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エーデルシュタインの屋敷の離れに戻ると、まず少年を風呂に入れてやった。
思ったとおり、少年の身体には服に隠れて見えない所にも
生傷や痣がいくつもあり、眉を顰めた。
湯から上がったあと、メイドに持ってきてもらった救急箱から傷の手当をして
新しい服を着せてやった。
ただ、急だったので俺の小さい頃着ていた服は見つからず、
メイドの中の一人が持っていた女児用のエプロンドレスだったが。
流石にどうかと思い、明日直ぐにでも仕立て屋に来てもらうから
今日だけ我慢してくれるかと言えば、あまりに必死に頼んだせいか、
少年はコクリと小さく頷いてそれに着替えてくれた。
身体を綺麗にして髪も整えてやると、あの店主が『少し見目がいいから』などと
言っていたのに、なるほどと内心頷いてしまった。
頬の不恰好なカーゼや腕や足に撒いた包帯などがなければ、
どこかの貴族の小さなお嬢様だ。
「かわえぇ」
するりと口をついて出た言葉と共に頬を緩めて笑うと、少年はきょとんとした目をした。
その様子に更に小さく笑い、ぽんぽんと頭を撫でた。
「おいで、お腹すいたやろ。ちょっと遅いけど晩飯にしよか」
風呂場を出て、リビングに入るとメイドが酒とつまみと子供にホットミルクを用意してくれた。
少年は湯気の立つカップをじっと見つめ、ちらと視線を寄越してきた。
「?熱いから気ぃつけて飲みや」
そっと手を伸ばしてカップを両手で持つと、一口口に含んだ。
それから二度三度と飲み続けカップの中身はあっという間に空になった。
それから急遽作ってもらったリゾットも食べると『美味いか?』と聞いた俺に初めて笑ったのだ。
その顔がとても可愛くて、見ていた他のメイドも微笑んで和やかな雰囲気で食事をした。
そういえばこんなふうに食事をするのは久しぶりかもしれない。
ちらりと少年を見やると、お腹がいっぱいになったせいか、眠くなったようで舟を漕いでいた。
「客間の用意をしてきましょうか?」
気がついたメイドがそう申し出るが、断ってひょいと抱き上げた。
「えぇよ、俺んとこで寝かすわ。もう遅いし、皆も休んでや」
言いながら、部屋を出て自室に向かった。
既に寝息を立てている少年をベッドに寝かせてから自分もベッドに潜り込み、
細い身体を抱き寄せた。仄かに伝わる暖かさに、ほっとした。
どうしてこの子に惹かれたのかは分からないが、大切にしよう。
とても、大事に大事にして優しくしよう。
誓おう。
お前も傷つける全てから、守る、と。



「せやから…」







起きたら君の名前を教えて欲しい。
君の名前を呼びたいから。











*












かくして、俺と少年…ロヴィーノは一緒に暮らし始めたわけだが、
最初は兎に角まだ警戒しているのか、口数は少ないロヴィーノに
一緒に遊んだり、シエスタをしたりもちろん食事も共にしながら
徐々に仲良くなっていった。
俺のこと『様付け』しようとしてくれたけど、俺はロヴィーノを
使用人とかにしたいわけでもないから、呼び捨てでいいといった。
何か言いたそうにしたものの、分かったと頷いてくれてほっとした。
話してみるとロヴィーノは割と口が悪かったりしたが、聞き分けは良かった。
「ロヴィーと俺は家族やもん、様とか付けるのはおかしいやん」
「家族…」
「せやで!俺とロヴィーノは家族!な?」
『家族』に遠慮はいらないんだと、些か強引だったがそう言った。
身分がどうとか気にすることなく一緒に暮らせたらいい。そう思った。












*












地鳴りのような子供の泣き声が聞こえてくると、アントーニョは
それまでしていた仕事も放り出して泣き声の元に駆けつけた。
「よしよし、どないしたん?ロヴィーノ」
寝室のベッドの上で蹲っているロヴィーノを抱き寄せ、背を撫でた。

この屋敷に連れてきてから暫くは、ロヴィーノは良く泣いていた。
誤解しないで欲しい。俺はロヴィーノを虐めたりしてへんよ?
そうではなく、シエスタから目を覚ました時とか、悪い夢を見た時、
俺が居ない時に、身に受けた暴力や中傷、恐怖と酷い孤独感を思い出すのだ。
ひとりは嫌だ、と。
怖い、と。
殴らないで。
ごめんなさい…――――と。
泣きじゃくるロヴィーノをそのたび強く抱きしめ、泣き止むまで『大丈夫』だとあやした。
最初は酷く戸惑ったものだが、今ではすっかり慣れてしまった。

ロヴィーノが熱を出した時、エーデルシュタインの主治医で昔から診てくれている
爺さんに来てもらった際に事情を話し、ロヴィーノの尋常じゃない泣き方は、
もしかしてここにいるのが嫌だからなのかと相談したのだ。
だが、それは違うようでロヴィーノはずっと感情を押し殺してきたせいで
酷くストレスが溜まっているのだ。
それと急に環境が一遍したのもあるだろうし、
出来るだけストレスを溜めさせないようにのびのび過ごさせてやっていれば
そのうち治るだろうと。
泣き出した時は無理に黙らせるようなことはせず、
辛抱強く見守るように言われ、頷いた。
それ以来、対応に戸惑うこともなく、泣き止むまでしっかりと抱き締め、
不安定な感情を持て余すロヴィーノにここは安心出来る場所だということを伝えた。

そうして徐々にロヴィーノも慣れてきて、口数も最初よりは多くなってきた。
(これはロヴィーノがぽつぽつ話してくれたことを纏めた話やけど。)
育ててくれていた爺様が死んで、弟と別々に引き取られたけど、
ロヴィーノは不器用で、素直じゃない。他人になかなか心を開かない。
子どもらしくない、と引き取られた先からまた別の主人の元へ、
そうして短期間に何度もたらい回しにされ、最後に金と引き換えに例の娼館へ売り飛ばされたらしい。
…これだけでも酷い話だった。
けど、ロヴィーノはそれだけではない。
ロヴィーノの身体にはあの日、殴られた傷以外にもいくつも傷があった。
…―――――虐待紛いの暴行、か。

誰からも必要とされず、娼館でも掃除さえまともに出来ない。だから殴られても仕方がなかったんだ。
そういうロヴィーノの悲しい声に思わずぎゅうと強く抱き締めた。
どんなに寂しかったことだろう。悲しかったことだろう。痛かったことだろう。
最初に出会った時の強く唇を噛むロヴィーノを思い出した。
もうあんなふうに耐えることはしなくていいんだ。
「アントーニョ、苦しい…!」
「…あかんわ〜。ロヴィーノが可愛すぎるぅもうちょいこのままでおって!」
ふざけた口調で言いながら、これからは辛いことや悲しいこと、
ありとあらゆるものからロヴィーノを守ってあげたい、とそう強く思った。

ロヴィーノの頭突きが炸裂するまであと五秒


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2012/09/29 up