始まりは、ただの口喧嘩だった。
ロヴィーノが休暇を利用していつものように家に来てくれた。
独立しても、こうして以前と変わらない態度のロヴィーノを見ると、自然と頬が緩んだ。
その日も、他愛もない話をしながら夕食を共にし、ソファに座って酒を飲んでいた。
つまみがない、と言う彼にチーズや生ハム、オリーブの酢漬けなどを追加で出してやると、
『Gracias』とスペイン語が返ってきて、嬉しくなった。
普段あまり俺の家の言葉を使っているのを見たことがないから、
不意打ちすぎて、一瞬何語か分からなくなりそうだった。
今日は余程機嫌がいいのかな、と思いながら彼の持ってきたイタリアワインを楽しんでいた。
そんな時だ。ふいにその時たまたま適当につけていたテレビの連続ドラマの話になり、
ドラマを暫く見ていた彼が口にした言葉で、それまで伝えたくても伝えられない、
今の曖昧な関係を壊すことになるとは、夢にも思わなかった。
「お前、アイツに似てんぞ」
テレビに映る、今人気の二枚目俳優に似ていると言われ、少し嬉しくなった。
ロヴィーノの瞳には、あれくらい男前に映っているということだろうか。
「えー?俺がそれくらい男前やって?照れるわ〜」
「ちげーよ。そっちじゃなくて、役柄の方だバーカ!」
役柄…?
それなりにモテる、将来有望な男で、彼女持ちで…。
それこそ似ているだろうか、と首を傾げる俺に、ロヴィーノはオリーブを摘みながら言った。
「放っておけないからって簡単に浮気しそうだよな。
お人良しなのも、優しいのも大概にしとけ。」
(何やて?)
聞き捨てならない。
自分でも気がつかなかったけれど、俺は結構一途だと思う。
ロヴィーノに対する気持ちが恋だと気付いたのは、彼が独立してからだが、
無自覚とはいえ、ずっと彼を傍において離さなかったのだから。
何百年も一緒にいて、ずっと見てきた。
そんな俺が、浮気だって?
どれだけ長い間お前のことを想ってきたのか、ロヴィーノは知らない。
知らないから、そんなことを言う。
「いくら何でも簡単に浮気とかせぇへんわ。大体、俺は結構一途やねんで!」
だから、そんなことはないとはっきり言っておく。
しかし、ロヴィーノは俺の言葉を尚も否定する。
「嘘付け、お前絶対直ぐに浮気すんだろ。
昔ローデリヒと結婚してた時だって、馬鹿弟に結婚して〜とか迫ってたし。
しかも俺とも一緒に幸せに〜とか言ってたじゃねーか。」
「ちがっ…あれはやなぁ…!あんなんただの冗談やんか!」
…確かに言ったし、その時は皆一緒なら楽園やなぁと思っていた。
けれど、ずっと一緒に居たいと思ったのは、ロヴィーノだけだ。
他の誰かではだめなんだ、と気がついたのはお前が独立してからやけど…。
「はっどーだか。認めろよ。お前は浮気性だって。」
「そっ…そんなん言うたらロヴィーノかて、可愛い女の子は皆好きなくせに!」
「あぁ、可愛い女の子は皆好きだ。当然だろ?でも、それとこれとは別だ。
俺は本当に好きなヤツには一途だ。」
はっきりとそう言うロヴィーノに、まさかと不安が過ぎった。
もしかして、ロヴィーノは好きなやつが居るのかもしれない。
――――――今まで考えなかったわけではない。
ロヴィーノは、女の子が好きだ。
だから良くナンパをする。失敗してはフェリちゃんに慰めてもらっているらしい。
俺のところに居たときも、そんなロヴィーノをみたことがあった。
いつかロヴィーノも誰かに恋をするかもしれない。
そうしたら、自分はどうする。
黙ってみている、などということは出来ない。
(俺かて、お前のことが好きなんや)
誰かに奪われるくらいなら、いっそ…――――――。
などという衝動に駆られたことは、一度や二度ではない。
けれど、いつも寸でのところで思い留まった。
ロヴィーノの前ではいい親分でいたかったし、例え恋人にはなれなくても
こうして今までどおり親分子分で居てくれるなら、それもいいかと思っていた。
それまでの何もかもが壊れるのは怖かった。
だから、そう。
考えないようにしていた。
ロヴィーノが好きになったヤツ。
そいつがどれだけいいヤツかは知らないが、
俺の方が絶対ソイツよりもロヴィーノのことを想っている。
それだけは、自信があった。
「――――――そんなら、俺かてちゃんと好きな子には一途やもん!」
「…とか言いつつ…。」
「ない!絶対ない!!!」
「無理すんなよ。認めろって。」
付き合っても見ないで浮気性だろ、と決め付けてかかるロヴィーノに、
段々腹が立ってきて、意地でも一歩も譲らない姿勢を貫く。
「ないったらない!」
それでもロヴィーノは、撤回するつもりはないらしい。
それなら、いっそ。
「もー…そないに疑うんやったらなぁ…
付き合うてみたら、えぇやろ。そしたら絶対浮気せぇへんって解かるわ!」
半分冗談で、半分本気だった。
ロヴィーノが乗ってくるわけがないので、話題を逸らすためであった。
(最も、付き合う。なんてことになったら、浮気どころか、手放す気もない。)
けれど、予想に反してロヴィーノは唇の端を上げて笑った。
「へぇ。いいじゃねーか。どこまで耐えられるか、俺がこの目で確かめてやるぜ!」
(え?………え!?)
えぇの?ほんまに!?
いやいや、待て待て。まだ喜ぶのは早い。
何しろ、相手はロヴィーノだ。
女の子は大好きでも、男は嫌いなロヴィーノだ。
そんなこと、承諾するわけがない。
「えぇの?そんなん言うて…」
「何だよ、あんなふうに言っておいて、やっぱり自信ねぇのかよ」
「自信はあるで!そうやなくて、『うん』って言うたらもう離せへんけど、えぇの?」
「…っだ、だから、いいって言ってんだろーが。」
しつこいぞ、お前!と眉を寄せるロヴィーノを凝視した。
まさか、本当に『付き合ってくれる』というのか。
「ほんまのほんまに、えぇの?」
「いいっていってんだろ、何回言わせる気だ、畜生が!」
「えぇんやな!…ほんなら俺ら今から恋人同士やで!!」
「絶対浮気すんなよ、お前」
「もちろんや!!ほんなら、今日一緒に寝てくれる?!恋人やもんな、えぇよな!!」
「――――――あぁ、いいぜ。」
(あれ?えぇんや…!?)
拒否られると思っていたのに、予想外な展開の連続にこれは現実なのか?と
ロヴィーノをまじまじと見た。
酒のせいでほんのり赤かった頬が、赤みを増す。
つられてこちらも赤くなっていると、ロヴィーノは立ち上がった。
「…先に風呂借りるぞ、お前はこれ片付けとけよな!!」
「う、うん分かった」
ロヴィーノが足早に部屋を出た後、使ったグラスや食器類をゆっくりと片付け始めた。
まさか、本当にいいと言うとは思わなかった。
付き合うなら、可愛い女の子の方がいい。
そう言われると思っていたけど…。
(しかも、同衾OKとかどういうことなん!?)
彼がまだ小さい頃は一緒に寝たことも多々あったが、最近はいつも別々だったのだ。
たまに二人とも酔いつぶれてそのまま寝てしまった、ということもあったけれど。
こんなに簡単に上手くいくとは思わなかった。
まさか、夢ではないだろうか。
…夢かもしれない。
こんなに自分の都合よく上手くいくなんて、そもそもありえない。
洗い物をしていた手を止め、むぎゅっと頬を抓ってみた。
「…痛い、なぁ…」
夢じゃない。
本当に、俺はロヴィーノと…――――――!!
泡のついたスポンジを持ったまま、両手を挙げた。
「おい、風呂上がったぞ…って、お前何やってんだ?」
「えっ!?いや、何にも…!」
慌てて残りの食器を洗っていると、近くまできたロヴィーノが何故か噴出した。
「お前…アホ面が更にアホ面になってるぞ。」
「え〜っアホアホ言わんとってぇ…っ?」
笑いながら手を伸ばして俺の頬に触れた。
(え、ちょお待って!心の準備が――――――!)
「泡、ついてたぞ。一体どんな洗い方してんだよ。」
「あ、泡…?」
「さっさと片付けねぇと俺先に寝るからな」
「えぇっ!?ちょ、待ってや!」
慌てて片付けて自分も風呂に行ってから寝室に向かった。
ロヴィーノはベッドの上で寝転がって雑誌を読んでいた。
「おせーぞ、このやろー」
「ごめんなぁ…」
柄にもなくドキドキとしながらベッドに近づいていく。
ロヴィーノはそんな俺には気付きもせず、いつもの習慣で服を脱ぎ始めた。
「何じろじろ見てんだ」
「えっ!?あぁ、いやその……」
「何変な顔してんだ、寝るぞ」
何と言うか、いつもどおり…やんなぁ。
折角恋人同士なんに、もっと甘〜い感じには…まぁ無理やんな。
俺とロヴィーノはそれこそ何百年も家族同然に暮らしてきたのだ。
いきなりそんな雰囲気になれるわけもない。
一緒に寝る、と言ったってロヴィーノはただ本当に『寝る』だけのことしか考えていないのかもしれない。
…かもしれない、というかそうなんだろう。
さっさとベッドに潜り込んだロヴィーノは、もうすでに寝る体制である。
まぁ、いきなり何の準備もなくコトに及ぶなどということは、俺も考えていない。
(まぁそのうちに…うん)
折角“恋人”になれたのだ。
子分としてよりも、もっと特別な存在として大事にしたい。
ベッドに潜り込むと、ロヴィーノの身体を抱き寄せた。
驚いて固まったロヴィーノの背を撫でてやると、緊張した身体が徐々に解れてきた。
その様子に微笑みながら、『大好きやで』と囁けば、もごもごと小さな声が返ってきた。
「…俺も」
大切にしよう、絶対。
そう胸に誓った。
*
些細な口喧嘩から、どういうわけか付き合うことになった俺たちだったが、
それなりに上手くいっていたと思う。
フランシスに「付き合うことになった」と言えば、「やっとか」と呆れられた。
『どっちも気持ちは同じはずなのに、見てる方向全然違うんだもん。
お前はお前で空気読まないし、ロヴィーノは女の子好きだって思い込んでるし。
ロヴィーノはロヴィーノでなかなか不器用だし、素直じゃないし…まぁアイツなりに
いろいろ頑張ってたけど、お前相手じゃなぁ……まぁでも良かったな』
お前があんまりにもあれで、ちょっとロヴィーノが可哀想だから、
お兄さんが代わりにもらっちゃおーかな、とか思ってたけど!
と笑うフランシスの足を踏んづけておいた。
兎も角、俺たちは随分遠回りをしていたことが分かり、
なんだ、それならもっと早く言ってしまえばよかった。と思った。
勿体ないことをした。
まぁ、そのぶんこれからしっかり伝えていこう。
…とは思ったものの、お互い仕事があるから頻繁に会う、ということは出来ず
専ら電話やメールのやり取りが多かった。
便利な世の中になったものである。
今日中の仕事を何とか終わらせて時計を見れば、夜8時過ぎだった。
固まった筋肉を伸ばそうとぐっと伸びをして、溜息を吐いた。
これから一人分の夕食を作るのは面倒だ。
近くのバルにでも行こうか。
などと思いながら、その前に…ロヴィーノの声が聞きたい。
携帯電話を取り出して、ロヴィーノのアドレスを呼び出し、発信ボタンを押す。
ワンコール後、直ぐにロヴィーノが出た。
「ロヴィーノ〜俺やで〜!」
「…何だよ」
「親分今仕事終わったとこやねんけど、ロヴィは?」
「俺は仕事の後、馬鹿弟と一緒にメシ食って帰るところだ。」
ぶっきらぼうな声が返ってくるのはいつものこと。
そんなことは気にもせずに会話を続けた。
「えぇなー。フェリちゃんと一緒かぁ。俺も今からやねんけど、一人分作るん面倒やな、とか思っててん」
「――――――ふぅん」
「フェリちゃんと何食べたん?」
「…トマトのパスタ、アサリの白ワイン蒸し、ミネストローネ、ジェラート」
「うおおおっ!えぇなぁ!あーあかんわ、腹減ってきた」
想像しただけで涎が出そうだ。何といってもイタリア料理、間違いなく美味いだろう。
しかも、兄弟二人と一緒なら、もう楽園である。
出来ればその場に行って、夕食を一緒に食べたかった。
「えぇなぁ…」
実に残念だ、と零せばロヴィーノは黙り込んだ。
あれ?切れたか、と不思議に思って声をかけようとした、が。
「…フェリシアーノなら隣に居るぞ、代わるか?」
「えぇっ!?なななんでぇぇえ!?」
「要するに、フェリシアーノと一緒が羨ましいってことだろ?」
「ちゃうちゃう!別に代わらんでえぇて!ロヴィーノと話たくてかけたのに、
それは切ないからやめてぇー!!」
一体どうしたらそうなるのだ。
ロヴィーノの思考回路は理解できない。
折角恋人に電話をかけたのに、何故その弟と代わる必要があるのだ。
必死に訴えると、再びロヴィーノが黙り込んでしまった。
あかん、電話越しとかでなくて、ちゃんと目みて話したい。
そしたら、今ロヴィーノがどんな顔をしているのか、とか分かるのに。
「あの、ロヴィーノ…?」
『ヴェーどうしたの、兄ちゃん。顔真っ赤だよ?』
『うっうるっせぇ!こっちみんな!!』
…二人の会話が小さく聞こえてくる限り、回線が切れたわけではないようだ。
「ロヴィ?」
「っ何でもねぇ!…っくそ、お前ほんと………」
それ以降口を噤んでしまった。
(『ほんと、』何やろ…?)
微妙な空気に、話題を変えようと話しかける。
「せや、ロヴィーノが今度家に来たら、どっか食べに行こうか?」
「あ、あぁ…いつものバルか?」
「うん、それもえぇけど…もうちょいえぇリストランテとか、予約して…」
折角やし、ちょっと豪華に。
洒落た店を今度リストアップしてロヴィーノに送る、どこかいいか決めてくれ。
そう言うと、ロヴィーノはこう返してきた。
「別に無理しなくていいぞ。」
財布の心配をしてくれているのだろうか。
けれど、それくらいなら俺も余裕があるのだ。
「してへん、してへん。たまには食事デートもえぇやんな」
「でーと………」
「あ、親分の車でドライブがてらってのもえぇなぁ。」
あれこれデートのプランを考えて提案してみるが、ロヴィーノの反応は薄い。
それもいつものこと、と言えばそうだけど少しくらい反応が欲しい。
嬉しいとか、楽しいのは自分だけなのだろうか。
「ロヴィーノ、もしかして嫌?」
「べっ別に…嫌、とかじゃ…」
「ほな、他に行きたいとことか、したいことある…とか?」
出来れば、黙ってしまうよりも何か言って欲しい。
いつもの罵倒でもいい。
顔が見えないから、余計にロヴィーノがどう思っているのか聞きたいのに。
「俺、………別にお前の家でメシでもいいぞ」
「……えっと、それはつまり」
「だから…っ俺は、お前と一緒だったら、どこでも…その、楽しい…と思う、から」
――――――だから、別にどこでもいいんだ。お前と、一緒なら――――――
ガシャン。
思わず携帯を落としてしまうほど、衝撃を受けた。
え、何今のん…耳空?空耳?
『お前と一緒ならどこでもえぇ』みたいな、俺にめっちゃ都合のえぇように聞こえたで!?
おっおっそろしぃわ…!
何、この子…!
「おっおい、大丈夫か!?」
「あぁ、大丈夫や…ちょっと、うん……不意打ちすぎるデレの衝撃に慣れてへんだけや…」
ほんま、ビックリするっちゅーねん。
なんやこれ。可愛すぎるやろお前…。
あかん、なんでこんな電話越しでそんなこと言うねん。
傍に居ったら確実に押し倒して食うとるな…。
いや、だからこその電話なのか!?計算済みか!?
ロヴィーノ、恐ろしい子…!
そんなことを改めて思い知った、ある日の夜の出来事だった。
*
ある意味順調のように見えた俺たちの関係だが、
ロヴィーノは目に見えて沈んでいた。
何か悩みがあるのだろうか。
そう思って、何度か直接聞いてみるが、返ってくるのは同じ言葉だ。
「別に何でもない」
仕事のこととか、上司のこととか、愚痴ならばいつでも聞いてやるのに。
ロヴィーノは何も言わない。
言わないから、ロヴィーノが考えていることが分からない。
ただ辛そうな横顔を眺めるだけなんて、歯痒くて仕方がない。
それとなくフェリちゃんにも聞いてみるが、フェリちゃんも何となく元気がない
ということは分かるが、理由とか何があったかは良く分からないらしい。
どうしたものか、と思ってるとちょうどイタリアへ行く用事が出来た。
そのことをロヴィーノに伝えたが、直前になって仕事があるから会えない。
という彼らしい素っ気無い用件だけの短いメールが返ってきた。
なんだ、折角会えると思ったのに。
ロヴィーノの上司もちょっと空気読んでくれ。などと思った。
仕方なく、当日は空いた時間に一人で近くをぶらついてみることにした。
一人でこの街を歩くのは久しぶりだった。
(偶然でもいいから、会えないだろうか)
無意味に携帯を開いたり閉じたりしていると、前方に見覚えのある後姿が見えた。
まさか、本当に偶然に会えるとは思っておらず、嬉しさのあまり声をかけようとしたが、
それは出来なかった。
ロヴィーノは、一人ではなかった。
後姿でもわかる、ブルネットの髪の美しい女性と腕を組んで歩いていた。
ナンパした女の子を連れている、という雰囲気ではない。
まるで本当の恋人のようだった。
これは、どういうことだろう。
――――――考えるより先に、身体が動いていた。
「ロヴィーノ!」
がっと強くロヴィーノの腕を掴むと、痛みに眉を寄せたロヴィーノが俺を見た。
何の感情も読み取れない瞳にイラ立ち、
隣の女も驚いていたが、構うことなくロヴィーノを人気のない脇道に引っ張り込んだ。
「どういうことなん?お前、仕事やって言うたやん!せやのに……!」
「…あー、そういやお前にはそう言ってたんだっけ?」
何でもないような口調で髪を掻き上げたロヴィーノに、更にイラ立ちを募らせた。
「…浮気、してたんや…?」
何とか声を絞り出すと、ロヴィーノは口角を上げた。
「浮気?…違うな。俺、あの子が好きなんだよ。本命ってやつ?
まぁ見ての通り、上手く行ったから。…もうゲームはやめようぜ。」
「ゲーム…?」
「ほら、お前が浮気性かどうか確かめるやつ。もういい加減、飽きたし?
お前もそろそろ自由になりたいだろ?」
一瞬何を言ってるのかわからなかった。
ゲーム?自由になるってどういうことだ。
まさか、今までのやり取りは全部嘘で、ロヴィーノはただ“恋人役”を
演じていただけ、とでもいうつもりか。
ふざけるな。
「…っほんなら、今までの…全部ゲームやったって、ゲームやから
俺と付き合っとったって…言いたいん?」
違う、と言ってくれ。
そうでなければ、とんだ茶番ではないか。
本当に、付き合っていると思っていたのは俺だけなのか。
「―――――そうだけど?…なんだよ、お前がそう言ったんじゃ…」
「…っロヴィーノ!!」
ロヴィーノの手首を掴んで、壁に押さえつける。
が、それを乱暴に振り解いたロヴィーノはさも鬱陶しげに手を振った。
「んだよ、うるっせぇな!!わかったわかった、俺の負けでいいから」
…何故そんなに怒っているのか分からない。
そんなロヴィーノの態度に、拳を握り締め、ギリッと強く唇を噛んだ。
あぁ、そう。
つまり、ロヴィーノは最初からゲームで俺と付き合ってたわけか。
俺だけが、本気で。
俺だけが、めっちゃお前のことが好きで、
でも、お前はそうやないってことやんな。
ゲームで触れたり、触れられたり、セックスはまだやったけど
何度も一緒に寝たり、キスも出来るくらい、軽い関係やったわけか。
そんなん誰とでも出来るような、軽い男に育てた覚えはないねんけどな。
「―――――わかった。ほな、さいなら。」
あぁ、アホらし。
本命と上手くいったら、縁切りやなんてほんま最低。
あんなヤツに熱上げてた俺、ほんまアホやん。
ほんま………。
最低やのに、嫌いになれへん俺、ほんま阿呆。
*
「おーい、いつまで不貞腐れてんだ?」
執務机にだらりとうつ伏せていた俺に、フランシスが声をかける。
いつの間にか勝手に上がりこんでいたらしい。
まぁどうでもえぇけどな、いつものことやし。
「…ほっといてんか。」
「…明日、イタリアの統一記念日だけど?」
「行かん」
今はまだ、気持ちの整理もついていない。
行った所で、ロヴィーノの顔を見たら何をするか分からない。
「…いっそ、あん時無理矢理にでも犯してやればよかった。」
そしたら、きっとこの胸に閊えているやり場のない怒りも収まるだろうか。
「お前、そんなことしたら、いくら俺でもお前のこと殴るよ」
「…冗談やんか」
半分本気、とは言わないでおいた。
きっとそんなことしたって、後悔しか残らないだろうことは目に見えている。
大事にしようって、思ったんだ。
けれど、ロヴィーノは…。
「はぁ……お前が自分で気付くまで黙ってようと思ったけど、
やっぱりお兄さん、お節介しちゃお」
「は?なん…」
「お前、一体何百年あの子と一緒にいたの?
親分やー、なんて言ってる割に、あの子のこと全然分かってないよな」
「んなっ!」
反論しようとした俺に、パンと平手打ちした。
「何すんねん!!」
「目、覚めた?――――――本気で今までの全部演技だと思ってるの?
嘘つくの下手なの、知ってると思っていたよ、お兄さんは」
――――――あ。
そういえば、昔おねしょした時とか、掃除しててあちこち更に汚したりした時も
いつも、リスがどうのこうのって分かりやすい嘘をついていた。
っそうだ、あんなに分かりやすい嘘しかつけない子が、
何日も、何ヶ月も、好きでもない相手と付き合えるわけがない。
あの時だってそうだ。
泣きそうな顔に、無理に笑みを浮かべていなかったか?
「なん…ほんま、俺アホや…!」
「ほんと、鈍感だな。でも、ま…気がついて良かったな」
「あぁ、ほんまや!おおきに。やっぱりお前えぇヤツやな!!」
「なぁに、お礼ならお前の身体で払ってくれればいいからv」
フランシスの怪しい手つきをさらりと回避して、机に向かう。
そうと決まれば、早く仕事を片付けてイタリアへ行こう。
そして、今度こそちゃんとロヴィーノの話を聞かなければ。
そんな思いで急いでペンを走らせた。
*
急いでも結局何日も溜め込んでいた仕事は、日付を過ぎた頃に漸く片付き、
それから数日の休みを無理矢理分捕り、イタリアへ向かった。
ついた時には式典は既に終了していたが、
何とかその後のホテルで開催されたパーティーには間に合うことが出来た。
寝不足ではあったが、スーツにもキチンと着替えた。
そしてロヴィーノから誕生日にもらった腕時計も。
よっしゃ、行くで!と会場の前で気合を入れて中に入った。
見知った国も結構出席していたが、挨拶するより、俺にはやるべきことがある。
歩きながらロヴィーノを探していたら、直ぐに見つけることが出来た。
会場の隅の壁に凭れて、男と何かを喋っていた。
鬱陶しい、そんな雰囲気を醸し出しているが、男は大して気にしていないようだ。
(…ちゅーか、馴れ馴れしくすんなや!!)
男を睨んでいると、ロヴィーノがこちらに気付いたらしく、凝視したまま固まった。
俺はそのままロヴィーノに声をかけずに、ちょうど見つけたフェリシアーノに声をかけた。
…ちょっと意地の悪いことをした。
「フェリちゃん、誕生日おめでとさーん!」
「わーアントーニョ兄ちゃんだ〜!来てくれてありがとう!」
いつものように目を細めて笑うフェリシアーノとハグを交わした。
傍にいたルートヴィッヒや本田にも挨拶を交わして、フェリシアーノに問うた。
「なぁ、突然やけど…ロヴィーノって彼女居てるん?」
「ヴェ?居ないと思うけど…なんでそんなこと聞くの?」
兄ちゃんの恋人は、アントーニョ兄ちゃんでしょ?
というフェリシアーノに、笑った。
「せやな。ごめんな、変なこと聞いて。…なぁ、ロヴィーノ連れて行ってもえぇ?」
「だめって言っても連れてくつもりでしょ?いいよー。
兄ちゃん最近落ち込んでたみたいだけど、喧嘩でもしてたの???」
「…まぁ、そんなとこやね。」
肩を竦めると、フェリシアーノは『兄ちゃんのことよろしくね』と笑った。
それに頷いて返すと、踵を返した。
ロヴィーノの居た辺りに目をやれば、男に手を引かれて戸惑ったような顔をしたロヴィーノが居た。
男はゆっくりとロヴィーノを連れ出そうと歩き出した。
ロヴィーノは耳元で何かを囁かれて、瞳を瞬かせた。
(ちょお、ほんまあの子無防備すぎ…!!)
慌てて近づき、その腕を掴んだ。
「―――――悪いけど、こいつに用があるから、借りてくで。」
「―――っな、いった!いてぇ!引っ張るな…くそっ!」
ぽかんとした男(よく見ればどことなくロヴィーノたちに似ていた)から
ロヴィーノを奪い返し、会場を出た。
あのまま連れ出されていたら、どうなるのかロヴィーノは知っているのか?
あれはそのままホテルにでも連れ込む気だったはずだ。
なんで分かるかって?
俺も同じやからや。
「離せよ…!離せ…っ!離せっつってんだろ!!」
煩く喚くロヴィーノにイラつき、ついエレベーターのボタンを乱暴に押した。
バン、と響いた音にロヴィーノの身体が大げさに震えた。
「…静かにしとけや。」
あかん、違う。怖がらせてどうする。
思わず舌打ちしてしまった。
あぁ、全く上手くいかない。
振り回されとるなぁ…ほんま、昔っから思い通りにならへんな。
けど…それでいいんだ。
そんなところも、好きやねんなぁ。
もういろいろどうしようもないな、と苦笑せざるを得なかった。
*
ホテルの自分の部屋に連れ込むと、ベッドに座らせたロヴィーノの前に
仁王立ちして、問いかける。
「さてと、ロヴィーノ、俺に言うことは?」
ロヴィーノはそんな俺から目を逸らして視線を泳がせ全く見当違いのことを呟いた。
「……腕、痛かったぞこのやろー。」
「ロヴィーノ。俺、怒ってるんやけど。」
「………こ、こないだのこと…なら、…その、悪かった…けど、」
何で、怒ってるんだよ。わけわかんねぇ。
そういうロヴィーノに、眉を顰めた。
「…わからんの?」
こくりと頷くロヴィーノに、溜息をついた。
ほんま、この子は…いつまで黙っているつもりなのか。
「まぁえぇわ。ほら、俺に言うこと、あるやろ?」
「……ない。」
「ロヴィーノ。」
「ないったらない!」
「嘘吐き。」
嘘はあかんって昔も教えたんになぁ。と、溜息混じりに吐き出す。
早く言うてや。
お前の本当の気持ち。
「付き合ってる子ぉ、おらんのやってな。さっきフェリちゃんに聞いたで。
―――――なんであんな嘘ついた?」
もう言い訳なんて、出来へんよ。
フェリちゃんからも、しっかり聞いてきたしな。
そう言うと、ロヴィーノは声を詰まらせた。
それでも、彼は目を逸らすから、追い討ちをかける。
「素直に言うてみ?そしたら、怒らんよ。」
「う、でもお前、今怒ってるんじゃねーか。」
「うん、まぁ怒っとるよ。けど、素直に言うたらご褒美あげるで。」
そこでやっとロヴィーノがこちらを見たので、にっと笑った。
ロヴィーノが口を開こうとするが、やっぱり何も言わずに俯いてしまった。
「ロヴィーノ、」
急かすように名前を呼べば、いやだとロヴィーノは首を振った。
「……言ったら、お前………俺のこと、…き、きらいに…」
「ならへんよ。大丈夫やから、言うてみ?」
昔のようにぽんぽんと頭を撫でてやると、ロヴィーノの瞳から涙が溢れた。
その涙を拭ってやるのは、後だ。
今は、ただロヴィーノの言葉で、聞きたいのだ。
お前の本当の気持ちを。
ちらりと瞳だけで様子を伺ってくるロヴィーノに、優しく微笑んだ。
『大丈夫やから』と、そう言えば、ロヴィーノは何度か口を開けては閉じてを繰り返して
戦慄く唇で、必死に紡ぐ。
「ゲーム、とか…ごっことか、いやだ。俺、
―――――俺は、 本物が いい。
本当の、あ…アントーニョの恋人に、」
「―――――うん、えぇよ。」
言い終わる前に、よく言えました、とぎゅっと抱きしめた。
漸く聞けた、ロヴィーノの気持ちに安堵した。
あんなふうに言ってたが、やっぱり不安だったのだ。
でも、もう不安はない。
「は?」
「ちゅーか、俺はホンマに付き合うてるつもりやってんけど?」
「は?……はぁあ????!!!!」
「そりゃ、あんな始まりやったけど。というか、あん時ロヴィが言うまでゲームとか
そんなん思ってなかったし。俺がロヴィに言うたことも全部ほんまやで?
ロヴィーノも、そうやろ?」
にしし、と悪戯っぽく笑えば、ロヴィーノは暫く呆然とした後、
何だそれ、と騒いだが可愛いデレまで披露してくれるものだから、
ほんま、この子可愛すぎやんなぁと内心たまらなくなった。
「――――――悪いと思ってんなら、アントーニョ……キス、したって。」
言い終わるや否や唇を塞いでやった。
今まで燻っていた熱情を思い知らせてやろうと戸惑うロヴィーノが
息も出来ないくらい深いキスをした。
力の入らない手で、腕に縋ってくるロヴィーノが可愛くてぎゅうぎゅう抱きしめた。
「というわけで、誤解もとけたことやし、これからは浮気は絶対なしなしやで!」
「…てか、してねーよちくしょう!」
ぶすっと言い返すロヴィーノに笑って、直ぐに表情を引き締めた。
「誕生日、おめでとうロヴィーノ。」
「……うん。」
ちゅっと今度は額にキスをして、優しくベッドに押し倒す。
見上げたくるロヴィーノが首に腕を絡めると、再び深く口付ける。
そうして、貪るようにロヴィーノを抱き、翌日足腰の立たなくなったロヴィーノに
罵倒されながら、でも幸せだと思った。
「もうお前なんか嫌いだ…!」
彼の嘘は分かりやすい。
「そうなん?でも俺はロヴィーノ大好きやで?」
へらりと笑って返せば、ロヴィーノは顔を真っ赤にしてシーツに潜り込んだ。
(そういうところが、ずるいんだよ!)
という声はもちろん聞こえていないので、アントーニョはシーツを無理矢理剥ぐと、
何か言おうと口を開く前に、その唇を塞いでやるのだ。
これは、
心にもないことをいう、
彼の嘘つきな唇の対処法である。
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