「なんでやろな?なんで…ロヴィーってこんなかわえぇんやろ…。」
「はぁ?」
思わず溜息をつきながら、携帯の液晶画面に見入っていた。
そこには、今朝ロヴィーノが起きる前に撮った、ロヴィーノの寝顔写メが映っていた。
いつも顰めている眉は穏やかに、瞼は閉じられ、長い睫が影を落としている。
枕に頬をつけて、薄く開かれた唇やシーツから出た肩がセクシーで、思わず携帯で撮ってしまったのだ。
眺めながら、絵になるよなぁとつくづく思う。
こんなかわえぇ子が、自分の恋人だなんて。
優越感さえ感じてしまうのに、当の本人はその自分の魅力をまったくちっとも解っていない。
彼は自分を過小評価して、卑下しすぎだと思う。
確かに、捻くれてるし、天邪鬼だし、口は悪いし、不器用だ。
けれど、本当は優しいし、寂しがりやで一人が嫌いで。
気が強いくせに、直ぐに泣いてしまう、泣き虫で。
照れてトマトみたに真っ赤になったり。
笑うと、凄くかわいい…とこ。
全部、全部、可愛くて愛しいのに。
「あーやっぱあかん。ロヴィー早ぉ来んかなー。早ぉぎゅーってハグしたい。」
「お前…俺の話聞いてなかったのかよ…。」
「んー?何の話やったっけ?」
「だから言ったでしょ、やめなって。トーニョ全然聞いてないから。」
フランシスに呆れた顔をされたが、知ったことではない。
それよりも、ロヴィーノだ。
さっきメールで『遅くなる』って言うてたけど、遅すぎへんか?
やっぱ迎えに行ったほうがえぇんかも…。
「だからさ、なんでお前ロヴィーノと付き合ってんのかって話!」
「五月蝿いなぁ。そんなんどうでもえぇやん。つーか、聞いてどないすんねん、お前。」
「…いや、どうもしねーけど、よ…。」
ほんなら黙っとけや。
どうして付き合ってるか、って?
そんなん、好きやからに決まっとるやん。
傍に居たい。
一緒に居たい。
ハグしたい。
たくさんキスしたい。
もちろん、それ以上のこともたくさん。
他の誰かではなく、ロヴィーノと。
「あれ?…トーニョ、あそこ。走ってるの、ロヴィーノじゃない?」
フランシスの声に窓から下の校門のあたりを見ると、
ロヴィーノがまるで何かから逃げるように走って行った。
「ほんまや!あれ?もう用事終わったん?…ちゅーか、あれ?!俺、置いてかれたん!?」
(嘘やん!)
慌てて鞄にノートやら教科書やら参考書やらを詰め込むと、肩にかけた。
「ほな、俺帰る!」
「…いいけど…あの子、様子変だったし、くれぐれも気をつけてあげなさいね。」
「?うん、ほな!またな〜!」
返事も聞かずに走り出した。
走りながら携帯からロヴィーノの番号を呼び出し、かけてみたが繋がらない。
『待ってるから』と言ったのに。
…何か、あったんやろうか。
担任にセクハラでもされたとか?
だとしたらシバくどころやないねんけど!(担任氏ね!)
前から怪しいって思ってたんよ、アイツ…いっつも変な仮面つけとるし!
しかも何かやたらとロヴィーノに絡んできよって…!ほんま何やねん!
大丈夫やで、ロヴィー!親分、今行くで!
…変な勘違いをしたまま電話にも出ないロヴィーノを心配しながら、
今度はフェリシアーノにかけてみた。
数コール後に、フェリシアーノが出た。
「はいはーい。」
「フェリちゃん!今どこに居てるん?!」
「ヴェッ!アントーニョ兄ちゃん?今、家にいるけど…
さっき兄ちゃん一人で帰ってきたんだけど…何かあったの?喧嘩?」
「ほんま?家に居るんやな?分かった、今からお邪魔してもえぇ?」
「う、うん。いいけど、兄ちゃん…なんか泣いてたみたいなんだけど…
アントーニョ兄ちゃんのせいじゃないよね?」
「泣いてた?!」
やっぱり何かあったんや…!
俺の阿呆!なんでロヴィーに付いとかんかったんや…!
「アントーニョ兄ちゃん?」
「ごめんフェリちゃん!ちょっと切るな!」
返事を聞く前に電話を一方的に切ると、携帯を鞄の中に放り込み、さらに足を速めた。
近道するために公園を走り抜けて、ロヴィーノの家の前で立ち止まって、チャイムを鳴らす。
直ぐに玄関のドアが開き、ひょこりとフェリシアーノが顔を出した。
「すごっ…早かったね〜…大丈夫??」
ぜーはーぜーはー。
息を切らせている俺をとりあえず家に招きいれたフェリシアーノは、
キッチンから水の入ったコップを持ってきて差し出してくれた。
それを受け取って、一気に飲み干した。
喉を冷たい水が通る感じが酷く気持ちが良かった。
「ふはぁ…おおきに……えっと…ろ、ロヴィー…は?」
「部屋にいると思う……でも、さっきから声かけても全然反応ないし…。」
フェリシアーノは、心配そうにちらりと二階へ続く階段を見遣った。
「そっか。…よっしゃ、ほな行ってみるわ。」
「うん…。兄ちゃんのこと、お願いします。」
そう言ったフェリシアーノの頭を撫でて、階段を上がった。
ロヴィーノの部屋は階段を上って左の奥の部屋だ。
ドアの前に立って、数回ノックしてみる。
「ロヴィーノ、俺やけど。」
中で身じろぐような気配がしたから、居るには居るのだろう。
再度ノックして、声をかけてみるが、相変わらず返事はない。
「ロヴィーノ…入るで。」
ガチャリとドアを開けると、カーテンも閉めて薄暗い部屋の中、
ベッドの上の盛り上がった布団の中からくぐもった声がした。
「勝手に入ってくんじゃねーよ!」
涙声は、覇気がなく、時折鼻を啜る音が聞こえてくる。
パタンと静かにドアを閉めると、ベッドに近づいていって、
その布団の上から背中だろうと思われるところをゆっくりと撫でた。
「どないしたん、ロヴィー…何かあったんか…?」
優しく問いかけると、撫でる手から逃れるように布団の塊が動く。
「ロヴィー?」
「何かって…てめーが…っ!」
「うん?俺?何かやってもうたん…?」
担任に何かされた、とかではないのか。
それなら良かった、と内心胸を撫で下ろしつつ、しかし自分が原因であるならば
一体何をやってしまったというのか。
心当たりがまったくないが、もしかしたら無意識に傷つくようなことを言ってしまったのだろうか。
「俺、何かやってもうた…?なぁ、ロヴィー…。」
たまにこういうことはある。
ロヴィーノが何で怒っているのか、泣いているのか、分からない時。
ロヴィーノはどうしたって聞いても、なかなか答えてはくれないし、
だから自分も良く分からないまま謝る。
謝り続けると、ロヴィーノはそのうち諦めて、もういいって言う。
言いわけないだろうに、仕方がないな、と自分の中で勝手に折り合いをつけて片付けようとする。
駄目だな、と思いつつも結局最後にはロヴィーノが許すから。
それに、甘えてしまっているんだ。
しかし、今回はしっかり理由を聞こうと思った。
「ロヴィーノ、俺が何かしたんやったら言うて。ちゃんと聞くから…なぁ。」
「…っさい。…五月蝿い!もう俺のことなんか放っておけよ!」
「いやや。そんなんできひん。」
「俺なんかに構ってる暇があるんだったらさっさと家に帰って
勉強でもしてろよ、この脳みそトマト頭が!」
「ロヴィーノが気になって勉強どころやないもん。
なぁ、そんな布団被っとかんと、顔見せたって。」
そう言ってみるが、ロヴィーノは頑として出てきてくれない。
しかし、俺としても引くつもりはなかった。こうなると、もう持久戦だ。
ベッドの端に腰をかけて、出来るだけ優しく声をかけながら、
ロヴィーノが根負けするのを待つしかない。
薄暗い部屋の中、ロヴィーノの啜り泣く声に胸が痛くなる。
何とか早くその涙の原因を拭ってやりたいが、ロヴィーノは何も言わない。
ロヴィーノは自分の気持ちを言葉にするのが非常に苦手であるし、
分かっていても段々と焦れてイラついてしまう。
元々気が長い方ではないから反応のないロヴィーノに声をかけるのをやめて、溜息ついてしまった。
…しまった、と思った時には遅かった。
ロヴィーノの手が枕を掴んで、それを投げつけられた。
流石に痛くはなかったが、ロヴィーノを一層傷つけてしまったのは明白だった。
(何やってんねん、俺…!)
慌てて謝ろうとしたが、ゆらりと起き上がったロヴィーノの表情は、
暗くなった部屋の中では良く見えない。
けれど、口角がくっと上がったのは分かった。
それは、恐らく自嘲の笑み、だ。
「面倒くせーって思ってんだろ。なのに、俺なんかに構ってるとか、
随分余裕があるよなぁ…受験生様はよぉ。
でも…構ってくれ、なんて頼んでもねーし、お前が勝手にやってんだろーがよ!
嫌々付き合われても大迷惑なんだよ!…つーか、俺はてめーの顔なんか見たくねーんだから、
とっとと帰れよクソ馬鹿野朗!」
それだけ言うと、また布団を被り直してしまった。
「ごめん…面倒くさいとか、思ってへんよ…。」
「……………。」
「ごめん。」
多分、今回は今何度謝っても駄目なんだろう。
話を聞くことも出来ないだろう。
それなら、少し時間を置いた方がいいのかもしれない。
自分の失態を後悔しつつ、立ち上がる。
「ごめんな…ほな、今日は帰るわ。」
もう一度謝ってから、背を向けて部屋を出た。
そんな俺に、ロヴィーノが『待って』と縋ろうとしたのに気が付かないまま…。
部屋を出て、酷い後悔に苛まれながら階段を下り、深く溜息をついた。
そんな俺に、フェリシアーノが遠慮がちに声をかけてきた。
「兄ちゃん、どうだった…?」
「う、んー…ごめん、失敗した。」
申し訳なくて、苦笑も出来ない。
「そっか…原因なんだったの?」
「うーん……どうも、俺のせい…みたいなんやけど、良く分からんねん。」
「……ふぅん。やっぱり、か…。あんまり兄ちゃん泣かせないでね、アントーニョ兄ちゃん。」
言いながらじと、と睨まれる。
フェリシアーノは兄であるロヴィーノが泣くことを殊の外嫌う。
良くロヴィーノの泣く原因となっているアントーニョに対しては、普段はそうでもないが
こういう時は酷く冷たい瞳で見られるので、普段が普段なだけに、ギャップが恐ろしい。
「ごめん…また出直すわ…。」
「うん、じゃあ早く帰ってね。」
笑って誤魔化して、さっさとヴァルガス家を後にした。
はぁ…ほんま、俺…何やってんねん…。
ロヴィーノ傷つけて、泣かせて、怒らせて…。
今日はえぇ日になるーって思ったのになぁ。
冬の寒さが余計に身に、心に凍みた。
***
またやってしまった…。
思ってもないことを言ってしまうのは、俺の悪い癖だった。
自分でも嫌になるくらい、面倒な性格をしていることは自覚していた。
アントーニョは、どうして俺なんかを好きだなんていうのか。
聞きたいけれど、それは怖くて聞けなかったんだ。
確かめてはっきりさせればいいのに。
けれど、『実は本当はフェリシアーノの方が好きなんだ』と言われるのではないか、と。
『お前はその代わりなんだ』と。言われてしまえば、どうしていいのか分からない。
フェリシアーノの方が可愛くて素直で、誰からも好かれる性格している。
でも、俺はそんな万人に好かれるようなヤツではないし、寧ろ嫌われる性格をしてる。
それでも、嫌がらずに受け入れてくれるのは、アントーニョだけだった。
今までのことが、嘘だなんて思いたくもないけれど…俺には自信がない。
(そもそも、フェリシアーノよりも俺を選ぶとか、物好きにも程がある)
信じたいけれど、怖くて。
言えなくて、困らせて、面倒かけさせて、挙句暴言を吐くなど。
怒ってる…かもしれない。
『面倒くさいやっちゃなぁ。』
『もうえぇわ。』
『別れよか。』
アントーニョの声で、一番言われたくない台詞を、頭の中で再生してしまう。
サーッと血の気が引いて寒気さえした。
それだけは。
それだけは、嫌だ!
それを言われるくらいなら、フェリシアーノの代わりでもいい。
だから、嫌いにならないで。
離れていかないで。
傍に居て。
待って。
ごめん。
…いかないで。
その手に縋る前に向けられた背中、閉じられたドアに、一層涙が零れた。
折角来てくれたのに。
あんなことを言うつもりなかったのに。
置いていかれたようで、寂しくて、溜まらなくなる。
(馬鹿みたいだ…突き放すようなこと言ったの、俺だっての…)
ちくしょ…涙止まんねぇ…。
枯れる程泣いたと思うのに、枯れるどころか、湧き水のように溢れてくる。
頭が痛い。いっそ寝てしまえばいいのだが、それも出来そうにない。
「…トーニョ…ア…アントーニョ…アントー…ニョ…」
名前を、呪文みたいに繰り返し呼んだ。
怖いから会いたくない。
そう言いながら、その実会いたいと思う自分の矛盾さがいっそ笑えた。
アントーニョに会いたい。
声が聞きたい。
抱きしめて、キスして、大丈夫って笑ってほしい。
元気のでるおまじない、たくさんかけて。
…そうしたら、言うんだ。
「ごめん」
「ありがと」…って。
今から追いかけようか。
けれど、面と向かって素直に言えるような性格ではない。
それならば…。
ベッドから起き上がって、床に置いた鞄を引き寄せて、中から携帯を取り出した。
電話…かけて、出てくれるだろうか。
慣れた手つきでアントーニョの携帯電話の番号を呼び出した。
今では見なくても空で言えるくらい、自分のものよりも慣れ親しんだ番号だ。
出てくれなかったらどうしよう。
もし出ても、冷たくされたらどうしよう。
そうして嫌な方向の予想ばかりしてしまう。
それでも、今謝らないと、もう絶対言えない気がした。
だから、嫌な汗をかきながら、プツッと通話ボタンを押した。
携帯に耳を当てて、コール音を聞く。
一回…二回…さんか…い。
『……ロヴィーノ?』
時間にして恐らく数十分ぶりの、アントーニョの声は、少し驚いたような声だった。
冷たく尖った声を想像していたので、少しだけ安堵した。
『どないしたん?』
「………っ…ー……」
『ロヴィー?』
「……ぅっ、……ふ……っく…」
優しい、声音に涙がまた頬を伝った。
何も言えなくて、電話口で嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる俺に、
アントーニョは少し困ったような声になる。
「そんな泣かんとって。今すぐそっち行きたくなるやん…。」
「んっ…ひっ…く、く んなよばかや ろぉ…。」
電話ごしに、アントーニョが小さく笑う。
あぁ、違う。こんなことを言いたいわけではない。
『ロヴィーノ?』
「――――――――おこっ て る…か?」
『あは、なんでやねん。怒ってるんはロヴィーの方やないの?』
「……き、…―――――嫌いに、なっ…?」
『ならへんよ。俺、ロヴィーノのこと大好きやもん。」
その一言に、ほっとして、少しだけ肩の力が抜けた。
けれど、まだ聞いていないことがある。
(俺より、フェリシアーノの方が好きなのか…?)
聞きたいけど、それは口にするのを躊躇われた。
「――――――――おれ、……」
『ん?』
「おれ、のこと…――――――好き、…?」
ずるい聞き方だ。
自分は聞かれても上手く答えることが出来ないくせに、
アントーニョの口からその言葉を聞きたくて、たくさん…聞きたくて。
フェリシアーノよりも、いっぱい言って欲しかった。
『好きやで〜?好きで好きで好きで、めっちゃ好き!好きすぎてやばいくらい好き!』
「…なんだ、それ………。」
思わず笑ってしまうと、アントーニョも笑った。
『よぅやっと笑ろうてくれた〜!』
「トーニョ…?」
『ごめんな、俺が何かしでかしてもうたんやろ?ほんま、ごめん!
なぁ、今度は俺、何やってもうたん?!』
やった、というか…言ったというか…。
けど、アントーニョが全部悪いわけではない。
だって、アレは“普通”だ。
普通に考えて、フェリシアーノが好かれるのは当たり前だ。
だからフェリシアーノの方が好みで、たまたま顔だけは良く似た俺が
これまたたまたま近くにいたから…なんだろう。
だから、なんで付き合ってるのか、分からない。
けれど、もうそれでもいい。
嫌いじゃない、好きって言ってくれるんなら。
理由なんか、どうでもいい。
「…ちょっと…不安になったっていうか…と、兎に角!…もういい。」
『いや、もうえぇくないやろ。何か気になることあるんやったら、言うて?
つーか、もう俺そっち行ってもえぇ?!会って話そうや!』
「駄目だ!来るなこんちくしょう!…本当にもういいから、お前は勉強しろよ。」
泣きっぱなしだったから、ひでー顔してるし、
それにもう直ぐ試験なのに、本当にコイツは暢気というか…。
本当なら俺なんかに構ってる場合じゃないだろうに。
『えーっ!仲直りのちゅーは?ハグは〜!?』
「しねーよ。」
『えーっ!?そんな…こんなムラムラしたまま勉強せぇって拷問やん…!』
「それじゃあ頑張れよ。」
『うわああああんっロヴィー酷いー!…あ、せや。テレフォンセックスしたらえぇんちゃう?』
「くたばれバッファンクーロ!」
如何にも名案!みたいな明るい声で、とんでもないことを口にする。
お前の変な性癖に俺を巻き込むんじゃねー!
プツッと思わず電話を切ってしまった。
途端に訪れる静寂に、静かに息を吐き出した。
おやすみって言うの…忘れた。あと、ごめん、ありがと…って。
一言だけのメールを作成して、送信しておく。
まだ、俺はアントーニョの傍に居てもいいんだ。
終わらなくて、よかった。
――――けれど、この先はまだ分からない。
いつ『別れよう』って言われるか分からない。
それは、出来るだけずっと後がいい。
そう言われないように……そうだ。
フェリシアーノみたいに。
アイツみたいになれば、アントーニョは、ずっと俺を好きでいてくれるだろうか…―――?
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