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「兄ちゃんが来るって聞いて、居ても立ってもいられなくて、ギルベルトに頼んで連れてきてもらったんだぁ。
でも、二人とも遅いし、待ちきれなくてブラブラしてたら、兄ちゃん達見つけたんだ。
すっごい偶然だけど!あ、そうそう、ここの街の女の子も皆可愛いね〜。
兄ちゃんこの辺に住んでたんでしょ?いいなー。
それでね、さっきそこのパン屋さんで買ったパンが美味しかったんだー兄ちゃんも食べる?」
身振り手振りで楽しそうに喋るフェリシアーノに、何だか圧倒されて
唖然としていると、ギルベルトがフェリシアーノちゃん!と声をかけた。
だから、『ちゃん』付けで呼ぶな。馴れ馴れしい!
「馬車で待機しててくれって言っただろーがっ!」
「ヴェッ…ごめんなさーい。でも、ギルベルト遅いよー。
俺、早く兄ちゃんに会いたかったのにぃ〜。何で家まで行っちゃ駄目なのさー」
「それは…」
ちらっとギルベルトが俺が見る。
余計なこと言うんじゃねーぞ、と視線を返して口を開いた。
「お前、うるせーんだよ、ちょっとは静かにしろこのやろー」
「ヴェッ…はーい」
「んじゃ、とっとと移動するか…」
それに頷いてギルベルトの後をついて歩き出す。
フェリシアーノは俺の隣でまた何か喋っていたが、相手をしていると疲れるので、聞き流しておいた。
本当に、よく喋るな…コイツ。
おかげで、ちょっと助かった…つーか、進むしかなくなっただけだけど。
馬鹿だなな。引き返すなんて、今更出来るはずないのに…。

傷つくよな…アイツ。
でも、アイツが『家族』が欲しいなら俺はやっぱり居ないほうがいいだろう。結婚するんだから…。
相手のことを家族として迎えるんだから。…きっとその方が幸せだ。俺なんかと一緒にいるよりは…。
そう無理矢理納得させて、考えるのをやめた。

*

「それにしても、ビックリしたよー。兄ちゃんから手紙のお返事来たぁ!
と思ったら、『近いうち、そっちいく。』って一言!俺結構いっぱい書いたのにさぁ〜」
「何だよお前、その素っ気無い一言!」
街の外れに停めていた馬車に乗り込み、フェリシアーノがパン屋で買ったという
ラスクに齧りついた。さっくりしていて、ほんのり甘いそれは確かに美味しかった。
「お前はごちゃごちゃ書きすぎなんだよ!」
「えぇ〜っあれでも結構短い方だよ〜!
だってさー、書きたいことありすぎるんだもん!
俺と兄ちゃん、十年以上離れ離れだったしさ…」
サクリ。ラスクを齧る音が妙に響いた。
「でも、会えて嬉しいよ!これからはずっと一緒に居られるんだよね!」
「……あぁ、そうだな」
「俺様のおかげで、だよなっ!?」
ギルベルトのことはラスクのようにサックリとスルーして、
フェリシアーノは俺の手をぎゅっと握った。
「えへへ…兄ちゃん、兄ちゃん」
「…んだよ。鬱陶しい」
「俺ね、兄ちゃんともう一度一緒に暮らすのが夢だったんだぁ。
だから、今、すっごい嬉しいんだ〜」
邪気のない笑顔でそんなふうに言われて、少し胸が痛んだ。
俺は正直フェリシアーノと一緒に暮らすなんていうことは、考えたことがなかった。
だって、会うのが怖かった。
コイツは俺よりも素直で愛想がいい、加えて器用でいろんな才能がある。
だけど、俺は素直じゃないし、とことん不器用で……何をしても全然フェリシアーノに敵わなくて。
(もしも、アントーニョがフェリシアーノに会ったら…
俺なんか絶対直ぐに捨てられたに違いないんだ)
そう思うから、フェリシアーノのことはあまりアントーニョには言わなかった。
弟がいるっていうのは言ったけど、どこに引き取られたか、とかは知らない振りをして言わないでいたのだ。
ずるいとは思う。けど、フェリシアーノだけは絶対。アントーニョに比べて欲しくない。
(勝ち目のない試合なんか、したくないからな)
「兄ちゃん?大丈夫?疲れちゃった?」
「………少し、な。昨日あんま寝てねぇし…」
「じゃあ着くまで寝てなよ。俺の肩に凭れていいよ?あ、それとも膝枕がいいっ!?」
嬉々としてぽんぽんと膝を叩くフェリシアーノの頭を小突いた。
「あほか、男の膝枕なんかいらねーよっ!」
「じゃあ俺が!フェリシアーノちゃんの膝枕…!」
「何見てんだよこのじゃがいも野郎っ!オイ、お前こんなヤツと一緒に居て
何もされなかっただろうなっ!?」
「ヴェ?(相手にしてないから)大丈夫だよ〜?」
首を傾げてのほほんと微笑むフェリシアーノだが、
こんなんじゃいつか悪い男に引っかかるんじゃないか、と少し心配になる。
しょうがねーな…本当に。
「いいか、いくら良いヤツでも気を許すんじゃねーぞ」
「そうそう、フェリシアーノちゃんは可愛いから気をつけてな!」
「ヴェ?分かってるよ〜。兄ちゃんこそ、気をつけてね?」
馬鹿か。俺は男に気許したりしねーぞ。…例外を除いて、だが。
(アイツだけは特別…だ)
「肩かせ、フェリシアーノ。着いたら起こせよ」
「了解であります!」
暢気な弟の顔を見ていると、多少強張っていた肩の力が抜けて本当に眠くなってきた。
フェリシアーノの肩に寄りかかると、目を閉じた。
「フェリシアーノちゃん、暇ならトランプでもするかっ!?」
「ギルベルト、うるさい。少し黙ってね?」
「…………一人楽しすぎるぜ…」

*

あの後、結局フェリシアーノも一緒に眠ってしまったらしく、ギルベルトに起こされて馬車を降りた。
空は既に夕焼けで赤く染まっていた。座りっぱなしだったせいか、酷く腰が痛んだ。
「どこだ、ここ」
「駅。こっからは列車に乗るんだ。その方が早く着くしな」
「列車…?」
「あ、兄ちゃん乗るの初めて?南の方はまだ線路引いてないもんね〜」
それどころかこんな遠くまで来たのも、寧ろ外にもあまり出たことがない…とは、流石に言わないでおいた。
レンガ造りの大きな建物の中は人で溢れかえっていて、ぼんやりしていると流されそうになった。
そんな俺の手を、フェリシアーノが握った。
「ヴェー兄ちゃん、逸れちゃだめだよー?」
「う、うるせ…子供じゃねーんだから平気だっつの」
「だーめ。ちゃんと繋いでね」
「じゃあフェリシアーノちゃんは俺様と…!」
「離したら、絶対兄ちゃん逸れちゃうから!」
「何だよ、それ…ちくしょうが…」
渋々了承すると、フェリシアーノは笑って、歩き出した。
俺とギルベルトもそれに続いて人込みの中を歩き出した。
…平気だとは言ったが、正直フェリシアーノの言葉は最もな気がする。
こんなに人が多いと、ぶつからないように歩くのに一苦労だ。
なのに、二人は慣れたように歩いていく。…一人じゃなくて、本当によかった。

駅のホームに行くと、直ぐに列車がやってきた。
「んじゃ、これ切符な」
ギルベルトに渡された切符を受け取ると、
そこには日付や時間の他、金色の文字で『特等 01』と書いてあった。
「俺はここまでだ。後はこれに乗って…まぁフェリシアーノちゃんが居るから、大丈夫か」
「うん。それじゃ、ギルベルトいろいろありがとうね!」
「いや、フェリシアーノちゃんのためなら…!」
「じゃあ兄ちゃん行こう!」
「お、おー……ギルベルト」
ギルベルトの言葉をスルーする弟に、なんだか少し可哀想になったが、
まぁ、構うと調子に乗りそうだからいいか、と思い直した。
「…あ?」
「その……アントー………いや、アイツのこと…頼む。あんまり無茶なことしないように…」
黙って出て行く俺が言うことじゃないのは理解している。それでも言わずにはいられなかった。
「そんなに心配なら、てめーで見ておけ。…って言いたいところだが、
しょうがねーな。………本当に、お前はそれでいいんだな?」
その言葉に、俺は少し間を置いて頷いた。
これでいい。ずっと前から決めていたこと、だから。最後まで我儘で悪いなと思うが、
このまま一緒に居てもきっと邪魔にしかならない。
「…そーか……」
「…ん」
「兄ちゃ〜んっ早く早く、もうすぐ出発だよ〜!」
ほらほら、とフェリシアーノに背を押されて列車に乗り込みながら、慌てて振り返る。
「ギルベルトっ!その……っいろいろありがと…!」
「…おぉ!何かあったら、俺に言えよ!!」
俺たちが乗り込むと、直ぐに列車が動き出した。
汽笛を鳴らしながら黒い煙を吐きながら列車は駅からどんどん遠ざかって行く。
流れていく景色を暫くそのまま見ているとフェリシアーノが言った。
「兄ちゃん、切符貸して。席、どこ?」
「ん、あぁ…」
「…え、あれ?ギルベルトいい切符くれたね〜、太っ腹〜♪」
「?これ、いいのか?」
「うん。一番いいヤツだよ。俺でも乗ったことないや〜」
曰く、3等が一番安い、所謂庶民の庶民が乗る車両で、席が決まっておらず
早い者勝ちで、座れないものも多いらしい。
2等は一応席が決まっていて、一等はほぼ貴族か上流階級の人間が乗る車両で
食堂などがあるらしい。そして、そのさらに上が特等だ。
フェリシアーノの後を着いていくと、車掌らしき人が居てその切符を見せると
急に深々と頭を下げられてそそくさとその車両まで案内してくれた。
これにはフェリシアーノも少し驚いたようだ。
特等はその1車両が全て貸切になっており、
入り口には警備の人間がいて、切符を見せないと通らせてはくれない。
中は、ちょっとしたホテルのようになっていて、
ふかふかのソファや、奥にはベッドルーム、シャワールームまで完備だ。
さらには。
「このベルを押せば、ボーイが来るから、
メニューから好きなものをご注文ください……だってさー。すごーい!」
「ふーん……」
一度も乗ったことがない俺にはさっぱり分からない。
窓際のソファに座って、早々と過ぎる景色にさえも驚いているというのに。
もうじき日が沈む空は、赤と青のコントラストが妙に綺麗で…少し、寂しい。
アントーニョは…もう船に乗って、今は海の上だろうか…。
この、空を見ているのだろうか。
「兄ちゃん、お腹空かない?何か食べようよー」
「トマトのパスタがあるなら食う」
「ヴェ…兄ちゃんトマト好き?」
ベルでボーイを呼んで注文をして、暫くするとそれを持ったボーイがやってきた。
テーブルにそれを置くと、一礼して出て行った。

「うわー、美味しそう〜♪」
はしゃぐ弟を無視して、フォークを取り、パスタを絡めて口に運んだ。
ふん…トマトソースも麺の茹で加減も悪くは無い。
「おいしいね、兄ちゃん」
「まぁまぁだな…」
本当に、味は悪くないんだがな…。
アントーニョの作る料理に慣れているせいか、違和感が拭えない。
それも、もう味わえないのか…これからは、それに慣れないといけないのか…。
一通り食事を終え、交互に軽くシャワーを浴びるとベッドに潜り込んだ。
ベッドは思いのほかふかふかで、眠気は直ぐに訪れた。
眠りに落ちる俺の頭を、誰かが撫ぜた。
アントーニョが、毎夜にしてくれたみたいに。
『おやすみ、ロヴィ…大好きやで』
くすぐったくなるような、優しくて甘い囁きが、耳元で木霊する。
昨日はあんなに近くでお前を感じていたのに…今は…。
遠すぎて、涙がひとつ落ちた。
「アントーニョ……」
声に出したことに気付かないまま、俺の意識は完全に途切れた。

*

さらりとした兄のチョコレート色の髪を撫ぜたフェリシアーノは、
零れた涙を舌で舐めとった。
しょっぱい味に唇を舐めて微笑んだ。
「おかえりなさい……俺の、にいちゃん」







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2013/1/20 up