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頭を撫でてきた手も、 微笑む顔も、 いつもと変わらず優しいのに。 どうして、そんな悲しい目をしているんだ。 『今日から俺がお前の親分やで!』 そう得意げに宣言する男を俺は『何を偉そうに』『またか』 『どうせお前も俺じゃなくてじいちゃんの遺産が目的のくせに』 絶対にこんなヤツに気を許すものか。 そう思っていたのに、気がついたらその存在は俺の中で大きなものになっていた。 いつだって傍にいたし、その時たくさんいたアイツの子分の中でも随分甘やかされていたという自覚はある。 不器用すぎて掃除もロクに出来ない可愛くないガキだった俺を、 それでも根気よく面倒を見てくれていたし、 叱られることも、喧嘩だってしたけどアントーニョは俺を見捨てることはなかった。 俺を守るためにボロボロになって、怪我をしたり、貧乏になったとしても、変わらず。 当たり前のように与えられる愛情。優しい笑顔と手のひらのあたたかさは心の中に小さな火を灯した。 灯ったその火はいつの間にか大きくなり、信頼と親愛が恋と呼ばれるそれになった時も 対して動揺もしなかったような気がする。 あぁ、やっぱりそうなのか、と。あっさり納得してしまった。 なんでよりにもよってこんなヤツに…とは思わないでもなかったが、 俺にとってアントーニョ以上の存在が今後現れる気がしない。 女の子はもちろん大好きではあるが、それとこの何とも厄介な感情は別だと思う。 例えば道端に花が咲いていて『綺麗だ』とは思ってもそれを摘み取って自分のものにしてしまう程 必ずしも生きていく上で必要不可欠なものかと言えばそうじゃない。 あった方が心が潤うけれど、別に無くても生きてはいける。 でも、もしも空気がなくなったらそもそも生きていけない。 俺にとってのアントーニョはつまりそういうものだ。 …ちょっと大げさすぎただろうか。 無くても生きなきゃいけないと言えばそうだけど、心の問題な。精神論?だ。 好きだから傍にいたいし、触れたいし、触れられたい。 アイツにとっての特別な存在でありたいと思っていた。 不器用で天邪鬼な性格な俺にしては結構態度にも言葉にもしていた。 でも、全部伝わらないし、アイツは分かってくれない。(鈍感野郎め) それをアイツと一緒にいた数百年で嫌と言うほど理解させられたから、 独立する頃には直接的な言葉にするのも (好きだのなんだの言ったってどうせ『ほんまにー?俺も好きやでー!』とか 親分子分の関係としてのそれだとしか思われないから)諦めていた。 だから、アイツの家を出て行く時に言われた言葉も理解できなかった。 百年単位で一緒に住んでいたこの家とも暫く来られないかもしれないなと ほんの少し感傷に浸って、さて、そろそろ行くかと身を翻そうとした時だった。 急にアントーニョに手を掴まれたのだ。 何だこのやろー。そう言いかけて、でもアントーニョが珍しく真剣な顔をしていたから黙って見返した。 『いつでも遊びに来い』はさっき言われたから違うよな。そんな雰囲気でもないし。 アントーニョは何だ?と思っていた俺には全く予想もしていなかった言葉を吐いた。 「今度会うたら口説くからな!…覚悟しといて」 くどく…?KUDOKU…?苦毒…?!はて、何語だそれは。 くどくって、まさか口説くって?誰が?誰を? アントーニョが、――――――俺を!? 何だソレ。意味が分からない!アントーニョが俺を、まさか好きだとでも言うつもりか。 いやいや、期待はするな。だってアントーニョだぞ。 鈍感が服着て歩いてるようなKYスペイン人だぞ!? おいおい、なんの冗談だよ。俺を騙そうったってそうはいかない。 動揺なんかするものか。ここは冷静に………そんな酷い冗談言うヤツだったか? え、だって何だよその瞳は!真剣すぎるだろ…トマトについて論する時じゃあるまいし。 …本気? いやいやいやいや、ない。ないったらないな。 今までの経験から言って、期待するだけ無駄だって何度も思い知らされたんだ。 今回だってそうに決まっている。 脳内でぐるんぐるん思考を巡らせて返す言葉を探していた俺の手を へらりと笑って離したアントーニョが次に発した言葉は、俺を傷つけるのに十分すぎる威力を持っていた。 「ほな、フェリちゃんによろしくな」 ――――――あぁ、なんだ…そういうことか。 あぁ、良かった。変なこと口走らなくて。 くるりと背を向けて歩きながら心の中で悪態をついた。 カッツォ。話すときは順番を考えて話せよな。 全く、あの言い方じゃ相手が俺じゃなかったら誤解されても仕方ないぞ。 これだから、お前は駄目なんだ。 あーちくしょう。変な汗かいちまった!お前のせいだこのやろー。 は〜ぁ。ばっかみてぇ。 ほんと、ば か、だな…。 …おかしいな。何か目からも汗が出てくる。 期待するな。 何度も言い聞かせてたのに、ほんとは少し…ほんの少し期待してしまっていたのか。 いや、アイツが悪い。 変な順番で話すから悪い。俺は悪くない。 だって、あんな言い方するから。 口説くから、覚悟して。なんて。 ひょっとしてって思うじゃないか。思うだろ?思うって言えよ。 俺じゃなくてフェリシアーノを口説くからよろしくって意味なのに、 うっかり『待ってる』とか『楽しみにしてる』とか言わなくてほんとに良かった! 言ったら終わりじゃねーか。『え…フェリちゃんのことやねんけど…』なんて 引き気味に言うアイツの顔を想像して胸を撫で下ろした。 トチ狂ったこと言わなくてほんっとーに良かった。 良かった………。 次にフェリシアーノに会ったら本格的に口説くつもりなのか、アイツ…。 でもいくらアントーニョでも弟は渡せない。 だって、俺はアントーニョが好きだから。 誰が好きな相手の恋を応援するんだ。そんな馬鹿な真似してやらない。 悔しいから、そんなの絶対阻止してやる。 「覚悟するのはお前の方だ、このやろー!ヴェーハハハハ!!」 泣くのをやめて、ギッとスペインの方向を睨みつけて俺は独立を果した。 * アントーニョの恋、阻止計画『打倒アントーニョ!〜弟は渡さない〜』を掲げた俺だった、が。 「ロヴィーノ!会いたかったわ〜やっぱお前が居らんと家が寂しなってなー、 良かったらまた遊びに来たって!ご馳走用意するし〜、ワインもえぇやつ用意しとるから!」 「あー…まぁ暇だったらな。でも弟は連れていかねーぞ」 「ん?うん、えぇよー。ロヴィーノが来てくれるんやったら」 にこにこ笑顔でそう返されて、おいおいと心の中でツッコんだ。 お前フェリシアーノ口説くんじゃなかったのかよ、と。 そう、不思議なことにアントーニョは会議や外交で会っても 弟にアプローチしている様子は見られなかった。 あれ?あの宣言は一体何だったんだ?と首を傾げたのだが、は、と気付いた。 弟口説くのにまずは俺からってことなのか? 兄である俺から懐柔しようとしてるのか。 そんでもって外堀から埋めていくつもりか! そこまで思考して行動するような理知的な男ではなかったような気がするが、 あぁ、だから覚悟しろ…って、こういうことかああああああああっ!! うおぉおおっうっかり懐柔されちまうところだった!あっぶねー!! ふんっその手には乗るか畜生め! 俺は絶対絆されねー!!!!! 再度絶対阻止を誓った。 アントーニョがどれだけ甘い言葉を吐こうが、 手料理を振舞おうが、遊びや食事に誘われようが、 頬や額にキスをされようが、心を動かすものかと全部素気無く対応した。 アントーニョに対して何をしようが興味がないという態度を貫こうとした。 アントーニョと二人の時は出来るだけその存在を意識しないように、 雑誌を読み耽るとか携帯を弄るとか、ベッラと電話中を装った。 ちょっと空しくなったってやめるわけにはいかなかった。 外堀から埋める計画を阻止され、アントーニョが諦めてさっさと弟に告白でもなんでもして振られればいい。 そう思っていた。 思っていたんだ。 なのに。 『…妬けるわぁ。一緒におるのは俺やのに、 ロヴィーノはずっと携帯弄って誰かと話したり、メールしたり。 俺のことはちっとも見てくれへんのに。 ――――――責めてるみたいになってもうた。 ごめんな。…俺、ロヴィーノのこと好きやけど、今地味に凹んどるみたい。 ちょっと暫く、――――――ロヴィーノと距離置かせて。ごめんな』 そう言って頭を撫で、部屋を出て行ったアントーニョを呆然と見送った。 え…? 今の、どういうことだ。 好きって…好きって…何だ? いや、意味は分かるぞ。うん、好意があるってことだろ。 そうじゃなくて、アントーニョが俺を…好きって? 何で?どうしてそうなる。 俺はアントーニョと違って空気読めないわけじゃないぞ。 あれがアントーニョが子分としてとか、親愛の意味で俺のことを好きだと言ってるわけじゃないのくらいは分かる。 分かるが、どうしていつからそうなった。 お前フェリシアーノが好きなんじゃなかったのかよ!? なんで早く言わないんだよこのやろー!! 俺だって、お前が。 (好きなのに) どうして謝るんだ。 距離を置くって何だ。 どうして離れる必要がある? どうして、そんな悲しそうな瞳をするんだ。 俺がそうさせた…? 俺の、せい? かくんと崩れるようにその場に座り込んだ。 身体から一気に血の気が引いていく。 閉じられたドアは再び開くことはない。 それはそのままアントーニョの心のようだった。 いつから開いてたのかなんて知らない。 そう、知らなかったから。 アントーニョが俺のことを想ってくれているなんて、そんなの。 露ほども思ってなくて。 自分ばかりアントーニョのことが好きなんだと思っていた。 アントーニョも、俺と同じように好きでいてくれたのか。 じゃあ、あれもこれもみんな。 過去のあれこれを思い起こして、馬鹿だなと乾いた笑いが零れた。 両思い、だったんだ。 なのに、馬鹿だな俺は。 アントーニョはフェリシアーノが好きなんだという思い込みが強くて、 アントーニョの本当の想いに気がつかなかった。 こんなことなら好意を変に湾曲して解釈するのをやめて、好きだと言えばよかった。 アントーニョに、フェリシアーノじゃなくて、俺のことを選んでくれって。 ほんとはずっと、そう叫びたかったのに。 いつの間にか流れていた涙を袖で乱暴に拭って震える足で立ち上がった。 もう遅いだろうか。 今から追いかけても、お前に追いつけないかな。 このまま距離を置かれるなんて嫌だ。 言わなきゃ。 追いかけなきゃ。 今――――――! でも、だってと言い訳して逃げようとする自分を何とか奮い立たせ、 慌しく玄関のドアを開け放った。 このドアを開けた先に、待つものは。 |
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