街のあちこちでミモザの花が咲き乱れ春の訪れを告げる頃
ヴァルガス邸の庭でちょっとしたホームパーティーが開かれた。
長いテーブルに白いクロスをかけ、その上に持ち寄った料理やお菓子、飲み物が並んで
その間にデイジーの花を活けた花瓶がテーブルを更に華やかに彩っている。
今回の集まりの名目上は「ちび分の卒園祝いとロヴィーノとフェリシアーノの誕生日パーティー」
となっていて集まったメンバーも前回の年末同様『ベラドンナ』のメンバーやアントーニョの悪友たち、
フェリシアーノの友人から『ベラドンナ』の特に贔屓してもらっている常連客や、
ちび分の通う幼稚園で仲の良い友だちの家族…
といったたくさんの人が集まり、更に賑やかになっている。
そのため、各々好きなものを自分で取って食べる立食形式のパーティーとなった。
「ちび分君、卒園おめでとうございます」
「ヴェー4月からは小学生だねー」
「うん!」
フェリシアーノと本田に声をかけられたちび分は嬉しそうに笑った。
その笑顔に心を和ませた二人は次にちび分にジュースの入った紙カップを渡す
ロヴィーノを見遣った。
零さないように気をつけろよ、と注意するロヴィーノはすっかり父親が板について見えた。
ちび分を見つめる眼差しの穏やかなこと。
二人はこっそり微笑み、頷き合った。
「ほんと、全部丸く収まってよかったー」
「えぇ、どうなるかと心配しましたが、本当に良かったです」
今のロヴィーノの瞳に翳りはなく、澄んだ泉のように穏やかだ。
そんなロヴィーノの指には鈍く光るリングが嵌っている。
ロヴィーノは先日アントーニョと入籍を果した。
式などはなく、アントーニョはしようとしたが、ロヴィーノは首を縦に振らなかった。
結局しなくていいからというロヴィーノの意向を汲んだらしい。
それも寂しいなぁとフェリシアーノは少し残念だったが、
二人がそう決めたのなら仕方ないかと諦めた。
「いい顔で笑うようになったな、ロヴィーノ」
「フランシス兄ちゃん!」
軽く片手を挙げたフランシスが二人に近づいてきた。
その視線の先では先程やってきたアルフレッドと話しているロヴィーノがいた。
アルフレッドが持ってきた大量のハンバーガーを受け取り、苦笑する姿に
フランシスがへぇ、と呟いた。
「あの二人いつの間に仲良くなったんだ?」
「ヴェー、あの事件のあと、何度かメールのやり取りをするようになったらしいよー」
「ただ、アントーニョさんはあんまり快く思ってないようですけどね…」
本田の言葉にフランシスは笑った。
大らかそうに見えて結構嫉妬深いよな。
その言葉にフェリシアーノは大いに頷いた。
「しかし、まぁ…面白い組み合わせだな。ロヴィーノは卑屈になるタイプだけど
アイツはポジティブすぎるくらいだからなー…けど、ずっと引き篭もってた
ロヴィーノには丁度いいか?」
「…ですねぇ…」
ずっと気に病んでいた問題も解決され、長年引き摺っていた片思いが成就し、
平穏を取り戻したロヴィーノの世界はまたこれからもいろんな人々に出会うことで広がっていくだろう。
それは楽しいこと、嬉しいことばかりじゃないかもしれない。
けれど、もうロヴィーノは一人だと思い込むことはないだろう。
大切な家族も仲間もいると気付いてくれたはずだから。
「――――――でも最後のあれはちょっと強引やない?」
背後から顔を出したアントーニョに、フランシスはだってねぇと溜息をついた。
「せーっかくチャンス作ってあげても活かせないし、
邪魔が入るからーって文句言ったり愚痴ばっかり
年始に遊びに行ったら散々うだうだ聞かされた俺の身にもなってよ!」
「ヴェー、…それはうざい」
良かった〜、休みにアントーニョ兄ちゃんこっちに来ないで。
さっくりと酷い発言をしながらフェリシアーノは目を細めて笑った。
「だから、もう最終手段。噂になってるのを知ったら
きっとショック受けたロヴィーノがさっさと離れようとする。
そしたら自分から離れようとするロヴィーノをアントーニョは
何とかして引き止めにかかるだろ?で、ベルちゃんにも協力頼んだわけ」
「はーい、うちもやきもきしてたんで、協力させてもらいましたぁ!」
にゅっとベルが挙手をして現れた。
イエーイと手を合わせる二人にアントーニョが尋ねた。
「二人ともいつ知り合ったん?」
「お前の代わりにちび迎えに行った時にナンパしました☆」
「焼肉奢ってくれるっていうから協力しました☆」
「…ヴェー…二人ともそういう関係なの?」
「焼肉には幼稚園の園長してるうちのお兄ちゃんと、
カエデ組のメイプル先生ことマシュー先生も同行しました☆」
((何その謎メンツ……Wデート?))
とは思ったものの、誰も口にしなかった。
「…でも嘘でも酷い噂口にするのはやめて欲しいよ。
兄ちゃんまた酷いショック受けて塞ぎ込んじゃうかもしれないし…」
「…まぁね。でも、あながち嘘でもないけどねー」
実際に一部で噂をする人もいた。
そういう人は自分の子供だけが可愛い人なんだ。
けれど、そういう人ほど実際自分の子供の身に起きたとき
パニックになって冷静さを失うのだ。
子供が被害に合う事件が増えている今、今回のように隣近所で情報交換し、
地域が一丸となり事件を未然に防ぐよう努めるべきだ。
そう子供を守る会の中心人物であり、アパートメントTOMATOの
大家代理のエリザベータがそう諌めたらしい。
「…で?なんでそれお前が知っとんねん。
もしかして――――――ロヴィがあのアパートに越してきたところから
全部お前の仕業なんか?確かあのアパート、お前の紹介って聞いたんやけど?」
「仕業とか酷いなー。俺はただ種撒いただけで、水も餌もなにもあげてないぞ」
たくさんいいところ選んで選りすぐったけど、ロヴィーノはその中で
あのアパートを選んだ。決めたのは紛れもなくロヴィーノで、俺は何もしてない。
…とは言ったものの、やっぱりロヴィーノはそこを選ぶと核心もあったわけだけど。
「結構大変だったんだからね!ロヴィーノの意見とフェリシアーノたちの意見に合う
物件探すのも。で、更に例の男も件もあるし協力してくれそうなところ。
そこで偶然アントーニョの隣の部屋が空いて、話持ちかけたら
エリザベータも快く受け入れてくれて」
「なるほど。…しかもあの時のロヴィーノ君は精神的にも不安でしたし、
全くの見ず知らずの他人がいるところよりはロヴィーノ君が無条件で安心出来る
――――――アントーニョさんがいるところなら、と考えたわけですね?」
「まぁね。で、アントーニョもさ…まだ若いっつーのに
枯れたじいさんみたいな顔してたからね。ロヴィーノに会えばなんか変わるかと思ったのさ」
「枯れてて悪かったな」
むっと不機嫌そうな顔を隠しもしないアントーニョに
まぁまぁとフランシスは適当に諌める。
「さて…そろそろ準備整ったみたいだよ、“花婿”さん?」
「ヴェー、ロヴィーノ兄ちゃんをよろしくね、アントーニョ兄ちゃん!」
「幸せにしてあげてくださいね」
フランシスがアントーニョのライトグレイのスーツのジャケットの胸元に
ブートニアを飾りつけ、フェリシアーノが胸ポケットに真っ白なチーフを入れた。
みんなに大きく頷いて、ありがとうと伝えるとすぅと深く息を吸い込んだ。
「ロヴィーノ!ちょっとこっち来たってー!」
「…?んだよ、でけー声出して…――――――」
ちび分の手を引いてやってきたロヴィーノの頭に本田が失礼しますと声をかけ、
白いレースのウエディングヴェールを被せた。
オリーブ色の瞳がきょとんとしてなんだこれ?と疑問符を口にする。
アントーニョがちび分をベルに託すと、ロヴィーノの手を引いた。
「ヴェー皆っ注目〜!今日のメインイベント、俺の兄ちゃんとアントーニョ兄ちゃんの
サプライズ結婚式始めるよ――――――!!」
「はぁ!?ちょっ、おま…っ!んなの聞いてねーぞ!?」
「サプライズですからねぇ…ふふふ、さぁお二人ともあちらへ」
本田の指した先にはいつの間にかバージンロードに十字架に祭壇まで用意されていた。
そして驚いたことに神父役はギルベルトである。
戸惑い、困惑気味のロヴィーノの手を引いたアントーニョは二人で祭壇の前に立った。
俺はまだ納得してねーけど、というギルベルトがお決まりの口上を述べる。
改まったギルベルトが面白くて笑うと真面目にやれよと怒られた。
「…ったく。で?ほんとに誓うのかよ、お前は?」
「もっちろんやで!」
「あっそ。じゃあ次、ロヴィーノな」
「は!?…つーか、マジなんなんだよ、これ…」
ロヴィーノがちらりと後ろを振り返る。
たくさんの人が笑顔で自分達を祝福してくれていた。
だからこういうのは苦手だから式なんかやらねーぞって言ったのに。
頬を真っ赤なトマトのようにしたロヴィーノは俯いた。
恥ずかしさのあまり、逃げ出したい衝動に駆られる。
「『良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、共に歩み、
他の者に依らず、死が二人を分かつまで、
愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、
神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』」
そんなことを言われても…と助けを求めるように
ちらりとアントーニョを窺うと、優しい眼差しがロヴィーノを見ていた。
ドキリとしてまた視線を下げるロヴィーノは耳まで真っ赤になっていた。
「ロヴィ、返事」
「っ……は、い…っ」
ピューと誰かが口笛を吹き、わぁっと歓声が上がる。
祝福する皆の声に答えるようにアントーニョは手を振った。
「おめでとー、兄ちゃん!幸せになってね」
「まぁ、その…なんだ。幸せにな」
「馬鹿弟…っじゃがいも野郎…」
じわりと涙を滲ませるロヴィーノにハグをするとフェリシアーノは
ルートヴィッヒの傍に戻りその手に指を絡ませた。
「本当はドレスをご用意したかったんですが…ちょっと残念ですね?」
「せやなー」
「おい、着ねーからな!?」
次々に代わる代わるお祝いの言葉を交わす中で、
セボルガがアントーニョに言った。
「僕はまだ諦めませんからネ!覚悟しておいてください!」
「ははは、おもろい冗談やなぁ……ロヴィは渡さんよ?」
密かに火花を散らす二人を他所に、ロヴィーノの元に
ちび分を連れたベルがやってきた。
「おめでとう、ほら、ちび分も」
「むー。にいちゃんはおれがおよめさんにもらうつもりやったのにぃ…」
「ほらほら、むくれとらんで。それ、渡すんやろ?」
頷いたちび分が小さなブーケをロヴィーノに手渡した。
「ごめんな、ちび。…ありがとな」
「…うん」
きゅっとロヴィーノに縋るちび分を微笑ましく見守った
ベルはうちからはこれな。とロヴィーノに一枚の絵を渡した。
「ちび分が描いた絵やで。めっちゃよう描けとるやろー?」
描かれた『家族』の絵に、大きな拙い文字で『ずっとなかよし』と書かれたそれに、
ロヴィーノは涙を溢れさせた。
「も…もう…っなんなんだよちくしょー…!」
だからこういうのは嫌なんだって。
苦手なんだよってぼろぼろ泣くロヴィーノの肩をアントーニョが抱いた。
「相変わらず泣き虫さんやなぁ」
「うっせー!!」
「おー、流石俺の子。めっちゃ上手やん」
その絵を見たアントーニョがちび分を褒めると
ちび分は得意げな顔で笑った。
「にいちゃんがとーちゃんがえぇっていうから、
しかたないからとーちゃんにゆずったるわ」
「偉そうやな、お前ぇ…ありがとうな」
「かぞくになったらずっとにいちゃんといっしょにおれるよな?」
「せやな、ずっと一緒やで。な、ロヴィー?」
ぼろぼろ泣きながらうんと頷くロヴィーノのヴェールをそっと持ち上げた。
「愛しとるよ」
アントーニョはそう囁くとそうっとその唇に誓いのキスをした。
庭園は歓声に包まれ、本田と一部の女子はフラッシュをたきカメラのシャッターを切りまくっていた。
サプライズ結婚式はこうして幕を閉じたのだった。
最後に全員で撮った記念写真はアントーニョとちび分と
一緒に暮らすために引っ越した先の新居のリビングにしっかりと飾られた。
そしてちび分が描いた家族の絵も、きちんと額に嵌めこれから始まる新しい生活に色を添えた。
『ずっとなかよし』家族になれますように。
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