ひらり、ひらりとムレタを翻し、まるでダンスでも踊るかのような優美な動きでもって
向かってくる黒く大きな牛を、そのまだ青年というには幼い少年が制する様を俺はずっと見ていた。



観客の声援に答えるように手を上げ、笑みを向けながらこちらに向かってくる。
ドキドキと高鳴る鼓動に、頬を高潮させながらその少年が来るのを待った。
少年は目の前で立ち止まると、眩しいくらいの笑顔を向けた。


あまりにも眩しすぎて、太陽のようだ。逆光で良く見えない。







場面が切り替わる。







俺は少年の服を掴んで離さない。
ぼろぼろ涙を零しながら、大人たちに手を離すよう諭されるが、
首を振って少年から離れようとしない。
一方、少年は少し困った顔をして、俺を宥めていた。
それでも離れたくない、とばかりに少年から離れない俺に、
少年はまだ幼い俺に視線を合わせるために、膝を折った。



『そない一緒に居りたい?』



頷いて見せれば、少年は笑った。



『ほな、ロヴィーノが大人になったら今度は俺から会いにいくわ』



そんなのいつだよ、と悪態吐く俺の額に口付けた。




『そしたら、結婚しよ。そしたら、ずっと一緒やで。』




『…それじゃアカン?』




ずっと一緒?と、泣くのを止めた俺が呟く。
それに少年は力強く頷き、『せやで、ずっとや!』と笑った。
じゃあいい、絶対迎えに来いよと、手を、離した。





約束や。と笑う少年が手を振る。
俺は大人たちに手を引かれながら名残惜しそうに何度も振り返る。






(絶対だからな)








(絶対、俺のこと迎えに…――――――)



















「――――――あ、」


目を開けると、ベッドの上。
そうして夢から目覚めると、起き上がって窓の外を見る。
いつもと変わらぬ景色に、溜息を吐く。

(また、あの夢かよ…)

自分には、幼い頃の記憶がない。
原因不明の高熱に5日間魘された結果、自分の名前すら思い出せなくなっていた。
ただ一つ、あの若い闘牛士と交わした約束だけは忘れていなかったけれど。
余程、強く印象に残る思い出だったのだろう。

「ヴェー。兄ちゃん、起きてるー?」
「…おぅ」
「おはよー今日もいい天気だねー」

料理を載せたワゴンを押して入ってきたフェリシアーノは、
テーブルにそれらを並べていく。
本来ならば、きちんと食堂で食事をするよう言われているが、
俺が記憶を失くし、周りの誰もが信用出来なくなり
城の南側にある塔へと引きこもってしまって以来、
弟は俺とここで食事を取るようになった。

「そうそう、またあの人からトマト届いてたよ〜。」

そう言いながら、籠に載ったトマトを差し出してきた。
俺はそれを一つ取り、齧り付いた。
その様子を見ていたフェリシアーノが、困ったように呟いた。


「…いい加減、会ってあげないと…もうすぐ結婚するんだしさ…。」

…そう、俺はあと一ヶ月すればこの城を出ていかなければいけない。
相手は海を隔てた西の国の王子だ。

俺が唯一持っている昔の記憶…あれはどうやらその国に訪問した際の記憶らしい。

「嫌なら断ってもいいんだよ…?」

心配そうにこちらを覗き込んでくる弟の額を小突く。
話を持ってきたのは向こうで、こっちのお偉い方が嬉々として乗ってはいるが、
『決めるのは、兄ちゃんだから』と記憶を失くし、引き篭もってしまった
役立たずな兄に代わり王位を継いだ弟が言う。


何も出来ない自分に、出来る唯一のこと。


こんなことくらいにしか使い道がない、と影で囁かれているのは知っていた。
そのとおりだと思った。
だから、俺はその結婚に頷いたのだ。





(それに、あの人のいる国だから)




(多分、相手がどんなヤツでもきっと耐えられる)




「…結婚したら嫌でも毎日顔合わせるんだ。嫌な気分のまま式に出るのはごめんだ」
「ヴェ…でもさ……」
「いいっつってんだ、この話は終わりだこのやろー!」
「ヴェェエ、兄ちゃん〜〜〜〜っ」


…とはいえ、あと一ヶ月。
遣り残したことがない、わけではない。
ずっと考えていたこと。
俺は何でもないように口を開いた。



「なぁ、馬鹿弟…頼みがある。」
「ヴェ?な、なあに兄ちゃん??」
「俺を、西の国へ連れて行ってほしい。」



記憶を失くした俺に、唯一残るあの記憶。
あの人に、会いたい。
その気持ちは夢に見るたびに強くなっていた。







(一目でいい)






(それでもいいから)

















――――――あの人に、逢いたい。











【続く】

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もう既に展開の読める話になっていますが、
そうです、それがやりたいがためです。
(´Д`)ウヘェ ってなった方はそっと回れ右してください…。

2011/10/9 up