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(クッソ…ここどこだよちくしょー!!)

フェリシアーノの礼服を着て控え室から抜け出したロヴィーノは
何とか外に出たものの、どこをどう行けば城から出られるのか全く分からなかった。
…いや、その前にアントーニョを探さなければ。
そこで思いついたのはやはり先日訪れた際のあのトマト畑がある秘密の場所だ。
あの場所なら身体が覚えている。
ロヴィーノはまず中庭を目指した。

その途中で軍服をきた兵士たちが慌てた様子で走ってきたので
思わず物陰に身を隠すと『花嫁が逃げた』らしい。
『捕らえて王子の前に連れて来い』という伝令をして回っているようだ。
それを聞いたロヴィーノは顔を青ざめさせた。

(嘘だろ…っ!?バレんの早すぎだ!!)

フェリシアーノのヤツ、偉そうに言っておいてこれかよ!!
内心毒吐きながらそっと身を隠しながらその場を後にした。

美しい花々が咲き誇る中庭に差し掛かったところで
背後から物凄い勢いで走ってくる男に気がついた。

「待たんかいごぉらぁあああああっ!!」
「ちぎゃアアああああああああああああっ!?」


み、見つかった…!
もの凄く怖い形相と声に飛び上がらんばかりに驚き、
走る速度が自然と上がった。

(こっこえーっ!なんだあれ!?)

あんなのに捕まるのは嫌だ!
ロヴィーノは必死で中庭の奥の林を走り抜ける。
アントーニョがそこにいるかは分からないが、
この際林を利用してどうにか追っ手を撒こう。
そう考えたのだが、どういう訳か追っ手はロヴィーノの行く先を把握しているのか
徐々に距離をつめてきた。

「待ちやっていうとるやろがああっ!!」
「ひぃーっ!!」

逃げ足は速いが元々持久力のないロヴィーノの走る速度が下がってきた。
それに比べ“追っ手”は体力には自信があった。



あと10m、







あと3m…







“追っ手”は手を伸ばす。








そして…――――――。








「捕まえた!!」
「はっ離せ離せ離せちくしょー!!」

掴まれた腕を振り払おうとするが、全くビクともせず、
更に“追っ手”の腕に強く身体を抱きすくめられた。

「往生際が悪いで!大人しくしぃや!」
「ぶっ無礼者!!離しやがれ!だっ誰か、…っあんとーにょったすけろちくしょー!!」
「逃げといてその言い草かいっ!なんやの、お前…」
「…………え?」

じたばたと暴れていた手を止めて恐る恐る振り返ってその男の顔を見た。
先日よりも華やかな装飾の施された白いタキシードを着ているのは、
まさしく今会いたいと願っていた“アントーニョ”その人だった。

「アントーニョ…?」

苛立ったように顔を顰めたアントーニョにロヴィーノはきょとりとした。
(何か、すげぇ怒って…る?)
それに何故、タキシードなど着ているのか。
まるでこれから結婚式ですという衣装に、首を傾げた。

「お、王子!こちらにいらっしゃいましたか!」
「あぁ、すまん。お姫さんはこのとおり無事捕獲したから。
なんや直前になって不安になったみたいでなー?
落ち着いたみたいやから、皆持ち場に戻ってえぇよー」

敬礼をして去っていく兵士たちを見送り、アントーニョは再び視線を
ロヴィーノに戻すと、何故かオリーブ色の瞳が驚愕の色を浮かべていた。

「お、おうじぃいいいいいいい!?」
「ん?あれ?何、その反応…。もしかして知らんかったん?」
「知らねーよ!!!おまっおまえがこの国の…?!」

あんぐりと口を開けてただ、ただ驚くばかりのロヴィーノに
アントーニョは爽やかに微笑んだ。

「アントーニョ・フェルナンデス・カリエド。
婚約者の名前くらい覚えといてや、ロヴィーノ」


(アントーニョ…あぁ、だからどこかで聞いたような気がしたんだ)




呆然とアントーニョを見上げるロヴィーノに、
笑みを引っ込めたアントーニョは再び顔に青筋を浮かべた。




「さて、……ロヴィーノ。どういうことか、説明してもらおーか?」












*












控え室に舞い戻ったロヴィーノは再び着付けとメイクが急ピッチで行われていた。
折角綺麗に着付けたのに、と作業にあたるメイドたちに怒られたものの
無事で良かったと心配してくれていたことに感謝をした。

「それで、結局兄ちゃんの『好きな人』はアントーニョ兄ちゃんだったってこと?」
「うっ……まぁ、その…」
「そっかぁ、それなら良かった。俺、望まない結婚させちゃうと思って…
焦って騒がせてごめんなさい…!」
「んーん、えぇよ。フェリちゃんはロヴィのこと大好きなんやなぁ」

謝るフェリシアーノに、アントーニョは笑顔でそういうと、
フェリシアーノは安堵して緩い笑みを浮かべた。

「ロヴィは、俺のことは覚えとっても名前覚えてなかったみたいやし、
ほんまに断片の記憶しかなくて、俺が王子やっていうのも分かってなかったんやな?」

ドレスを着付けられながらロヴィーノは居た堪れなさに
再び逃げ出したくなったが、小さく頷くことで答えた。

「なるほどな。『婚約者』と記憶の中の俺がイコールで繋がらへんかったから
結婚する前にど〜しても逢いたいから会いに来たっちゅーこと?」

アントーニョは嬉しさを隠しもせず満面の笑顔でどうしてもを強調して言った。
ロヴィーノはその顔を殴りつけたい衝動に駆られたが我慢した。

「…も、もういいだろっ!尋問かよ!?いい加減にしやがれこのやろー!!」
「ロヴィーノ様動かないで!!」
「…はい」

穴があったら入りたい心境とはまさにこのことだろう。
もう一緒にはいられないからと思ったのに、
実際は気付かないうちに一生の約束をすることになっていたのだから。

「普通名前で気付かへん?どんだけ『婚約者』に興味ないねん」
「ヴェー…兄ちゃんほんとに義務感だけでOKしたんだねぇ」
「う…っ」
「酷いわー。結婚まで会うの拒否されるし、毎回誕生日とか
イベント事に贈り物欠かさへんかったし、ロヴィの好きなトマトも送ってたんに」

もちろん、ロヴィーノからの返答は何もなかったが。
それでも思い続けたアントーニョは健気というか、執念深いというか。
しかし、そのおかげでこうして晴れて結婚式を挙げるに至るのだから
アントーニョの気持ちは本物なのだろう。

「そっそれは…お、お前だってあん時『アントーニョ』としか
名乗らなかったじゃねーか!!気付くわけねーだろ、アントーニョなんて
名前のやついくらでもいるんだから」
「んー、まぁそれは……ほら、フェリちゃんがロヴィこっちに来るけど
よろしゅうにって手紙くれたやん?それに名前以外名乗らんように、って」
「………え?」

アントーニョの言葉にフェリシアーノが首を傾げた。

「俺、そんな手紙出してないけど……?」
「え?」

アントーニョとフェリシアーノは顔を見合わせた。
暫くその場がしんと静まり返ったが、着付けの作業を終えたメイドが
『それでは私達はこれで』と部屋を出ていくと
まぁいいか、と二人は思い直した。

「もう時間あんまりないから、そろそろ行かないと…」
「せやな、」

メイドに礼を言ってドレス姿のロヴィーノに視線を戻した二人は
同時に固まり、感嘆の溜息を零した。
そんな二人にロヴィーノは何だよ、と眉を顰めた。

「なんていうか…さっきも思ったけど、流石アントーニョ兄ちゃんの見立てだね。
兄ちゃんに凄く合ってるし…あ、でも背中開きすぎじゃないかな?」
「そんなことないで、ロヴィの背中は世界遺産にしてもえぇくらい綺麗やし。
あー…わー想像以上に天使やわ…これあかんわ。お披露目したくないレベルや…」
「だめだよぉ、ちゃんと式に出ないと」

ぼそぼそと小声で言い合うアントーニョとフェリシアーノに、
むっと口を引き結んだ。

「んだよっ、二人して…俺を除け者にするんじゃねー!!」
「してへん、してへん」
「そうそう、兄ちゃん凄くきれいだね!さ、時間押してるし、そろそろ移動しようか」

式を行う礼拝堂では花嫁の登場を待ちわびて多くの人々が待っている。
緊張してきたのか表情を強張らせたロヴィーノに気付いて
アントーニョはフェリシアーノに言った。

「フェリちゃん、あと5分だけ待ってくれへん?」

フェリシアーノはアントーニョとロヴィーノを振り返って
二人の顔を交互に見て、肩を竦ませた。

「ヴェー…5分だからね?手出したらだめだよー?」
「ははは、鋭意努力するわ」

努力するって何。しないって言えよ。
フェリシアーノはそう思ったが、大人しく扉の外に出た。

フェリシアーノが出て行ったのを見送って、アントーニョはロヴィーノを振り返った。
黙って視線を落としたままのロヴィーノに近づき、その顔を覗き込んだ。

「ロヴィ、そんな不安そうな顔せんで。大丈夫やから」

その言葉にふるりと頭を振って、ロヴィーノは小さくごめん、と呟いた。

「それ、何について?」

まさか今更結婚出来ませんなどというつもりなのか。
そんなことは許さない。

「気付かなかったから、お前のこと…ずっと、無視するみたいになったこと
ごめん・・・って今更だよな」
「あぁ、それな。まぁ、しゃーないわ、ロヴィ殆ど記憶失くしてもうたんやろ?」
「俺…ずげぇ我儘押し付けてた」

ずっと無視してたくせに突然現れて、誰かのモノになるなとか
俺だけ見てろとか、すげぇ恥ずかしくて図々しいこと言った。
思い出して恥ずかしさのあまり穴に入るどころか埋まりたくなった。

アントーニョは小さく笑うとロヴィーノの両手をそっと握って
額にキスを落とした。

「あーいう我儘なら、いつでも言うてくれてえぇんやで?
でも、もう俺から逃げんとって」

ロヴィーノが自分のことを好きじゃなくてもいいから
それでも傍に居てくれればと思っていたけど、
逃げられるのは辛いし、悲しい。

うんと頷いたロヴィーノは顔を上げてアントーニョの瞳を見た。
優しい笑顔に安堵しながらじわりと浮かんだ涙が流れぬように堪えた。

「…ところで、ロヴィは俺んこと何やと思ってたん?」
「それは…その…トレロ、とか?」

闘牛やっていたことしか殆ど覚えていなかったから。
闘牛士だと勝手に思っていたのだ。

「んー、まぁ間違ってはないかなぁ」

確かに血生臭いことも必要とあらばやってきた。
あの時は法王一族が国を訪問するからということで
王子であるアントーニョが自ら伝統ある闘牛を披露し、
それ以外にも様々な文化に親しんでもらおうとあれこれやっていたらしい。

「…全然覚えてねぇ」

結局記憶は飛んだままだし、断片的にしか戻らなかったが
それでも、あの約束どおりアントーニョはこれからもずっと傍にいてくれる。
それなら、それでいいかとロヴィーノは思った。

そこでコンコン、とドアをノックする音がした。

「兄ちゃんたち、そろそろ時間だよー早くいかないとそろそろ
ルートがマジ切れしながらくるかもよー」

外からフェリシアーノがそういうと、それは怖い!と二人は慌てた。

「い、今行くぞこのやろー!!おい、アントーニョ…」
「ロヴィーノ」

慌てて外に出ようとしたロヴィーノの手を取ったまま膝をついた
アントーニョはちゅっとその甲に口付けた。

「約束どおり、迎えに来たから俺と結婚しよ?」
「……っ!」

折角泣くのを名我慢していたのに、アントーニョの言葉で
とうとう溢れ出してしまう。





いつこの時がくるのかな。




早く大人になりたいな。




指折り数えていた。





ずっと待ち望んでいた瞬間。







ロヴィーノの溢れた涙を苦笑したアントーニョが立ち上がって指で拭う。

「ロヴィ、返事は?」
「もっ…泣かすなこの野郎!する、から…!ずっと、一緒にいろよな…っ!!」

飛び込むように抱きつくと力強く抱き締められた。
そして触れるだけのキスをして、
アントーニョはロヴィーノを抱き上げて扉を開けた。

「ちぎゃー!!やめろっ!おろせー!」
「ほな、ロヴィの気が変わらんうちに式あげよーか!」
「はいはい!もうっ兄ちゃんたち、いちゃつくのは式の後でねー!!」

時間ないから急いで、と急かされながら
アントーニョはロヴィーノを抱えたまま式場となる礼拝堂へと走った。
空からは二人の結婚を祝うかのように天使の羽が舞うように一枚落ちた。




【HAPPY END】
















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2014/12/21 up