「…んとに、可愛くねーな!」

ギルベルトの言葉に、先に手を上げたのは俺ではなくフェリシアーノだった。
バチンッ!とフェリシアーノに平手打ちされたギルベルトのみならず、
俺やフランシスまでがぽかんとしていた。

「兄ちゃん悪くないのに、そういうこと言わないで!!!」
「す、すみません…」
「アントーニョ兄ちゃん、早く追いかけて!」
「あ、はい!」

思わず敬語になってしまうほど、今のフェリシアーノには何故か逆らってはいけない気がした。
走り出そうとした俺の肩を、フランシスが掴んだ。

「ストップ、トーニョ。今はお前が行かない方がいい。」
「なんで!?」
「じゃ、俺が…!」
「フェリシアーノ、お前も落ち着け。」
「でもっ!!さっきの兄ちゃん明らかに様子変だったよ…絶対今一人にしたらいけない気がする…!」

確かに、様子がおかしかった。
どこか、無気力な…そう、まるで出会った頃の何もかも諦めたような瞳をしていた。
放っておいたら、どこかに消えてしまいそうな、あの、嫌な感じ。

「俺が行く。けど、アントーニョ…お前は少し反省しろ。」
「え?な、何を??」
「お前らの話だと、デート中に偶然会ったから、一緒に帰ろうってことになった。
それで、電車に乗ったらいつの間にかロヴィーノがいなかった…って?…何で気付かないの?
いくら相手がフェリシアーノでも、普通さぁ・・・恋人放っておいて話し込んじゃうなんて、
ありえないと思うんだけど?」

フランシスの言うとおりだ。
返す言葉もない。
ぐっと唇を引き結んだ俺に、フランシスは呆れた視線を向けた。

「ロヴィーノじゃなくても、怒るだろそれは。そういうこと…お前はわざとやってんだろ?」
「…わざと…?何?どういうこと、フランシス兄ちゃん!」
「…ロヴィーノが昔からフェリシアーノに対してすげーコンプレックス抱いてんの、
…まさか知らないとは言わないよな?お前はそれを知ってて、ロヴィーノにヤキモチ妬かせたくて、
わざとフェリシアーノに対して甘い態度をとる。…昔からの悪い癖、直したほうがいいぞ。」

フランシスの観察力の鋭さにはいつも驚かされる。
まさか、見抜かれていたとは思わなかった。

「アントーニョ兄ちゃん、まさか…本当じゃないよね…?」
「おい、マジならそれ…すげー酷いだろ…うわ、俺ロヴィーノに謝らねーと…!」

フェリシアーノの視線から逃れるように、目線を下に落とした。
先程のロヴィーノの表情を思い返す。
いつも怒ってくれるのに、目線さえ合わせることなく、背を向けられた。
このまま、俺から離れてしまいそうな予感に、身体から血の気が引いた。

「本当、なの…?ひどい…酷いよ、そんなの!最低だよ!」
「ごめっでも、…あんなに傷つけるとは、思わんかってん…」
「お前にとっては大したことないことでも、ロヴィーノにとってはそうじゃない。
その癖、早く直さないと、続くものも続かなくなるよ。…ま、もう遅いかもしれないけどね。」

出来るだけフォローはするけど、後でちゃんとロヴィーノに謝れよ。
と、言い置いてフランシスがロヴィーノを追うために走っていった。
その後姿を見送って、溜息をついた。
もし…ロヴィーノに『別れよう』と言われたら…。
想像するだけで、恐ろしかった。



「…俺、兄ちゃん傷つけないでって…何度も言ったのに…。」


ポツンと呟くと、フェリシアーノはじろりと俺を睨みつけた。



「今回は俺も悪かったと思う……俺が声かけたりしたから…でも、アントーニョ兄ちゃんは
俺をダシに使って、ヤキモチ妬かせて、傷つくのが分かっててやってたんだよね…?最低。悪趣味。」
「フェリシアーノちゃんに同意。」
「言い返す言葉もないわ…。」
「そんなことしなくたって、兄ちゃん…アントーニョ兄ちゃんしか見てないのに…。」

どこがいいのか、さっぱり分からないけど。と、フェリシアーノは目を伏せた。
普段温厚なフェリシアーノの口から毒吐かれると、物凄いダメージだ。

「お前、何でそんなことしてたんだよ。」
「…あー……やって、ロヴィーノ俺のことあんま『好き』って言うてくれんもん…。」
「言わなくても態度に出てるよ、兄ちゃん凄く分かりやすいから…」

眉を寄せたフェリシアーノは刺々しく言葉を吐き出した。

「そうやけど、言葉がほしいときもあんねん。フェリちゃんかて、そういう時あるやろ?」

自分の気持ちを口にすることが苦手なのは、ずっと幼馴染やってきたから知ってるけれど。
それでも…ロヴィーノの口から聞きたい。
だけど、あまり『言って』と強請ると、頑なに意地でも言わない!となる天邪鬼さんだから。
だから、つい…フェリシアーノをダシに使ってでも、気持ちを確かめたくなるのだ。
(怒って泣いてくれるの見て、それであぁ愛されてんなぁ…って…。)
それはずっと昔からやってしまう、俺の悪い癖だった。
今日も無意識にやってしまって…いなくなって、ヤバイと思った。
あれは…相当傷つけてしまっただろう。
自分が嫌になる。何で今更こんな…!もうやらない。神様に誓って、やらない。

本当に、もう二度とやるもんか。

「一緒にしないで!つくづく性格悪いよね、アントーニョ兄ちゃんって」
「だよなー、顔に似合わず。」
「いやん、褒めてもなにもでぇへんよ☆」

重々しい空気を払拭したいばかりにフザけたセリフが口をついて出た。
それにフェリシアーノは冷たい視線を投げかけてふいと顔を背けて歩き出した。

「……っ本当、どこがいいんだか分からないよ、俺!」









***











自分の家へと歩きながら、ちらっと振り返る。
(…追いかけてもこないのかよ…!)
なんだ。やっぱりその程度なのか、俺は…!
ふいに泣きたくなって、でも泣きたくなくて空を見上げた。
夜空にはたくさんの星が煌いていた。

「ロヴィーノ。」

ぽんと肩を叩かれて振り返る。

「…ちっ…んだよ、フランシス。」
「ごめんねー、トーニョじゃなくて。でも、今はアイツじゃないほうがいいかと思ってさ。」




(…なんで。)




本当にこの男は感が良くて嫌だ。
多分、今アントーニョが来たら確実に殴って頭突きして暴言吐いてしまうだけだ。
だから、目も合わせないで一人で帰ることにしたのだ。

「それにしたって酷いよねー、アントーニョのヤツ。
恋人放っておいてその弟と話すのに夢中になるとか、ありえないよねー」
「…空気読まないのはアイツ等二人ともだから、寧ろお似合いなんじゃねーの」
「…お似合いって…そんな自棄になるなよ。泣きたかったら、泣いていいから。そういうこと言わないの。」

歩きながらそっと肩を抱かれる。
いつもならば『離せ変態助けろアントーニョ!』と叫ぶところだが、俺はそれに甘えることにした。
フランシスは昔からこうして、アントーニョやフェリシアーノに勝手に劣等感抱いて傷ついた時に
いつの間にか傍にやってきてこうして俺に泣き場所を提供してくれるのだ。
俺の話を聞きつつ、アントーニョやフェリシアーノのフォローをする。
普段ド変態なのに、こういうことには気が回りすぎる。
アントーニョとはまた違った優しさをくれるから、困るのだ。
折角我慢しようと思っていたのに、俺の涙腺は緩いから、簡単に涙を溢れさせた。

「うっぇ…ふっ…ぅうう…。」
「うん、うん。たくさんお泣き。よく頑張って耐えたな。」

その言葉に、余計に涙が止まらなくなって、声を上げて泣いた。




本当は泣きたかったんだ。





アントーニョがずっとフェリシアーノと話している時も。



傍に居ないことに気付かれなかった時も。



ホームで一人でいる時も、改札で皆が迎えてくれた時も。



ギルベルトに『可愛くない』と言われたときも…。





そして、直ぐに追いかけてきてくれない、アントーニョに対しても。









どうして、ここにいてくれないんだよ・・・――――――――。











フランシスは泣きじゃくる俺を、家に招き入れた。
涙の止まらない俺をソファに座らせて、お茶を出し、決して一人にはせず、根気よく泣き止むのを待ってくれた。
おかげで泣くのに疲れて、眠たくなってきた。
すんと鼻を啜って、フランシスの淹れてくれたホットミルクに口をつけた。
暖かいそれに少しだけ安堵した。

「アントーニョもさ、多分今頃反省してるから…許してっていうのも変だけどさ。」

早速アントーニョのフォローを始めたフランシスにほんの少し唇に笑みが浮かぶ。
けれど、それは聞けないと思った。

「………俺、さ…分かったんだよ。アントーニョはさぁ…

俺じゃなくて、フェリシアーノが好きなんだ って。」

カップの淵を指で撫でながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
それにフランシスはぎょっとした。

「ちょっと待った!ロヴィーノ、それは違う!」
「違わねーよ。いいんだよ、もう。分かったから…もう、いい。」

慌てて否定してくれるが、もう遅い。
俺はもう、無理だった。

アントーニョは好きだ。
ずっと、ずっと昔から、俺にはアイツだけだったんだ。

けれど…アイツは違う。
俺はアントーニョの一番が欲しかった。
特別が欲しかった。


俺と同じように。


でも…アントーニョはその場所を、どれだけキスをしても、身体を重ねても、
俺にはどうしたってくれないことが分かってしまったから。





「好きなだけじゃ、苦しい。」





「ロヴィーノ、待って。…そんなふうに結論急がなくてもいいじゃない?
それに、アントーニョはお前のこと本当に好きだよ。」

その言葉に唇を噛んだ。
アントーニョは俺のことが好きなんじゃない。
フェリシアーノに似てて、たまたま近くにいたのが俺だったから。
そうじゃなかったら、なんで。

「――――――アントーニョが、俺なんか好きになるわけねぇんだよ!」
「ロヴィーノ、それはいくらお兄さんでも怒るよ。
…お前はそうやって自分を価値のないものにしたがるけど、お前は俺にとっても大事な弟分なんだよ?
ギルベルトだって、そうだ。そうやって、自分のこと卑下しすぎるの、ロヴィーノの悪い癖だよ。」


だって、仕方ないだろう。
俺は自分のいいところなんて、何一つ思いつかないんだから。



「…これはお兄さんからもお願い。アントーニョのこと、諦めないであげてよ。」




何だかんだいいながら、フランシスはアントーニョのことも大事に思ってるんだな。
いつもふざけてばっかりなのに。
フランシスが持ってきてくれたホットミルクの入ったカップを持ったまま、
その少しだけ揺れる真白い水面を眺めながら、これからのことを考える。
アントーニョとこれからも上手く付き合っていく自信は、もうない。


覆水盆に返らず。


…もう今までのように付き合えない。
好きだけど。それだけじゃ…――――――。







「――――――――もう、疲れた。」







アントーニョと付き合っていく限り、
フェリシアーノのことを大事にするアントーニョを見続けなければならない。
フェリシアーノは大事な家族だし、蔑ろにされるより、ずっといい。いいけれど…。
やっぱりフェリシアーノに対する根深いコンプレックスは拭えない。
『やっぱり』『どうせ』って思ってしまう。
それを抱えている限り、ずっと苦しいままだろう。
嫌な自分を見続けるのには、もう…疲れた。
ちょうど、もう直ぐアントーニョは引っ越す。
…ずっと苦しい想いをするくらいならば、もういっそ楽になりたい。
あんなに嫌だった選択を、俺は選ぼうとしている。
それくらい、疲れてしまった。
いろんなことがもう限界で、心が擦り切れてしまった。
思考が霞んでいく。

あぁ、もう…本当に…眠い…――――――。





ロヴィーノが意識を手放し眠りに落ちた頃、
フランシスはアントーニョに電話して、迎えにこさせた。
ソファでふかふかの毛布に包まれて眠りこんでいるロヴィーノをだき抱え、
アントーニョは、フランシスを睨んだ。

「何もしてへんやろなぁ?」
「してないよ。生憎、傷ついた子猫ちゃんに手を出すほど、飢えてないからね。」
「…ロヴィーノ、やっぱ泣いてたんか…。」

ロヴィーノの赤い目元に唇を寄せるアントーニョに、フランシスが口を開く。



「もう疲れた…ってさ。お前と付き合うの。」
「……な、」
「言っとくけど、俺はちゃんとフォローしたよ。精一杯ね。
けど、この子がそんなふうに言うくらい、傷ついてた。
俺が思ってたよりも、ずっと深く、――――――深くね。そこまでしたの、お前だからね。」

責める口調に、思わず固唾を呑んだ。

「分かっとるよ…俺のせい、やんなぁ…。」

ごめん、ほんまごめん、ロヴィーノ…。
ぎゅっと強く抱きしめた。
それを横目で見ながらフランシスは溜息を吐いた。

「まるで茨姫だよ。」
「…は?」

何言ってんだ、とフランシスを見ると、神妙な顔つきで続けた。



「自分のこと、茨でギチギチに縛って自分で自分を傷つけてる。




――――――どうしてだと思う?…そうしないと、壊れるからだ。」



「…フランシス…。」
「お前がこの子の王子様なら、余計な茨で縛らずにちゃんと呪いを解いてあげることだな。
…このまま終わりたくなければ、ね。」

ほら、早く連れて帰れ。と、部屋から追い出された。
人気のない道を歩きながら、先程のフランシスの言葉を思い返した。

「…茨姫…か。」

風邪引かないように、と毛布に包まれたロヴィーノが無意識にアントーニョの胸に擦り寄る。

(ほんま、かわえぇ。)

ごめんな、ロヴィーノ。
それでも、俺はお前が好きなんよ。
離したくない。例え、ロヴィーノがもう嫌だと言っても…。
別れるつもりは、毛頭なかった。







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