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「ヴォアアアアアアアアアアアアッッ!!」

印刷室からの叫び声に、アントーニョはまたかと頭を抱えた。
が、直ぐに立ち上がり、その声の元に向かった。
ドアを開けると、ばらばらと床一面に散乱した真っ白な紙の山。
その中で青い顔をして立ち尽くす、数日前に入ったばかりのロヴィーノ・ヴァルガス。


―――俺の幼馴染でもあり、昔の恋人であった。




コピーを取って来い…と言っただけなのに、何故こうなった。
軽い頭痛を覚え、顔を手で覆いつつ、口を開いた。

「…ロヴィーノ。お前、何してん。」
「な、何もしてねーよ!」
「何もしてへんのに、こんなふうになるかい!ああぁぁ…こんな散らかして…。」

まだ使える真っ白なコピー用紙を拾い集める。
まったく、どうやったらこんなふうになるのやら…。

「お、俺のせいじゃねーからな!」
「お前やなかったら誰がすんねん!素直に謝らんかい!
…何か分からんことあったら聞きやって言うたのに。」

ガサガサと紙を集めながら言うが、ロヴィーノは微動だにせず、突っ立ったまま。

「…それくらい、出来るって…思ったんだよ…ちくしょうが。」

一応悪いとは思っているのか、居心地悪げに小さく呟く。
恐らく、内心では『やっぱり』『どうせ自分なんて…』と自己嫌悪に陥って
自分を卑下しまくっているだろうから、これ以上彼を責めるつもりはなかった。
不器用すぎるところは、本当に昔と変わっておらず、
ロヴィーノに見えないように、小さく笑った。


ロヴィーノは、昔から酷く不器用で素直とは程遠い捻くれた子供であった。
その根底には彼とは正反対の性格の、誰からも愛される弟の存在があったわけだが…。
構うな。近づくな。触るな。…そんなことを言いながら
その実とても寂しがり屋で、独りが嫌いで強がってみせるくせに直ぐに泣いて。
天邪鬼なそんなところが、可愛くてしかたなくて。
誰にも触らせたくなくて、自分のものにしたくて。
他の誰かにロヴィーノの“特別”を奪われたくなくて。
告白して、名実ともに恋人になった。

けれど、俺が大学受験に合格して、大学近くのアパートに引っ越す前日。

俺は、ロヴィーノに別れを告げられた。
別れた理由は『疲れた』から。
何に、とか。最後までロヴィーノは言わなかった。

けれど、俺は分かっていた。
俺が無意識にロヴィーノをたくさん傷つけてしまったこと。
そして、それに耐えられなくなったこと。
俺が阿呆なことばっかしてたから…ほんま…最低やって自分も思う。
言い訳に聞こえるかもしれないが、あの時は必死だったのだ。

ロヴィーノは自分の気持ちを言葉にするのが苦手だ。
だから、付き合っていてもあまり『好き』とは言わなかった。
性格上、無理なことは分かっていても、不安だった。
ほんまは、俺に嫌々付き合ってるんちゃうか、とか。
だから、つい。
ロヴィーノの気持ちを確かめたくて、わざと彼の目の前で
彼の弟のフェリシアーノを愛でていた。
(…弟に酷いコンプレックスを抱いているのを知っていながら。)
そうしたら、ロヴィーノは不機嫌になったり、嫉妬して怒ったり泣いたりするから。
『あぁ、愛されとるなー』って実感して、安心してた。
それを何度も何度も、繰り返した。
時には意図的に、時には、無意識に。

けれど、一度深く傷つけてしまって土下座して謝り倒して
もうやらない、と誓った。
…でも、そうした時には、手遅れだった。

いっそ泣いて詰って罵倒してくれたら、謝ることも、言い訳することも出来たのに。
…また独りで苦しんで、自分の中でだけ折り合いをつけてしまったんだろう。






「はぁ…ほんまお前は不器用やなぁ。時々わざとやってんのかって思うときあるで。」

何気なく呟いたその言葉に、ロヴィーノは息を呑んだ。
…あ、ヤバイ。失言……?俺またやってもーた…?

「………お、俺だって、俺だって好きでこんな不器用なわけじゃねー!!」

ちぎぃいいいい!!
と、じわんと涙を滲ませたかと思えば、泣きながら部屋を出て行ってしまった。
(ナチュラルに片付けを押し付けたな…もーほんまあの子は…)
その後で、ひょこりと菊ちゃんが顔を出した。

「手伝いましょうか?」
「助かるわー。でも…それより、見た!?
もーあの子ほんま泣き顔可愛すぎやろおおおおおお!!
うっはああああああああああ!!あ、あかん。久しぶりにキたで…!
はぁはぁはぁはぁはぁ…今日のオカズ決定やな…!」

興奮しきりのアントーニョに、本田は若干引きつつ散らばった紙を集め始めた。

「これが『ツンアホ』ってやつですね…。分かります。」
「なん、それ?」
「いいえ、何でもありません。」

にこりと感情の読めない笑顔で返されたが、それよりも。
ほんま、あの子の泣き顔ってクるもんがあるで…。
ある意味凶器やな…。

「それにしても、珍しいですね。」
「何がー?」
「…貴方はあまり他人に頓着しない性分なのかと思っていましたが…
どうやら、思い違いだったようですね。」

くすっと意味有り気に微笑まれて、こちらもにこりと笑い返す。
本田菊は、非常に有能ではあるが、イマイチ感情の読めないところや、
全部見透かされてしまうような、漆黒の瞳が少し苦手でもあった。

「…ロヴィーノは、特別やからなぁ…。」
「それは、恋人だったから…ですか?」
「んー、まぁそれもあるけど。なんちゅーか…代わりがきかへん存在?っていうか。」

そう。代わりなど、どこにもいなかった。
別れてから、暫くは『あんなこと言うてたけど、どうせそのうち直ぐに連絡してくるわ。』
って思って、高を括っていた。
何しろ、ロヴィーノは自分しか頼れるものがいない。
どうせ直ぐに根を上げるんだ、と。

けれど、ロヴィーノからは終ぞ連絡はなかった。

…頼られていると思っていた。
ロヴィーノを甘やかして、いつでも頼るように、縋るようにさせていたつもりが、
本当のところは、自分が酷くロヴィーノに甘えていたし、頼っていた。
その証拠に、ほら。

ロヴィーノが隣に居ないと、何をしたらいいのかさえ分からなくなってしまった。


ロヴィーノは、俺が居らんでも、大丈夫なんやなぁ…。
そう思ったら、何だか物凄く寂しくて、寂しくて、死にそうになった。
…大げさな、と笑うかもしらん。けど、嘘やない。
だから、偶然とはいえ再会できたことは、素直に嬉しかった。
なんや、まるで赤い糸で繋がってるんちゃうかって一瞬本気で思ったんやで。
でも、ロヴィーノは俺には会いたなかったんやな…。
(そりゃそうや、別れたい、もう会わんって言うたのはあっちやし…)
分かってても、つれない態度ばかりをとられると…やっぱり凹むし、
なんやちょっと腹も立ってくる。

「俺のこと嫌いなんは分かっとーけど、でもせめて仕事の間くらいは
普通にしてくれたらえぇのに。プライベートなことは仕事に持ち込まない。
…それが大人ってもんやろ。」

そんでも、そっちがその気なんやったら、今度は絶対、意地でも離したらん。
も一回振り向かせたる!

「……嫌い……ですか。それはないと思いますが。」
「別に慰めてくれんでもえぇよ〜。」
「いえ、そうではなくて…嫌いというより…怯えているように私には見えますが。」
「え?…俺、あんま怒ってへんよな?」
「貴方はそう思っていても、相手がそうとは限りませんし、失言も多いです。
出来ればもう少し優しくしてあげてください。
折角の貴重な逸材(萌え)、逃したくありませんからね。」

優しく…優しくなぁ…。
菊の意味が分からない発言はスルーして、首を傾げた。

「俺、優しくしてるつもりやけど?」
「そうですね。」
「?????」

にこりと笑い返されるが、助言をするならもっと具体的にしてほしいものだ。

「これで全部でしょうか。」
「あ、おおきに、菊ちゃん。あとー…ついでに頼んでもえぇかな?」

コピー用紙を纏めて棚に戻し、
自分のデスクに戻ろうとしていた本田を引き止める。

「なんでしょう。」
「ロヴィーノ、多分一人で戻って来ずらいと思うし、探しに行ってもらえへん?」

そう言うと、心得たと、頷いて部屋を出て行った。
残されたアントーニョは、ぽつりと呟く。


「優しく…か。」










*










「ロヴィーノ君、ごめんな〜おおきに!」
「いいえ、ベルさんみたいな美しい女性のお役に立てて光栄です。」
「ほんまおおきになぁ〜。」

すいっと手でも握ろうかと思い、伸ばした手をさらりと避けられる。
躱し方が上手い…流石だな。

飛び出した後、廊下を走っていたら大量のファイルを抱えたベルに
会った俺は、手伝いを申し出た。
ベルさんは別の部署の人だが、入社初日に社内で迷っていた俺を
助けてくれたのだ。まさに救いの女神だった。
それ以来、良く話すようになったのだが…。
彼女は入社当時、アントーニョに世話になったらしく、
未だに『親分』と呼んでいるらしい。
…可愛いし、美人だし、気立てが良くて優しい。
そんな人が傍に居たら、男は誰だって好きになりそうだよな。
…アントーニョも……って。
いや、だから今アイツは関係ねーし!
彼女の一人や二人、居たって別に俺は……っ!…くそっ。



「それで…今度は何があったん?」

すいっと今度はベルの方から手を伸ばされて、目尻の涙の痕を拭われた。
なんだ、バレてたのかよ。格好悪ぃ…!
かああああっと頬を赤くして俯くと、ふっと笑う気配の後に、
ぽんぽんと頭を撫でられた。

「また失敗したん?大丈夫やで、最初のうちは誰でもそうや。
やから、落ち込まんと次に生かしたらそれでえぇやん。…な?」
「う……。でも、俺…ほんとに、失敗ばっか、で…。」





――――――――『時々わざとやってんのかって思うときあるで。』




ちくしょう…!
わざとではない。
一生懸命やっているつもりなのだ。
だが、どうしても上手くいかない。




「…大体、アイツがこんなとこに居るから調子が狂うんだ!」

なんでこんな普通の企業に就職してんだ、アイツ!
農業やるんじゃなかったのかよ!!

「なぁ、思ったんやけど…ロヴィーノ君は親分が嫌いなん?」
「――――っき、嫌いっていうか…アイツの方が俺のこと嫌いなんじゃねーの。」

鬼みたいな顔して怒るし、すげー怖いんだぞ、このやろー。
あと、口調がなんだか刺々しいし、嫌味言うし…。
この間、廊下でベルと会った時に、挨拶してちょこっと喋ったくらいで
『女口説いてる暇があるんやったら、ちょっとは仕事覚えろや』
…とか言いやがったんだぞ!?
あん時は全然そんなつもりなかったっつーのに…!!
その前は、失敗した時に本田先輩が手伝ってくれようとしたんだけど、
『他の人にまで迷惑かけさせんなや』とか言うし…!
それから、それから…と愚痴ると、ベルが何故か爆笑しだした。

「あはははははっ!それは酷いなぁ…ふふふふっ」
「………?俺、なんか変なこと言ったか…?」
「んーん!そんなことはないけど……いややわぁ、親分…まるで子供やんか。」

くすくす笑うベルに、意味が分からず首を傾げた。
子供…?どこらへんが、だ…?

「兎に角な、親分は別にロヴィーノ君が嫌いなわけやないんよ。大丈夫やで。」

嫌いじゃない…そうだろうか。

怒り方が、昔よりも全然怖いし。
…昔は、不器用で何かに失敗した時慰めてくれたり、
元気付けようと意味不明なおまじないとか、かけてくれたりしたのに。
口調だって、今より甘い声で、常に笑顔で…兎に角優しかったんだ。
嫌味とか、俺にはそんなの言わなかったし。


『だってどう見てもお前の好みはフェリシアーノちゃんだろ〜?』



あ、そうか。
“代わり”にさえなれなくなった俺には、優しくする義理ねーよな。
そう、だよな…ちくしょう…。
どーせ俺は、フェリシアーノみたいに可愛くなんて、なれねーし。
分かってるんだよ。
アントーニョは、俺のことなんか何とも思ってねぇのなんて。
ただの幼馴染で、可愛いフェリシアーノと正反対の可愛くねー兄貴で、
世話の焼ける弟分。それがアイツの中の俺なんだろ。
ちくしょう…!




また傷つくの、嫌だから離れたのに。
吹っ切れるどころか、ドツボに嵌って結局忘れられなくて。
それでも、俺はまた性懲りもなくお前のことを想ってるなんて。


悔しい。



なんで、俺ばっかりこんなに…。




「ここにいましたか、ロヴィーノ君。」


泣きそうになっていると、唐突に声がかけられた。
顔を上げるといつの間にか本田さんが傍に立っていた。


「迎えにきましたので、一緒に戻りませんか?」
「あらー、わざわざ本田さんが来てくれはったん?」

よかったなぁ、とベルさんが笑う。
うわあああああっそういえば、飛び出してきたまんまだった…!
早く戻らないと…また怒られる…っていうかそうでなくても怒られるよな、これは。
慌てて戻ろうと踵を返す背中に、声がかけられる。

「ほな、頑張りや〜。」
「あ、ベルさん、話聞いてくれて有難うございました!」

また今度ランチでも一緒に…!
などといい置いて本田さんと連れ立って廊下を歩いていると、
本田さんが『本当は、』と切り出した。

「課長直々のご命令なんですよ。」
「え?」
「一人で戻り辛いでしょうから、迎えに行ってやって欲しい、と。」

なん、だ、それ。
ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
全部お見通しかよ…!!
あぁ、そうだよ!どうやって戻ろうか、と思ってたところだよ…!!

「…どうやら、図星のようで。」
「違…う、く は ない……ですちくしょ…ぅ。」

くすっと本田さんが笑う。
ちっ畜生!赤っ恥かいたぞこのやろー!
全部、全部アントーニョのせいだ!!



ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!














*













「…『女口説いてる暇があるんやったら、ちょっとは仕事覚えろや』って…。」

ただのヤキモチやんなぁ。
笑いかけてもらえんの、羨ましかってんな?
あん時の親分、めっちゃ睨んできよって、怖かったわぁ。
まぁそれ以上に面白かったんやけど。

『他の人にまで迷惑かけさせんなや』っていうのは、
自分が世話したいから、他人に頼ってほしくなかったんやろ。

あかん、笑うてまうやろ。



「今度会うたら、からかうネタにしたろっと。」



好きな子いじめるのは、子供のすることやで、親分。
くす、と人知れずベルは笑うのだった。










【続く】

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2010/11/28 up