『ロヴィーノ…』
どこかで俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
それは、懐かしくて甘くて優しい声だった。
『ロヴィーノ…早ぅ起きな遅刻してまうで?』
『ん…あと、すこし…』
『ロヴィーノ…』
ちゅっ、ちゅっと額や頬、首筋に口付けて。
でも、唇にはまだ触れてくれなくて。
目を閉じたまま、アイツの首に腕を回す。
『するならちゃんと、唇にしろよ、このやろー。』
そう呟けば、『そんなら、早ぅ起きぃ。』
わかったよ、起きればいいんだろ、起きれば!
だから、ほら。
早く、キスしたって…――――――――。
ジリリリリリ。と鳴り響く五月蝿い目覚まし時計をベッドから
手だけ伸ばして止めると、ため息を吐きながら起き上がった。
すると、男の朝の生理現象に気付いて、更にべっこり凹んだ。
また、あの夢かよ…。
いい加減忘れろよな、俺…。
もう何年前だと思ってんだよ…馬鹿じゃねーの?
自分からフっておいて、未だに未練たらたらとか、
格好悪いにも程がある。
俺は昔、付き合っていた男がいた。
そいつは幼馴染で……初恋の相手でもあった。
中学ん時、念願叶って付き合い始めたが、…あいつが高3で受験が終わった冬、
俺から別れを切り出した。
別に、嫌いになったわけではない。
寧ろ、片思いしていた頃より、ずっと好きになっちまってた。
でも…好きなだけじゃ、辛すぎて……耐え切れなくなった。
なのに、未だに夢にまで見るほどだなんて…。
もういい加減吹っ切れたい。
そう、俺は今日から社会人なんだからな!
そろそろ新しい恋をしたっていいだろう。
美人OLと、社内恋愛とか…!いいじゃねーか、オフィスラブ!!
…って、そうだ時間っ!
時計を確認すると、今すぐ家を出なければ間に合わない、時間だった。
「ヴォアアアアアアアアアっ!!!!」
初出勤に遅刻とか、ありえねぇだろっ俺の阿呆ー!!
慌てて身支度を整えて、部屋を飛び出した。
*
苦労の連続だった就職活動だったが、こんな俺でも漸く一つの会社から
採用の知らせをもらって、社会人としての一歩を踏み出した。
きっとこの先はキラキラした、イイコトが待っているに違いない…!
…と思ったんだが…どうやら、俺は神様に相当嫌われているらしい。
「では、これから貴方の上司のところに…――――――――。」
「ローデリヒ〜〜〜っ!なぁなぁ、俺んとこに新人くるってどの子ー!?」
一通り仕事内容を説明してもらっているところで、突然やってきた
馬鹿みたいにデカい声の主は。
聞き覚えがありすぎる声の主は。
俺の上司だというその声の主は。
「俺が課長のアントーニョやで〜♪気軽に『親分v』って呼んでくれてもえぇんやで!
…………って、あれ??…ロヴィー…?え、嘘、マジでロヴィーノなん!?」
今日の朝も俺の夢にご登場あそばされた…
俺の、昔の――――――――恋人だった。
出会いは小学生の頃。
人見知りと捻くれた性格のせいで友だちのいなかった俺に、
初めて出来た…友達。
こんな俺なんかと一緒に居ても、楽しくもないはずなのに。
弟と一緒に遊べばいいのに。
そんな俺をいつも遊びに誘ってくれて。
嬉しいのに、なかなか素直に言えなくて、頭突きしちゃっても
最後には笑ってくれた。
一緒にいると嬉しい、楽しいって気持ち。
それがいつの間にか恋になってた。
初めての恋だった。
けれど叶うはずもない、恋だと思っていた。
そう思っていたのに、アントーニョは俺を好きだと言ったんだ。
俺は嬉しくて、でも素直に言えなくて、泣きながらメールをした。
電子文字で『俺も好き』の一言。
それから、友達から、恋人同士としての付き合いが始まった。
それが中学ん時だった。
初めての友達も、
初めての恋も、
初めての恋人も
初めてのキスも、
初めてのセックスも、
全部、全部。
この、目の前の男だった。
「久しぶり、やんなぁ?元気しとった?」
以前と変わらないが、大人びた表情でふわりと笑う。
その笑顔に、ドキリとしながら、でも次の瞬間には痛みに変わった。
……なんで、お前はそんな普通の顔してられんだよ。
…そーか。お前にとっちゃ、俺とのことなんか、もうどーでもいんだな。
ちくしょうが。
(フったの、俺だけど…でも、まだ、今も忘れられなくて、)
まだ、好きなのは、俺の方だけかよ…!
明るい声も、見た目は悪くないはずなのに微妙にネクタイの柄が変だったり、
笑いかける顔も、幾分か大人びたけど、全然、変わってなくて。
優しくて、暖かい、俺の好きになったアントーニョ。
畜生……いい男になんて、なってんじゃねーよ。
――――――――付き合ってる頃は、本当に幸せだったんだ。
だけど、どうしても拭えない不安もずっと抱えていた。
決定打となったのは、コイツと悪友どもの会話だった。
『はー、フェリシアーノちゃん可愛すぎるぜー。』
『そやねー。かわえぇな〜。』
『…お前、何でロヴィーノと付き合ってんの?』
『何でって?』
『だってどう見てもお前の好みはフェリシアーノちゃんだろ〜?』
『おやめ、ギルちゃん』
『でもよー』
『…せやなー。なんでやろな?』
そうじゃないかと思ってた。
アントーニョはフェリシアーノも可愛がっていたから。
でも、じゃあなんで…――――――――。
(俺に好きって言ったんだよ…!)
アントーニョが家から遠い大学に通うことなったことをきっかけに、
俺はアントーニョに別れを告げた。
そうしないと、俺が辛くて耐えられなかったから。
(代わりでもいいから、なんてそんなの)
(無理だった)
「…――――――――気安く話かけんな!!
すいませんが、部署変えていただけませんか?」
「無理ですね。」
あっさりと却下されて、それでもコイツのいる会社でこれからも
やっていくなんて、そんなのは無理な話だろう。それなら。
「だったら、やめ…」
「――――――――――――――――へぇ。
随分冷たいやんかぁ。そない嫌かぁ?…元恋人が上司なん。」
さっと血の気が引いた。
ちょっ、おま…っ!何、暴露してやが…っちぎいいぃぃいいい!!
ほら見ろ、人事の眼鏡が固まっちまってんじゃねーか!!!
何かもう逃げたくなって、部屋から出ようとするが、一歩早く、
アントーニョの腕が俺の腕を掴んで、乱暴にドアに押し付けられた。
あまりのことに、反応出来ずにいると、
アントーニョは歪んだ笑みを浮かべて、低い声音で囁いた。
「――――今度は、逃がす気ないからな?覚悟せぇや。」
…――――――――誰、これ。
何これ。
え?え?
お前誰だよ…!?
前言撤回。
変わってないなんて、嘘だ。
だって昔のアントーニョは、こんな…こんな邪悪な顔で笑わない!!
これから俺、どうなるんだ!?
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