「はぁ…はぁ…」
大通りから脇に逸れて入り組んだ路地を走り、
建物の間のほんの小さな細い隙間に入り込んだ。
壁に手を付いて、息を弾ませながら、そのままずるずると座り込んだ。
「………っちくしょ…」
『――――――――…お前、何でロヴィーノと付き合ってんの?』
『だってどう見てもお前の好みはフェリシアーノちゃんだろ〜?』
『…せやなー。なんでやろな?』
ギルベルトとアントーニョの会話が頭の中でリピートする。
あの時、そうやって何故俺と付き合っているのか、
フェリシアーノの方が好みじゃないのか、という疑問を口にしたくせに。
その口で『何故別れたのか?』なんて、何で言えるのか。
(これだからジャガイモ野郎は……!)
アントーニョがフェリシアーノのことを好きだって知っていたくせに。
『アントーニョはお前のこと甘やかしまくって、
そりゃもう気持ち悪ぃくらいめちゃめちゃ大事にしてたじゃねーか。』
確かに、甘やかされていたし、大事にされていたと思う。
でもそれは、大好きな弟の代わりで、
アントーニョがいちばん大事にしていたのは、フェリシアーノだから。
代わりでも、いいって思っていた。
けれど、それだけでは足りなくなった。
“いちばん好き”が欲しかった。
我儘だとは解かっていても。
どうしたってそれはもらえないと解かっていても。
勝手に望んで
勝手に傷ついて
勝手に失望して
勝手に別れた。
アントーニョは何も悪くない。
ない…けれど。
『何が不満だった?』なんて。
まるで俺だけが悪いみたいじゃねーか。
(まぁそうなんだけどなっちくしょー!)
けれど、しょうがないじゃないか。
あの時、別れないと本当に辛くて溜まらなかったんだ…。
「……ぐす」
すんと鼻を啜り、涙を拭うと立ち上がった。
―――帰ろう。
帰って風呂入って寝る。そんで忘れるに限る。
歩き出そうとして、気が付いた。
「あっ!」
財布、携帯どころか、鞄も上着も置いてきちまった!
そ、それに………。
「ここ…どこだよ畜生〜〜〜〜〜っ!」
ここにはアントーニョの車で来た上に、この辺の土地鑑なんて全くない。
もちろんどこからどうやって来たのかも、覚えていない。
人気のない方へ、ない方へと走ったので、もちろん周りに人は居ない。
まるで世界に一人ぼっちで取り残されたような気分になり、
心細さにまたじわりと目尻に涙が浮かんだ。
「あ……アントーニョの野郎……助けに来いよー!!」
アントーニョのふわりと笑った顔が浮かぶ。
こんな時に頼れるのなんて、俺にはアイツしかいないんだ。
勝手に飛び出した俺を、アイツは探しにきてくれるだろうか…。
…探すんだろうな。
あのお人好しは。
「馬鹿だよな、本当…」
大丈夫だ、アントーニョはきっと来る。
そう自分に言い聞かせながら、大人しくその場から離れずに待つことにした。
壁に背を預けてぼんやりと星空を眺めていると、
暫くして、奥のほうから僅かに声が聞こえた気がした。
(アントーニョ…!?)
声のした方へ近づいていくと、一匹の猫が飛び出してきた。
「…何だよ、猫かよ…。」
肩を落とし、元の場所へ戻ろうと踵を返した。
が、何か堅いものにぶつかった。
「いてぇ!」
顔を上げると、何故か一昔前…のチンピラみたいな男が数人立っていた。
今時珍しいというか、時代遅れにも程がある、リーゼントの男までいた。
悪いことは重なるものである。
(さ、最悪だ……!!)
ギロリとぶつかった相手がこちらを睨みつけてきた。
「いってーな…てめぇ!どこに目ぇつけてんだよ、あ゛ァ?」
「ひえっ!ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「あー、こりゃ骨が折れてるかもしれねーなぁ、おい!」
「慰謝料、出してくれるよなぁ、兄チャンよぉ…?」
((なんでそんな一昔前みたいな因縁のつけ方なんだよ、コノヤロー!!!))
とは思ったものの、口には出さなかった。
下手に何かを言って、刺激して殴られたりするのは勘弁だ。
それくらいなら、謝るし、金も………。
「…今、財布持ってないですこのやろー…。」
「あァ?んだよ、その解かりやすい嘘は!…出せよ、オラ!」
「ぶつかって来ておいて、それはねーんじゃねーの?」
「うわぁぁんっごめんなさいいぃぃ!!…今本当に何も持ってないんですぅ〜〜〜っ!」
畜生なんでこんな目に合わなきゃいけねーんだよ!
アントーニョの野郎…早く助けに来いよぉおおおおおお!!!!!
いつの間にか、壁を背にしていて、柄の悪い男たちに取り囲まれていた。
どうしよう、どうしよう。怖いぞこのやろー!!
アントーニョ、アントーニョ、アントーニョ…!!
誰でもいい。誰か、助けてくれ…!!
「オイ、お前ら取り押さえておけ!俺が財布探してやるぜ。」
男たちのリーダーっぽいリーゼントな男がそう言うと、俺は両腕を脇に立っていた男達に掴まれた。
そしてリーゼントな男はポケットのある位置をベタベタと触ってきた。
「やめっ…ほんとに、何も…!」
汚い手で触るんじゃねぇぇぇぇぇええ!!!!
と内心騒いだが、口に出さなかった。
何も持っていないことが分かれば、解放されるだろうと思っていた。
だからそれまで我慢だ。
「…チッ。マジで何も持ってやがれねー。」
「オイオイ、そりゃねーぜ!!」
「マジかよ…どうするよ?」
呆れた様子の男たちに、一先ずホッとする。
「俺ホントに何も持ってないんで!か、解放してく」
「―――――何も持ってねぇなら、仕方ねーな。」
「カラダで支払って貰おうじゃねーか…なぁ?」
男たちが下卑た笑みを浮かべて、俺を見据えた。
(何だこの展開…!?)
本能がヤバイと警鐘を鳴らす。
逃げ、逃げないと、逃げないと…!!
慌てて身を捻り、逃げようとするが、がっちりと両腕を掴まれて、動けない。
サァァと血の気の引いた音が聞こえた気がした。
「おっと、逃げようとか考えるんじゃねーぞ。」
「いやだっやめろっ!離せこのやろー!!」
手や足を動かし、藻掻くがまったくビクともしやがらない。
アントーニョ、アントーニョ、アントーニョ…!
助けにこいよ、このやろ〜〜〜っ!!!
「おいっ暴れるんじゃねぇ!お前らしっかり抑えとけ!」
「チッ……先に黙らせるか…。」
「離せちくしょー!離せ…――――――ッぅぐ!」
腹部に衝撃。
鳩尾に拳が入ったことに気付いた時には意識が遠退き始めていた。
視界がシャットアウトしていく中で、僅かに唇を動かす。
『アントーニョ、』
果たしてそれは、音になったのか、空気に溶けたか分からないまま、意識を手放した。
*
「ハッ!一発で気ぃ失いやがった。」
「ハハハ!コイツ男のくせにてんで弱いでやん、の…―――――――ッがはっ!」
アントーニョはロヴィーノを取り囲む男の一人を殴り飛ばした。
突然吹っ飛んだ男に驚いた男たちが、アントーニョの存在に気がついた。
「誰だ、てめぇ!?」
声を上げた男が一人、アントーニョに向かって叫ぶ。
それを無言でもって返し、素早く相手の懐に入り込み、拳を叩きつける。
そして他の男が呆然と見ている中、ロヴィーノを奪い返した。
「…よくも俺の大事な子に手ぇ出してくれたもんやなぁ?……覚悟せぇや!!
もう二度と太陽拝めへんようにしたるわ……!!」
少し離れた壁際にロヴィーノを下ろし、その上にばさりと上着を掛けた。
大事なロヴィーノに、この男たちは何をやったというのだろう。
許さない。
許さない。
許さない。
ふつふつと湧き上がった怒りは次第に煮え滾り、爆発する。
アントーニョは薄く笑みを浮かべた。
「誰でもいい、邪魔するやつは叩きのめせ!」
一人のリーダーらしき男が叫ぶと、二人が一斉にアントーニョ目掛けて拳や足を
使って攻撃するも、アントーニョは慣れたようにひらりひらりと避け、
一人は足を引っ掛けて転ばせ、もう一人の拳を受け止め流し、そして鳩尾に拳を叩き込んだ。
流れるような動作には、無駄は一切ない。
手馴れていた。そして、力の差も歴然であった。
今のアントーニョはロヴィーノに手を出されたことで頭に血が上りきっていて、
手加減など、できる筈もない。
「くっくそ…!」
自棄になった男の一人がナイフを取り出し、アントーニョに向かって振り翳すが、
それもアントーニョは相手のナイフを手刀で叩き落し、ついでとばかりに男を蹴り上げる。
地面に転がった男を踏みつけ、更にリーダーらしき男にゆっくりと近づいていく。
「ち、近づくな!近づいたら撃つぞ!」
ガチッと小型の銃を構える男だったが、いつの間にか背後に立っていた
ギルベルトに殴られて、銃が転がった。
「…お前ばっかいい格好させねーぜ!!ケーッセッセッセッセッセッ!」
無駄に高笑いするギルベルトを無視してアントーニョは、
転がってきた銃を拾い上げた。
「あかんなぁ、こんな物騒なもん持っとったら危ないやろ?」
そういいながら、アントーニョは目が笑っていない笑顔で、銃を男に向かって構えた。
途端、男は竦み上がった。
「ヒッ!た、たすけ…」
「助けて?あの子に手出したくせに、よぉもそんなこと言えるなぁ。
――――――許すわけないやろ。」
引き金を引こうとした俺の腕を、ギルベルトが掴んだ。
「待て、そこまでしたら俺らが悪者になっちまうだろ!
この手の輩は脅しとけば二度とやらねーだろ。それは勘弁してやれ!」
「離しっ!コイツぶち殺さな気ぃすまんわ!!」
「気持ちはわかるけどよ!それより、早いとこアイツ連れ帰った方がいいんじゃねーの?」
「っ……ロヴィ…!」
慌ててロヴィーノに駆け寄り、抱き起こす。
見た目には傷はないように見えた。
それに一先ず安堵し、抱き上げると歩き出した。
それを横目に振り向いたギルベルトは言った。
「…運が悪かったな、お前ら。ま、これにこりたら二度と…って、いねーし!!」
さっさと逃げたのか、そこに男達の姿は無く、ギルベルト一人きりであった。
「…一人楽しすぎるゼー!!!」
いやー、今日の俺様も最高に格好よかった!と、笑いながらアントーニョの後を追う。
歩きながら、ふと昔のことを思い出していた。
・
・
・
あれは確か、受験間近だが、ロヴィーノと一緒に帰るために図書室で待つアントーニョに
付き合ってやっていた時だった。
だが、肝心のロヴィーノは何かから逃げるように校門を出て行ったのを窓から見て、
慌ててアントーニョが後を追いかけるために部屋を出て行った後…。
俺らも帰るか、とフランシスと帰り支度をして図書室を出て歩き出した時だ。
「…にしても、『何で付き合ってるのか』なんて質問愚問すぎじゃない?
あいつら見てたら分かるでしょ。…どっちもお互いしか見えてないんだからさ。」
「いや、でも…アントーニョのヤツ、フェリシアーノちゃんがいたら
ロヴィーノそっちのけで相手してるじゃねーか。だから、」
「あー…あいつも大概ドSだからなー。ホント、そろそろやめたげればいいのに。」
「…何でSかどうかが関係あるんだよ。てか、あいつSっていうより
どっちかっていうと、ドMじゃね?」
「…気付いてないなら別にいいけど、トーニョはロヴィーノ絡みだとキレると怖いから、
あんまりあの二人突くのやめた方が身のためだと思うけど。お兄さんはあんまりお勧めしないな。」
ま、お兄さんは適度に遊ばせてもらってるけど〜。とフランシスが言った。
「怖い?アイツが?」
いつでも緩い笑顔を浮かべているあの男が?
想像つかなくて笑えた。
「アイツは敵認定したら容赦ないからなー。懐に入れたやつはとことん可愛がるけど―――――。」
―――――― 一応アイツらの幼馴染で長年見てきたから言うけど、
アントーニョはロヴィーノ絡みだとキレるとハンパなくて、手に負えないから。
刺激したら危ないって、忠告はしといてあげるよ。一応友達だからね。――――――
・
・
・
「フランシスが言ってたのは、このことかよ…」
先程のアントーニョの瞳を思い出し、ゾッと背筋を凍らせた。
ただのチンピラ相手に全く容赦なく、しかも一切の躊躇も無く引き金を引こうとした。
俺が止めなきゃ今頃全員あの世行きだったに違いない。
まさか、あのアントーニョを怖いと思う日がくるとは思わなかったぜ。
苦笑しながら、呟いた。
「確かに、ありゃ手に負えねー」
*
フランシスの店に戻り、奥のソファにロヴィーノを寝かせた。
早めに店仕舞いしたのか、店内に客の姿はなかった。
「――――――ま、何とか無事だったみたいで良かったよ。」
「無事やない!ロヴィーノが殴られてんで!?」
「うん、でもまぁ大したことないみたいで良かった、良かった。」
何が良かった、だ。
ギリっと唇を噛むと、フランシスが苦笑した。
「そんな顔しないの。兎に角無事だったんだしさ。」
「せやけど!……俺がもうちょい早く見つけてたらロヴィ殴られたりせぇへんかったのに…!」
ロヴィーノが気を失う寸前、唇が動き、俺の名前を呼んだ…気がした。
読唇術なんて習ってるわけじゃないから、気のせいかもしれない、けれど。
「俺に、助けてって呼んでた、かもしれへんのに……!」
「そうそう、だから現にこうして無事だったんだしさ、ね?」
「あぁ、別に命に別状はねぇだろ。ま、心配なら明日にでも検査にこいよ。」
項垂れるアントーニョに、フランシスが声をかけ、
実は医者のギルベルトがロヴィーノを診て言った。
「そうだね、ギルの診察じゃ不安だし〜ねぇ、トーニョ…」
「あんだと!?俺様の腕をしんよー…」
「無事ちゃうって言うてるやろ!!…痛いの嫌いやのに、ロヴィーノ…。
俺が絶対守るって、約束したのに…結局いっつも傷つけてまう。
大事にしてるのに、なんでやろ…ほんま自分が嫌になるわ。」
別れた時も、ロヴィーノが離れた理由を俺は知っていた。
傷つけていたのを知っていながら、結局最後にはロヴィーノが許すから。
それに甘えて、ずるずるときてしまった結果なのだ。自業自得だ。
守りたい、大事にしたいのに。
どうしていつも、護れないんだ。
「“全部護る”なんていうのは、無理だよ。人間だし、万能じゃないんだし。
そういう気持ちは分かるけど、どっかで折り合いつけないと、疲れるだけだよ。
それに、ロヴィーノだって可愛いけどさ…いや、そこで睨まれても困るんだけど…
あの子だって一応男の子だしさ、そこまでしなきゃいけないくらいか弱い女の子でもないんだし。
厄災から全部護れっていうのも無理なことくらい分かってるさ。
だから、そこまでお前が落ちることないんじゃないの?」
「……でも、」
「お前がそんな顔してたら、目が覚めた時ロヴィーノも落ち込んじゃうよ。」
『また、俺のせいで…』とか絶対言うだろうな〜。
と言うフランシスの呟きに、顔を上げた。
せやな、ロヴィーノに心配させるわけにはいかへん。
「おおきに、フランシス。…今日は帰るわ。」
「送っていくよ、お前酒飲んでるし、運転出来ないだろ?」
「あ!せやった……。」
「車回してくるから、ロヴィーノ連れて表で待ってろ。
ギルはビールは出しておいてあげるけど、肴は自分でどうにかしろ。」
「おぅ!ビールビールビール!!」
勝手に一人で騒ぐギルベルトを尻目に、ロヴィーノを抱き上げ、荷物と一緒に
フランシスの車に乗り込んだ。
「で、ロヴィーノは今どこに住んでんの?」
「知らん。」
「はぁあ?お前、上司だろ…?」
「降りる駅は分かるけど…ま、えぇやん。俺の部屋連れて行くし。」
何も問題ないだろうという風なアントーニョに、フランシスはミラー越しに呆れた顔をした。
「この場合、フェリシアーノに連絡とるのが普通じゃない?」
「えっ……フェリちゃんに連絡したら俺今度こそロヴィーノに二度と会えんくなるやん!」
そんなん嫌やー!!とロヴィーノをぎゅうぎゅう抱きしめ意地でも離さない!!とばかりだ。
フェリシアーノのロヴィーノと別れたアントーニョに対する態度は冷たく、
こんなことを知られたら最後、生きてはいられまい。(精神的な意味で)
「…ま、いっか。ロヴィーノも目が覚めた時一人だと心細いだろうし。」
「せやろ?ほな、俺のマンション向かって!」
「はいはい…。」
ま、これでお互いなんか誤解してるの解けたらいいけど。
と、フランシスは内心で呟いたのだった…。
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