19





翌日の昼前に、フェリシアーノが住んでいる街の近くの駅に着いた。
車掌やボーイや警備の人に深く頭を下げられるという、丁寧な見送りを受けて、列車を降りた。
貴族でもない自分たちに、要人のような扱いをされて
俺とフェリシアーノは顔を見合わせて、苦笑いした。
「何か凄いねー…」
「お前は慣れてると思ってたぞこのやろー」
「えぇっ!?俺、そんなに偉くないよ〜」
駅構内を手を繋いで歩き、外へ出ると少し肌寒い気がした。
「なんか、寒くねぇ?」
「ヴェ?普通だと思うけど…あ、そっか。
兄ちゃんの居たところは南の方だったからね〜。
こっちは今の時期からもう寒くなるよ〜。風邪引かないでね!」
そういうことは早く言え。
別段薄着というわけではないが…まともな服は今着ているものだけなのだ。
これは早々に服を買いに行かねばならない…が。先立つものが…ない。
(何しろ、俺は一銭も持っていないのだ)
そもそも、お金に触ったことは殆どない。
今までは全部アントーニョまかせだったから。
ていうか、まともに労働だってしたことがない。
でも、これからはそうはいかない。自分で…稼がないと…。
…本当にやっていけるのか?俺…。
思わずため息をついてしまうと、フェリシアーノに顔を覗きこまれた。
「兄ちゃん、大丈夫?疲れちゃった?」
「別に……。そういや、お前の家はこの近くなのか?」
「ううん…こっからまた結構歩くよ〜。馬車があればいいけど
俺は歩くほうが好きなんだー。ほら、女の子に声かけ易いしー」
そう言いながら、近くの女の子に手を振ったり、挨拶したりと
忙しない弟を、ちょっとだけ羨ましく思った。
ほんわかした笑顔を向けられた女の子たちも、つられて笑顔になっていた。
「さっきの子、可愛かったね〜」
「お前な…」
「ヴェ…?――――――――あっ!」
声を上げたと思ったら、いきなり走りだした弟に引っ張られて
構内から出ると、黒塗りの馬車に向かって弟は声を上げた。
「ルゥ―――トォオオオオオオ!!」
馬車の前に立っていたデカムキムキマッチョヤローに、ぶんぶん手を振りながら
走って行って、ちょっと躓いてよろけた所を、慌ててマッチョが支えた。
コイツ…いつぞやかに見たボディガード(?)じゃないか…?
遠くからだったからよく分からなかったが、…デカい上に凄い威圧感だ。
…怖いとか思ってないからなっちくしょー!!
「お前はちゃんと足元を見て歩けといつも言ってるだろうが!」
「ヴェ…でも、ルートがいたからさぁ……えっと…ただいま〜!」
「まったく…」
ちらっとムキムキヤローの視線が俺に移される。
な、なななな何睨んでやがるんだっこのやろー畜生っ!!
思わずさっと弟を盾にして後ろに隠れた。
「あ、ルート、聞いて聞いて〜。俺の兄ちゃん、ロヴィーノだよ〜格好いいでしょー?」
「ふむ…俺はルートヴィヒだ」
「兄ちゃん、ルートはね、俺の友だちなんだ〜。あれ?何で後ろに隠れてるの??
怖くないから、大丈夫だよ〜。ルートもほら、笑顔笑顔〜」
いやいやいや、十分怖ぇぇだろおお!!
笑っているつもりなのか、口元を引き攣らせているが、
笑っているというよりは、凄まれているようにしか見えない。
「こっここここ怖いわけじゃねーぞっ畜生!
おい、コラ、馬鹿弟!こんなムキムキヤローなんかと仲良くしてんじゃねぇぞ!」
「ヴェー…兄ちゃん、ルートはすっごくイイ奴なんだよ〜。
それにさ、ルートはね、ギルベルトの弟だよ?」
「なっ…なんだと…!?」
改めてムキムキを見てみるが、似てない…似てないだろ…。
まず体格からして、似てねーぞ。
「こほん、兎に角…後は帰ってからしろ」
送ってやるから、と馬車を開けたルートヴィヒに、
フェリシアーノは喜んで笑顔で御礼を言って乗り込んだけれど、俺は動けずにいた。
「どうした?」
「兄ちゃんどうしたの〜?」
先に乗り込んだフェリシアーのがひょこりと顔を出し、呼びかけてくる。
(別にアイツが怖いわけじゃないぞ!それで足が竦んでいるわけでもないからな!)
「……っ」
(あぁっもうっ!助けろアントーニョ…!)
(こういうとき、アントーニョなら直ぐに抱きしめてくれるのに…!)
目尻にじんわりと涙が浮かんだその時、ふわりと抱き上げられて驚いて顔を上げると目の前にムキムキヤローの顔があった。
「は…?なっなっおおお降ろせチクショ――――――――!」
「コラ、暴れるな…!今降ろしてやる…!」
ムキムキヤローは俺を抱えたまま馬車の中に入ると、俺を降ろすと直ぐに降りていった。
うっ畜生…!触れられた…!しかも軽々抱き上げやがった…!あんなムキムキヤローに…!
悔しいやら恥ずかしいやらで頬に熱が集まってきた。
「よっ余計なことすんな!嫁にいけなくなったらどうしてくれんだこのやろー!」
「(…嫁…?)はいはい、では出発するから、大人しくしているように」
「あ、ルート。俺買い物もしたいからさ、市場の近くで止めてくれる?」
「分かった」
ムキムキヤローが馬車の扉を閉めると、暫くして動き始めた。
…御者を頼まずに、自分で手綱を握るのか。ギルベルトの弟………本当に全然似てないのな。

*

あの後、市場に寄って買い物をした。
フェリシアーノに先導されながら、市場を見て回ったが市場の店の人の威勢の良さに驚いた。
大きな声が聞こえてくるたびにびっくりしてフェリシアーノと繋いだ手を思わず強く握り締め、
周りをきょろきょろ見渡してびくびくおどおどしてしまった。
人の多さも相俟って目が回り酔ってしまった。
馬車に戻ってぐったりしていた俺に、フェリシアーノは屋台で買ってきたジェラートを寄越した。
レモン味のそれは、すっきりと爽やかで甘さも丁度良かった。
「大丈夫、兄ちゃん?……もしかして、あーいうとこ、行ったことない?」
ぎくりと思わず固まってしまうと、肯定ととったフェリシアーノは、首を傾げた。
「兄ちゃん、今までどんな生活してたの??」
「う、うるせぇちくしょ………どうでもいいだろ、そんなこと…!」
「お金持ってないって言うし…何か、変だよ…。ねぇ、兄ちゃん」
じっと蜂蜜色の瞳に見詰められて、顔を逸らす。
…やばい。コイツ、思ってたよりもカンがいいのかもしれない。
だとしたら、下手な嘘をついても、直ぐにばれそうな気がする。どうする…。
「お金持ってない。人込み慣れてない。外出したことあんまりなさそう。
それに…世間知らずっていうか…普通のことが、あんまり分かってないみたいだし…。
それから、その服…凄くいい生地使ってる。一般的な既製品でもないよね。
ちゃんと着る人のサイズ測って、きちんと仕立てた感じがするもん。
…なんか、おかしい…。絶対変だよ……まるで………――――――――――誰かに、囲われていたみたい…」
「――――――――黙れ…!!」
立ち上がって、弟の胸倉を掴みあげた。
「兄ちゃん…!」
「黙れ黙れ黙れっちくしょうが!俺が何してたかなんて、どうでもいいだろっ!
変に詮索すんじゃねぇ!!…聞かれても絶対喋らないからな………絶対。だからお前は何も聞くんじゃねぇ!!」
ゴスッと頭突きをして、手を離した。
「〜〜〜〜っ兄ちゃん、痛い!すっごい痛い!」
「ったりめーだ、馬鹿野郎!」
頭突きだけでは足りない気がしたので、ぐりぐりと額を押し付けた。
多分、心配して言っているんだろうが、余計なお世話である。
自分が世間知らずだというのは認める。でも、囲われていたわけじゃない。違う。
アントーニョは家族だって言ってちゃんと俺のこと大事にしてくれていたし、周りのヤツだってそうだ。
甘やかされていた。だから自分の立ち位置を曖昧にしてしまった。その結果がこれだ。
(だから、今どうにかしようと思って来たんだっつーの!)
「いた、地味に痛い!ヴェ〜〜〜っ兄ちゃんごめんってばっ!ぎゃーっ!」
「うるせぇっちくしょーこのやろーっ!」
「うわ〜んっ兄ちゃんやめてよぉぉっ――――――――あっ!」
「こんにゃろ…っちぎっ!?」
ビクンと身体に走った感覚に、俺たちはお互いを見合わせて固まった。
そろっと離れようとすると、じゃれあっていたせいで、くるんが絡まってしまっていることに気がついた。
何とか解こうと試みるが、……取れない。
「ちぎぎっお、お前のせいだぞ、このやろー!」
「ええっ!?俺のせいにしないでよ〜〜っあっだめっ兄ちゃん動かないでぇっ!」
「ちぎっ!馬鹿っお前…っはぁ…変に触るなぁっ!!」
弟が解こうとくるんに手を伸ばすが、いまいち上手く解けない。
なかなか解けないそれに、段々二人とも焦って、次第には泣き出す結果となった。
「ヴェ〜〜〜っ解けないよぉっ!!」
「馬鹿、お前のせいだっ!う、ひっくっ…!ヴォアアアアアアっ!!」
「ヴェェ〜〜〜っに、にいちゃ〜んっ泣かないで〜〜〜っ!」
暫くして、フェリシアーノの家に到着して、馬車が停まり、
扉を開けたルートヴィヒによって、無事に解けた…が。
あんなヤツに大事なところを触られた…!
と、落ち込んだ俺は、とりあえずムキムキヤローの足を蹴っておいた。
畜生…!あれくらい、俺だけでも解けたんだからな!!
ちぎ――――――――!!

*

街から少し離れた小高い丘の上の、小さな白い家は持ち主に合って
可愛らしいという印象を受けた。
窓辺や玄関の前の鉢植えの小さな花が、風に揺れて仄かに甘く香った。
ムキムキヤローは仕事があるから、とフェリシアーノが買ったものを運んだあと、
直ぐに馬車に乗り込んで去って行った。
弟はお茶でも飲んでいけばいいのに〜。などと言っていたが、俺はごめんだ。
「兄ちゃん、そんなところに立ってないでさ、中に入りなよ〜」
「お、おぉ…。なぁ、あっちの建物はなんだ?」
家に入る前に、奥にあるデカイ倉庫のようなものが気になった。
指差すと、フェリシアーノは『あぁ』と笑った。
「あっちはねぇ〜、俺のアトリエなんだぁ〜。ちょっと前まで立て込んでたから
片付けも掃除も出来てないけど…後で見る??」
「いや……そうか」
どうせ見たところで、また落ち込むのが目に見えている。
ちょっと残念そうなフェリシアーノだったが、気を取り直して俺を家に招きいれた。
中も外観と同じくシンプルで可愛い家具や小物で統一されて、
男の一人暮らしとはいえ、きちんと手入れされている感じだ。
住み心地は…まぁ、悪くはなさそう…だ。
「一階はリビングとキッチン、バスルーム。二階は寝室と書斎と衣裳部屋なんだ」
「衣装部屋って…なんだよ」
「あ、俺ね、自分で服作ったりするからさ。普段着るものの他に、試作品とかも纏めて置いてあるんだ〜」
「…ふーん」
「あ、気に入ったのあったら、兄ちゃんにあげるよ〜」
あとで見てみて、と二階の階段を上りながらそんな話をして、突き当たりの部屋のドアを開ける。
「ここ、書斎なんだけど、この部屋使ってね〜」
壁に並べられた本棚には美術系の本や雑誌が並んでいた。
…読んだことあるものから、ないものまで。これは暫く楽しめそうだ。
部屋の唯一の窓の前にデスクがあるが、あまり使われていなさそうだ。
「気に入った??」
「…まぁ悪くはねーな」
「良かった〜。それでね、ベッドだけど…。俺と一緒でいいよね!」
「…おぅ…………って、はぁっ!?」
このやろーふざけんじゃねーぞ!と頭突きをお見舞いしてやろうかと思って
にじり寄るが、フェリシアーノは怯えながら必死に言った。
「だってさ、兄ちゃん急にこっち来る、なんていうしさぁっ!
嫌なわけじゃないけど、いろいろ準備する暇なかったんだよ〜。
それにさ、兄ちゃんの好みって良く知らないし、勝手に選んで
気に入って貰えなかったら悲しいしっ…!
そもそも、俺んち狭いからさ、ベッド買っても置き場がないかって思って…!」
理由を聞いて、頭突きはやめた。…まぁ押しかけてきたのは、俺の方だしな。あんまり文句も言えねぇな…畜生。
「俺のベッド、前の家から持ってきたヤツだから、
結構大きいし、そんなに狭くはないと思うから大丈夫だと思うんだ。」
「寝室、あっちか」
「あ、うん!」
書斎とは反対側の部屋のドアを開ける。
大き目の窓から日差しが差し込んでいて、ここでシエスタしたら気持ちいいだろうとぼんやり考えた。
フェリシアーノは俺の後から部屋に入って、俺の横をすり抜けて窓を開けてベランダに出た。
「兄ちゃん、ほら。ここからの景色もいいんだよ〜!」
弟に手招きされて隣に並ぶと、畑や森、街が一望出来て
今日は天気もいいから、空も青く澄んでいて風は少し肌寒いが
ぼーっとするにはいい場所だなぁと思った。
「兄ちゃん、あっちの方に港が見えるでしょ?」
「港…。」
弟が指差した方へと目を向ける。
そこには、白い船のようなものがたくさん見えた。
そしてその向こうに広がる空の青とは違う青色が広がっていた。
「海も近いからさ、夏になったら泳ぎに行こうよ」
「あれが、海…なのか。」
「そうだよ〜。そんでさ、兄ちゃん、落ち着いたらちゃんと街を案内するね?
兄ちゃん用の食器とかさ、必要なもの、一緒に買いに行こうよ」
「…あぁ、そうだな」
そっとフェリシアーノが俺の手を握った。
視線は相変わらず海の方へ向けたままで。
「そんでさ、兄ちゃんのこと、いっぱい教えてよ。
…あ、前のことが聞きたいわけじゃなくてね!
それはもう、いいよ。兄ちゃんが話したくないなら…。
でも兄ちゃんが辛いと、俺も辛いし、悲しいから。
何かあったら、俺に頼って欲しいよ。
…頼りないかもしれないけどさ〜…。
…俺たち、兄弟なのにさ…ずっと離れ離れだったでしょ。
だから、俺は兄ちゃんの好きなものって殆ど知らないしさ、
兄ちゃんも、俺のこと、分かんないよね。
だから、これから一緒に暮らすんだもん。
ちょっとずつでいいからさ、兄ちゃんのこと、俺に教えて欲しいな。」
そういうと、フェリシアーノは俺に顔を向けて笑った。
ほら、やっぱり。コイツは素直で優しい。
俺にはないものばっかりいっぱい持ってて、でもそれもしょうがない。
コイツは…そういうヤツだから。
「――――ばーか。何真面目な顔してんだ。似合わねーんだよ!」
「うヴェェっ酷いよっ兄ちゃん…!」
「…でも……ありがとな」
ぷいっと顔を背けて小さな声でそういうと、フェリシアーノが
後ろで笑ったような気配がしたと思ったら、後ろから抱きつかれた。
「兄ちゃん、兄ちゃん!今日は俺がたっくさん、ご馳走作るね!
兄ちゃんの歓迎会だよー!新しいワインも開けようね!」
「うわっやめろっこのやろ…!……トマトは必須だぞ!」
「了解でありまーす!」
ビシッと敬礼してフェリシアーノは夕食の支度をするためにキッチンに向かった。
ずっと夢見てきた。もう一度大好きな兄と一緒に暮らせるようにと
今までそれだけのために頑張ってきた。嬉しさに頬が緩むのを止められない。
昨日まで一人で住んでいた家だけど今日からは、ひとりじゃないんだ。
(これから、よろしくね?…兄ちゃん)







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2013/1/20 up