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ロヴィーノを半分脅しながら食事に連れ出した。
突っぱねられても、懲りもせずに更に強引なこともした。
また泣かせてしまった。
でも、それでもまた許された。
ロヴィーノと一緒にご飯を食べた。
他愛もない話に花を咲かせた。
ロヴィーノが、また俺に笑いかけてくれた。




まるで初めてロヴィーノと会った時と同じように。
また俺はロヴィーノと『友達』になった。
思えばあの時も、俺がツンツンしてたロヴィーに根気良く話しかけて、
何とかロヴィーと仲良くなろうと必死になったものだ。
そうしているうちに、ロヴィーが懐いてくれるようになって。
そのうちロヴィーに『助けろアントーニョ!』と、
何かがあった時に一番に名前を呼んでもらえるようになったのだ。
またゆっくりやっていけばいい。
そう思っていた。ほんまやで。嘘ちゃうねん。
そんでも、俺は舞い上がってたから。つい。
調子に乗った俺は、ロヴィーノに、…キスをした。



「え……あれ……?」



やった後、上機嫌で電車を降りてから、口元を手で覆った。






何やってんねん俺――――――――!?





『てめーふざけんな!もう二度と俺に近づくな!』

…みたいなことを言われるだろうなー。
そしてまた振り出しに戻る。
まるで進まない双六のようだ。
罵倒されるのを覚悟で、翌日出勤してみれば、
驚いたことに、ロヴィーノから挨拶が返ってきた。
それだけではない、俺の冗談に呆れながら笑ってくれさえする。





(え?あれー?)







ロヴィーノに、キスをした。

それは夢でもなんでもなく、事実のはずなのに。
まるで気にした様子のないロヴィーノに、安心半分。
もう半分は、『キスなんて今更大したことじゃない』
そんな態度のロヴィーノに、苛立ちと寂しさを感じた。
俺と別れた後、一体何人と付き合いがあったのだろう。

(少なくとも俺の知っているロヴィーノは…―――――)


パスケースに好きなヤツの写真でも入れているのか、と聞いた時。
慌てたような強めの言い草に、赤く染まった頬。
図星だと確信した。
表面上平静を装ったが、内心その写真の人物に嫉妬していた。
好きなやつって誰なんやろ。
あぁ、ほんま…中身見といたらよかった。
俺の知っとるやつ?
会社の中の誰か?

何にしても、あの人見知りで不器用なロヴィーが、好きになったやつ。
だから、余程イイヤツなんやろうけど…気に食わん。
何で俺やないの。と、勝手に腹を立ててしまう。

そいつがどんだけロヴィーノのこと分かってるって言うねん。
どんだけ好きなんか知らんけど。



俺かて、好きやのに。




昔も、今も、ずっと。





俺のいちばんはお前やのに。







*







「なぁ、ロヴィー。今日の夜暇?」
「暇なわけねーだろカッツォ!…なんだよ。」

偶然会社のエレベーターで一緒になったロヴィーノに、話しかける。
いつもどおり素気無く返されるが、それでも嬉しくて自然と頬が緩んだ。
少し前だったら、話を聞くまでも無く絶対断固拒否!の姿勢で冷たくあしらわれるだろうから。

「また一緒にご飯食べよーや。な?な?」
「お前の奢りならな。」
「…給料前やからあんま高いのはあかんで?」

任せとき!と言えないのが、悲しいところである。
すると、隣のロヴィーノが噴出した。

「バ―――カ!期待してねぇから安心しろ。」

え、それもちょっと悲しいわぁ…。
と思いつつ、くつくつと笑うロヴィーノを見ていた。
かわえーなー…。
泣き顔堪らん!と言っていたが、笑った顔も好きなんよ。
怒ってる顔も、呆れた顔でさえも好きやねん。

でも、一番好きなんは…――――――――。



目的の階に着いたエレベーターのドアが開く。
降りようとするロヴィーノの腕を引き、同時にエレベーターの扉を閉めた。

「オイ、何…っんん!」



(――――――――キスしてる時の、ロヴィーノの顔。)



文句を言おうと開いた唇を塞いで、少し強引に舌を割り込ませる。
離せこの野朗!!とばかりに押し返そうとしてくる腕も壁に押さえつけて
更に深く口付ける。

(嫌ならもっと抵抗せなあかんよ、ロヴィーノ)

「んぅ…ふ…」

抵抗してるようにみせるのは、最初だけ。
きつく睨みつけるような瞳をするのも、最初だけ。
後は拒まない。許して、受け入れる。
俺が離れるまで、絶対にロヴィーノは自分から離れない。

(キスが好きなとこも、変わってへんなぁ)

好きなヤツにもそうなん?
なぁ、ロヴィーノ。
こんな誰にでも簡単に許したらあかんよ。
ていうか、俺でもあかんよ。
勝手にやっといてあれやけど。
お前、俺に対して警戒心緩すぎんねん。
“幼馴染”やからって何でも許したらあかんよ。
付け上がってまうで?

「…はぁ。」
「やらしい顔してんで、ロヴィ。」
「なっ!だ、誰のせいだちくしょー!!」
「あはは〜。さて、もう一頑張りしよー。」
「こ、こんの……ばかやろー!ちぎぃいいいいい!!」

ポコポコ怒るロヴィーノを軽く諌めながら、部署に帰る。
頬を赤くしたロヴィーノが可愛くて、
『やっぱりトマトみたいやんなぁ』と、心を和ませた。








*






(何考えてやがんだ、あの野朗…!)

偶然一緒になった、二人きりのエレベーターの中。
降りようとした俺を引き寄せ、強引にキスをしてきたアントーニョは
今は涼しい顔でデスクに向かっている。
畜生、するだけして、涼しい顔しやがって!
大体なんでただの“幼馴染”にあんなキスしやがるんだ。
本当にわけがわからない。
あんな……付き合ってる時、みたいな。

いやでも……。
アイツと初めてキスしたのは、まだ付き合ってもいない時だった。
確か…キスがマスカット味かどうか試してみよう、とか言ってきて。
あの時も突然だった。しかも自分の了解を得ることもなく…―――。

……あ、やっぱ昔からこんなだったな。
したくなったから、した。
アイツはそういうヤツだ。
きっと深い意味なんかないんだろう。
腹立つな、本当に!
そうやって苛立ちながらも、結局拒みきれない俺も馬鹿だけど…。

“幼馴染”ならまだ大丈夫だろって思ったのがそもそもの間違いだった。
そうだ、あの時だってそれも無理って言っただろう。

(あーぁ、畜生。簡単に絆されやがって…。)

なのに、どうして。
必死に作った壁を自ら壊しておきながら、縮まった距離感に戸惑うなんて。
いや、でもまさか“幼馴染”だからって、あんなキスしてくるようになるとは思わないだろう。
アイツ本当に分かってんのか?
普通の幼馴染はあんなのしないだろう。
…しない、はずだ。あれ?俺が可笑しいのか?
あーもうっわかんねー!もういやだ!本当になんでこうなったんだ…ちくしょう。



嫌なら拒めばいい。
そうは思うものの、嫌だと思えないから困るんだ。

アントーニョとキスするのは、好きだ。
俺がアントーニョのことを好きだから、というのもあるが、
どうしようもないヤツだけど、誰彼構わずこういうことはしない。
それはわかってる。
特別な意味がなくても、こうやってキスするのは俺にだけ。
アイツが大好きな弟にさえ、してないのは確認済みだ。
それだけは、コンプレックスを抱いている弟に勝てた、と思えるから。
勝手な優越感を抱ける。
弟がアントーニョのことを何とも思っていないのは分かってるが、
アントーニョはそうじゃない。
アントーニョにとっての特別は、フェリシアーノ。
だけど、こんな恋人同士がするようなキスはしない。


でも。




それでもアントーニョの“いちばん”は俺じゃない。






なら、こんな期待持たせるようなこと、するな。
勝手なんだよ、本当に。
俺で遊ぶのもいい加減にしろっつーの。
なんで俺ばっかり振り回されてんだよ。畜生。
悔しくてたまらない。



アントーニョは分かってない。


『ロヴィーノ』

優しい声で名前を呼ばれるのが嬉しくて仕方ないこととか。
微笑まれると、もうだめなんだ。
やっぱり…俺は、お前が好きだ。
お前は分かってねーだろ。

(本当は、俺だってあの時別れたくなかったんだよ…)

でも、これ以上はだめだろう。学習しろよ。
俺とアイツは“幼馴染”でそれ以上でも以下でもない。
恋人には戻れない。

アントーニョが一番大事にしているのは、俺じゃなくて、弟だから。

解ってしまったから。
どれだけキスをしたって、手に入ることはないんだ、と…。


「馬鹿野朗…。」



呟いた言葉は、自分自身に対してか。それとも…――――――――。








*








仕事が終わった後、アントーニョの車に乗せられて、連れてこられた
洒落たリストランテに、あれ?と首を傾げた。
コイツ、給料前だから高いのは駄目、とか言ってなかったっけ?

「お前、金ねーんじゃなかったのか?」

言っておくが、俺だってあんまり持ち合わせていないんだぞ?
そういうと、アントーニョは笑った。

「えぇねん。今日は知り合いの店やし。…ロヴィーも良ぅ知っとるヤツやで。」

そう言いながら、店のドアを開けて、中に入った。
外観と同じくアンティークな雰囲気の店に、へぇ、と感嘆する。
いい感じの店だな、と思っていると、アントーニョがカウンターの中にいた男に声をかけた。

「フランシスー。」
「おー、アントーニョ。何?珍しいな、お前が誰か連れてくるなん、て………。」
「げぇっフランシス…!?」

条件反射で思わずアントーニョの後ろに隠れる。
この店、フランシスの店なのかよ…!?

「『げぇっ』て酷いなー。お兄さん何もしてないじゃない。」
「そうそう大丈夫やで、ロヴィー。」

そうは言われても、中々信用出来ないんだよ、この男の場合。
警戒する俺を他所に、アントーニョはさっさとカウンター席に着くと、
ワインと肴を要求している。

「久しぶりだね、ロヴィーノ。まぁ座りなさいな。
お兄さんが美味しいワインをご馳走しよう。」
「そうやで、ロヴィー。ほら、座って座って!」

少し躊躇した後、恐る恐るアントーニョの隣に座ると、グラスにワインを注いでくれた。
アントーニョは嬉しそうにロヴィーノとグラスを合わせると、グラスに口をつけた。
同じように自分もワインを飲み、グラスを置いた。
…美味いな。

「どう?」
「悪くないな。」
「そりゃ良かった。何か食べたいものがあればリクエスト聞くよ?」
「じゃあ、ピッツァ。マルゲリータ。」
「了解。しかし、相変わらずお前もトマト好きだよなー。」

フランシスが、アントーニョをちらりと見遣る。
それに気付いたアントーニョが、満面の笑みを浮かべた。

「俺とロヴィー、好みが合うねん。なー?」
「うっせぇ。真似すんじゃねーよ。」
「つれんわー。」

笑ってグラスを傾けるアントーニョに、ふんと鼻を鳴らす。

(アントーニョのあほちくしょうが)

心中で悪態を吐いていると、ふとアントーニョと視線が交わる。
少し薄暗い店の、仄かな光に照らされたアントーニョの、
目を細めて見詰めてくる瞳に、思わずドキリとした。

「それで、お前らより戻したの?」
「は?何言って、」
「いや、今は上司と部下やねん。ロヴィーがな、偶然俺んとこに入社してきて…。」
「ふーん、そうなんだ?」

ちらっとフランシスが意味有り気に笑った。
その笑みに、ムっとしたものの、アントーニョの言った『上司と部下』に胸が痛んだ。
確かに、そうだし…俺だってそう口にするつもりだったけど。
アントーニョの口から言われると、少し辛い。

何で俺は傷ついてんだ。
本当のことだろうが。
なのに、なんで。

(そうか、また俺は勝手に期待してしまっていたのか)

(冗談でもいいから、『そうやねん』と肯定して欲しかったのか…?)


「じゃあロヴィーノ、今付き合ってるヤツいないの?」

焼き上がったマルゲリータを俺に差し出したフランシスが言った。
泣きそうになっていたが、美味しそうなピッツァを前に、涙は引っ込んだ。

「……なんでそんなこと聞くんだこのやろー。」

早速一枚手に取り、齧りついた。
悲しいことは、食って忘れるに限る。
ピッツァうめぇ。髭のくせに中々やるじゃねーか。

「ん〜?いないなら、お兄さんが立候補してもいいかなーって。」
「フランシス!…ロヴィーはお前にはやらんで。」
「…今のお前に、それをいう権利ないと思うんだけど?」

アントーニョがギリとフランシスを睨みつけるが、フランシスは笑ってそれを受け流した。
二人の不穏な空気を無視して、ロヴィーノは只管ピッツァを食べることに専念していた。

「恋人でもなんでもないんでしょ?なら口出ししないで欲しいね。」
「うっ…でも、俺ロヴィーノの親分やし。守る義務があんねん。」
「義務だけで守られても嬉しくないんじゃないかな?」
「……それだけちゃうもん。」
「何?他に何があるんだ?」

アントーニョは再び口を閉ざす。
によによと笑うフランシスの意図は分かっている。
俺が勢いに任せてロヴィーノに『好き』って言うてまうのを待っている。
だがしかし、そんな手には乗らない。
大体、そんな勢いにまかせて言うてもうて、もしも。
もしもロヴィーノに『俺はそんなつもりじゃない』とか
断られたらどないすんねん。もう俺立ち直れんくなるやん。


出来ることなら、もう少し。
ロヴィーノに、俺のこと好きになってもらってから…。

そんな日が来るかどうか、分からないけど。



「美味かった。髭が作ったにしては。」
「最後のは余計だけど、ロヴィーノにそう言ってもらえると嬉しいね。」
「ドルチェはねーのか?」
「あー…うん、そうだな。ケーキ何種類かあるけど、何がいい?」
「ティラミスあるか?」
「あるよー。ちょっと待ってな。」

それならついでにカプチーノも欲しい。
と、思っているとふと視線に気付いてアントーニョを見た。
何とも言えない複雑そうな顔が、そこにはあった。

「…なんだよ。」
「なんでもあらへん。」

不貞腐れたように頬を膨らませても、可愛くない。
何なんだ。
何か気に障るようなことでもいただろうか。
どっちかというと、不貞腐れたいのは俺のほうな気がする。

「はい、おまたせ」
「おー。」

ピッツァの皿を下げて、代わりにティラミスの乗った皿が置かれる。
ついでにコーヒーも。
流石、気が利くな…。と思い、ティラミスをフォークで掬い、口に運んだ。
その時、勢い良く店の扉が開いた。



「ケセセセセ!おい、フランシス!俺様が来てやったぜー!」




突然現れた来客に、一時店の中が静まりかえった…。

















【続く】

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2011/1/16 up