最近のアントーニョは、変だ。
元から変なヤツだとは思っていたけれど、今回のは変の次元が違う。
どう変かというと前はそうでもなかったのに、急に『ちゃんと服着て寝ぇや』
とか、何故か両手で顔を覆って言う。
以前は着替えくらい自分で出来るというのに手伝おうとしてたくせに、
最近は何故か着替え始めると、部屋から出て行く。空気が読めるようになったのだろうか。
(いや、アイツに限ってそれはないだろう…)
何かにつけて『可愛い』を連呼していたくせに最近はそれも殆ど言わなくなった。
…別に言って欲しいわけではない。断じて違う。
抱き上げて頬ずりしたり額や頬にキスをするなんてのも
日常茶飯事でアントーニョが触れない日はないと言っても過言ではなかった。
だというのに最近は極端な接触がなくなった…
どころか避けられている…ような気がする。
帰ってくるのも遅くなったし。忙しい…のかもしれない…けど。
仕事以外の理由がありそうな気がしてならない。
たまに甘い香水の匂い纏って帰ってくる時がある。
…アイツは普段から香水なんて洒落たものをつけるヤツじゃない。
だからその匂いをつけていた誰かと匂いが移るほどの距離にいたとしか考えられない。
俺だって男だから、それが何を意味しているのかなんて考えなくとも解かる。
もうそんなに子供じゃないし、咎めるつもりもないけれど。
心に小さな棘が刺さってじくじくと痛み出す。
俺はもうアントーニョが居なくても平気だし。
一人でも泣いたりなんか、もうしない。
ちゃんと勉強だってやってる。俺は偉いからな。
(…寂しくなんか、ねぇんだからな!)
それなのに、どうして。
(ちくしょうっなんでこんなに胸が痛んだよ…!)
「馬鹿野郎…。」
目尻に溜まった涙が、とうとう頬を伝って流れた。
ごじごしと擦っても、涙が止まらなくて。
箪笥の中からアントーニョの真っ白いシャツを取り出してそれに顔を埋めた。
(馬鹿野郎…っ)
アントーニョの馬鹿野郎…!
と何度もアントーニョに悪態を吐いた。
平気なんて、嘘 だ。
ひとりでも泣かないなんて、嘘 だ。
…寂しくないなんて、嘘 だ。
(気付けよ…っ馬鹿野郎!)
本当は、前みたいにずっと傍に居て欲しい。
泣いていたら、直ぐにその腕で抱きしめて欲しい。
寂しくないように、頬や瞼、額にキスをして。
(ずっと、傍に…)
でも、そんなこと言えるわけがない。言えば困らせると解かっているから。
だからせめて。前みたいに、笑って。太陽みたいに眩しい笑顔で、『ロヴィーノ』って。
(俺の名前を呼べよ…っ)
触れて欲しい。
…触れていたい。
なのに。
…どうして、変わってしまったんだろう。
*
「あんま気にするなよ。そのうち元に戻るだろうから」
遊びに来ていたフランシスのお土産の焼き菓子をテラスで頬張りながら
アントーニョが最近変だと話すとによによ笑いながらフランシスが言った。
「てめー…ちくしょう!笑ってんじゃねぇよ!」
…と、ニメートル離れた場所から叫んだ。
―――フランシスとギルベルトはたまにアントーニョがいない時にも
フラリと現れて、こうして俺と少し話をして帰っていく。
今日はフランシスの野郎がお菓子を持ってきたので
仕方がないから相手をしてやっていた。
「…なんでそんなこと分かるんだよ…っ」
「お兄さんだからね☆まぁそんなに寂しいなら、お兄さんトコにおいで?
アントーニョなんかよりも、可愛がってあげるよ?」
「ぎゃーっ!やめろ近づくなこの変態!助けろアントーニョ!」
ハァハァしながら近づいてくる変態からまた距離をとる。
うっかり褒めたのが間違いだった。やっぱり変態は変態だ。
(そのうち…て)
そのうちっていつだよ…。
本当に、そのうち元に戻るのか…――――――――?
(嘘ついたら針千本飲ますぞこのやろー!)
「…こっちはお前が可愛くて仕方が無いってことを会うたび聞かされてるんだけど、
なんで嫌われたかも、なんて発想になるのかなぁ」
フランシスは苦笑しながら呟くが、ロヴィーノの耳に入ることはなかった。
*
その日、見た夢の中で俺はアンートニョに自分からキスをする夢を見た。
夢の中でなら、素直に言えるのに。『キス、したって』って。
唇が触れたアントーニョの頬の感触がやけにリアルで、
いつもアイツは俺のこと『トマトみたい』とか言うけど
その時のアントーニョも負けずにトマトみたいで、
思わず、微笑んだ。
いつか、素直に言えるようになったらきっと…――――――――――。
お前も、前みたいに笑ってくれるのかな…。
「あんな、ロヴィ…そろそろ寝室別にせぇへん?」
次の日、言われたアントーニョの言葉に唇を噛んだ。
フランシスの嘘吐き。元になんて戻らないじゃねぇか。ちくしょうがぁ!
*
「あんな、ロヴィ…そろそろ寝室別にせぇへん?」
朝から挙動不審なアントーニョに痺れを切らした俺が、
『言いたいことあるなら言えよっコノヤロー!』と言ったのが数分前。
漸く切り出したのが、この台詞だ。
「…なんでだよ…」
「いや、ほら…ロヴィーも大きくなった、し…?
もう一人でも大丈夫かなーって…思って…うん。
そろそろ、自分の部屋とか欲しいかなーって…」
なんだよ、それ。
明後日の方向に視線を向けながら言うアントーニョに苛立ちを覚えた。
「いらねぇよ、別に」
「や、でもな…?」
「俺はっ…俺は、今のままでいい…!」
だって、十分なんだ。
地獄のような日々から一変して、優しいだけの世界。
お前が隣で笑ってくれているだけで“しあわせ”だったから。
だけど、お前はもう…俺のこと……―――――。
(いらないのか)
「でも、ロヴィー…。」
「…はっきり言えば良いだろ…っ」
「え?」
「俺のことが邪魔だからっ俺のことが嫌いだからっ…一緒にいたくねぇって!そう言えよ!」
あぁ、いつかきっと来ると思っていた…別れはこんなにも早く、来てしまった。
これから、俺はどうなるんだろう。どうするべきなんだろう。
…ここを、出て行かなきゃいけねぇのか…?
その先を考えるのが、怖い。
思えば、俺はアントーニョに甘えすぎていた。
与えられるだけで、それを返すことが出来ないで。
(何も…出来ないから)
だから、アントーニョは離れていくのかもしれない。俺が、役立たずだから。
もしも。
もしも。
…アイツだったら。
今、ここにいるのが“フェリシアーノ”だったなら。
アントーニョは俺をまだ傍においてくれただろうか…――――――。
不器用でも、無愛想でもないアイツなら…でも、俺は……フェリシアーノじゃない…。
「そんなん言うてへんよ、そうやなくて…!」
「…もう、いい。分かった。…お前の好きにすればいいだろ!」
ガタンと椅子から立ち上がると、アントーニョも慌てたように立ち上がった。
俺はそれに構わず、ドアに向かう。
「ちょっロヴィーノ!…っ待ってや!まだ話終わって…」
「好きにすればいいって言ってんだろっ畜生が!
…――――もういいから、早く仕事行けよ。」
振り返らずにそう言って、扉を閉める。
中から俺を呼ぶ声が聞こえたけど、俺はそのまま書斎に向かった。
…そうでないと、泣いていると知られてしまう。
こんな顔、見せたくない。
「ぅ…っふぇ…っく…」
頬を伝う涙を止められずに、せめて声だけは漏らさぬように
必死で口元を押さえて、早足で階段を上がって
書斎の扉を開けて中に入ると直ぐに閉めた。
口元から手を外して、そのままずるずると座り込んだ。
…アントーニョは、追いかけてもこない。
そのことに、また悲しくなる。
―――来て欲しくないのか。欲しいのか。どっちなんだ、俺は。
ちくしょう、アントーニョのバカヤロー…!
手離すくらいなら、最初から優しくなんかしてんじゃねぇよこのやろー!
どうせ、お前も他のやつらと一緒なんだ。
やっぱり、俺のことなんか、……いらないんだ…!
ずっと、なんてありえない。
ほらな。
終わりはこんなにも、早く訪れた。
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