15





「とっとと起きろこのやろー!」
揺すっても叩いても起きない男にいい加減キレてドスンと上から乗っかってやった。
『グエッ』と蛙が潰れたような声が聞こえたが気にしない。
「お、重い…!ロヴィ…起こすんやったらもっと優しく起こしたってぇ…」
「うっせ。お前が何やっても起きないのが悪い」
アントーニョの腹の上に馬乗りになりながらフンと鼻で笑うと、アントーニョはにやにやと締りのない顔で笑った。
「あ、でもこれはこれで…いい眺めやわ〜……楽園…みたい…やんなぁ……ぐぅ」
「寝るな!!メシ、折角作ってやったのに冷めちまうだろっ!」
二度寝しようとするアントーニョをベッドから蹴り落として
アントーニョが完全に起きたのを確認してから、キッチンに向かった。
料理を食堂に運んで待っていると、程なくしてアントーニョが顔をだした。
「ロヴィーノ、起きて大丈夫なん?もう少し休んでたほうがえぇんとちゃう?」
「…平気だから起きてんだろ。それより早く座れ」
「でも、」
「平気だって言ってんだろ」
言い切る俺に、まだ何か言いたそうではあったが、
アントーニョはそれ以上何も言わずに席に着いた。
あれは…小さい頃にだって何度かあった発作みたいなもんで…。
だから、心配してくれんのは正直嬉しいんだが、
如何せんコイツの場合はそれが過剰だったりするからな。
きっぱり言っておかねぇと…。
「…にしても朝からピッツァやなんて、豪勢やねぇ」
「昨日、昼も夜も食いっぱぐれたから、腹減ってんだよ!」
悪いかこのやろー。と睨むと、いや、悪くないで。美味いで!
と、漸く今日最初の笑顔が見れて、ほっとした。
いろいろと…焦ってもしょうがねぇことは分かってる。
けれど、あまり時間がないのも事実だった。今、俺には何が出来るだろう。
そんなことを、ずっと考えていた。





*





アントーニョが仕事のために執務室に篭ったのを確認してから
こっそりと倉庫から持ち出してきたこの家のメイド服に着替えた。
頭に三角巾をつけると、掃除用具を持って、玄関ホールに向かった。
ここなら、結構広いけどそんなに物置いてねぇし。
何か壊したりすることもないだろうと思って、ぐっと箒を握り締めた。
「これで床を掃いて、雑巾掛けして…よし…!」
上手く出来たら、アイツも俺のこと褒めてくれるだろうか。
アントーニョの笑顔を思い浮かべて、はっとする。
「べっべつにっアイツのためじゃねぇっての!!」
くそっ!畜生!俺どれだけアントーニョのこと好きなんだよ!馬鹿じゃねぇの!?あぁもうっくそっ…!!
(どれだけ好きでも、結局は結ばれることなんてないのに…)
いつか別れはくる。それは幼い頃から、ここに来てからずっと胸にあったもの。
それでも、アントーニョはずっと優しくて、『家族』って言って俺のこと大事にしてくれて。
(まぁ時々それがうざい時もあるけど)気がついたら、もう好きだった。

俺の髪を撫ぜる優しい手
俺のこと抱きしめる力強く暖かい腕も
身体を溶かすようなキスをくれる唇も
何よりも陳腐な台詞みたいだが、太陽みたいな笑顔が――――――好き。
…もしも。俺があいつと同じ貴族だったなら。
どんな手を使っても、あの優しい男の心を手に入れるのに…。好きだと言って、キスをして。
同じ指輪を嵌めて、神様の前で誓いを立てるのに…――――――なんて。
考えてもしょうがないことを考えてしまった。
この家に居れば、いつでも手が届くような存在だけど、
一歩外に出てみたら、それは一瞬で崩壊するのだ。
運命の悪戯のように、本当なら『ありえない関係』。
いつ崩れるか分からない、脆い関係。
…―――――いつまで傍にいられるだろう。
…いつまで、ここにいるつもりなんだろう、俺は。
「馬鹿め………っうわっ!?」
余計なことばかり考えていたせいで、足元を見ていなかった俺は、水の入ったバケツに蹴躓いてそれを頭から被ってしまった。
絵に描いたようなドジっぷりである。からりと転がったバケツを頭から水を滴らせながら恨めしげに見た。
「いってぇ……っあ―――――…。」
俺だけじゃなく、床まで水浸しで…う、畜生…!何でこうなるんだよ…なんて落ち込む前に、床を拭かねぇと…!
「ロヴィーノッ!?どないしたん、なんかあった……って…。」
「げっアントーニョ…!ち、違うぞ!別に散らかそうとしてたわけじゃ…っ!」
「ちょっ…おま…なんつー格好…っっか、かわ…むっちゃかわえぇえええええ…!(うっひょー!)何っなんなん…!?
俺をどないしたいんやロヴィ……ほんまめっちゃかわえぇ…(犯してぇ…)…そういうプレイなん…!?
あかん…昼間からそんなん…ぐふ!!」
はぁはぁと息荒く近づいてくるので、転がっていた箒の柄の先で鳩尾を突いた。
「今のお前、むちゃくちゃ怖いぞこのやろー!!……へくしゅっ!」
「あっあかん!ここは俺が片しとくから早ぉ風呂行ってき!」
「で、でも…っ」
「えぇから!な?(でないと俺の理性が持ちません、先生!)」
何だか必死にそう言われて、仕方なく頷いて風呂に行くことにした。
ちくしょう。こんなはずじゃ……なんでだよ畜生!
なんで俺こんなに不器用なんだよ…。
掃除すらまともに出来ない俺が、外に出て一人でやっていけるのだろうか…。
(無理じゃねぇ?普通にさ……)
絶望的な現実に、打ちのめされながら脱衣所に足を踏み入れた。




*




風呂から上がって、リビングに行くといつもの調子を取り戻したアントーニョに
ソファに座らされて、ホットミルクを手渡された。
一口飲んでそれをテーブルに置く。
「ロヴィー、ちゃんと髪拭かなあかんやーん!」
そう言いながらアントーニョは俺の後ろに回りこむと、
肩にかけていたタオルでわしゃわしゃと髪を拭き始めた。
暫く黙ってされるがままにしていると、その手がぴたりと動きを止めた。
「アントーニョ?」
「なぁ、ロヴィーノ…なんか悩み事でもあるん?」
「…別に。ねぇよ…畜生が」
「急に街に連れて行けって言うたり、かと思えば急に倒れるしっ!
…ほんで…さっきのメイドごっこ…とか!!なんか変やもん!絶対なんかあるんやろ?」
…『もん』ってなんだよ。きめぇ。てかごっこじゃ……いや、もういい。
なんか下手なこと言うとボロが出そうだし…面倒だしな。
だんまりを決め込むと、アントーニョは髪を拭くのを再開した。
「なぁ、ロヴィーノ…もしかして、俺のこと嫌い?」
「はぁ?何でそうなるんだよ!」
「や、なんか……俺から離れたいんかなぁって…。」
「っ………。」
こんな時だけ、感がいい。
思わず否定するのを忘れると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
それに俺の心臓が早鐘を打ち始める。慌てて離れようとするが、更に抱き締める腕の力が強くなった。
「でも、ごめんな。…お前のことは絶対手離したらん。
ロヴィーノが、俺のこと嫌いでも…離せへんから。その代わり、何があっても絶対守ったるから…。」
アントーニョの苦しげな声に、胸が締め付けられる。
どんな顔で言ってるのかはわからないが、とても切実でそして寂しげな様子が背後で感じられた。
何も言えないでいるとアントーニョは俺の肩に顔を埋めて言った。
「離れんといて…」
何だよ…。お前って本当ずりぃ…。いつもより低い、囁くみたいな声音に身体が粟立つ。
頼むから、そんなこと言うな。これでは離れたくても離れられない。複雑な心境でいる一方で
誰より傍にいることを切望されているという黒い喜びが胸を満たした。
「……俺、何にも出来ないぞ」
「かまへんよ」
「…っ…口も悪いし、不器用だし…!」
「うん、知っとる」
「お、俺なんかと一緒にいても何の得にもならねぇぞ」
「それでも、ロヴィーノが居らんと、俺が駄目なんや」
そんなこと言うな。だって、お前はいつか俺じゃない誰かと結婚するだろう?
なのに、愛の告白どころかまるでプロポーズされているような、そんなことを言うのは反則だろう。
(愛されている、と勘違いしそうになる)
「お前、馬鹿だろ…」
「え〜そんなことないで?」
折角の決心が揺らいでしまうだろーが。畜生が…。
あんなに大人にならなきゃ、自立しなきゃと焦っていたのに、
こんなふうにまだアントーニョが甘やかすから、また俺は
ずるずるとそれに甘えてしまうんだ。このままじゃダメだって思うのに。思っているのに、
俺はまた、ソレを見ない振りしてしまうんだ…――――――。









*











ロヴィーノをリビングに残し、キッチンで昼食を作りながらアントーニョは溜息をついた。
「はぁ…」
やっぱりロヴィーノ、俺から離れる気やったんか…。
一緒に居ったら、いつかは…って思ってたんやけどなぁ…。
嫌いやないんやったら、なんでや。
(いやでも、だからと言って、好きなわけでもない…ってこと…か?)
あー、自分で言うて凹んでまうわー…。しかもさっきの俺、めっちゃ格好悪いやんなぁ…余裕なさすぎで!
俺、ロヴィーノの気持ち全然考えてないやん。
あれもだめ、これもだめ。挙句家から一歩も出しませんって俺ほんま何様やねん。
束縛しすぎや…。そりゃ離れたくもなるわなぁ…。
(でも全部本心やねん。)
『私は…鳥篭の中で守られることが、彼の“幸せ”に繋がるとは思いませんが?』
ふとローデリヒに言われた言葉を思い出した。
そうかもしれへんな…ローデリヒ。
でも、でもなぁ…やっぱり俺、ロヴィーノにはずっと傍に居って欲しいんよ。
ロヴィーノが俺から離れる…なんて、そんなん考えたくもない。けど…せやなぁ…。
籠の中の鳥も、たまには外に出たいやろなぁ…。それなら。
思い立ったが吉日。
俺はキッチンからリビングにいるロヴィーノのところへ走った。
「ロヴィーノォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」
「ヴォア――――――!?なっななな何だこのやろー!」
突然大声で名を呼びながら走ってきた俺に驚愕するロヴィーノの手を掴んだ。
「あんな、ロヴィーノ……俺と…」




――――――デートせぇへん?






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このあとデートして、告白(?)して両思いになったあと、 親分の結婚話が持ち上がってきたことを知ったロマが そっと身を引きます。詳しくは同人誌で!← 中巻の書き下ろしはイタちゃんサイドの話をダイジェストに。 書き足りなかった部分はまたサイトに書くか、 下巻で拾えればいいかな、と。 よろしければ中巻もお手に取ってくだされば嬉しいです。 2012/12/31 up