某月某日、今は別の学校で教師をしている元教え子でもある
ロヴィーノ・ヴァルガスから電話を貰った。
何の前触れもなかったので、正直驚きはしました。
しかし、彼は元教え子でもあり、教師としての後輩でもあるわけです。
『報告したいことがあるので、会ってもらえないか』などと言われたら
これはもう、『いいですよ』と答えるしかないではありませんか。
あぁ、申し遅れました。私は本田菊と申します。
今はとある高校で古文を教えています。
それで、ですね。今とある街の居酒屋にきているわけです。
待ち合わせの時間より少し早めに来てしまいました。
恐らく、彼のことです。少々遅れてくるでしょうねぇ…。
その間暇ですから、先に席について新刊のプロットでも作っていようと
ネタ帳を取り出したところで、今日は幾分か早いご到着。
「すいません、遅くなって…!」
「いいえ、私の方が早く来すぎてしまっただけですから、お気になさらず。」
ささっとネタ帳を鞄に仕舞い込み、微笑むと彼もつられるように笑みを返してくれました。
(これがまた、可愛いんですよ)
お互いの近況や世間話をしながら酒とつまみを適当に注文して、
それが机に並ぶと、話を切り出すことにした。
「それで…報告したいこととはなんでしょうか?」
「っ……ぅ、…えっと…その…。」
途端、目が泳ぎだしたのでこれはどうやら、話し難いことなのでしょうか。
あまり急かすのもあれですし、まぁゆっくり待つとしますか。
言うのを躊躇っているロヴィーノを置いて、運ばれてきた熱燗を煽る。
あぁ、美味しいですね。
「あの…ですね。」
「はい?」
「実は…俺……――――結婚、し、たん…です。」
これは驚いた。流石にじじいもビックリです。
…が、まぁ見れば左手の薬指にはシルバーのリングがキラリと光っていた。
そこには気がつきませんでした。私もまだまだですね。
「そうですか。おめでとうございます。」
「え、あ…はい、どうも…。」
頬どころか、耳ままで赤くなって照れている。若いですねぇ。
報告というのは、そのことですか。
改まって何事かと思いましたが…なるほど。
「あの…相手が誰か、とか…聞かないんですか?」
「え?……カリエド君ではないんですか?」
「なっ!?ななななななんでヤツだとわかっ…ちぎ――――――――!!」
慌てるロヴィーノ君には悪いですが、
彼でなければ一体誰だというんでしょうね。
それに。
「一緒にいらっしゃったので…そうなのか、と思いまして。」
「はっ…?」
「んー、このカルパッチョうまー。」
ロヴィーノ君は隣で飲み食いしているカリエド君に初めて気がついたようです。
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアア!?
なっなんでてめーがここにいるんだよ!!!」
あぁ、あまり大きな声を出すと、他のお客さんに迷惑ですよ。
ちらちらと見てくる客や店員に、何でもないですから、お気になさらず。
と、苦笑い。
「えー、やってロヴィーノが本田先生と電話してんの聞こえてんもん。」
「だからって何でお前も来てんだよっちくしょーがぁ!」
ゴスっと頭突きを一発。あぁ、この光景、久しぶりですね。
それにしても………呼び捨て、ですか。ふふふ。
「盗み聞きしてんじゃねーよ。」
「え〜盗み聞きしたんとちゃうよ〜。聞こえてきたんやもん。しゃーないやん〜。」
「だからって、何でてめーがここに来る必要があんだよ!!」
「やって、……心配やん。」
「何がだよっ!!」
ちらっとカリエド君の視線がこちらに向けられました。
そんなに警戒せずとも、獲って食ったりしませんよ。
と、笑みを返すも、あまり信用されてはいないようです。
「ロヴィーノ、普段他人に対して警戒しまくりやのに、
一回信用した相手にはとことん無防備やん。それは危ないと思うんよ。」
「何が危ないんだよ!あーもー、お前はちょっと黙ってろよ!こんちくしょーが。」
「あぁ、それは確かに危ないですね。さらに無自覚ですからね、彼の場合。」
心配するのも分かります。
と、頷くと訝しむ表情が一変して『せやろー!?』と笑顔を返されました。
あぁ、笑った顔は以前と変わらないですね。
暫くカリエド君と昔話に花を咲かせていると。
「…んだよ、二人して…畜生。」
不貞腐れたように口を尖らせているロヴィーノ君に、萌え萌えきゅん!
…ゴホン。まぁ何と言うか…でも可愛すぎません?
思わず頭を撫でたくなりますよね。
でもカリエド君は撫でるどころか、ぎゅうぎゅう抱きしめてました。
眼福。どうも有難うございました。
「結婚式には呼んでくださいね。」
孫(みたいに思ってる)の晴れ姿、楽しみにしてます。
ロヴィーノ君には是非ドレスを着て欲しい…あ、でもタキシードもいいですね。
その時は、一眼レフ持っていくべきですね!
…などと妄想していると、ロヴィーノ君たちの表情は暗い。
…私としたことが、空気を読めませんでしたか…?
「式、は…しないつもりです。」
「んー、俺もロヴィーノのドレス姿とか見たいけどー…って
あてててロヴィ、殴らんでやー!」
「そうですか…すいません。」
とっても残念です…。
しかし、まぁ本人たちがやらないと決めた以上、じじいは口を挟みません。
「俺は別にえぇと思うねんけど、ロヴィがせんでえぇって言うから…。」
「ロヴィーノ君が…?」
俯いてしまったロヴィーノ君は、どこか悲しそうでこれは…。
何か理由がありそうですね。
「まぁ、ロヴィーノ君が嫌なら無理強いは…。」
「……が………から。」
「…ロヴィ?」
小さな震えた声。
噛み締めた唇が再び開くのを、私とカリエド君は静かに待ちました。
「泣かせ…ちまったんだ…フェリシアーノ…。」
「…?」
「結婚、するって…何で?って。そんなの嫌だっ…て…
フェリシアーノが、泣くから…!…あんなふうに泣かれたら、俺…!」
顔を上げたロオヴィーノ君の目尻には涙が浮かんでいました。
今にも溢れそうなそれに、カリエド君はそっと抱き寄せて背中を撫でて。
…なるほど。そういうことですか。
ロヴィーノ君の話によると。
婚姻届を出して、前に住んでいた部屋から引っ越す前に、
フェリシアーノ君が来て、その時に今と同じように報告した。
ですが、フェリシアーノ君には寝耳に水で…。
うーん…フェリシアーノ君は、ブラコンですからねぇ…。
「そうかー。フェリちゃん、ロヴィのこと大好きやもんなぁ。」
多分、フェリシアーノ君も今頃凄く後悔しているでしょうね…。
大事な家族に認めてもらえない、ということは何よりロヴィーノ君が
悲しむことと、彼も分かっているでしょうし…。
複雑な心境は察します。
大好きな兄に、恋人どころか、旦那が出来ちゃったんですから…。
しかもその人は、ロヴィーノ君が無自覚に想いを寄せていた人でしたんですから。
その気持ちに気付きながら、でも認めたくなくて。
カリエド君とロヴィーノ君の仲に必死で割り込んで。
可愛らしかったです…ではなくて。
なのに、結局はこうして納まるところに納まってしまっていた…と。
「…あんな泣かせちまって…なのに、式とか…無理だろ。」
「フェリちゃんも複雑なんやろうなぁ…まぁしゃーないわ。うん。」
その後は再び落ち込んでしまったロヴィーノ君をカリエド君が慰めつつ、
飲んで食べてお開きとなりました。
二人、連れ添って帰る後姿を見送り、さて…私も帰りますか。
と思ったところで、ポケットに入れておいた携帯が震えて着信を知らせた。
取り出して、二つ折りのそれを開くと見知った名前に、笑んだ。
これは、これは…グッドタイミングですね。
と、通話ボタンを押した…――――――――。
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