「ロヴィーノさん、ロヴィーノさん。早ぉ起きんと遅刻してまうで?」
心地よい眠りから目覚めさせるのは、優しくて甘い声。
耳に馴染んだその声がまた、心地よくてずっと聞いていたくて。
本当は起きてるけど、まだ眠っているフリをする。
すると、こめかみや額、頬、鼻先にとキスが落ちてくる。
でも、肝心の唇には触れてくれない。
仕方なく、目を閉じたまま首に腕を回した。
「…するなら…ちゃんと唇にしろよ、コノヤロー。」
「そんなら、早ぅ起きぃ。」
くすくす笑っているのが目を閉じていても分かった。
ちくしょう。分かったよ、起きればいいんだろ、起きれば!
のそのそと起き上がろうとすると、鈍い腰の痛みに顔を顰めた。
それに気付いたアントーニョが、苦笑しながら、俺の身体を支えるように抱き起こす。
「ごめんなぁ。」
「謝んなくていいから、ほら。起きた!」
「はいはい、おはようさん。」
「ん。」
俺とアントーニョが付き合い始めたのが、俺が中一、アントーニョが中二の時。
それから四年以上経ったが、未だにこういう関係は続いていた。奇跡的に。
喧嘩とかたくさんしたし、いろいろあったけど。
アントーニョは高校に入ると、サッカー部には入らず、バイトを始めた。
何でも、将来のためだ、とか。おかげで会える時間も少なくなったけど…――――。
『将来、自分の畑でな、トマト作りながら暮らせたらえぇなぁ。
あとなぁ、マイホームも欲しいなぁとか思って。
そんでロヴィーノが一緒に居ってくれたら楽園すぎると思わん?』
『…俺も一緒、なのかよ…。』
『えっあかん!?』
―――――当たり前、みたいにアントーニョの描く未来に自分が居る。
それが、すごく…すごく嬉しかったけど、もちろん俺は上手く言葉に出来ず仕舞い。
口に出来ない言葉が多すぎて、俺の奥底で眠っている言葉がたくさんあるのに。
何年経っても直らない、捻くれた性格と、言動。
それでもアントーニョは、それでいいという。
(…本当にいいのかよ。こんな俺で。)
脱衣所で制服に着替えて身支度をして出て、リビング兼寝室の中央のテーブルに
チュロスが盛られた皿があり、その前に座ると、アントーニョがチョコラーテを持ってきた。
「お待たせ〜。はい、ロヴィーノ。」
「おぅ。」
砂糖がたっぷり振り掛けられた甘いチュロスに、これまた甘いチョコラーテの朝食は、
最早慣れ親しんだ味だった。
アントーニョの部屋に泊まりにきたら、朝食はこれだから。
「美味い?」
「甘い。」
甘い生活…というよりは、甘すぎる生活と言ったほうがいいんだろうな。
「あれ?そういやお前、何で制服着てんだ?」
アントーニョは今年高校三年。ついでに言うと大学受験を控えている。
一月の半ばから既に自由登校で、学校に来なくてもいいはず…だ。
「今日は、登校日って昨日言うたやん。自分の使った教室綺麗にせぇって
大掃除させられるんやって。めんどいわぁ。」
「あー…まぁ頑張れよ。」
「んー。まぁでも、ロヴィーノと制服で登校すんのも後ちょっとやし〜。
今日俺、昼までやけど、ロヴィー待っとるから一緒に帰ろうや。」
「いいけど、お前勉強しなくていいのかよ…。つーか、四時間も待つのかよ。」
「図書室で勉強しながら待つし。あと、フラとギルも巻き込むからヘーキやで〜。」
にこにこ笑ってそう言うアントーニョに、何でそこまでして…と思った。
「ロヴィーと制服デート出来るのも後僅かやし…。ほら、同じ制服着れんくなるやん。」
「……アントーニョ。」
アントーニョが受験する大学はここから電車で三時間かかる。
だから、受かったらアントーニョはこのアパートを引き払って、
大学近くのアパートを借りることになっている。
そうなると、今までのように毎日会うことは出来ない。
行って欲しくない。けど…アントーニョが決めたこと。
やると決めたことは絶対にやるヤツだし、言っても無駄なのは分かっるけど…。
やっぱり、寂しいし…不安だ。
アントーニョも、そう思っているのか、週末は必ず俺に泊まってって〜。
などと言うものだから、勉強の邪魔になるんじゃないかと思いつつ、頷いてしまう。
くっついていないと、不安で溜まらない。
俺は、いつからこんなにアントーニョに依存してしまったんだろう。
春が来たら、アントーニョは今までのようにずっと傍にいることなんかないのに。
…俺、その時がきたらどうするんだよ…。
甘いはずのチュロスが何故か苦い味に変わった気がした…が。
「親分の制服姿もう直ぐ見納めやし、しっかり見たって!
あ、でもロヴィーが卒業した後も制服プレイしたいって言うなら着るけど!」
制服着衣プレイまたしよー!あ、ていうか、学校でヤろうや〜。
とか空気を読まない発言をするアントーニョの頭を、スリッパで引っぱたいておいた。
「言わねーし!ヤんねーよ!ばっかじゃねーのか、ったく…。」
アホアホアホ、ハゲハゲハゲ!
ちょっと寂しい…とか思った俺が馬鹿だったぜ!
つーか、あからさまに残念そうな顔すんな!
俺は絶対しねーからな!
「…てか、お前はヤることしか頭にねーのかよ。最低だぞ畜生!」
「あいた〜…。それだけやないよー。でもロヴィーのことがそれだけ好きやねん。それだけは分かったって。」
そんなことを言われても、騙されてなんかやらねーぞ…。
『好き』と軽く口に出せない俺は、アントーニョのその言葉に酷く安堵する。
それと同時に、いつか『嫌い』とか、それに類にする言葉を言われることを、酷く恐れていた…。
***
畜生、何だってこんな時に…!
折角アントーニョが『一緒に帰ろ?』って言ってくれた日に限って
担任に捕まって、用事を押し付けれるとか!担任空気嫁よ…!
とは思ったものの、担任の仮面野朗が怖くて『ふざけんな!俺は帰る!』…とは、言えなかった。畜生…。
廊下を走って何とか別棟にある図書室までやってきた。
入り口の前で息を整えていると、中から声が聞こえてきた。
「はー、フェリシアーノちゃん可愛すぎるぜー!」
…この声は、ギルベルトか…。そういえばアイツ等と待ってるって言ってたっけか。
つーか、アイツまだフェリシアーノのこと狙って……――――――――。
「――――――――そやねー。かわえぇな〜。」
アントーニョの声に、ドアを開けようとした手が止まる。
ずきりと胸が痛んだが、アントーニョが弟を可愛いと言うのは、いつものこと…だ。
こんなことで傷ついていたりしたら、アイツと付き合ってらんねーだろ…。
本当に、いつになったら平気になるんだ…。
重々しく息を吐き出していると、中の会話は思わぬ方向に進んでいた。
「――――――――…お前、何でロヴィーノと付き合ってんの?」
「何でって?」
「だってどう見てもお前の好みはフェリシアーノちゃんだろ〜?」
お前だって可愛い可愛いって常々言ってんじゃん。
と、ギルベルトが何でもないように問いかける。
頭の中が真っ白になり、傷口を更に抉られたような気がした。
(アントーニョがフェリシアーノを可愛がっているのは、昔から知ってる…けど)
フェリシアーノみたいなのが、アントーニョの…好みなの、か?
(そうだろう。皆フェリシアーノの方がって言うんだ。だけど…)
それじゃあ…。
なんで、俺と…。
「おやめ、ギルちゃん。」
「でもよー。」
「…せやなー。なんでやろな?」
心底不思議そうなアントーニョの声に、頭を鈍器で殴られたような気がした。
ぐらりと世界が暗転する。
俺はそれ以上は聞きたくなくて、その場から慌てて逃げ出した。
――――――――何で付き合ってるの?
(そんなの、俺が聞きてぇよ!)
(なんでやろって何だよ?)
(分からないのに、今まで一緒にいたのかよ。)
(分からないのに、好きだなんて言ってるのかよ!)
視界が歪む。
走りっぱなしで、息苦しく、喉に何かが詰まっているかのように痛んだ。
どこをどう走ってきたのか分からないまま帰路に着き、
家の中に入ると、フェリシアーノが顔を出した。
「あれ?兄ちゃんお帰り〜。早かったんだねー…って、兄ちゃん?」
フェリシアーノの呑気な声に返事もせずに、自室のドアを乱暴に閉めた。
鞄を床に叩きつけるように置くと、着替えもせずにそのまま布団に潜り込んだ。
包まった布団の中で、それまで耐えていた涙を流した。
「ふっ……う、ぇぇ……」
端を切ったように溢れ出して止まらなくなる。
声を上げて泣きたかったが、弟がいる手前、せめて声は漏らさぬように必死に声を殺して泣いた。
余計に苦しくなって、一層涙が出た。
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