「兄ちゃん、アントーニョ兄ちゃんお帰りなさーい!」
「ただいまーっ!うっはぁフェリちゃんかわえぇなぁ、かわえぇなぁ!」
出迎えた弟に、アントーニョはハグをして頭を撫でながらデレデレの締りのない顔をしていた。
本当に好きだよな、フェリシアーノのこと。
呆れながら着替えるために二階へ行く。
いつものことだから、もう一々気にしねーぞ、このやろー。
階下の賑やかな声を遮るように、ドアを閉めた。
(気にしない……訳、ねーだろ!鼻の下伸ばしてんじゃねーよ…!)
特別なのは俺だけじゃない。
むしろ、特別なのはフェリシアーノで、俺はその兄だからおまけみたいなもんなんだろう。
そんなこと、わかっていた。
フェリシアーノは俺とは違って素直で可愛い。それに比べて兄の方は…って常々言われている。
…けど…アントーニョだけは…って思っていたかったんだ。
そんなの俺の思い違いでしかないけど…。
じわっと滲んだ涙をぎゅっと目を閉じて耐えた。
沈んだ気持ちのまま、階下に下りるとアントーニョの声が聞こえてきた。
「――――でな、今度の試合に勝ったら告白しようと思ってん。」
妙に明るい良く通るその声は、どうやらリビングからのようだ。
(…告白…?)
告白…って、まさかアントーニョ…好きなやついたのかよ!?
そんなの考えていなかったわけじゃない。けど…。
そんなのずっと一緒にいたけど、全然気がつかなかったぞ、畜生!
一体誰だよ、それ。
…少なくとも、俺じゃないのは確かだった。
いつかこんな日がくることは分かっていたが、こんなに早くとは思ってなかった。
「アントーニョ兄ちゃんなら大丈夫だよ。絶対上手くいくよ〜!」
「おおきに!フェリちゃんにそう言ってもろたら、頑張れそうな気ぃしてくるわ〜。」
上手くいったら…アントーニョはその人と付き合うんだろう。
そしたら、一緒にいられる時間なんて、なくなっちまうんだろう。
…―――――――嫌だ。そんなの、嫌だ。
「あれ?兄ちゃん?どうしたの、そんなとこで…。」
「!なっななななんでもないぞこのやろー!」
リビングのドアの近くで立ち尽くしていると、ひょっこりとフェリシアーノが顔を出した。
慌てて中に入ると、アントーニョも驚いた顔をしていた。
「えっロヴィーノ!?……さ、さっきの話…聞いていたん…?」
焦った様なアントーニョに、腹が立った。
…んだよ、それ。俺に聞いて欲しくなかった、みたいな。
なんで俺には言えないくせに、馬鹿弟には話すんだよ。
「何だよ、俺に聞かれたらヤバイ話でもしてたのかよ!」
「や、そういうわけやないけど…何怒ってるん?」
「るっせーな!怒ってなんかねーよ!」
「いや、めっちゃ怒ってるやん。俺、何かした?」
『何かした?』だぁ?ぶさけんな!ふざけんな!ふざけんな!
何だよ、何なんだよ…ちくしょ…。
「わ、ロヴィー何泣いてるん!?どっか痛いんか?」
「ちっげーよ!…も…お前なんか…きらいだ、ちくしょー!」
「よしよし、どないしたん?」
ヴォア――――――――!と盛大に泣き始めた俺に、アントーニョの手が伸びてくる。
それは頭の上に乗せられ、慰めるように優しく俺の髪を撫でた。
昔から変わらないその仕草は、だけど今の俺には優しすぎて余計に涙が出た。
こんなに大好きなのに、その心には俺の知らない誰かがいるのかと思うと、悲しかった。
「おまたせーって…アントーニョ兄ちゃん、何兄ちゃん泣かせてるのー!」
「えぇっやっぱ俺のせいなん?ごめんな、ロヴィー!」
「どうしたの、兄ちゃん?大丈夫?」
子供みたいに声を上げて泣く俺に、二人は慣れたように優しく声をかける。
こんな俺に、優しくしなくていいのに。
そう思いながら、流れる涙を止められずに、結局泣き止むまでずっと二人に慰められてしまった。
*
「兄ちゃん、試合見に行かないのー?今日だよね?」
「……行かねぇ。」
――――――――アントーニョには好きな人がいる。
それを聞いてしまってから、俺はアントーニョを意図的に避けるようになった。
今日の試合に勝ったら、アントーニョはその人に好きだと言うんだろう。
そんなの、絶対嫌だし…俺は、応援できない。
それなら、行かないほうがいい。
「でもさぁ、アントーニョ兄ちゃんは〜…兄ちゃんに応援に来て欲しいって言ってたよ?」
「嫌だ。俺は…応援できねーし…。」
「じゃあ応援しなくていいから、とりあえず行ってあげなよ。待ってると思うよ?」
「やだ。」
リビングのソファに寝転がって雑誌を開こうとするが、それをフェリシアーノが取り上げた。
「てめっ…何しやがる!」
「ヴェッ!兄ちゃん怒っちゃやだよ!…お願いだから、行ってあげてよ…ね?」
「いやだっつってんだろ!なんなんだよ、お前は!つーか、そんなに言うならお前が行けばいいじゃねーか!
そっちの方がアイツも喜ぶんじゃねーの?」
そういうと、弟は何故か眉を寄せた。そして無言で俺の腕を引っ張って(どこにそんな力があったんだ?)
玄関まで行くと、ドアを開けて俺を外へ放り投げた。
「なっおい!なにしやがんだ、馬鹿弟…!」
「はい、これ鞄!サイフとケータイも入れてあるからね!それじゃあ行ってらっしゃーい!」
「誰がどこに行…っあ、おい!」
バタン!とドアを閉められ、さらに鍵までかけられた。
「ちくしょーがっ!馬鹿弟ー!後で覚えてろよ!」
ドアに一発蹴りをいれて、仕方なく試合をやっているグランドまで足を運んだ。
試合は後半戦が始まっていたらしく、今の時点で一対一の同点。近くにいた同じ学校の女の子の話によると、
前半、アントーニョが一点をもぎ取って終了したが、それが相手の火付けになってしまったようで
後半戦が始まると直ぐに相手チームに決められてしまい、更に今、攻撃の要となっている
アントーニョは徹底的にマークされていて動くに動けないでいる…らしい。
確かにアントーニョには常に二人ほどが張り付かれていて、イラついている様子が窺えた。
(フン…ざまぁねぇな…)
このまま負けちまえばいいんだ。そしたら、自信なくして告白どころじゃねーだろ。
…なんて思う自分が本当に嫌だ。だから、嫌だったんだ。
何で応援してやらねーんだよ。…好きなヤツの応援、してやらねーんだよ。
とことん、性格悪い自分に呆れて泣きたくなる。
(フェリシアーノだったら、絶対こんなこと思わないんだろうな…。)
こんなんじゃ、アントーニョにも呆れられる。
好きになんて、なってもらえるわけがない。
「…アントーニョ…。」
ポツンと呟いた。すると、アントーニョが何故かこっちに目を向けた。
驚いて慌てていると、アントーニョが笑った。
それに相手チームの選手が一瞬怯んだ隙をついて、アントーニョがマークから抜け出し
ボールを持っている選手の元に走り出す。
今、フリーになったアントーニョの元へパスが回り、一気にゴールまで走る。
後半、残り時間はあと2分。相手チームの選手はアントーニョに追いつけない。
ガタイのいいゴールキーパーと一騎打ち。アントーニョがボールをゴール目掛けて蹴り上げた――――が、
ゴールのバーに直撃、弾かれたボールを別の選手が胸でキャッチし、決めようとするも、そこで試合は終了。
同点のために、PK戦が行われたが、アントーニョのチームは結局それに勝つことが出来ず、負けてしまった。
落ち込んだ選手たちは、それでも打ち上げしようとアントーニョを誘ったらしいが、
それに断りを入れて、今。俺はアントーニョと一緒に家までの道のりを歩いていた。
大きなトマトみたいな赤い夕陽が周りを赤く照らしていた。
「あ〜〜〜…折角ロヴィが見に来てくれたのに…かっちょえぇとこ見せられへんかったー…。」
「ふん、お前はいつも格好悪いだろーが。」
「えぇっそんな…ロヴィー、落ち込んでるんやから、慰めてくれても…。」
「そんなもん、俺に求めるなよ。」
少し悪いという気持ちがあったが、俺は負けてくれてほっとしていた。
酷いやつだとは思ったが、それでも嫌なのだ。
アントーニョが誰かに好きだなんて、言うのが。
恋人なんて出来るの、まだ早いじゃないか。
そんなものより、俺と一緒にいろよ。
『――――――――勝ったら、ロヴィーノに言いたいこと、あんねん。』
ふと、数日前のアントーニョの言葉を思い出した。
…そういえば、あれはなんだったんだろう。
どうせ何か奢れ、とかそううもんだろう。
少し悪い気もするし…ランチくらいなら今度奢ってやるか。
なんだ、俺結構イイヤツじゃねーか。
「なぁ、そんな落ち込むなよ。今度何か奢って…―――」
「―――勝ったらロヴィーノに好きやーって言うつもりやったんに…。
なんや自信砕かれたわぁ…。」
デカイ溜息をついたアントーニョの呟きに、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
…は?
今…何っつった?
「誰に、好きだって?」
「いや、だからロヴィーに…って、あれ?」
二人して立ち止まって、お互い顔を見合わせたまま、固まった。
え、何?何だ…?どういうことだ…?だって、アントーニョには好きな人が…。
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!今の、今のんナシ!忘れてー!」
嫌やーこんなムードの欠片もない告白ー!…なんて、普段空気読まない鈍感な男の台詞とは思えない
ことを口走りながら、慌てて無意味にパタパタと手を振りながら『忘れて』と何度も言われた。
一方、俺はアントーニョが俺を好きだなんて、言うわけがない。
だから、これは夢に違いないんだ。そう思って頬を何度も抓った。
…痛い。痛いと言うことは…夢じゃ、ない?
いやいや、待て待て。落ち着け、俺!
今までだって、俺、凄く分かりにくかったと思うけど、遠まわしに『好き』とかは言ってきた。
けど、コイツはそれに気付いてもくれないで、スルーされてきたし、仮に伝わったと
思っても、アントーニョは“幼馴染として”俺も好きやでー。なんて軽く言われてきたんだ。
今だって、そう。別に恋愛感情で言われているのではない…だろう。多分。
「何慌ててんだよ。そんくらいいつも言ってんじゃねーか。」
「い、いや、いつものとちゃうねん!俺、ロヴィーノと幼馴染とかやなくて…
恋人として付き合いたいねん!あ、でも今のナシな!もっと格好良く言うから!
やから、今は忘れて!」
恋人として…?え…?何だ、どういうことだ…?
アントーニョが、俺のことを…好き、だと…?
…嘘だ。だってこんなの絶対ありえねぇ…!あ、まさか!
「ドッキリとかか?冗談キツイぜ…ハハハハ…。」
カメラどこだよ。と周りをきょろきょろしてしまう。
ないないない。ありえない。アントーニョが俺なんか好きになるわけねぇって。
俺は騙されない。
「冗談とか、酷いわぁ。俺本気やのに…。」
「本気?何が?…本気の冗談ってことかよ。」
悪いが、俺は騙されねーぜ!残念だったな!
と、胸を張るが、アントーニョはあからさまに溜息をついた。
「ロヴィー…流石に俺でもそんな冗談言わへんし…傷つくわぁ…。」
相変わらず鈍いやっちゃなぁ…とか言われて、カチンときた。
誰が鈍いって?お前にだけは言われたくねぇっつーの!
「んだよ、じゃあお前ほんっっっきで、俺が好きだとか言ってんのかよ。」
「そーや!もう…さっきから言うてるやん!俺、ロヴィーノが好きやーって!」
「じゃあ何か?試合に勝ったら告るとか言ってた相手は、俺なのかよ!」
「やっぱり聞いてたんか…。そうや。ロヴィーノに言おうと思ってたん。」
サッカーしてる時みたいな、真剣な瞳が俺を見て、口を開く。
「何回でも言うで。俺はロヴィーノが好きや。」
嘘じゃない。夢じゃない。
叶わない、叶いっこない恋だと思っていた。
独りよがりで一方的な恋だと。
アントーニョがこんな俺なんか好きになるわけがないと思っていた。
頬が、体が熱い。
アントーニョの瞳を見ていられなくて、俯いた。
何か、言わないと。でも唇が震えて、何故か喉がからからに渇いてて。
声が、出ない。
どうしよう。
何か、何か言わないと…。
でも、何をどう言えばいいんだ?
こんなのこと、想像もしていなかった。
『おれもすき』…たった五文字の言葉さえ、言えずにどうしようと焦る気持ちばかりが
ぐるぐる渦を巻いて、酷く息苦しい。
自分の気持ちさえも、上手く言葉に出来ない。
そんな自分に嫌気がさした。
もういやだ。なんで俺、言えないんだよ…!
目頭が熱くなり、目尻からじわっと涙が滲み、それはやがて頬を伝った。
次々と零れていくそれに、アントーニョは慌てた。
「わっロヴィー泣いてるん?ご、ごめんな?俺が変なこと言うたから…!
もう言わへんから、泣き止んで…?ほんま、ごめんな?」
違う、違うんだ。ふるふると首を振るのに、アントーニョは『ごめんな』と
謝るばかり。違う。お前、悪くないだろ。何を謝るんだよ。
もう言わないのかよ、そんなの嫌だ。
俺だって、伝えたいんだ。
お前みたいに、俺も…って。
ぎゅっと目を閉じて、ふと弟の言葉を思い出す。
(確か、鞄に…。)入っていた携帯を取り出して、メールの作成ボタンを押す。
(伝われ)
(伝われ)
(伝われ)
震える指で何とか一言『おれもすき』と文を作成して、アントーニョの携帯へと送信する。
(届け!)
直ぐに着信を知らせる音がアントーニョの携帯から響いてきた。
アントーニョは戸惑いながら、携帯を取り出して二つ折りのそれを開いた。
メールを見て、アントーニョは勢い良く俺の両肩を掴んだ。
「ほ、ほんまに?ほんま?」
涙で濡れた頬が、火が出そうなくらいに熱くなって、でも小さく頷いてみせる。
すると、アントーニョの頬までトマトみたいになって、それに少し笑ってしまった。
「笑わんとってや〜。あ〜良かったー。もう…俺絶対嫌われたーって思って…でも…
うわぁっやっぱあかーん!照れてまうー!――――――――でも…嬉しい。」
へへっと笑うアントーニョに、俺の涙も止まって、二人で笑った。
嬉しい。そうか、アントーニョも嬉しいんだ。
それがまた俺も嬉しくて、胸の奥がぎゅってなった。
痛いわけじゃない。嬉しいから。
「俺、も…嬉しい。」
ぽそっと小さく呟くと、アントーニョが身体を震わせた。と、思ったらがばっと抱きしめられた。
「かっかんわええええっ!大好きロヴィーノ!」
「ばっ馬鹿!こんなとこで…っ離せよ!」
「いやや〜。もう絶対離せへん〜。」
ぎゅっと更に強く抱きしめられて、暴れてみても、全然びくともしなくて驚いた。
いつもなら頭突きの一発決めれるのに。
少しだけ焦っていると、アントーニョがゆっくりと身体を離した。
「ロヴィーノ。」
「なっなんだよ…!」
アントーニョの手が俺の両手を包み込んだ。
「好きになってくれて、ありがとう。これからも、よろしくな?」
そう言って、少し照れたように笑うアントーニョに、頷くことしか出来なかった。
『好きになってくれて、ありがとう』それを言いたいのはこっちの方だった。
そうして、手を繋いだ俺たちは、その日から幼馴染から、恋人となったんだ…――――――。
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