Il nostro futuro

夕陽が差し込む二人きりの教室。
目の前の生徒の頬が赤いのは、その夕陽のせいか、
それとも別の理由なのか。
瞳はどこまでも真直ぐに俺を見詰めて…――――――。

「先生が、好きです。」

こんなどっかのドラマか小説、漫画にありふれたシチュエーションが
今まさに俺を主人公として展開されていた。
…教師になって1年と少し。
俺だって教師である前に、一人の男だ。
こんなシーンがもしもあったら…とか…。
期待してなかったと言えば、嘘になる…が…。

だけど…

それは…



相手が女の子であったなら…!!



嬉しいし、可愛い子だったらもしかしたらその気になったかもしれない。
教師と生徒の禁断の恋…―――――なんてのに走ったかもしれない。
かもしれない…が…。

目の前の生徒は、アントーニョ・フェルナンデス・カリエド…――――――。
そして、この学校は男子校である。
そう、つまりこいつは…―――――――男だ。



「…カリエド。」
「アントーニョって呼んだってー、先生vvv」
「死ね。…ったく…冗談言ってねぇでさっさとプリントやれ!!」

ぐるんと丸めた教本でこの馬鹿の頭を叩いておく。
まったく冗談じゃねぇ。
何で男に告白されなきゃいけねーんだ、なんの罰ゲームだ。

「いったー!先生痛いわぁ。それに、冗談やないのに…!」
「うっせ。笑えねー冗談言ってないで手を動かせ!
何度も言うが、俺はそんなに暇じゃねーんだよ!」

この俺がわざわざ貴重な時間割いて、補習に付き合ってやってんだ。
有り難いと思って、少しは早く終わるように努力をしろ!

「先生つれないわぁ…俺ほんまに先生が好きやのに〜…。」
「あー、はいはい。じゃああと10分で終わらせろよ。
…じゃないと、次は国語辞典の角で殴る。」

教室の隅に置いてあった国語辞典を手に、そう宣告してやる。

「…先生、痛いからそれはやめたってー。」

だったら早くしろよ!と言いながら、椅子に座りなおす。
『冗談やないのにー…』
他にもブツブツ言いながら、手を動かし始めたのを横目で見ながら、ふんと鼻を鳴らした。


俺は、好きでこんな男ばっかの男子校にいるんじゃない。
来るつもりは毛頭なかったんだ。
女子高…は、無理でもせめて女の子のいる共学の学校がいいと思っていたし、
採用試験だって受けた…が。
どこにも採用されず…このままでは生活もままならない。
だから。仕方なく、こんなトコで教師やってる…わけで。

なのに、こんなとこに一年と少しもいる、自分がわからねぇ。
本当なら一年だけのはずだったんだ。
本当なら…。

「せんせー。」
「…あ?なんだよ。どっかわかんねーとこでも…。」
「俺と付き合ったってー!」
「くたばれ。」



コイツに出会ったせいで、俺の人生は大きく変わることになるなんて
そんなの、最初は思っても見なかった…―――――――。







: : : : : :






アントーニョ・フェルナンデス・カリエドは、俺が受け持つクラスの生徒だ。
コイツとあと他に、フランシス・ボヌフォワ、
ギルベルト・バイルシュミットと揃って、ある意味問題児で有名だったらしい。
そんな問題児のいるクラスに新任の教師を宛がうなよ、と何度愚痴ったか…。
そしてこんな奴らの巻き起こす面倒事に何度も巻き込まれているうちに、一年過ぎ…
まぁこんなのも悪くない…?…とか……思ってない!思ってないからな!畜生!

………。

今年もこんな奴らの面倒みることになったが、
そんな奴らは、今年3年生だ。
進路を決めて、それに向かってそれぞれが努力する時期だ。
というか、普通は2年までに進路を具体的に考えておくものだ。
…普通なら。


「やー、ロヴィーノ先生に直々に呼び出されるとは思わんかったわー。
で、何?何?もしかして、俺と付き合…」
「アホ、死ね。…お前、今年何年生か分かってんのか?」

へらへらしているアントーニョを、一発殴って黙らせる。
ったく、コイツは口を開けば『好き』だの『付き合って』だの…。
いい加減、軽すぎる。
そして、それは男の教師にいう台詞ではないことに、気付け!

「えー…3年?」
「……3年と言えば、大事なことがあんだろが。」
「んー?………あ!」
「やっと気が付いたか…そうそう、しん…」
「あと一年しか先生と一緒に居れんっ!!」
「んなっ…ちっげーよっこの馬鹿!!進路!進路だろ、このやろー!!」

バンと机にこの間提出させた“進路希望調査票”を叩きつける。
第一希望、『ロヴィーノ先生の嫁☆』
第二希望、『トマト育てる』
第三希望、『シエスタする』…ってアホか、コイツは!

「てめーの進路だろっ!ちったぁ真面目に考えやがれこんちくしょーが!」
「え〜?真面目に考えたつもりやねんけど…。」
「これのど・こ・が!真面目に考えたってんだ!?」

こんな進路希望書いているヤツはお前だけだ、馬鹿野郎…!

「先生、先生。結婚したら、家事は任せてやー。俺、結構料理上手いねんで!」
「誰がてめーと結婚するなんて言った?」

俺は頭を抱えたくなったぞ…ちくしょう…。
誰か、この馬鹿をどうにかしてくれ…!

「俺、結構尽くすタイプやねんで!せやから、嫁にしたって☆」
「…あのな。俺はヤローと結婚する気ねぇし、養うのもゴメンだぞ。
どーせなら『一生面倒見てやる』くらい言って…って」

ヴォアアアアアアアっ!!!!!
何言ってんだ俺―――――――!?
これじゃあまるで…。

「え、先生俺の嫁に来てくれるんー?ほんなら、俺頑張るわー!幸せにするからな!!」
「ヴォアアアアアっ違うっ違う!こら、抱きつくなあああああ!!!」

ゴッと頭突きをお見舞いして、距離を取る。
コイツに毒されて、俺の頭もいよいよ可笑しくなったのか?
いやいやいや、そんなはずはない!
俺は女の子大好きだし、付き合うのも、結婚するのも女の子がいいに決まっている!

「…いいか、真面目に進路を考えて書き直してこい!いいな!?」
「んー。ほんなら…。」

アントーニョは前の進路希望を消しゴムで消すと、新たに書き直し始めた。

「第一希望は、先生の旦那…っと。」
「だっかっらっ…ちげーだろ!そうじゃなくて、もっとちゃんと…!!」
「先生。俺、真面目に考えてるで。」

ドキリとした。
アントーニョはいつものへにゃっとした顔を引き締めて、
じっと俺の瞳を射抜く。

だから…なんだよその瞳は…。

「先生と一緒に居れたら楽しいやろなぁとか…!」

さっきの真剣な顔つきはどこへやら。
いつものように表情を崩して、そんなことをさらりと言ってのけた。
いつもあーいう顔していたら、少しは………って何考えてんだ、俺!?
あーもー違うっ違うんだからな!!

「だ、だから!そういうんじゃなくて、将来何をしたいかとか、
そのためにどこの大学に行くか、とか…そういうこと考えろって言ってんだよ!!」
「んー。先生と一緒に居りたい!」
「はぁ……もう、お前と喋ってると疲れる。」

溜息ついて、手のひらで顔を覆った。
話が通じなさすぎる…。
もう俺、本当にコイツの担任なのが嫌だ。

「…先生疲れたん?ほんなら、元気の出るおまじないかけたるわぁ!」
「いらねーよっ!」
「ふそそそそそそ〜ってもうかけてもうた〜!」
「全く効かねーぞ。てか、なんだその呪文…。」

思わず笑ってしまうと、アントーニョはこの上なく嬉しそうな顔をした。

「…なんだよ。」
「ん?なんでもあらへん。…なぁ先生。」
「だから、なんだよ?」
「俺なー、目標があったら頑張れると思うねん。」
「?だから、なんだよ…。」

アントーニョは鞄から一枚の紙を取り出した。
そして俺にペンを渡してきた。

「だからな、先生も進路希望調査、書いたって!」
「はぁ?」
「えっとなー、ここに先生の名前書いてー。」

はぁ…名前ねぇ…ロ・ヴィ・ー・ノ・ヴァ・ル・ガ・ス…っと。
…って。何で俺は素直に名前書いてんだよ!

「つーか、これ進路希望調査票じゃなくて、婚姻届じゃねぇーか!!」
「ちゃうよ!これは進路希望調査票!!ほな、空欄埋めたって!!」
「アホか、誰が書くか!てか、何で既に夫の欄記入済みなんだよ!
あと、なんでそんなもん持ってんだよ…。」

ツッコミどころが多すぎて、ツッコミきれない。

「これ?フランシスがくれた!」

……あいつは本当に高校生なんだろうか…。

「ほらほら、先生、続き!」
「だから、誰が書くかちくしょー!もうお前なんかしらねー!」

誰のためにこんなに心配してやってると思ってんだ、コイツは!
畜生…!真面目に言ってる俺が馬鹿みたいじゃねぇかっ!

「泣かんでやー、先生〜…。」
「誰が泣くかっ!」
「ごめんなぁ……。」
「頭撫でるなぁあああ!!」

なしなしと頭を撫でる手を振り払う。
これではどっちが先生で生徒か分からない…。

「ただな、こういう目標があったら、俺頑張れる気がするねん…。
ほんまに、それだけやねん…。」

しゅんと項垂れるアントーニョは、まるで飼い主に叱られた大型犬だ。
あぁもう。なんだよ、そんな顔すんなよ。
俺が悪いみたいじゃねぇか!

俺は持たされたペンを一度ぎゅっと硬く握ると、溜息をひとつ。
そして、こいつの“進路希望調査票”の空欄を埋めていく。
何、やってんだろ、俺。

「…ほら、これでいいんだろ!お前も真面目に書いてこいよ!」
「え、え…っ!?」
「なんだよ、いらねーのかよ。」

ひらひらとそれを振ってみせる。
それをアントーニョは『いる!』と慌てて受け取った。

「先生、ええの?ほんまにー!?」
「判は押してないから、勝手には出せねーぞ。あと、悪用すんなよ。いいか、絶対だぞ。」
「分かっとるよ!!うん、これで十分やわぁ。おおきに!」

キラキラした笑顔で礼を言われて、柄にもなくときめいた…なんてことは絶対ない!
ないからなっ違うんだぞっ!あぁ、もう!

「あ!先生の顔、トマトみたいやわぁ。めっちゃかわえええぇええ!!」
「うっせっ黙れ!!」
「はーい。でもあとこれだけ…先生、左手出して!」
「…なんでだよ。」

いいから、いいからと言われて、訝しげに手を出すと、
アントーニョの手がその手をぐっと引っ張って
丁度薬指に、キスが落とされた。

「いつか、ちゃんと大人になって、先生を養えるようになったら迎えに行くで。」
「…な…っ!」
「それまで、お願いやから…誰のモンにもならんといて…。」
「何、言ってんだよ…馬鹿…。」
「ん。そん時また改めて言わせてな!ってことで…こっちは明日提出でえぇ?」

こっち、とアントーニョの進路希望調査票を差した。

「え、あぁ…。」
「ほな、帰ってえぇ?」
「お、おお…。」
「ほな先生、さいなら―。愛しとるでー♪」

ガラガラと教室のドアを開けて去っていくアントーニョの背中を呆然としたまま見送った。
なんか、俺…とんでもなく、何か重大なことさらっとやらかした気が…する、ぞ…。

「ヴォアアアアアア!!」

な、何なんだ…アイツ…ホンットにわけわかんねー…!
頭を抱えていると、ガラっとドアが開かれた。

「にいちゃーん!あ、いたー!もうっ探しちゃったよ〜〜〜〜〜。」
「うわっフェ、フェリシアーノ…!おい、こら!学校では先生って呼べっつてんだろちくしょーが。」

教室に入ってきたフェリシアーノは、そのままぎゅーっとハグしてきたのを、
家じゃねーんだからやめろ!と、無理矢理引き剥がす。

フェリシアーノ・ヴァルガスは俺の弟…で、この学校の生徒だ。
試験受けた時は…まさか、コイツの通っている学校だなんて知らなかったけどな。
俺は高校出てすぐに一人暮らし始めたし、実家にも殆ど帰ってないし。
だから、この学校で再会した時は、やっぱり受けるんじゃなかったと後悔した…。
…なんてことはもうどうでもいいか。

「…つーか、お前なんだその頭…ぐしゃぐしゃだぞ。身嗜みくらいキチンとしておけ!」

乱れまくってる弟の頭を手ぐしでささっと整えてやる。
と、のほほんとした顔で『グラッツェ兄ちゃん』と言われた。

「何やってたんだよ。」
「んー…。あ。さっき廊下でアントーニョ兄ちゃんと会ってね、
挨拶したら頭撫でられたから、その時かもー。」

その言葉に、手の動きを止めてしまった。

「兄ちゃん?」
「っ…で?何の用だったんだ?」
「あのね、今日一緒に家に帰らない?兄ちゃんの好きなトマトのパスタ作るよ〜。」
「帰らない。俺はまだ仕事あるし…お前も早く帰れ。」
「ヴェー…兄ちゃーん…。」

寂しそうな顔をされても、頷くわけにはいかなかった。
仕事があるのも本当だしな。…そう思うと気が重いが。

「じゃあな。日が暮れるまでに帰れよ。」
「あ、にいちゃん…!」

何か言いかけたフェリシアーノを無視して、教室を出て職員室に向かう。
日の沈みかけた空は、トマトみたいに赤く染まっていた。


『さっき廊下でアントーニョ兄ちゃんに』

…アイツがフェリシアーノのことを可愛がっているのは知ってる。
俺と違って素直だし、常に笑顔で愛らしいフェリシアーノ。
多分、アイツもフェリシアーノが好きなんだろう。
だから、アイツが俺にいう『好き』は、特に意味はないに違いない。
それに、年齢的にも可笑しくないし。
(…いや、でもアイツにフェリシアーノは勿体なさすぎる。絶対認めねー!)

ちらりとさっきアントーニョにキスをされた左手を見遣った。

『いつかちゃんと大人になったら、迎えに行く』

あれもきっと、本当に言いたい相手はフェリシアーノなのかもしれない。
だから、きっと、さっきのも特に意味なんか、ない。

「ヴァルガス先生…?…どうなさいました?」
「っ本田先生…いや、別になにも…。」

職員室に向かう廊下で、不覚にも何故か泣きたくなった。
いつの間にか目の前にいた本田先生は、少し迷った後、ぽんぽんと優しく頭を撫でられた。
まるで子供にしてるみたいに。

「ふふ…。いいですね、若い方は…。」
「へ?」
「あぁ、お気になさらず。でも、あまり無理してはいけませんよ。では。」


…あの人も謎が多い人だな…。






あの時、なんで泣きたくなったのか、なんて…。
そんなの考えたくもなかったし、深く考えるのは性に合わないしな。
トマト食って忘れることにした。









…左手の薬指に、あの時の唇の感触だけを残して―――――――――。



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