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翌日の夜の公演の後も楽屋に顔を出したアントーニョは
ロヴィーノを食事へと誘った。

「今回はちゃんと許可もらっとるから大丈夫やで」

にこにこと邪気なく笑うアントーニョにロヴィーノは驚いた。
(俺、なんも聞いてねーぞ…!?)
オーナーに許可を取ったということはつまり、『もてなし』をしろということだろうか。
それならそれ相応の準備をしろとオーナーは命じてくるはずだ。
金を受け取っていたなら、尚更それがない、というのは初めてのことだった。

「俺…、なんも聞いてねーから準備とかしてねーぞ…」
「うん?あぁ、着替え?そのドレスのままでもえぇんちゃうかな?
今日もほんまにめっちゃかわえぇなぁ」

(そうじゃねーよクソが!)
アントーニョは眉を顰めた俺に気付いているのかいないのか
へらりと笑って化粧をしたままの頬に手を滑らせて真珠の耳飾をした耳を擽るように撫でた。
熱くて少しかさついた指にぴくっと身じろぎ赤くなった顔を隠すように俯いた。
その様子にアントーニョは目を細めて笑みを深くすると、手を離した。

「な、ロヴィ行こうや」
「っばか!あほ!ハゲ!……ちょっとだけだからな」

アントーニョは嬉しそうに笑ってロヴィーノの手を取った。
下心などなにも感じないような顔をしたかと思えば
意味深な触れ方をしてきてはロヴィーノの心を揺さ振るアントーニョは
一体何を考えているのだろう。
隣を歩くアントーニョの横顔を盗み見るが、
その笑顔の内にある本心は見えない。

(だけど…)

アントーニョに『もてなし』をしろと命令されたら俺は多分今までと同じように出来るとは思えない。
今想像しただけでもどうしてか胸が痛み、泣きたくなるのに、
もし現実になったらきっと、俺は。

やはり還る海などないのだ。

そうして絶望するんだろうなと容易に想像できた。







*








前回トマトが好きだという話を覚えていたアントーニョは
今回チョイスしたレストランは船内にあるピッツェリアだった。
アントーニョが店に入るなりやはり店員が飛んできて
海を眺められるテラス席へと案内された。
メニューを手渡されて『好きなのを頼んでいい』というアントーニョに
じゃあ遠慮なくとばかりにピッツァだけではなくワインや前菜、デザートまで
きっちり頼んだロヴィーノにアントーニョは声を上げて笑った。

「なんだよ、お前好きなの頼めっつったろ」
「すまん、いや、かわえーなぁロヴィーノは」

どの辺りがお気に召したのか。
くすくすと笑い続けるアントーニョに眉を吊り上げて睨み、
テーブルの下のアントーニョの足を蹴った。
そんなやり取りをしていたら、ソムリエがワインを持ってきて
丁寧にワインの説明をした後二人のグラスにワインを注いで
にこやかな笑みを浮かべて一礼して去っていった。
そうして石釜で焼きたてのピッツァを食べながら他愛もない話をして
ゆったりと食事を楽しんだ。
粗方テーブルの上の料理を平らげ、デザートのティラミスを食べながら
ロヴィーノはふと疑問に思った。

アントーニョがただ純粋に食事を楽しみたいだけなら、
何も自分でなくてもいいのではないか、と。

俺の歌声は好きだとアントーニョは言ったけど、
だからと言って俺のことが好きなわけではないだろう。
昨日だってたまたま通りかかって変な男に絡まれてるのを見て
助けたついでに誘っただけで、多分あれがフェリシアーノでも
アントーニョは同じように助けただろう。
そして同じように食事をして…――――――。
(あれ…?なんで、俺…)
胸を裂くような痛みを感じてフォークを皿の上に置いた。

…――――――別に、ここにいるの俺じゃなくてもいいんじゃないのか?

アントーニョと一緒にいるのは嫌じゃない。
けど、アントーニョは?
どうして俺を誘うんだろう。
『もてなし』が目的じゃないなら、俺じゃなくても…
フェリシアーノでもいいんじゃないか。

「ロヴィ…?」

フォークを置いて俯いたロヴィーノにアントーニョは声をかけた。
先程まで楽しそうに食事をしていたのに、今目の前の彼はどこか悲しそうで
アントーニョは手を伸ばして抱き締め、顎に手をかけ上向かせて
どんな表情をしているのか確かめたい衝動にかられた。
それを押さえ込みながら極力優しい声でどうしたのかと訊ねた。
ロヴィーノは言うか言うまいか暫し悩み、
真っ暗な夜の海へと視線を向けたまま口を開いた。

「…なんで、俺を誘ったのかと思って」
「なんでって?」
「別に、俺じゃなくてもいいんじゃねーの?
メシ食うだけなら…フェリシアーノでも」

あいつの方がこういうの得意だから。
もっとお前のことを楽しませる会話とか出来るだろうし。
ぼそぼそと小さくそんなことを言ったらアントーニョは片手を顔を覆った。
アントーニョの様子をびくびくと伺っていると
アントーニョは覆っていた手を外し、手を伸ばしてロヴィーノのテーブルの上に
置かれた手を強く握った。

「ロヴィーノ」

強い声に恐る恐るアントーニョの顔を真っ直ぐ見つめた。
真っ直ぐなペリドットの瞳に見据えられて心臓がどくりと音を立てた。

「嫌やった?俺が誘うの迷惑?せやったらそうはっきり言うてや」
「…べ、別に…嫌、とかじゃ…」

そう、嫌じゃないんだ困ったことに。
アントーニョとこうしているのも触れられるのも別に嫌ではないのだ。
そう素直に言えるわけもないのでロヴィーノは口を噤んだ。

「俺はフェリちゃんやなくて、ロヴィーノとこうやって話したりメシ食うたりしたい。
せやのに、ロヴィはフェリちゃんとせぇって言うん?…酷いわ」
「だって、」

誰もが皆フェリシアーノの方がいいと言ったから。
だからアントーニョだってそう思うだろうと思った。
でも、違うのなら。

強く握られていた手がふと緩められて再びそっと握られ、
アントーニョの親指がロヴィーノの手の甲や指を優しく撫でた。

「俺はロヴィーノしか誘わんよ」
「…っ!」

溢れそうになる涙を堪え、飲み込むようにごくりと唾を飲み小さく頷いた。
名前を呼ぶ声も、触れている熱い手も、好きだと思った。

(好き…そうか、俺…)

アントーニョのことを好きかもしれない。

「俺、でいいのか…?」
「うん、ロヴィーノがいい」

優しく細められたペリドットの瞳に頬と言わず顔中真っ赤になるのを感じた。




あつい。






昨日今日あった男に、こんな感情を抱こうとは夢にも思わなかった。








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2014/8/24 初出
2014/10/14 up