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昨今人は等しく平等であるべきだ、と謳われ始めているがこの国には階級がある。
金や地位、食べるものに困らない生まれたときから何でも手に入る層とそうでない層。
何もない層に生まれたら奇跡でも起きない限りは、
または当人が死ぬほどの努力をしない限りは上に上がることは難しい。
生まれた瞬間から仕分けされるのだ。
選ばれたものだけが上流階級として贅の限りを尽くせるが、
選ばれなかったものは地を這うような生き方しか出来ない。
…俺はそんな中の『選ばれた』方の子供だった。
欲しいなと思ったものは何でも手に入ったし、
そこそこ器用だったせいで何でもすぐに卒なくこなしてしまう。
そうすると物心つくころにはこの世は退屈でしかなかった。
夢中になれるものなんか何もなかった。
ものも人も何もかも。酷く詰まらないものでしかなかった。

そんな俺が成長し、一つの会社を作ってそれが軌道に乗り始めた頃。
友人であるローデリヒにオペラに誘われて気乗りしないながらも
ローデリヒの恋人であるエリザベータから聞いた『噂』が本当かどうか
実際に聞いて確かめに行った。

噂というのはそのオペラの歌姫歌声を聴いたものは
『しあわせ』になれる…というものだった。

まさか、歌を聴いただけで幸せになれるなんて、安っぽい幸せだなと
内心鼻で笑ったものだが、オペラハウスの客席に座り、
いざ開演すると、あまり畏まった歌劇は好きではないアントーニョさえ
ぐいぐいとその世界観に引き込まれ、あっと思う間もなく夢中になった。
現れたまるで天使のような白の衣装を纏った歌姫と、もう一人。
先の歌姫と良く似た、けれどこちらは赤の衣装を纏った歌姫の
二人の声が重なると、一層素晴らしかった。

天使の歌声…――――――。

そう言われるのも納得してしまう。
乾いていた心にそっと寄り添うような、染み渡るあたたかさを感じた。
胸に満ちるこれが幸せ、か。
あの噂はただの噂話ではなかったのか…。
そう楽しむ一方、勝気な少女を演じる赤の歌姫の時折垣間見せる
物憂げな、何かを訴える寂しそうな瞳が気になった。

公演が終わった後、ローデリヒたちと食事をしながら
すっかり虜になってしまった歌姫たちの話をしていると、ローデリヒは呆れながら言った。

「きっと気に入るだろうとは思っていましたが、予想以上ですね…」
「せやって、ほんま二人ともめっちゃかわえぇし、歌も…」
「そうですね。『彼ら』…いいえ、彼女らの歌は素晴らしいです。
定期的に公演を見に行くくらいには私も好きですが、ただ――――――」

そこで一旦言葉を切ったローデリヒの眉間には皺がよった。

「あのオーナーのやり方は好きではありませんね」
「…オーナー?」

きょとんとしたアントーニョにローデリヒの隣に座っていた
エリザベータが肩を竦ませた。

「楽隊の楽器のチューナーは甘いし、微妙に音程がずれていますし
統括する指揮者は全く機能していない。
にも拘らず、ここ数年なんの改善も見受けられないどころか
どんどん悪化しています。多少音楽の知識があるものからすれば
それぞれがバラバラすぎて不協和音になり、やがてあの歌姫の歌声だけでは
客を惹き付けておけなくなりますよ。
そんなことに全く気付かずに自分の身を飾ることしか考えていないようでは、ね。
…いろいろあくどい手を使って荒稼ぎしているようですが…近い将来潰れるでしょうね」

あの歌姫たちは潰れる前にどうにかしてあげたいが、
あのオーナーには関わりたくない。
そうローデリヒは零した。

「まぁ、確かに嫌な感じの男やったなぁ」

煌びやかな服を着て、宝飾品をこれでもかと身につけた男は
あからさま過ぎてアントーニョも思わず引いてしまったくらいだ。
しかしそんなことは歌姫にすっかり夢中になってしまった
アントーニョはそんなことはどうでもよかった。
ただ、惹かれるままに『歌姫姉妹』の公演があると聞けば
仕事の合間に出かけて行ってはその歌声に癒されていた。



*



それから二年後のことだ。
久しぶりに悪友であるフランシスとギルベルトと
揃って学生時代からの馴染みの店に呑みに行った時、
アントーニョはあの『歌姫姉妹』にハマっていると嬉々として話していたのだが。

「あの二人の歌は凄いけど…なんつーか、幸せになれるとかいうのはただの噂だろう?
「そんなことないで〜、二人ともめっちゃかわえぇし、
それだけでも見る価値はあるやろ」
「あの二人は確かに可愛いけどよー…あのオーナーがいけすかねぇ。
昔存続怪しかった頃にマフィンから借りた金を丁度よく育てた歌姫に返させてるらしい」

他にも裏でいろいろやってるらしいが、証拠が掴めていない。
でも人として最低だろ、と警察官でもあるギルベルトは思い切り顔を顰めた。

「あぁ…あれだろ?一定金額以上寄付したら特別に歌姫がもてなす
プライベートな時間過ごせる…っていうか、ぶっちゃけヤれるよっていうことでしょ?
養子とはいえ自分の子供に風俗みたいなことさせてるとかって話」
「は?――――――なんそれ?」

思わず耳を疑う。
それだけ公演見に行ってて聞いたことないのか、と驚く悪友二人に
噂話なんか耳に入らないほど歌姫にしか興味がなかったのかと笑われた。

ふと時折辛そうな憂い顔を見せる赤の歌姫を思い出した。
その話が本当なら、どうにかしてやりたい。
そんな気持ちが湧いて戸惑った。
舞台上の二人しか知らないのに、本当は好きでやっていることかもしれないのに、
何故か放っておけない。そんな感情になっているのが不思議でならなかった。

「どうにか、できへんかなぁ」

ぽつりと零したそれにギルベルトが食いついた。

「だよな、放っておけねーよな!よっし!まずは情報収集だな!
アントーニョ、公演ない日の練習とか見に行ってみようぜ!潜入捜査ってやつだ」
「えっ俺も行くん!?」
「当たり前だろ!つーか、お前の肩書き利用すりゃ簡単だろ」

あのオーナーは金持ちには弱いからな、とギルベルトはにやりとわらった。

「おいおい、変なことに首突っ込むなよ」
「燃えてきたぜー!アントーニョ!作戦会議するぞー!」

フランシスが止める間もなくギルベルトとアントーニョは
密かにオーナーの悪事を暴くために動き出したのだった。









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実際の地名を出してますが、
実在の場所に良く似たパラレルワールドということでお願いします;
そしてキリがよかったのでここで区切りましたが
もう少しだけ続きます

2015/4/20 up