伸ばすと、くるりと俺を振り返った。
かと思えば、思い出したかのように俺に手を伸ばして抱き上げた。
「わっ!やめろっ降ろせちくしょー!」
「ヴェ〜暴れないで、兄ちゃん!落ちちゃうよ〜!」
その一言に、言葉を詰まらせて仕方なく大人しくする。
「弟に抱っこされるなんて屈辱だ…!」
ぎろりと睨むと、馬鹿弟は『ヴェー』と間抜けな声を上げて笑った。
「兄ちゃん、こうしてないと俺が見失っちゃうでしょ?だから、暫くこうしてて」
「……ちっ。しょーがねーな…ちょっとだけだからな!」
「うんうん、グラッツェ兄ちゃん!」
緩い笑顔でそう言われて、複雑な感情が胸に湧いた。
俺の知っている馬鹿弟と同じ顔で笑う。
それはそうだ、コイツがあの馬鹿弟なのだから。未だ信じられないけれど。
コツッと額をヴェネチアーノの胸に押し当てた。
「ヴェ?兄ちゃん、どうかした?」
しっかりとした手応えに、ますます不思議な感覚になる。
そっと顔を上げると、ヴェネチアーノもこっちを覗き込んできた。
「なっ……なんでもねーよ!腹が減っただけだちくしょー!」
何故か顔を見ていられなくて、ぷいっとそっぽを向いた。
「そっか、じゃあ何か美味しいもの食べに行こっか!」
不自然な俺の態度にまるで気付かずに、ヴェネチアーノはいつもの緩い笑みで微笑むと、
何が楽しいのか鼻歌まで歌いながら歩き出した。

いつだって弟の方が何でも上手く出来るから、それがちょっとしたコンプレックスになっていて
だから弟のことなんて『キライ』だと思っていた。
でも、どんだけ邪険にしたってヴェネチアーノは変わらないから。
余計に、イライラするんだ。

なんでこれだけ嫌な態度とってるのに、
なんでお前は俺を嫌いにならないんだ?

(なんでだよ。)

と、未来の弟に心の中で問いかけた。








***







近くの美味い店でトマトとモッツァレラチーズとバジリコの定番ピッツァ・マルゲリータを食べた後、
俺と馬鹿弟はナポリに向かった。

「やっぱり、兄ちゃんトコの方が落ち着くかな?」

というヴェネチアーノの提案だった。
(未来だったら好きに自国を歩けるのか……)
未だ何一つ自由にならないことを思い出し、溜息をつきたくなった。
重苦しい何かに押し潰されそうになる思考を頭を振ってどこかに追いやる。
気を取り直し、アレは何だ、これは何だと逐一聞いたり驚いたりする俺に、
ヴェネチアーノはさして嫌な顔もせずに答えた。
まぁ、殆ど説明にもなっていないような話ではあったが…それにしても良く動く口である。

「あ、兄ちゃんジェラート食べよ!」

一軒のジェラテリアを指すヴェネチアーノに、頷き返す。
店に入って二人で好きなジェラートを頼んで、それを近くの公園のベンチに座って食べながら
行き交う人々をのんびりと眺めた。

「兄ちゃん、兄ちゃん、一口ちょーだい?」
「あ?…いいけど、お前のも寄越せよな!」
「うんうん、じゃあ俺の先に食べる?」
差し出されたイチゴとバニラのジェラートに齧り付く。
バニラの甘さと程よい酸味のイチゴがマッチしていてとても美味しい。
ふと笑う馬鹿弟に気付いて『なんだよ』と問えば、ハンカチで口元を拭われた。
「兄ちゃん、口の周り、クリームだらけだよ〜。」
「!…し、知ってるっつーの!」
馬鹿にされているわけではないと知りつつ、でも気恥ずかしさでポコポコと怒ったふりをする。
「ヴェ〜にいちゃん、俺には一口くれないの?」
「欲しけりゃ勝手に食え、ちくしょうが。」
「ヴェー…でも兄ちゃん勝手に食べたら絶対怒るじゃんか〜」
「当たり前だ!」
どっちなのさ、と困ったように笑いながら、それじゃあ、と俺のレモンのソルベを一口。
「ん、美味しい。やっぱり兄ちゃんのところのレモンが一番美味しいね。」
「と、とーぜんだっこんちくしょうめ!」

ふんと胸を張れば、ヴェネチアーノが笑った。
何だか、やっぱり変な感じだ。
弟なのに、ちょっと背が伸びたくらいで殆ど変わっていないはずなのに。
何だか違う誰かみたいで、落ち着かない。

二人ともジェラートを食べるのに集中していたせいか、妙な沈黙が訪れた。


そういえば、馬鹿弟とこんなふうにのんびりと過ごすのは、久しぶりだ。…外見はともあれ。

「今頃、兄ちゃんの時代のスペイン兄ちゃん、凄く心配してるだろうね〜」

緩い笑みを浮かべた馬鹿弟が、ぽつりと呟いた。

「…心配なんてしてねーだろ。」
「そんなことないよ、きっと心配してるよ?」
「してねぇっ!……アイツは、厄介者いなくなって清々してんだろ。」

そうだ、きっとそうに決まっている。
どうせ俺は、掃除もまともに出来ない、役立たずの支配国だよ。

「兄ちゃん、そんなことないよ。絶対心配してるよ。」
「だってアイツいっつも怒ってばっかりだし、それに…」

いつも、お前を引き合いにだして、比べるんだ。
…なんてことは口に出せずに、飲み込んだ。

「…兄ちゃん、スペイン兄ちゃんのことキライなの?」
「キライなのは、アイツの方だろ。」

そんなことないと思うけどな〜とヴェネチアーノは呟く。
ヴェネチアーノは少し目を細めて空を見上げた。

「んー…今はさ、お互いのことよく知らないってのもあると思うんだよね。
けど、スペイン兄ちゃんは兄ちゃんこと嫌いになったりしないよ。これだけは俺にも言える。」

だから、ちょっとだけでもいいんだ。
スペイン兄ちゃんを信じてあげて。

そう言ったヴェネチアーノは、優しく微笑んだ。
けれどその笑顔は、何故だか少し、寂しげに見えた。

「なんで、そんなことお前が言うんだよ。別におれやアイツがどうなろうと関係ねぇだろーが」
「なんで…うーん…なんで、かなぁ。俺も良く分からないや。
ただ、俺は今の二人が大好きだから、仲良くして欲しいんだ。…兄ちゃんにもね。」

ほら、今の二人は物凄く仲良かったでしょ?
と、笑うヴェネチアーノに先程の寂しげな感じはなく、見間違いかと思った。

「…でも、やっぱりちょっとだけ寂しいな。俺、兄ちゃんとはずっと離れて暮らしてたし、
兄ちゃんは兄ちゃんで、会ってもハグさせてくれないし〜〜。
まぁ嫌われているのは知ってたけど、俺は結構寂しかったんだよ?だからさ、」

元の時代に帰って、俺と会ったらハグして欲しいなぁ。
視線を俺に戻して、小首を傾げて甘えたおねだりに、噴出した。

「ばかじゃねーの。…おれじゃなくても、優しくハグしてくれるやつなんて、
お前の周りにいっぱいいるだろーが。」
「でも俺は兄ちゃんにぎゅってされたら嬉しいよ。だから、お願い!」

なんでそんな必死なんだよ、と思いながら少し間を置いて口を開いた。

「……考えといてやる。」
「ホント!?わーい!グラッツェ兄ちゃん!」

嬉しそうにはしゃぐ弟に、何が嬉しいのか理解できない。
そもそも『考える』と言っただけで、『してやる』とは言っていない。
大きくなっても相変わらず、馬鹿なのは変わらないようだ。

「それじゃあそろそろ帰ろっか!あ、ついでに夕飯の買出ししていこう。
兄ちゃん何が食べたい?」
「…トマトのパスタ。」
「ヴェー、兄ちゃん本当にトマト大好きだよねぇ…。」

俺も好きだけどね、と笑いながら腕に抱えられた。
なんだよ、その笑い方!ムカツクぞ!と頬を引っ張っておいた。

それから二人で市場で買い物をした後、帰宅した。
帰って早々、スペインがおれを抱き上げようとするのを避けて、
ヴェネチアーノの後ろに隠れると、現代の俺がケラケラ可笑しそうに笑った。

「なんでやねん!ロマアアアア」
「危険人物だからな、お前は。(ペドショタ的な意味で)」
「さ、晩御飯の準備しよーっと。兄ちゃんも手伝ってくれる?」
「お、おぅ!やってやってもいいぞ!」

そうして皆で作った夕食を食べて、他愛ない話に談笑しながら夜を過ごした。
こんなゆっくりとした楽しい時間は初めてで、何だか帰るのが嫌になるくらいだった。
戻ってもきっとまた出来もしない掃除させられたり、怒られるだけなんだろうな。
…けど。

『スペイン兄ちゃんを信じてあげて』

今、ここにいる俺はスペインの野郎と楽しそうに話をするくらいには仲良さそうだよなぁ。
(いったいどうしてこうなった)
考えていると何だか眠く…なって、きた…。

「あれ?兄ちゃん眠くなっちゃった?」

うとうと舟を漕ぎ始めた俺に気がついたヴェネチアーノが言った。
緩く頭を振ってみるが、眠気はなくならない。
どころか、ますます眠くって、瞼が落ちそうになってきた。
(そういえば、今日はシエスタもしていない)

「じゃあ俺がベッドに連れてったげるなー。」
「…お前、何考えてやがる。このド変態がっ!!!」
「えぇっちゃうよ、別になんもせぇへんって!」
「…それなら、俺の顔を見て言ってみやがれこのやろー!」

騒ぎ始めた二人を尻目に、さっさとヴェネチアーノが抱き上げた。

「もー、ほんとあの二人はしょうがないなぁ。」
「んぅ…。」
「ヴェ、兄ちゃんは寝てて大丈夫だよ。」

ヴェネチアーノは俺を抱えて部屋を出て、2階にある自室へと運んだ。
ベッドに下ろされて、本格的に夢の世界へ足を踏み入れかけたが、
隣のもぞもぞという音に僅かに目を覚ました。

「なんだ、このやろー…」
「ヴェー、俺も眠くなっちゃったから一緒に寝ようかと思って!」

はぁ?冗談じゃねぇぞちくしょう!…とは思ったものの、
眠すぎてそんな気力も湧かない。

「んんぅ… すきにしろ、ちくしょー が…」
「やったぁ!えへへ、兄ちゃん大好き〜♪」

あぁそうかよ、べつにうれしくねぇぞちくしょうが。
と、心の中で思いながら再び目を閉じた。

「今日はいっぱい歩いたから疲れたね。」
「ん」
「…明日には兄ちゃんは元の世界に戻っちゃうのかな。」
「しらねぇ」
「ヴェー…――――――寂しくなるね」
「こっちにも、おれ いるじゃ ねぇか…」
「うん、そうなんだけどさ…」

そこで途切れた声に、何だ?と気になってしまう。
寝てしまったのかもしれないが、こっちはそれどころではなくなってしまった。

「おい、ばかおとーと…」
「――――――だってこっちの兄ちゃんは俺にはあんまり構ってくれないんだもん。」
「――――――は?」
「休みが取れたらいつもスペイン兄ちゃんとこ行っちゃうしさー。」

スペイン兄ちゃんずるい。
俺の兄ちゃんなのに。

小さな呟きだったが、おれにははっきりと不満そうな、拗ねたような声が聞こえてきた。
――――――目が冴えてしまった。

「なに、いってんだちくしょー」
「ヴェ…ごめん、兄ちゃんには昼間『二人が大好きだから、仲良くして欲しい』って
言ったけど…もちろん、そう思ってるけど、でも同じくらい俺にも構って欲しいんだー。」

ヴェネチアーノがもぞもぞと動いておれをぎゅっと抱きしめた。

「おい、」
「ちょっとだけ…だめ?」
「っ…ちょっと、だけ…だかんな!」
「うん、兄ちゃん  大好き  」

耳元に落とされる囁きに、心臓が跳ねた。

(ドキンってなんだちくしょー!!!!!)

弟相手にありえない、ちがう、ぜったい。
ちょっとビックリしただけだ!!!そうにちがいない!
自分の身に起こった小さな変化に慌てていると、頭の上でヴェネチアーノが笑う気配がした。

「兄ちゃん抱っこしてるとあったかーい。」
「う、うるせぇ!だまってねろ!ちくしょー!!!」
「はーい。じゃあ兄ちゃん、おやすみのキスしてー?」」
「はぁっ!?」

ばかじゃねーの、しねーよちくしょー!
と、返す前に、またあの声が。

「……だめ?」

何だか、胸が騒ぐ。どうしてこんなに心臓がうるさいのか。

(わけわかんねぇ…どうしたんだ、おれ)

しらない、ヤツみたいだ。

そういえば、そうだ。
大きくなって少し大人びた弟に、今まで殆ど何の違和感も感じなかったが、
(だって、変わってなかったから)
けど、今は知らない男みたいで、少し怖くなった。

そんなはず、ない。

「っヴェネチアーノ…!」
「――――――冗談だよ、ごめんね。」
「あ、?」
「うそ、うそ。だから泣かないでよ、兄ちゃん」

泣いてない、と言おうとして。
けど、頬が濡れてることに気がついた。

「ごめんね、兄ちゃん」

ごしごしと目元を拭って、心配そうに覗き込んでくる蜂蜜色の瞳を見上げた。
――――――同じくらい、泣きそうな顔をしていた。
その、頬に両手を伸ばすと、ちゅっと頬にキスをした。

「っえっ!?」
「とくべつサービスだぞ、ありがたくおもえよ!!」

かっかと火照る頬を隠すように体ごと向きを変え、背を向ける。

「ありがと、にいちゃん!…おやすみなさい」
「ふん…」

回された腕の中が思ったよりも心地よく、瞼を閉じれば直ぐに眠気が襲ってきた。
そのまま、ゆっくりと眠りに落ちた…。







































「…ーノ、ロマーノ!」
「んぅ……?はれ?すぺいん?」

もう朝か、と問えばいきなりぎゅっと抱きしめられた。

「目が覚めたんやね!良かった〜〜〜っもう、めっちゃ心配したんやで!?」
「は?」

聞けば、おれは廊下で倒れていたらしく、そのまま意識が戻らず朝を迎えたらしい。

「もう、体調悪いんやったら言わなアカンよ。」
「お、おぅ……悪かった、な…」
「えっ…!?ろ、ロマが謝った!?やっぱ熱あるんやろ?今日は一日休んどき!」
「な、なんだとこのやろー!?おれが謝ったらへん、なのかよ…。」

ぷぷぷと頬を膨らませれば、『トマトみたい』だとスペインは笑って頭を撫でてきた。

「ごめんごめん。いつもこう素直やったらかわえぇのになー。」

撫でていた手が、きゅっとくるんを掴んだので、頭突きをしておいた。

「…今度、オーストリアに行くときは、おれも連れて行けよこのやろー。」
「え?どないしたん?いつもやったら嫌がるのに…」
「約束、したからな。」

――――――今度会ったらハグしてやるって。

口には出さずに、心の中で呟いた。


(ハグしてやるから、だから寂しいなんて言うなよ、ちくしょー)



こうして、おれは再び元の時代へと戻ってきた。
おれは不思議なあの出来事を、誰にも言わずにそっと胸の中にしまっておくことにした。

この小さな胸にそっと芽生えた気持ちとともに――――――。




END
言い訳。 途中まで書いて結局間に合わず残念なカンジで無配した本を 最後まで書いてみました。 …オチが迷走してどこで落としていいのかわからず、 ずるずる書いて結局こんなオチに。 あれ?これ、伊ロマ…?で、いいのかしら。わからん。 あんまり黒くないイタちゃんで伊ロマ書きたい。 と思ったので、個人的には書けて満足です。 あと、おっきいイタちゃんとちびロマの絡みが書いてみたかったので。 きっとこの二人だと可愛くほのぼの書けるに違いない!と。 …可愛いかどうかはさておき。 ほのぼの…?かどうかはさておき。(どこまでさておきする) 書けて満足です。キリッ ← 2011/5/22 up