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エーデルシュタインの本邸である屋敷とは離れた場所にある
アントーニョの家(カリエドの本邸ではない)はアントーニョ以外に出入りするのは信
頼のおけるメイド数人と時折悪友でもあるフランシスやギルベルト。
それから…―――――――。

「このお馬鹿さんが!またあの悪友たちと出かけたそうですね?
前から言っているでしょう!友人は選びなさい、と…―――。」

朝から怒鳴り込んできたのは、エーデルシュタインの若き当主ローデリヒだった。
案内をしてきたメイドが背後ですまなそうに小さく頭を下げた。
家主がまだ寝ているのを知っていたが、ローデリヒを止められなかったからだろう。
それでも彼女のせいではないので、咎めるつもりはない。
が、そのローデリヒはロヴィーノを見て顔色を一層青くした。
目が合ったロヴィーノはアントーニョの背後で身を竦ませた。

「アントーニョ、貴方いつから子供を…というか、誰との子ですか?」
「阿呆言いなや!俺の年でこんなデカイ子供おるはずないやろ!」

寝起きにガミガミと五月蝿いことこの上ない。
時計を見るとまだ九時にもなっていない。
今日は急ぎの用事もなかったはずだし、咎められる謂れもないはずだ。
面倒くさいなぁと思いながら頭を掻いた。

「では、ま、まさか…!あの悪友のせいでとうとう犯罪を…」
「ちゃうわ!!…ちゃーんと金は払ってきたで?」

何にも問題ないだろうと得意げに胸を張ると、ローデリヒの口元が引き攣った。

「このお馬鹿さんが!そう言う問題じゃありません!今すぐ返してきなさい!!」
「嫌や。あんなトコにロヴィーノ返せるわけあるかい!」

そうや。もうこの子は俺のモンや。
絶対手放したりするものか。
そう思ったところで、背後のロヴィーノが身を硬くしていることに気が付き、腕の中に引き込んだ。

「もー。お前がそんな怖い顔してるせいで、ロヴィーノ怯えとるやん!」
「なっ…!」
「話は後で聞いたるから、リビングで待っとけや。
…寝室に怒鳴り込んでくるのは、流石にやめたってやー。」

まだ文句言いた気なローデリヒがひとまず部屋を去ったあと、
腕の中で小さくなっているロヴィーノに、苦笑した。

「ごめんな〜。あの兄ちゃん悪いヤツやないねんけど…。」

へらりと安心させるように笑うと、ロヴィーノは俯いたまま
俺の服をきゅっと握ったまま、小さく呟いた。

「俺…ここにいたら、いけないのか…?」
「そんな訳ないやん!ロヴィーノはここでずっと俺と暮らすんやで?」
「でも…。」

また泣きそうな瞳で俺を見上げてくる。
その頭を優しく撫でながら、額に口付ける。

「ローデリヒの言うことなんか、気にせんでえぇよ。
やって、ロヴィーノはもう俺の家族やもんな?」
「…かぞく…」
「そうや。ロヴィーノは、俺の家族やで!
やから、ずっとここに居ってえぇんよ。
っていうか、どこにも行かんとって…なぁ、ロヴィーノ。」

この気持ちがどこからくるのか分からない。
まだ会って間もないのに、こんなに手放し難いと思ってる。
足りない何かが満たされる気がするのだ。
(俺、やっぱ変なんかなぁ)
けれど、もうロヴィーノの居ない生活なんて考えられない。
なぁ、傍におってな。ずっと。ずっと。

「…そ、そこまで言うなら、…ずっと、いてやるぞ。コノヤロー…」

そんな小さな声で、トマトみたいに真っ赤な顔して、
可愛いことを言うのは、反則やで…!
かわええー。とぎゅうぎゅう抱きしめて、トマトみたいな頬をぷのぷのと突く。
柔らかくて、もちもちした頬は俺のお気に入りだけど、触りすぎると怒るので加減が大変だ。

リビングに入るとソファに座って優雅にお茶を飲んでいるローデリヒが居た。
給仕をしていたメイドを退室させてから向かいに腰掛けた。
「遅いですよ」
「連絡もなく来たんはそっちやん…。で?」
さっきの話やったら俺は譲る気ないからな、と先に言い置いて
面倒だがとりあえずローデリヒの話とやらを聞いてやることにした。
「先程も言いましたが、誰が勝手に子供を連れ込んでいいと言いましたか。
しかもどこの馬の骨とも分からないような子供を…
我がエーデルシュタイン領で勝手は許しません。元のところに返すのが嫌なら
孤児院にでも預けなさい」
このお貴族様は話を聞いていなかったのか。
アントーニョは溜息をつき、ローデリヒを見据えた。
「せやから、もうロヴィーノは俺の家族なんやって!絶対手放したりせぇへんで!
本宅のほうへは近づけさせへんし…そっちに迷惑かけへん。
それやったらえぇやろ?」
「そういう問題ではありません。もしも外に貴方に隠し子がいると
知られたらどうするんですか。ただでさえ貴方は悪評も多いんですから
少しは自重して慎重に行動しなさい」
フォローをするこっちの身にもなって欲しいと暗に言うローデリヒに内心辟易した。
あれこれ言っているが、結局のところヘーデルヴァーリの令嬢との結婚が
破談になったら困る、と正直に言えばいいのに、と内心で呟いた。

エーデルシュタイン家は王室との繋がりも強いため、
貴族の中でも一目置かれており、議会でも中心的な役割を果たし王政を支えている。
そのため、自分の娘と結婚させて王族と繋がりを持とうとする輩も多かった。
前当主が早くに亡くなり、若くして当主となったローデリヒは
足場を固める意味でもそれらの野心的な人物を避けつつ、
それなりに力のある名家であり、王政側の令嬢と結婚しなければならず
さてどうしたものかと思っていたところでヘーデルヴァーリ家の一人娘
エリザベータが自ら名乗りを上げたのだ。
彼女の家は代々名将と呼ばれる将軍を輩出している騎士の家系であり、
特に騎馬戦では百年前の他国との戦争の際も大いに活躍し、
王族からの信頼も高かった。ローデリヒは程なくして彼女と婚約したわけだが、
政略結婚とはいえ、当人同士はとても仲が良い。
恐らくこのまま結婚しても上手くやっていくに違いない。

「…ローデリヒはエリザちゃんと家族になるつもりなんやろ?」
「何ですか、いきなり…」
「お前がエリザちゃんを大切にしたいって気持ちと一緒やん。
俺もロヴィーノが大切やもん。最初に一緒に帰ろうって差し出した手を離すんは
あの時、俺の手を取ってくれたロヴィーノを裏切ることになる」
寂しいと泣くあの子に『あぁ、またか』って。
期待するのを諦めた瞳をして欲しくない。
「せやから、どうしてもあかんって言うんやったら俺はロヴィーノを連れて
此処から出てってもえぇ。…もうガキやないし、どこでも生きていける。
せや、もっと早くそうしたら良かったんやな」
ロヴィーノがいればきっとどこででも大丈夫だと思えるから不思議だ。
ロヴィーノと居るとそれまでの自分では考えられなかったことも簡単に思えて
気持ちも随分と軽くなってくる。
くすりと小さく笑うと、ローデリヒは眉を寄せた。
「出てどうすると?まさか自分だけでカリエドを再建させるつもりですか?」
「んな面倒くさいことせぇへん。ロヴィとなら一般人として暮らすのもえぇかなーって」
「馬鹿も休み休みお言いなさい。そんなこと許すわけないでしょう」
「えぇやん、別に。『カリエド』が無くても今度はヘーデルヴァーリが守ってくれるやろ?
エーデルシュタインは名家やけど、戦には弱い。
せやから強い武家を味方につけておけば安泰やって
…エーデルシュタインが俺を引き取ったのはそういうことやろ?」
「…否定はしませんが、まだカリエドを潰されては困るんですよ。
ですから、貴方にはここに留まってもらいます。けれど、あの子供は何の利益にもならない」
不要なものだ、と。汚らわしい子供が自分の土地に無断で踏み込んでいるのが
何よりも我慢ならないとある意味貴族らしいローデリヒの言葉に腹が立った。
確かにロヴィーノは素性の知れない子供かもしれないが、そこまで言わなくてもいいだろうに。
「汚らわしい、なぁ。もしもあの子が貴族の息子やったらそんなこと言わへんやろうに」
その貴族の中でも汚い連中はいるというのに。
「貴族であるなら素性ははっきり分かりますからね。ですが、」
「ロヴィーノは普通の庶民の子供やない…そう言うたらどうする?」
にっと口の端を上げて笑った。



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同人誌の方にはここに掲載していないエピソードが入ります。 2012/09/29 up