あれから、表面上は元に戻った俺とアントーニョだったが、
何かが以前と違ってしまったのは明らかだった。
そんな中、アントーニョ達悪友は無事に卒業した。
そして、今。俺はアントーニョの引越しを手伝っていた。
アントーニョの部屋には俺の私物もあったから、それを引き取るためにでもあるが。
アントーニョは、一緒に持っていって泊まりにきた時使えばいい、と言ったが
生憎、俺はアントーニョの引越し先に遊びに行く予定はない。
会う予定もない。…別れるつもりでいるから。
一緒に居ても辛いだとか、苦しいだとか、
そんな気持ちになるくらいなら、もう終わりにした方がいい。
距離を置いて、離れて。
そして…過去にする。
離れることを怖がっていたのは、俺だ。
けれど怖い以上に、もう耐えられなかった。
「はぁ、ロヴィーノお疲れさん、手伝ってくれてありがとうな〜!」
「大して役に立たなくて悪かったな、このやろー」
「何言うてるん、めっちゃ助かったで!」
元々、重いものはフランシスやギルベルトにやらせるつもりやったし。
と、アントーニョは笑った。
細かいものは殆どダンボールに詰められた後で、あとは運び出すだけという状況で
俺のしたことと言えば、掃除をしただけだ。
しかも、躓いて派手に転んでダンボールの山に突っ込む、というオマケ付きで。
…中身が食器類とか、割れやすいものでなくて良かったのがせめてもの救いか…。
ここまできて、自分の不器用さを披露しなくてもいいだろ…。畜生!
溜息を吐くと、ガランと何もなくなった部屋を見渡す。
ヘタをすれば自分の部屋よりも馴染んだ部屋だったが、それも今日までだ。
この部屋での様々な思い出に浸りながら、窓辺に立った。
ここからの景色も、もう二度と見ることはないのだろう。
滲みそうになった涙を、上を向くことで耐える。
まだ、だ。
泣くのはまだ早い。
「アントーニョ」
「ん?何、ロヴィー。」
「……ちょっと…外、歩こうぜ」
「うん?ええよー」
にこっと笑うアントーニョに自分も笑みを返すが、上手く笑えたかどうかは分からない。
アパートを出て、特に当てもなく二人で歩いて行く。
空はいつの間にか赤く染まっていた。
「この辺二人で歩くの、暫くないかもしれへんなぁ」
「…そーだな」
「でも帰れる時は帰ってくるし、会いたい時は言うてな?」
「…おぅ」
「メールも電話も毎日するで!」
「…あぁ」
アントーニョの話に相槌を打ちながら、どう話を切り出すか考えていた。
口に出すには、勇気がいる。
正直、未だに迷う。本当にいいのだろうか。
後悔しないだろうか。
…いや、恐らく自分は後悔する。
付き合う以前に、幼馴染であるアントーニョとはそれこそずっと一緒だったんだ。
家族同然と言ってもいいくらい、自分の一部になっていて、切り離すのには痛みを伴うだろう。
そして、そこから切り取ることが出来たとしても、開いた穴は塞がらない。
それは塞がることも、何かで埋めることもできない。
――――――――それでも。
出来る、出来ないではなく、そうしないといけないんだ。
アントーニョが居なくても、俺は独りで歩いていかないといけない。
例え、その先が何も見えない真っ暗な世界だったとしても。
…辛いけど、もうフェリシアーノに醜く嫉妬してしまう自分とケリをつけたかった。
いつも通る近くの公園に入ると、夕方のせいか人気がない。
少し錆付いた滑り台、小さな砂場、ジャングルジム、そして…ブランコ。
…昔よく遊んだ、思い出の場所だ。
告白されたのも、ここで…俺たちの始まりはいつもこの場所だった。
…ならば、終わりもここがいいだろう。
立ち止まって一度深呼吸して、心を落ち着けてアントーニョを呼び止めた。
「アントーニョ、あ…あのさ、」
「――――――――嫌や」
数歩先で立ち止まったアントーニョはくるりと振り返った。
まだ何も言ってないのに、アントーニョは眉を顰めて言い放った。
「…まだ、何も言ってねぇだろ」
「嫌や」
「……だから、俺はまだ…!」
「何も言わんくても、ロヴィーの言いたいことなんか、想像つくわ!俺は嫌やからな。絶対!」
「お…お前が思ってることと、違うことかもしれねーだろ!」
「だから、嫌やって言うてるやろ!そんな話は聞きたない!」
断固拒否する!とばかりにつんと視線を逸らされる。
何を言っても『嫌』の一点張り。これでは話せない。
「ガキかよ、お前は…いいから聞けよ、俺の話!」
「いーやーでーすーぅ」
「お、まえなぁ……!」
いい加減にしろ、とキレかけた俺の手を、急にアントーニョが掴んだ。
驚いていると、腰を引き寄せられて唇を塞がれた。
「っちょっ、んん!」
離せ、と胸を押すが、全然ビクともしやがらない。
力で抑え込まれると、どうしても勝ち目はなかった。
強引で乱暴でさえもあるキスなのに、やっぱりどこかで嬉しく思う自分が嫌になった。
好きなんだ。
大好きなんだ。
世界中でいちばんって思ってるさ。
でも、アントーニョはそうじゃねーんだろう?
好きなだけじゃ、もう足りない。
欲張りで、ごめん。
唇が一度離れた隙に、アントーニョから一歩距離を置く。
再度手を伸ばされるが、それをついと避けると、
アントーニョのペリドットの瞳を真っ直ぐ見据えた。
最後くらいは逃げないで、ちゃんと言うから。
お願いだから、目を逸らさないでちゃんと見てくれよ。
「…終わりにしようぜ、俺たち。」
アントーニョの瞳が揺らいで、息を呑んだのが分かった。
何か言おうとしたのを遮るように、言葉を紡ぐ。
「電話も、メールもしない。会うことも…これからは、ない」
「何でや!何でそんなん…俺は嫌や!」
首を横に振ったアントーニョは、言い募る。
「俺のことが嫌いになったんか…?」
「……違う」
嘘でもあぁそうだ、と言えばよかっただろうか。
でもそのことにだけは、嘘はつきたくなかった。
「…他に好きなヤツできた…?」
「そんなもん、いねーよ」
「ほな、俺が何かやってしまったから、か?」
「……………」
「俺の何が悪かったんか、言うてくれたら…直す努力はする」
その言葉に俺は緩く首を振った。
「それは、無理だな」
フェリシアーノのことを構わずに、俺だけ見てくれ。
なんてそんな自分勝手なことは言えない。
それに、もし言ったところで、治るものでもないだろう。
「そんなん、やってみんと分からんやん!」
「分かるんだよ!」
「なんやねん、何があかんねん!理由を言えや!」
それに関しては口を噤んだ俺に、アントーニョが噛み付く。
「言えんのやったら、俺かて絶対別れたらん!意地でもしがみついて離さへん!」
きっぱりと言い切るアントーニョに、俺は逆に聞きてーよ…。
何でそこまで執着するんだよ。
やっぱりフェリシアーノとの繋がり…か?
黙り込んだ俺に、アントーニョは続けた。
「…嫌いになったわけでも、好きなヤツ出来たわけでもないんやったら…
えぇやん、このままで…これからは毎日会えるわけでもないんやし…。
ロヴィーが俺と話したないんやったら電話もメールもせんでえぇから。
会いたくなったら連絡してくれたら、それでえぇ。
ただの友達とか、そういう関係がえぇって言うんやったらそれでも…えぇよ?
幼馴染に戻りたいんやったら、それでもえぇ。
なんでもえぇけど…もう、会わんとか…言わんとって。お願いやから…」
泣きそうな顔をしたアントーニョが、ぎゅっと俺を抱きしめた。
(そんなこと言うな)
(俺に執着しているんだ、と勘違いしてしまいそうになる)
折角決心したのに、あんなに悩んだのに、また迷いだす。
離れたくない…そんなの、俺も一緒だ…!
けど、…ここで終わりにしないと。
そうじゃないと、また同じこと繰り返す。
苦しいのも、辛いのも、痛いのも、俺は嫌だ。
もう、たくさんだ。
とんと軽く身体を押すと、容易に離れることが出来た。
「もう…疲れた。だから、別れたい。それが理由だ」
「疲れた…って、何が?何に?わけわからん!」
「わかんねーなら、それでいい。じゃあ、な。もう会うことねーと思うけど、元気で」
くるりと背を向け、歩きだす。
あぁ、言ってしまった。
終わってしまう。
さよならなんて、本当は言いたくなかったんだ…。
泣きそうになったその時、突然アントーニョが俺の腕を掴み、引っ張られた。
驚いて咄嗟に反応出来ないでいると、ジャングルジムに乱暴に押さえつけた。
「痛っ!なに…っ!」
唇を塞がれて、舌が入り込んでくる。
逃げようと藻掻くが、力では敵わず、
逆に藻掻いているうちに乱れた衣服の裾から手を差し込まれてしまった。
「んぁっ ぁ、 やめ…ろっ!」
キッと睨みつけると、アントーニョの手は肌から離れた。
良かった、と思ったのも束の間、今度はベルトのバックルを外そうとしがった。
「てめっいい加減にしろよっ!こ、こんなとこで何考えて…うぁっ!」
触れられただけで、敏感に反応する俺を、アントーニョは嗤った。
「こんだけでこんな反応するくせに、俺から離れられるん?」
「…っうるせぇよ!いてーんだよ、離せ!」
「離さんよ。気持ちよすぎて訳分からんくなるくらい、啼かせたる。
…別れるとか、言い出されへんくらい可愛がったるよ?」
耳元に囁かれた低い声に、ゾクリと体が震えた。
冗談じゃない、本気でヤるつもりだ。
早く、早く逃げないと…と、思うのに、体が言うことを聞かない。
固まった俺の唇に、アントーニョの唇が重なった。
(違う。恐いわけじゃない。俺は)
…俺は、アントーニョのその言葉に、
震えるほど喜んでいたんだ――――――――。
『――――――――…お前、何でロヴィーノと付き合ってんの?』
『何でって?』
『だってどう見てもお前の好みはフェリシアーノちゃんだろ〜?』
溺れそうになる俺を、図書室でのアントーニョたちの会話が覚醒させた。
ガリッと重なった唇に、歯を立てた。
アントーニョが離れたその隙に、拘束から無理矢理逃れると、距離を取り肩で息を吐いた。
乱れた服を直すと、アントーニョを見た。
唇から、血が滲んでいた。
その赤に、何故だか罪悪感に駆られてつい、『ごめんなさい』と口走っていた。
傷つけたかったわけじゃない、と…別れをつきつけた俺が言えるはずもないのに。
「何でなん…なんで俺から離れようとするん…」
今度こそ、本当に驚いた。
アントーニョの瞳から、涙が零れ落ちた。
「好きなんや…ほんまに。…嘘やない。ほんまに、ほんまに…」
「…トーニョ…」
「ロヴィーノ…好き、好きなんや、なぁ…!」
弱々しく、手を掴まれる。
ひとつ、ふたつと零れる涙に、俺の涙腺も緩んだ。
「お願いやから、離れんとって…!」
俺だって好きだよ、お前のこと。
全然素直に言えなかったけど。
俺だって離れたくない。
このまま捕まえていて欲しいよ。
今、お前のこと抱きしめてやりてぇよ。
同じくらい、俺にもぎゅってして欲しいんだ。
たくさんキスして、もっとたくさん触れ合いたい。
そして、馬鹿みたいなことで笑い合っていたい。
けれど。
俺は、そんなお前の願いすら、聞いてやれない。
その手を振りといて、涙で滲む視界に、アントーニョの姿を目に焼き付けて。
「…――――――――Addio」
今後こそ背を向けて歩き出した。
…一歩踏み出す度に、振り返ってアントーニョのところに走りそうになる。
けれど、もう戻れない。
懐かしい日々を思い返し、泣きながら歩いて行く。
半身を奪われたかのように、胸の痛みが増していく。
けれど、これでもう無駄に悩む必要も、フェリシアーノに嫉妬することもない。
これでよかったのか、と繰り返す自問に、よかったんだ、と言い聞かせた。
さよなら、初めての恋。
さよなら、初めての恋人。
さよなら、世界でいちばん大好きな人。
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