がやがやと賑やかな夜の歓楽街を無理矢理引き摺られるように歩きながら、
腕を引く友人になぁと声をかけた。
「ほんまにええって、今日は俺そんな気分でもないし」
「なーにシケた面してるくせに強がってんだよ。今日行くとこは兎に角美
人が多くてオススメだからまかせとけって!」
「ギルのオススメってとこが若干心配だけど、折角だし楽しもうよ」
聞く耳を持たない友人、もとい悪友たちに思わず溜息を吐いた。
…もう直ぐ家族の命日だ。あの事件以来里帰りもロクにしないで
その日をぼんやりやり過ごす俺を元気付けようとしてくれているのだろうということは
分かっているのだが、だったら放っておいて欲しいものだ。
わざとらしく騒ぐような日々はもう過ぎたのだ。
まだきちんと向かい合うことは出来ずとも現実をしっかりと受け止めなくて
前に進まないといけないのだ。
いつまでも同じ場所で立ち止まっているわけにもいかない。
…とは分かっていても、情けないことに毎年どうしてもぐだぐだに過ごしてしまっている。
「着いた着いた!入るぞー」
「ほんとに美人ばっかりなのー?嘘だったらあとでお尻撫でるからね!」
「やめろっ!手をわきわきさせんな!」
店の入り口で騒ぐ二人の会話を聞き流しながら店内を見回した。
古い洋館のような店は一階が酒場になっているようで女性が男性客に酌をしている姿が見えた。
その女性は下着のような服装で妖艶に微笑み、男に寄りかかって何かを耳元で囁いている。
愉しそうな様子に白けた態度を隠しもせずに視線を外した。
やっぱり今日は気が乗らない。
帰りたいなと思っていたところにがしゃんと何かが割れる音とそれに次ぐ怒声と
乾いた音と何かがぶつかったような音が聞こえてきた。
(なんや…?)
思わず三人で顔を見合わせてしまった。
フランシスと話していた店の主は詫びを言いながらそそくさと音のした方へと走って行った。
「なんか、ただ事じゃない音だったねぇ。」
「あぁ…。って、おい!アントーニョ!?」
ふらり。何かに導かれるように店主の後を追っていくと、店の裏手に出た。
そこでさっきの店主の男ともう一人の怒りを露わにした男…恐らく怒声の主だろう。
それから…――――――…子供が、ひとり。
「何をしているんだ!」
「コイツがまたやらかしやがったんですよ!」
「…また、お前か…。お前は仕事に戻れ。」
何かブツブツと言いながらもう一人の男が去って行った。
残された子供…――――少年だろうか?――――は俯いたまま動かない。
伸びた前髪で顔は良く見えないが、ぼろ布で簡易に作ったような服をぎゅっと強く握り締めている。
「まったく…少し見目がいいから買い取ったはいいが…
とんだ厄介者を拾ったようだな。一体いくつ花瓶や皿を割ったら
気が済むんだ?ぁあ?」
店主はまったく怒りを隠しもせずに、子供を詰る。
客に見せる顔と大違いだ。
「………。」
「黙ってないで、謝ったらどうなんだ!?お前のような掃除もまともに
出来ない上に、愛想もないクソガキが!」
男は罵声を浴びせながら子供の頭を無理矢理押さえ込み、頭を下げさそうとする。
「……っ!」
「とっとと謝らんかい、おら!」
なおも言い募るが子供は唇を一層噛み締め、意地でも口を開かないつもりなようだ。
その様子に怒りが頂点に達した男は、子供に向かって手をあげようとした。
(あかん!)
反射的に店主の振り上げた手を掴んで、子供を庇った。
自分でも良く分からないが、その時はそうしないといけないと思ったのだ。
「おっちゃん、そこまでで勘弁してやりぃや。」
「なっ…!?」
「そない怖い顔してたら、何も言えんやん。なぁ?」
にこ、と子供に笑いかける。
驚いて見開いた大きな瞳が俺を映し出す。
(あぁ、なんや。綺麗な瞳しとるやないの)
殴られたせいか、頬が赤く腫れ唇を噛み締めすぎて口の端から赤い血が流れていた。
よく見れば、まともに食事を与えられていないのか、
服から伸びる手足がまるで小枝みたいで、触れただけで折れてしまいそうだ。
それに、痣だらけだ。
きっと、殴られたのは今回だけではないんだろう。
それでも、あぁして唇を噛み締める小さなこの子供は、
そこまでして何を耐えているんだろうか――――――――。
こちらを凝視する少年に、にっと再び笑いかけた。
「なぁ。この子、俺が貰ってもえぇ?」
するりと口から出た言葉に、内心驚いた。
けれど、何となく今この子を放ってはいけない気がしたのだ。
「…はぁ?!」
「ちょっと、トーニョ!何言って…。」
慌てる悪友を他所に、俺は再度店主に問うた。
「聞こえへんかった?あの子が欲しい。…いくらや?」
「え、いや…あの子供はまだ売り物では…。」
そういうだろうなとは思っていたので、懐から小切手を出してさらさらと金額を書くと
驚愕している店主の手のひらにぽんと置いた。
「…これで足りる?」
ちらちらとこちらの顔を見ながら小切手に書かれた金額を確認して
更に驚く店主ににっこりと笑いかけた。
「足りへん?」
一とゼロを七つ書いたが、駄目だろうか。
こういった場所で子供を身請けしたことがないから、相場が分からない。
しかし店主は『十分でございます!どうぞお持ち帰りください!』と目を輝かせていった。
文字通り、現金な男である。
ほんなら、と子供に向き直る。子供は一瞬ビクリと身体を震わせた。
怖がらせてしまっただろうか。安心させるように笑みを浮かべる。
「おい、いいのかよ、アントーニョ」
「えぇねん」
そう言って、今だ状況が飲み込めていないだろう子供の傍に膝を折った。
一歩後ずさる子供に、安心しぃ、と笑いかけた。
作った笑顔ではなく、心から笑ったのは何年ぶりだろうか…――――――――?
「俺な、アントーニョ言うねん。お前の名前は?」
出来るだけ優しく、怯えさせないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
ぱちぱちと瞬きしながら、どうするべきか迷っているような少年に、声をかける。
「大丈夫、傷つけたりせぇへんよ」
言いながらそっと手を差し出した。少年はその手と俺を交互に見て
どうするべきか迷っているようだった。
「一緒に帰ろ?」
少年が自分から俺の手を取るのを根気良く待って、
おずおずと伸ばされる小さな手をしっかりと掴んだ。
そして小さなその身体をひょいと抱き上げた。
「ほな、そういうことやから、二人は楽しんできぃや」
まるで憑き物が落ちたように明るく笑って背を向けたアントーニョは、
しっかりと腕に少年を抱いてその場を後にした。
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