「いい?兄ちゃん」

――――――あっちに滞在できるのは三日。
絶対四日後の朝の船に乗って帰ってきて。
それから、兄ちゃんは何年も閉じこもっていた世間知らずだから
護衛の人の言うことちゃんと聞いて。
…安心して。彼はあの国に何度も行った事があるからちゃんと案内できると思う――――――。


そう行って、弟は俺を送り出した。
最初は物凄く反対されたが、最後にはこうして自分のためにいろいろと手配をしてくれた。

今、俺は船に乗ってあの人がいるであろう西の国に向かっていた。
逢えるかどうかは分からない。
何しろ名前も知らないし、いやもしかしたら聞いたのかもしれないが、覚えていない。
あの記憶で分かることは、彼が闘牛士であること。
そして、他国の王族である俺と親しく接してくれていたこと。
もしかしたら、それなりに家柄のいいところの出身かもしれない。
それくらいしか分からないが、それを頼りにどうにか二日ほどで逢えれば…

――――――無謀だとは自分でも分かっているが。




*




「いいか、絶対に俺から離れるなよ!」
「へぃへぃ」
「はぁ…ったく、お忍びで他国に旅行だなんて暢気なもんだな、お兄様は。
いくら友好国とは言っても万が一身分がバレたらヤバイことになるのは
世間知らずなお兄様でも理解出来んだろ」

(分かってるっつーの…)
ロヴィーノは盛大に眉を顰めながら安っぽい薄茶のマントについているフードを目深に被りなおした。
肌に触れる安っぽい布地は気に入らなかったが、これも三日の辛抱だ、と自分に言い聞かせた。

両国を結ぶ客船で西の国入りを無事に果したロヴィーノとその護衛…ギルベルトは
活気溢れる港町の市場を抜け、汽車に乗り込み首都を目指した。
運よく個室の席が取れ、他人の目を気にする必要がないのは有難かった。
早速首都近郊の地図を取り出し、更に弟に調べてもらった
過去訪れた際のスケジュールと合わせて回ってみようと考えていた。

「つーか、なんで今来る必要あるんだ?…どうせあとひと月もしたら
こっちで暮らすことになるんだからよ」

地図から顔を上げた。
それからでもいいじゃねーか。というギルベルトを一瞥して
またスケジュールの書かれたメモに視線を戻した。
(とりあえず、まずは闘牛場だな)
首都にあるという最大の闘牛場。
メモが確かなら恐らくそこで昔あの人を見ていたはずだ。
そこで働く人に話を聞ければ…何か分かるかもしれない。
(せめて名前だけでも分かれば…)
いくらでも探しようはあるのに。
記憶がないことが恨めしい。
大事なことのはずなのに、あの夢でみる記憶しか自分には残っていない。
――――――『ずっと一緒やで』…か。
あんな口約束、しかもあれからもう十年以上経っているんだ。
運よく会えたとしてもきっと俺のことなんか忘れているに違いない。
でも…『俺から会いに行く』と言っていたのに、――――――
いや、もし来てくれていたとしても今まで来客が来ても
ずっとあの塔から出て行かなかったのは俺だ。
拒否されたと思われても仕方ない。
それでも一目会えたなら…俺は満足だ。
覚えていてもいなくても、どうせあの約束は果せないのだから。








*







首都に辿り着くともう午後の三時を過ぎていた。
とりあえず拠点となる宿泊予定のホテルへチェックインを済ませることにした。
駅から程近い場所にある観光ホテルのようだった。

「お兄様がお忍びでっていうから国営のロイヤルホテルは避けて
普通のビジネスホテルだからな。部屋が狭かろうが我慢しろよ」
「あぁ、そこらへんは別にいい。ベッドで寝れればそれでいい」

個別に部屋を取ったらしくシングル二部屋に通された。
同じフロアで隣同士の部屋だ。
一先ず荷物を置くとギルベルトと共に直ぐに再び外へ出た。
何しろあまり時間がないのだ。
せめて今日中に闘牛場くらいには行っておきたい。

「で、どこに行くんだ?」
「ここ、闘牛場」

広げた地図の一点を指差すと、ギルベルトは頷いた。

「あぁ…あそこか。なんだ、お兄様もそういうの興味があるんだな」
「そういうのってなんだよ」
「あれは結構血生臭いだろ。そういうの嫌いかと思ってたってだけだ」

俺は好きだけどな。というギルベルトの話は綺麗に無視をして
地図を畳んで肩にかけた小さなバックに仕舞いこんだ。
別に『闘牛』自体を見たいわけではないと内心思ったが口にはしなかった。

駅から列車に乗り、隣駅に着くと直ぐに降り歩くこと数十分。
漸く辿り着いたが、今日の予定は全て終わっていて
入場も出来ないようだった。

「一足遅かったな。また明日くるか…ってあれ!?お兄様!?」

入場ゲート付近にあったチケット販売所にいた年若い男に
ロヴィーノは勇気を出して声をかけた。

「あの、すみません」
「あん?今日のはもう終わったで」
「ここで試合出来る闘牛士はどれくらいいるんだ?
出来れば闘牛士のリストか何かあれば欲しい」

男は少々訝しんだがセピア色の写真と名前が載ったリストをくれた。
それをその場で確認したが、ピンとくるような人物も名前もなかった。
肩を落とし、あからさまに落胆の色を見せる俺を見て男は言った。

「誰か探しとるんか?」
「えっあ、いや……第一級の闘牛士ってこれだけ、だよな?」
「そうやな。それくらいやないとここじゃ試合もさせてへん。
何せ世界最大の広さを持つ闘牛場やからな」

何故か自慢げに話す男にロヴィーノはそうなのかとだけ返した。
もしかして…考えたくはないが、あの人はもうこの世にいないのかもしれない。
だって、闘牛士は常に死と隣り合わせの危険な仕事だ。
だとしたら、ここに名前がないということは彼は…彼はもう…。

「例えば…だけど、この十年くらいで試合中に死んだ二十代の闘牛士っているのか?」
「は?試合中の死亡事故はここ最近なかったと思うけど…」

だよな。よかった。
もしあったらどうしようかと内心不安に駆られたが、安堵した。
まだ望みはある。この闘牛場にはいないだけかもしれない。

「グラッツィエ」

礼を言って一度踵を返したがもう一つだけと思って再び男に向き直った。

「最後にもう一ついいか?」
「なんだ?」
「十年前の…――――――」

日付を告げ、この日に行われた試合のことを訊ねると男は首を傾げた。
その日に試合を行った記録はない…という答えに驚いた。
動揺しながらその場を離れギルベルトと合流して
日が暮れかけていたしもう今日はホテルに戻ろうと
ギルベルトはロヴィーノを促した。
それに頷いて返してギルベルトの後ろについて歩きながらも
混乱しきりの頭はパンク寸前だった。

どういうことだろう。
日付が間違っていた?
いや、そんなはずはない。
なら…あの記憶は…――――――。
ただの夢…?
あの闘牛場の前に立ったとき酷く懐かしいとさえ感じたのに?


分かることは唯一つ。
あの人の手がかりすら掴めなかった。…ただそれだけだ。








「……あれ?」

はたと気がつけばギルベルトの姿が見えなくなっていた。
しまったと顔を青くさせながらいや落ち着けと自身に言い聞かせた。
駅まで行けばなんとかなる。
そう思って再び歩き出したが見覚えのない路地で駅がどの方向か、
全く分からなくなっていた。

「ち、地図!地図見ればどうにか…!」

広げてみたが今自分がどの位置にいるのか分からない。
ギルベルトの野郎!護衛の癖にはぐれんじゃねーよっクソが!
兎に角人に訊ねて駅まで…と思っているのに
辺りには人っ子ひとりいやしない。
日はどんどん暮れていく。その様に不安と心細さに襲われ、
じわりと瞳には涙が浮かんだ。

ギルベルト、と叫びそうになった時だ。
複数の足音が後方から響いてきてそちらに足を向けた。
(助かった…!誰か…)
誰か地元の人間なら道を尋ねればいい。
そう喜んだ俺は馬鹿だった。
角を曲がったところで誰かとぶつかり、衝撃で勢いよく後ろに尻餅をついてしまった。

「いってぇ…」
「あ゛ぁ?そっちがぶつかってきたんやろが。謝れや」
「す、すみませ」
「何普通に謝ってん?慰謝料払えていうとんのや!」

屈強な男三人に取り囲まれてロヴィーノは顔面蒼白になり
恐怖で身体を縮こまらせ震えるしかなかった。

なんでこんな目に合わなきゃいけないのかと
全部ギルベルトのせいだと責任転嫁してぎゅっと目を閉じた。

早く助けに来いよちくしょう!
ギルベルトの野郎!



誰か…





脳裏に浮かんだあの人は、名前を呼べない。
歯痒さに唇を噛んだ。




男の一人に羽交い絞めにされると
もう一人が指示を出す。

「おい、金目のもん探せ」
「はいはい、ちょっと失礼するでー?」
「いやっやだっ離せ!金なんかもってねーよ!!」

どうにか離れようと藻掻くが全くビクともしない。
そうしているうちに男の手がバッグにかかった。

「やめ、――――――」








「その手、今すぐ離し。さもないとお前の首が飛ぶで?」










【続く】

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続きお待たせしてすみません;
5周年有難うございます!
そしてお約束な展開ですww

2014/9/15 up