はぁ、はぁと息を切らせながら、それでも俺は走っていた。
くそっ、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
悪態を吐きながら、それでも逃げた。
(逃げる…?何から?)
あ、と身体が傾いた。
何かに躓いて、転んだようだった。
「ってぇ………」
地面に叩きつけられた体が痛み、じわりと涙が浮かんだ。
視界に複数の靴の先。
顔を上げた俺の顔は恐怖で引き攣った。
(殴られる…!)
そう思った俺は、両手で頭を庇う。
けれど、衝撃は来ない。
恐る恐る、目を開いて様子を伺う。
(背中…)
一人の少年が、俺を庇うように両手を広げていた。
自分は、その背中を良く知っていた。
(アン…トーニョ…!)
自分よりも体の大きな少年に、アントーニョは怯まず立ち向かっていく。
だめだ、危ない…!
そう思うのに、足が竦んで声も出ない。
なのに、視線だけは外せない。外すわけにはいかなかった。
やがてフランシスの助力もあり、少年たちはアントーニョの剣幕に逃げるように立ち去ってしまった。
くるりと振り返ったアントーニョは、小さな傷をいっぱい作っていたが、
いつものように笑った。
『もう大丈夫やで、ロヴィーノ!…怪我しとるね、はよ帰って手当てしよ?』
『…お、お前のほうが怪我してんじゃねーか…』
『親分やからな!これくらいヘーキやで!』
差し出された手を掴んだ。
でも、腰が抜けて上手く立ち上がれない。
(助けてくれた)
(守ってくれた)
(こんな可愛げのない自分を)
傍にいた馬鹿弟も一緒に俺を助け起こしてくれて漸く立ち上がった。
俺は安心したからか、涙を溢れさせた。
わんわん泣く俺の頭を、アントーニョが撫でる。
『何があっても俺が守ったるからな』
だからもう大丈夫、と優しい手のひらのぬくもりが嬉しくて。
こいつなら、信用してもいい。
ここは優しい、安心出来る場所だと、全身から変な緊張感が抜けて
更に俺の涙腺は緩くなって、疲れて眠ってしまうまで泣き続けた…――――――。
*
は、と目が覚めて思わず溜息を吐いた。
アントーニョとの思い出を夢に見るのは、最早呪いか何かなのではないかと真剣に考えた。
たくさん思い出がありすぎるから、いつまで経ってもずるずる引きずってしまう。
いっそ忘れてしまえれば、どんなに楽だろうか。
はぁ、ともう一度溜息を吐いたところで、誰かの腕に抱かれていることに気がついた。
しかも、この腕は。
まさか、と顔を上げれば、思ったとおりでカっと一気に身体が熱くなった。
「ヴォアァァァアアアアアアア!?」
何だこの状況!?
何がどうしてこうなった!?
慌てながら兎に角離れようと腕を退かせようと藻掻くが、
がっちりとホールドされているようで動くに動けない。
(…てか、なんでこの状況で起きねぇんだ、この男は)
すやすやと何事もなさそうな顔で眠るアントーニョに、
怒りすら覚えて、何とか自分の腕を出すと、鼻を摘んでやった。
ついでに口も手のひらで塞いでおいた。
ざまぁみやがれ!!!!
ふがふがと息苦しくなってきたのか、唸り声を上げ、身動ぎ始めた男の
様子を面白がりながら見ていると、突然がばっと起き上がった。
「ぶはぁー!な、なんやめっちゃ苦し…っ!」
「だっせぇー!」
ケタケタ笑っていると、アントーニョは眉を吊り上げた。
「ロヴィ〜〜〜〜〜っお前、ほんま……せや、ロヴィー!体は何ともない???」
「あ?別に…っていうか、どうしてお前が俺のベッドで寝てやがる!許可した覚えはねぇぞ!」
「いやいや、ここ俺の部屋やし。」
なんだと!?
部屋を見渡して見ると、確かに見覚えのない部屋だった。
俺はガッとアントーニョのシャツの襟元を掴んだ。
「どーゆーことだよ、説明しやがれ!!!」
「ちょっロヴィ…落ち着いて……!…お前が襲われた時な、男に殴られて気ぃ失ってん。
そんで、全然起きへんから、こうやって俺の部屋に連れてきたってだけや。」
「おそわれ…?」
あぁ、そういえば…そんなこともあったような…。
そうか、やっぱりアントーニョが助けてくれたのか。
「…悪かった、な」
「あぁ、えぇよ。ロヴィーノが無事で良かったわ」
にこっと微笑まれて、うっかりときめきそうになって気がついた。
「でもっ!!だからって何で一緒に寝るんだよ!!」
「えー。えぇやん、昔は一緒に寝てたやん!」
そういう問題じゃねぇ。
と思ったが口には出さずに頭突きをお見舞いしておいた。
分かっていたことだけど、まったくそういう気はないのだと、何だか虚しくなった。
いや、その気になられても困る……けど。
懐かしい腕の感触に、けれどやっぱり前の関係とは違うから
その温かさも、自分のものではない。
切なさに胸を詰まらせた。
泣きそうになったのを、アントーニョを殴ることで誤魔化した。
(俺がこんなに悩んでるっつーのに、本当にコイツは…!)
全部コイツが悪い。アントーニョの馬鹿野郎!!
ポカポカ気が済むまで殴ると、なんだか腹が減ってきた。
「はぁ…腹減った。」
「せやな、メシにしよか…っていうても、昨日買い物してへんから冷蔵庫からっぽやねん」
「いや、俺かえ…」
「あ、でも近くのパン屋、もう開いとるだろうし、なんか買うてくるわ。
ロヴィーノはゆっくりしとってえぇで!せや、風呂とか勝手に使ってえぇからな!
ほな、留守番よろしく!」
早口で捲くし立てるように言いながら、テキパキと身支度を軽く整えて、
ついでに俺にも着替えやらを渡してさっさと部屋を出て行ってしまった。
いつものんびりしているあの男にしては俊敏な動きに、口を挟む隙すらなかった。
「………帰るって言いそびれたぞ、ちくしょう。」
独り言のような呟きは、空しく響いた。
仕方なくのそのそとベッドから降りて、一度くるりと部屋を見渡した。
どうやら寝室…らしいが、恋人の気配はなさそう…?
などと考えて、頭を振った。
(そんなこと、気にしてどうするんだ)
渡された着替えを手に取り、部屋を出た。
リビング、キッチン…に、風呂…。
結構広いな…アイツの前使っていた部屋はワンルームだったが…。
初めて訪れたはずなのに、懐かしい気がするのは何でだろうか。
バスルームで服を脱ぎながら、そこでも恋人の気配はなさそうだ。
などと考えてしまい、いやだから違う。関係ねーっつの!!!!!
などと一人ツッコミをして、風呂場に入り、シャワーを浴びた。
関係ない。
アントーニョに恋人がいようが、いまいが俺には…。
苦しい胸のもやもやを吐き出すように、溜息を吐いた。
「いっそ、本当に忘れてしまえたらな…。」
むしろ、アントーニョに出逢わなければ…。
いや、そんなのいやだ。
アントーニョが居なかったら、こんな人生クソ詰まらない。
アントーニョと居るのはやっぱり、楽しい。悔しいけど、本当にそう思った。
アイツと別れて本当に辛かったのは、アイツの存在が自分の傍に感じられなくなったことだ。
悪友と馬鹿やって、騒いで、笑う。
そんな時間さえもなくなってしまって、詰まらない思いをした。
居たら居たで凄く煩いのに、それが懐かしく感じて。
どれだけ自分にとって大事なのか、思い知ってしまった。
恋人には、戻れなくても…上司と部下でもいいんだ。
やっぱり、傍に…居たい。
そう、強く思った。
*
風呂から上がって、髪をタオルで拭きながらリビングに行くが、
アントーニョの姿はなかった。まだ戻っていないらしい。
「近く、とか言ってなかったか、アイツ…?」
一体どこまで買いに行ったのか、アイツは。
窓から外を覗くと、結構な高さに驚きながらアントーニョの姿を探したが
こんな遠くては人の顔など見えるはずもない。
だんだん心細くなってきて、部屋を無意味に歩き回った。
「アントーニョの野郎…俺を一人にするんじゃねーよ、ちくしょう…」
歩き回りながらパソコンデスクの上の資料の他に、アントーニョが好んで買っていた
サッカー雑誌を見つけて、未だ変わらぬところを見つけて、内心笑う。
雑誌を手に取りながら、ぱらぱらと捲っていく。
丁度いい、暇つぶしに読むか…。などと思っていると、資料や雑誌の間に
写真立てのようなものが挟まっていることに気がついた。
一瞬手に取ろうとして、踏み止まった。
もし、恋人の写真とかだったりしたら…。
凄い美人の美女とかだったら、アントーニョには勿体無い。
俺に紹介しやがれこのやろーが。…ではなく。
勝手に見るのはまずい…よな、やっぱり。
――――――でも、少しだけならいいんじゃね?
――――――誘惑に負けてそれをそっと引き抜いた。
そこには、美女の写真でもなく。
ましてや家族写真でもなく…。
「フェリ、シアーノ…――――――?」
小さな花束を嬉しそうに抱えている少年。
ほんのりと染めた頬に、愛くるしいその表情。
何故かピントが合ってないが、ぼやけたそれが逆にいい感じに撮れている。
視線の合ってないそれは、隠し撮り、というやつだろうか。
ふらりと眩暈がした。
こんな写真、飾るくらい…アイツは、フェリシアーノを今でも…?
最初から、俺なんかが入る隙間もないくらい、アントーニョの気持ちは
フェリシアーノにしか、向けられていなかったのだろうか。
だったら。
だったら。
こんなに、フェリシアーノが好きなら、どうして。
…あぁ、そっか。
馬鹿弟には、ムキムキヤローが居るしな。
見た目だけなら、少し似てるから俺でいっかって思っ……
『俺はロヴィーと一緒で嬉しいし、楽しいで。』
『俺がロヴィーのこと嫌いになれるわけないやん。』
『おおきに、ロヴィーノ!』
『ロヴィーノが無事で良かったわ』
また、俺はフェリシアーノの代わりにされてたのか?
嘘だったのか、今までのも、全部。
本当は全部、フェリシアーノに向けられた言葉だったのか?
どんなにフェリシアーノと重ねたって、俺がアイツになれるわけもないのに。
「ロヴィーノ、ただいまー。待たせてごめんなぁ。いやー、途中で財布忘れてんの
気がついてまた戻って無駄に時間かかったわぁ…って、どないしたん?」
アントーニョは袋をテーブルに置いて、デスクの前で立ち尽くしている俺に近づいてくる。
「ロヴィーノ?」
(いやだ)
(もういやだ)
「――――――それ以上俺に近づくんじゃねぇっ!!!」
「…え、ちょっロヴィー?どないしたん?」
慌てて手を伸ばしてくるアントーニョの手を避けて、ギッと強く睨みつけた。
困惑した表情のアントーニョに、クッと口角を上げた。
いつまでもフェリシアーノしか見てない。
未練がましい哀れな男。
そして、そんな男がいつまでも忘れられない自分への、自嘲の笑みだった。
「お前、まだ好きだったんだな。」
「え…?何?何の話…――――――」
「とぼけんなよ、もう今更じゃねーか。」
アントーニョに、さっきの写真立てを見せた。
それを見て、アントーニョの顔が青くなった。
「そ、それ…!見てしもうたん!?」
「おー、いつ撮ったんだ?こんな写真。本当お前、救いようのねぇド変態だな。」
くつくつと喉の奥で笑いながら、それを机の上に置いた。
「いや、それ俺が撮ったんやなくて…じゃなくて、えーっとそのぉ…
ご、ごめんなぁ…やっぱり、一回フラれたくらいじゃ、全然諦めつかんくて…。」
「そうだろうな、お前昔っから好きだもんなぁ…」
「う、うん…黙ってたんは悪かったけど、その…やっぱ、言い出し難くて…。」
「でも、お前…好きなんだろ?」
「――――――うん、好き。めっちゃ好き、愛してんねん。」
…っだよ…。
そんなの、俺じゃなくて本人に言えよ、馬鹿野郎…!
決定的なアントーニョの、フェリシアーノへの気持ち。
そんなの、聞きたくもなかった。
自分でそう仕向けたのに、アントーニョが何か言葉を紡ぐたびに、
俺の心が軋んで痛んだ。
その痛みにもう耐え切れなくなって、瞳から涙が溢れた。
こんなに、好きなのに。
どうして、お前は俺のこと見てくれないんだ…。
「ろ、ロヴィー?!ご、ごめん、ほんまごめん!気分悪いやんなぁ、でも俺な、」
「好きなら好きって本人に言えよ馬鹿野郎―――!!
そんで一回だろうが二回だろうがフラれちまえ!カッツォ野郎〜〜〜〜!!
ヴォァアアアア!!
と泣き喚く俺に、アントーニョは、首を傾げた。
「本人…?いや、めっちゃ本人に言うてるやん。」
「どこがだこのやろおおお!!てめーの目は節穴か!?
俺はフェリシアーノじゃねーんだぞ!!!」
「うん?分かっとるよ?せやから、ロヴィーノに言うたんやんか。」
「だから何で俺に言うんだよ!フェリシアーノにちゃんと言えよっそういうことは!!」
「?????え?なんでフェリちゃん出てくるん?」
本気で分からない、困った顔をするアントーニョに、ぐすぐすと鼻を啜りながら
言いたくない言葉を、どうにか吐き出した。
「…お前が好きなの…フェリシアーノなんだろ?だから、」
「えぇっ!?なんでそうなるん!?それこそ訳分からん!!」
「…だ、だから!!フェリシアーノの写真なんか飾ってんだから
もう言い逃れできないっつってんだよ!!誤魔化そうとすんな!!」
「フェリちゃんの写真なんか飾ってへんよ!ロヴィーノの方こそ何言うてるん?」
「うるっせー!!どこまでしらばっくれる気だ!?今更すぎんだよ!!」
「あた!本投げんといてー!も、ちょお落ち着きや、兎に角…、な?」
はいはい、と暴れる俺を抱きしめてあやそうとするが、
こっちはそんなことで誤魔化されない。
「はーなーせーこのやろー!!」
「はいはいはい…」
「ちくしょーこのやろー!!」
「よしよし、えぇ子えぇ子」
「子供扱いすんじゃねー!ムカツクんだよっ!」
ゴスゴスと胸に頭突きをしていたが、腹が減っているせいか、
背を撫でられて落ち着いたのか……それに泣き疲れたせいもあるのか、
大人しくなると、アントーニョは俺の目尻の涙を拭った。
「ん、落ち着いたな。」
「ちくしょ…お前なんか嫌いだこのやろー」
「でな、ロヴィーノなんか誤解しとるみたいやから言うけど…」
「無視すんな!」
「これ、フェリちゃんやなくて、ロヴィーノやで?」
問題の写真を取り上げて、良う見てみと俺に差し出してきた。
またそんな嘘を…。
「フェリちゃんとはくるんの位置違うやろ?」
「またお前適当なこと言って……………あ、れ?」
良く見たら本当にフェリシアーノじゃなかった。
ぼやけているせいか、あの時はフェリシアーノとしか思わなかったが…確かに…でも。
「………こんな写真撮られた覚えねーぞ」
「それは、ロヴィが気付いてなかっただけやろ。これ、小学校の卒業式ん時でな…」
その日は生憎、アントーニョは学校があったし、こっそり抜け出すのは容易いが
来なくていい、とロヴィーノ本人に言われたこともあって、行けなかったのだ。
でも誕生日も近いし、何かプレゼントを…と考えたアントーニョだったが、
お金がなかったから、造花をいっぱい作って花束にしたのだ。
それを、フェリシアーノにロヴィーノに渡して欲しいと頼み、ついでに
一枚写真を…とお願いした。
「そん時は、じーさんとフェリちゃんと三人で撮ったやつくれたんやけどな〜。」
ロヴィーノと付き合い始めて最初の誕生日。
フェリシアーノからこれを貰った。
あの時、アントーニョからのプレゼントを渡した時の、写真。
口では悪態吐いていたけれど…。
「『兄ちゃんにこんな顔させられるのは、アントーニョ兄ちゃんだけだよ。
だから、絶対、絶対…大事にしてあげてね』…って」
「馬鹿弟…余計なことを…!」
自分とフェリシアーノを間違えるなんて。
恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
でも、まさか。もしかして…?
いや、待ってくれ。
違うだろ、だってお前はフェリシアーノが好きなはずだ。
『もしかしたら』…なんて。そんなはずないだろ?
「…だったら、なんでお前がそれを飾ってるんだよ」
「だから、さっきも言うたやん。…ロヴィーノが、好きやねん。
一回フラれたけど、全然忘れられへんねん。」
「違う。違うだろっ!お前はフェリシアーノが…っ!」
「だから!なんでフェリちゃんが出てくるねん。訳分からん!」
あーもー、どないしたらそうなるん!?
と、アントーニョはぐしゃぐしゃと髪を掻いた。
そんなこと、知ったこっちゃない。
俺は信じない。
だって、そうだ。
俺はこの耳で確かに聞いた。
「好みなんだろ!いつも会ったら『可愛い』って言ってたじゃねーか!
それに、聞いたんだからな…!」
「何を…」
「ジャガイモ兄にフェリシアーノの方が好みなのに
何で俺と付き合ってんのかって聞かれて、お前……
『せやな、なんでやろな』って言った!!」
言った瞬間、涙がまた零れ落ちた。
あれを聞かなければ、それまではどんなにフェリシアーノを『可愛い』と言っても、
フェリシアーノと話すのに夢中になって、構ってくれなくても『好き』なのは自分だと信じていたんだ。
なのに、もうあの瞬間から全てが嘘に思えた。
まぁ、所詮俺はどうしたってフェリシアーノには敵わないから。
やっぱりお前も、フェリシアーノの方がいいんだ。
(お前だけは、違うと思っていたかった)
「………?俺、そんなん言うた覚えないけど、いつの話?」
「…お前が高三で、受験の前。卒業前の大掃除で、三年は昼までの登校日。
俺が授業終わるのを、お前は他の二人と一緒に図書室で待ってた。」
「あー…それって、ロヴィと喧嘩してもた日やんな。」
喧嘩というよりは、ロヴィーノが一方的に怒ってて、
俺は何で怒ってるんか分からん。といういつものパターンやったな、とアントーニョは付け足す。
「別に、怒ったわけじゃねーよ。」
「あぁ、うん。でも、ギルとそんな話、した覚えないけど?
あん時ロヴィーノ遅いな、迎えに行った方がえぇかなーとか思ってたけど…
大体、ギルの話やまともに聞いてへんから、適当に返事しただけやろ。」
いや、人の話は聞いてやれ。
とは思ったが、まぁジャガイモだしな…。
「で、それって昨日ギルに言うてた『あの時』の話?」
僅かに怒気を孕んだ声に、肩が跳ねた。
何で怒ってんだよ。怖いぞ、このやろー。
「…そう、だよ…」
「それで、ロヴィーノは俺がほんまはフェリちゃんが好きって勘違いしたん?」
「勘違いじゃねぇ」
「…なんやねん、アイツ…ほんまロクなこと言わへんな。フルボッコ確定やな。」
ぼそりと不穏な台詞を吐いたかと思えば、アントーニョが俺の腕を強く掴んだ。
「い、たっ…!」
「ロヴィーノ、良ぅ聞いて。俺が好きなんはお前や!
フェリちゃんやない!ロヴィーノ・ヴァルガスや!!
小さい頃からそう思ってたし、今までもこれからもそれは変わらん!」
力強く掴まれた腕が痛い。
けれど、強い瞳に、ぐらりと心が揺れた。
(信じて、いいのか…?)
本当に、アントーニョはフェリシアーノのことは好きじゃないのか?
けれど、だとしたら…どうして。
「う、そ…だ」
「嘘やない。俺はロヴィーノやないと、嫌や。」
「だって、じゃあ……なんでいつも、いつも、いつもっ…
弟ばっかり優先するんだ…!本命だから、じゃないのか!?」
だから、俺はそれの繋ぎにすぎないのだ、と。
俺を通してフェリシアーノを見てるんじゃないのか、と。
だって、そう考えたら辻褄が合うじゃねーか。
「だから、それは………何の辻褄やねん?!」
「お前が俺と付き合ってた理由。そうじゃなかったら、
お前が俺のこと好きだなんていうの、可笑しいじゃねーか。」
「は……なん、それ。何が可笑しいん?」
何をしても不器用で素直じゃなくて捻くれてて、可愛げがない。
フェリシアーノと、大違い。
そう言われてきたんだ、いつも。
いつも、いつだって皆が皆、フェリシアーノを選んだから。
「お前が。俺なんかのこと、好きだなんていうのが、おかし…」
「――――――ロヴィーノッ!!」
ぐっと更に腕に力が籠められる。
「ッい、た……痛いっつってんだろ!!」
「なんでいつもそうなん、お前…!えぇ加減にせぇよ…ほんま腹立つ…!
…お前のそういうとこ増長させてしまったん、俺かもしらんけど…
そうやって自分のこと下げるんやめぇや。比べられたくないって言う割りに、
自分が一番フェリちゃんと比べとるやん。そんなん、フェリちゃんも可哀想や。」
「…んなこと、言われてたって…」
事実だろう。そう頑なになっているロヴィーノに、アントーニョは重く溜息を吐いた。
「周りの言うことは信じられても、俺のことは信じてくれんねんな。」
「…っ、だ、って…俺は、自分の良いところなんて、何一つ思いつかねぇ…し。」
『――――――まるで茨姫だよ。』
アントーニョは、昔フランシスに言われた言葉を思い出した。
『自分のこと、茨でギチギチに縛って、自分で自分を傷つけている。
どうしてだと思う?…そうしないと、壊れるからだ。』
『お前がこの子の王子様なら、余計な茨で縛らずにちゃんと呪いを解いてあげることだな。』
あれはきっと、このことだ。
誰も、知らなければいいと思っていた。
ロヴィーノの良いところなんて、自分だけが知っていればいいから。
他のやつらになんか、取られてたまるか。
そんな独占欲で、ロヴィーノに『俺だけ』って思わせた。
実際それは上手くいった。
ロヴィーノの『特別』になった。
けれど、ロヴィーノはそのせいで自分のことを自分で認めてあげられない。
俺が囲った世界の、狭い視野でしか、見ていないから。
「…確かに、捻くれてるし、天邪鬼やし、口は悪いし、不器用やねロヴィーノは。」
「っ…知ってるっつーのっ!!」
「寂しがり屋やで一人が嫌いで、気が強いくせに、直ぐに泣いてしまう、泣き虫やんな。」
「うっ…うるせぇ!!」
「そうそう、照れてトマトみたに真っ赤になったり……笑うとな、めっちゃかわえぇの。
――――――そういうとこ、全部、全部……可愛くて、愛しいてしゃーないねん。
せやから、独り占め…したかってん。」
フェリちゃんの代わりとか、そんなんとちゃうよ。
大体、比べるのが可笑しいやん。
お前は可愛いねん。
フェリちゃんも確かにかわえぇとは思うけど、俺はロヴィーノの方がかわえぇ。
俺のいちばん、特別は『ロヴィーノ』やで。
こんなに好きなんに、全部伝わらないなんてもどかしい。
大事にしてたのに、したいと思ってるのに、いつも傷つけてばかりでごめんな。
――――――予想もしていなかった、アントーニョの言葉に、耳まで赤くなった。
信じて、いいのだろうか。
アントーニョの特別は、自分なのだと。
ちゃんと、愛してくれているんだと。
「…怒られるの覚悟で言うけど、フェリちゃん構ってたのは
ロヴィーノがヤキモチ妬いてくれんの嬉しかったからなんよ。」
「…は?」
「だいぶ、結構…昔から。それに、ロヴィーノあんま『好き』って言うてくれんかったやん。
俺かて、不安やってん。好きって言うて欲しい時もあった。
でも…あんましつこくしたら意地でも言わんくなるやろし…。
せやから……ごめんなぁ」
へらりと笑ってみせるが、ロヴィーノにとったら笑い事ではない。
「なん、だと…!?じゃあお前…まさか、わざとか!?わざとなのか!?」
それじゃあ、今まで自分が悩んできたことは、一体なんだったんだ。
あんなに苦しんだのは、全部無駄だったのか?
変な勘違いとか誤解や思い込みのせいなのか?
「まぁそうやね!」
「そうやね、じゃねー!!!!」
「ごめんな、ほんまに。」
すまなそうに目を伏せたアントーニョに、何だかずっと抱えていた悩みが、
どうでもよくなってしまった。
本当、無駄だったな。何もかも。
こんなことなら、言えばよかった。
こうやって確かめればよかったんだ。
でもそうすることが、出来なかった。
怖かったから。
でも、臆病になりすぎて、肝心なものが見えなくなってた。
いつの間にか離されていた腕。
今度は自分から手を伸ばし、ぽすりとアントーニョの胸に顔を埋めた。
「俺も、悪かった…から。そんな顔、すんな…」
「ロヴィーノ…。」
「俺ばっかり好きで、お前のこと忘れられないのかと思っていた。
でも……同じだったんだな、お前も…。」
一度手放してしまった、その手を、もう一度掴みたい。
気持ちに嘘なんてないんだと、信じられるから。
「ロヴィーノ………って、あれ?確かロヴィー、好きなヤツ居るって…。」
「…お前のことだよ、馬鹿!KY!空気読め!!!」
「え、じゃあ」
「…まさか、同じことしてるとは思わなかったけどな。」
お互い忘れられなくて、相手の写真を大事にしていただなんて。
似たもの同士ってことか。
「なんやぁ…そうならそうと、はよ言うてや〜」
自分に嫉妬するとか、アホみたいやんか。
と、アントーニョは呟いた。
「ハッ、ほんと馬鹿みてぇ。」
くつくつ笑いながら、ソファにどさりと座り込んだ。
はあ、ほんと、何やってたんだか。
あんなに一生懸命距離置こうとしたのに。
別に、そんな必要もなかったってことか。
同じように隣に座ったアントーニョも、同じように肩を竦めた。
「ほんま、時間の無駄やったな〜」
「…だな。あーぁ、安心したら腹減ったぞ、メシ!」
「いや、その前に…」
メシよりも先にすることなんて、あっただろうか。
そういうよりも早く、アントーニョは俺を押し倒した。
「オイッ!何しやがんだ!」
「え〜っせやかて、俺もう我慢の限界やもん。メシの前にロヴィーノが食べたいわ〜」
するするとアントーニョの手が服の中に入ってきた。
相変わらず手の早いやつだ。
けれど、今はそれより食欲だ。
「後にしろ!!俺は腹が減ってんだ!!メシが先だ!!」
「いや、ロヴィーノが先!」
「メシが先だ!!ちょっとくらい我慢しろよ!」
「ロヴィーノこそ、空気読んでや!今の流れでなんでメシなん!?」
「お前にKYなんて言われたかねーよ!!」
――――――二人とも一歩も引かずにそんなくだらない言い争いをし続けたのだった…。
*
「と、いうわけで〜…俺ら付き合うことになってん!」
「はぁ、そうですか。」
月曜の朝、早速本田に報告するアントーニョの姿があった。
「あれ、あんま驚かへんのや。」
「はぁ、まぁ…いずれそうなるだろうとは思っていましたので。」
「そうなん?」
「ですが、週末にどのようなことがあったのか、聞かせていただいても?」
(ネタktkr!!!!)
さっとどこからか小さなメモ帳とペンを取り出して、
アントーニョの話を聞きながら何かをメモする本田がいたとか、いないとか。
そしてその話をどこからか聞きつけた噂好きな女子社員により
退社するころにはほぼ全社員に伝わってしまったのだった…。
こうして、アントーニョとロヴィーノは、いつの間にか会社の名物バカップルになっていたのでした。
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