『年末年始は家に帰ってくること』
そうじじいが言ったのでロヴィーノは大人しく年末の仕事が終わったあと、
フェリシアーノたちと実家に帰ってきていた。
アントーニョは年末年始は実家に帰るというロヴィーノに
寂しそうにしていたが、年始の挨拶に行ってもいいかといわれたので頷いておいた。
自分とて寂しいとは思っているのだ。
あのアパートに引っ越してからはほぼ毎日のように顔を合わせていたし、
一週間のうち7割方夕食を一緒にしていた。
休みの日にはちび分を構う名目で出かけたり
時々は外食も共にしていた。
三人で過ごすのが当たり前になってしまっていた。
端からみたらそれは家族のように。
けれど、自分はアントーニョの家族ではない。
ただの幼馴染で隣人なだけ。
それ以上を望んではいけない。
だって俺は過去、アントーニョにフラレているから。
…今の関係を壊すことは望まない。望むまい。
ロヴィーノはそう思って一度目を伏せた。
自室の机の前に座って広げた賃貸雑誌を眺めていたところで部屋のドアをノックする音がした。
「ヴェー、兄ちゃんコーヒー飲まない?」
「そこ置いとけ」
ラグの上の小さなテーブルを指すと、フェリシアーノはそこに
持ってきたロヴィーノのマグカップを置いた。
そしてロヴィーノの手元を覗き込んできた。
「兄ちゃん、何見てるの?」
「賃貸雑誌。…そろそろ引越そうかと思って」
「ヴェ!?なんで!?今のとこに引っ越してまだ一年も経ってないよ?
…あ、もしかしてアントーニョ兄ちゃんと喧嘩でもした?」
しょうがないなと笑うフェリシアーノにぎゅっと眉間を寄せた。
「喧嘩なんかするかよ、カッツォ」
「じゃあどうして?…何かあったの?」
「何にもねーよ。ただ、このままじゃまた同じこと繰り返しそうだからな。
その前にちょっと距離置いた方がいいかもって思っただけだ」
条件は変えるつもりはない。
フェリシアーノの店から徒歩で通える距離で、スーパーやコンビニが
近くにあればいうことはない。
「同じこと…?」
「あぁ…そうだ。お前また髭にいい物件あったら教えろって言っとけよ」
「兄ちゃん、変。なんでそんなふうにアントーニョ兄ちゃんから逃げるの?」
「逃げてねーよ!ただ近くに居すぎたらまた…っ」
「好きだって言っちゃうのが怖いって?いいじゃん、言っちゃえば。
アントーニョ兄ちゃんだって今度は酷いこと言わないから、大丈夫だよ」
(…というか、もしも酷いことを言ったら今度こそフルボッコ確定だよね〜)
「お前他人事だと思って…っ!何が大丈夫だ!そんな保障どこにもねぇだろが!!」
あの時のアントーニョの言葉は今でも思い出すと胸が痛む。
あんな想いをするのはもうごめんだ。
「…分からないなぁ…兄ちゃんはさ、結局どうしたいの?」
「どうって…だから、幼馴染で隣人で…今の距離のままで…――――――」
「だったら別に引越す必要ないじゃん。今のままで居たいならさ。
でも兄ちゃん、本当にそれでいいの?もしアントーニョ兄ちゃんに
好きな人が出来ても、兄ちゃんは何にもしないの?」
「……元々フラれてんだ。どうしようもないだろ」
最初からそういう対象とは外れているということはあの時思い知ったし、
それでも忘れられなかったのは俺が未練がましく思い続けていたから。
でも、もうそろそろ終わりにする時がきたのかもしれない。
諦めた悟り顔のロヴィーノに、フェリシアーノは肩を竦ませた。
これは思っていたよりもずっとアントーニョの言葉がトラウマになっているようだ。
それだけ、兄にとってショックが大きかったのだろう。
アントーニョに対して一歩引いておかないと、
いつかまたあの時のように冷たい態度や言葉を投げられると思って怖いのだ。
――――――本当にアントーニョ兄ちゃんは大馬鹿者だ。
よくもまぁ兄の心を深く抉ってくれたものだ。
やっぱり一発ぐらいぶん殴っておけばよかった。
フェリシアーノは溜息をつくと、言った。
「後悔しない?」
「――――――ちび分も春からは小学生だろ。もう迎えの必要ないだろうし
俺がいなくても大丈夫だろ。つーわけで俺もそろそろ次にいきたいわけ」
いろいろ問題も解決されたわけだし、いつまでもアントーニョだけだなんてのもなぁ。
そもそもなんでアントーニョだよ。あいつ男じゃねーか!(今更)
俺は女の子大好きなんだぞ!?俺だってベッラと愛を育みたいんだー!!
「次って…本当にアントーニョ兄ちゃんのことはいいの?」
「あぁ。で、セボルガに美人女子大生たちとの合コンセッティング頼んであるんだ」
美人女子大生という単語にフェリシアーノは目の色を変えた。
「合コンっ!?何それ!?ベッラ!?ベッラと合コン!?
えーっ俺も俺もー!!俺も行きたいー!!」
「はぁ?お前にはじゃがいもが居んだろがっ」
「兄ちゃんいつも認めないー!って言うくせになんでそこでルート出すの!?理不尽!」
「理不尽もなにもお前、俺が認めようが認めなかろうが結婚してんじゃねーか!
そういうやつが合コン行こうとするなよ!?」
「ヴェー兄ちゃん、パスタ好きでしょ?」
「いきなり何の話だよ!?」
「俺もパスタ大好物だけど、ドルチェはまた別腹じゃんか!
つまり、ルートはルートで好きだけど、ベッラは別腹?っていうかぁ…」
美味しいものなら両方食べたいの。
なんていう弟が可愛く笑ってみせても発言がなんか怖いと思うのは俺だけか。
しょうがねーな…と返そうとしたところでドアが勢いよく開いた。
「――――――堂々と浮気宣言とはいい度胸だな、フェリシアーノ…
お前にはどうやら仕置きが必要のようだな!来い!その根性叩き直してやる!」
ずんずんと勝手に部屋に入ってきたルートヴィッヒはフェリシアーノの
首根っこを掴んでずるずると引き摺って部屋から出ようとした。
「ヴェッ!?る、ルート…ぎゃーっやめてぇぇ兄ちゃん助けてー!!」
「成仏しろよ」
「ウヴェエッいやああああっ勝手に殺さないでー!!」
邪魔をしたなとルートヴィッヒはフェリシアーノを連れて部屋を出て行った。
まるで嵐が去ったように静かになった部屋でロヴィーノはちらりと携帯を見遣った。
着信なし。
それを確認して溜息をつくと机に突っ伏した。
*
「全くお前と言うやつはちょっと目を離すとすぐ…――――――?」
「ごっごめんって!別に浮気じゃな…?」
ルートヴィッヒに引き摺られているとどちらも携帯の着信音が同時に響いた。
顔を見合わせた二人は携帯を取り出した。
「ヴェーフランシス兄ちゃんからだ!そういえば兄ちゃんのことで
相談したいことがあったんだよねー。グッドタイミング!」
「こちらは本田からのようだ。何かあったのか?」
二人は通話ボタンを押した。
*
年が明けて仕事が始まると新年もやはり『ベラドンナ』はそこそこ忙しく、
合コンなどしている暇もないなとフェリシアーノと苦笑した。
しかし、嫌なわけではないのだ。
女性の笑顔を見ることが出来るし、忙しくとも充実していた。
いつものように交代で休憩に入るとすぐに携帯を確認してしまった。
アントーニョからの連絡が入っているかもしれないからだ。
しかし、今日はメールも電話もない。
ということはアントーニョも定時で終わるということだろう。
今日はちび分の迎えはしなくていいのか。
そこに寂しさを感じ、頭を振った。
*
夕方からのバイトに引継ぎをしてからタイムカードを押して
フェリシアーノたちに帰宅を告げて店を出た。
夕飯何にすっかなぁ…とぼんやり考えていると
丁度幼稚園の裏手に差し掛かったところで頭上から声がした。
「ロヴィーノにいちゃんみーつけた!!」
「っ!?ちぎ――――――っ!?」
バッ!と木の上から飛び降りロヴィーノの背中に縋り付いたちび分は
ほかく、ほかく!とうれしそうに笑っているが、
ロヴィーノはビックリしすぎて腰を抜かしかけた。
「ちびー!お前…っ危ねぇだろーが!!」
「ごめんなさーい!」
「…ったく。アントーニョはまだ迎えにきてねぇのか?」
「んーん?とーちゃんならまだベルせんせぇとおはなしちゅうやねん。
せやから、おれおとなしくまっとるんやでー?」
木の上に登ってあまつさえ人の上に飛び降りるのが大人しく待つ、ということになるのか?
と、ロヴィーノは呆れたものの、先生と話中、ということが妙に気になり、
外から裏庭の方を覗くと何か深刻そうな顔をして話しているのが見えた。
躊躇したが、ちびを大人しく二人の元に帰すために声をかけようとしたのだが。
「あの事件の犯人、ロヴィーノ君のストーカーなんやて?そんならまた来るかも!って。
そしたら今度は自分の子供が狙われるかもしれへんって変な噂が
お母さん方の間の一部で流れてるらしいねん。せやから、ロヴィーノ君をお迎えに
来させるのは控えた方がいいと思う。ロヴィーノ君のためにも。
それに…小学生になったら手かからんくなると思っとるかもしらんけど、
まだまだ手かかると思うで。アントーニョも、再婚考えてるんやったら
まだちび分が小さいうちの方がえぇと思う。
多感なお年頃になってきたら新しい家族って受け入れ辛いもんやろ?
いい加減…他人にばっかり任せるのも良くないで」
「そんな噂どっから?ほんま女って噂話好きやなぁ…」
頭を金槌で殴られたような衝撃が走った。
まさかそんな噂になっていたなんて、思いもよらなかった。
やっぱり早いとこアントーニョたちから距離を置くべきなのかもしれない。
呆然とする俺に構うことなくちび分は大声で言った。
「とーちゃーん、にいちゃんほかくしたでぇー!」
「ちっちび!!!!」
子供に空気を読めというのは難しいのは分かるが、
今そんな大声で言うなばかやろー!!
「えっロヴィー!?」
「そ、その…盗み聞きするつもりはなくて…っ心配しなくても俺すぐ引っ越すつもりだし…
だからその…ごめんっ!!!」
驚く二人に慌ててそう告げるとちび分を背中から降ろしてその場を逃げ出した。
背後から自分を呼ぶ声がしたが、振り返らなかった。
*
(引っ越す?ロヴィが!?――――――なんで!?)
「ロヴィーノ!?ちびっ!ロヴィーを追いかけるんや――――――!!」
「ラジャー!!」
慌ててちびにそう叫び、後を追わせるとベルに振り返った。
「心配してくれてありがとうな。でも、俺ロヴィーノのことは
単なる隣人とか思ってへんねん。他人と違う。あの子は俺の大事な家族や。
再婚とか考えてへんけど、ロヴィとやったらしてもえぇかなって思っとる!
ほな、そういうことで!!」
それだけ言うとアントーニョはちび分とロヴィーノを追いかけるために走り出した。
その後姿を少し呆気にとられた顔で見送って、ベルは微笑んだ。
「――――――ほんま、手のかかるお二人さんやねぇ…」
ちび分にロヴィーノ君が通りかかったらこちらに誘導するように
頼んでいたのだが、本当にフランシスの言うとおりの展開になったなぁと
ベルは少しばかり驚いた。
アントーニョがロヴィーノに特別な感情を持っているのは見ればわかる。
ちび分もロヴィーノに懐いているのは明白だ。
何しろ…――――――。
教室に戻ったベルは春にちび分が描いた絵と夏に描いた絵、
そして今日のものを並べて微笑んだ。
春頃に描いたおとうさんの絵は他の先生や親子にも気さくで明るいアントーニョなのに、
ちび分の絵は笑顔ではなかった。
夏頃…夏休みの思い出の絵はちび分とアントーニョの他にロヴィーノが居て
ほっこりと和むような楽しい瞬間を描いていた。
今日描かせた家族の絵では自分と父親であるアントーニョ、そしてロヴィーノが居る。
笑顔で仲良く手を繋いだ絵に、ちび分の気持ちが現れていた。
「この絵見せたらロヴィーノ君泣いてまうんとちゃうかなぁ」
呟いてくすくすと笑った。
ちび分にもこんなに思われてるんやで。
もう逃げられへんよなぁ。
ベルは明日には笑顔の二人に会えるだろうか。
会ったら今日のことは嘘だから気にするなと伝えなければと思った。
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