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「今日も俺様、格好良すぎるぜー!っつーことでフランシス、ビール!」

ズカズカと無遠慮に店内に入ってきたギルベルトは、ビール、ビールと騒ぎながら
カウンター席に着こうとして、漸く俺たちの存在に気が付いた。

「あれ、アントーニョじゃねーか。それから…―――ロヴィーノ?なんでお前ら一緒にいるんだ?」

うるせぇ…一々声のでかい男だ。
『なんで』だぁ?俺たちのことなんか、お前に関係ねぇだろ。
大体コイツはいつも碌なこと言わない。
(痛いところを遠慮なく付いてくる)
関わりたくない。例えアントーニョの友達だとしても。

「ギルはほんまにいつもいつも…タイミング悪いなぁ…。
俺とロヴィーノが一緒にメシ食うてたら変なん?」
「いや、だってお前ら別れたんじゃなかったのかよ?…より戻したのか?」
「お前もか。あんなぁ、俺らは…――――――――。」
「ただの上司と部下!それ以上も以下もねぇよ!!」

アントーニョが再び同じことを言う前に、自らきっぱり言っておく。
その方が、傷が少ない気がしたから。
実際、俺はアントーニョとよりを戻す気はない。
好きではあるが、それとこれとは話が別である。
それに…アントーニョは俺のことをそういう意味で好きなわけじゃないだろう。

「ふーん。…まぁ、いいけどな。」

ギルベルトはちらと視線をアントーニョに向けた後、俺の隣に座ろうとした。

「なんでそこに座るんだよ、向こういけよ!」
「なんでって、どこに座ろうが俺様の勝手だろ?」
「他にも席あるじゃねーか!」
「だーかーらー、俺様は……」
「ロヴィーノ、そんな嫌なんやったら、ほら。親分の右側も開いてるで。こっちきたら?」

ギルはそこがえぇみたいやし?
と、アントーニョが笑う。
むっと口を引き結び、ギルベルトを睨んだ。
なんで俺が移動しなきゃなんねーんだよ、畜生!
だが、これ以上問答する気にならず、渋々コーヒーとケーキの皿を持って移動する。
アントーニョが真ん中にくる形になれば、少しは静かに食事出来るはずだ。
終わったらとっとと帰るぞこのやろー。
そう思いながらケーキを一口。
うん、なかなか美味いじゃねーか。
甘さとコーヒーの苦味が絶妙で、ほんの少し口元を綻ばせた。





*






「ちっ。邪魔しやがって…。」
「それはこっちのセリフやっちゅーの。」
「………元カレのくせに。」
「ぐっ…でもギルはめちゃめちゃ嫌われとるやん。」

一瞬睨み合い、直ぐにアントーニョはロヴィーノに振り返った。

「ロヴィーノ、それ美味しい?」
「ん?あぁ…まぁまぁな。」

もくもくとケーキに夢中になっているあたり、相当だろう。
流石、フランシス。
でも食い物でロヴィーノ釣ったりするのは頂けんなぁ。
俺やって結構料理上手いんやで!…って知っとるよな…。
よっしゃ、今度チュロス作ってロヴィにあげたろ。
懐かしの親分のチュロス食うたら、きっとロヴィーノも…。
などと妄想している横で、フランシスはギルベルトに言った。

「お前はほんっとーに……昔っからタイミング悪いんだから…。」
「なんだよ、俺様が来てやってんだ、もっと喜べよ!」
「…あー、うん。はいはい。で、ギル…一応言っておくけど、
他の客もいるから静かにしてくれよ。」
「あー?分かってるっつーの。ビールは?」
「はいはい、どうぞ。…本当に分かっているのかなー、もう。」

フランシスが肩を竦めるのを横目に、再度口を開く。

「そない美味いんやったら、俺にも一口ちょーだい?」
「はあぁ?そんなに欲しけりゃフランシスに言えよ。」

にこーっと笑うと、ロヴィーノは眉をつり上げてつんと横を向いた。
けれどそれで諦めるアントーニョではない。

「なぁ、ロヴィーノ〜……親分のお願い、聞いたって?」

意図してロヴィーノの耳元で甘い声で囁いてやる。
(これは対ロヴィーノ専用である。)
ロヴィーノが俺のこの声に弱いことは、知っている。
ピクッと身体を震わせて、頬を赤く染めるロヴィーノに、満足げに笑う。
そうして少し悔しそうな顔をして、溜息をつくと、
ロヴィーノは仕方がないとばかりに肩を竦ませると、フォークでティラミスを掬った。

「ったく……ほら、」
「おおきに、ロヴィーノ!あーん。」

ぱくっと口に含み、にこっとロヴィーノに微笑む。

「んまいなぁ、これ…。」
「…そーだな。」

ロヴィーノもまたティラミスを口に運び、ほんの少し頬を緩ませた。

(かわえぇぇぇええ…!)

ロヴィーノの、唇についたクリームを舐め取る舌に噛み付きたい。
更に奥まで貪るようにキスをして、ロヴィーノの唇を、いや、
ロヴィーノ自身を思う存分味わいつくしたい。
そんな衝動が沸き起こり、いやいや待て待てと首を振る。
自分の欲だけで行動に移しても、ロヴィーノに嫌がられるだけではないだろうか。
キスしても怒らないからと言って、ロヴィーノが自分を好きなわけではない。
もしも、身体だけ繋がったとしてもロヴィーノの心は俺のものではない。

『ただの上司と部下!それ以上も以下もねぇよ!!』

――――――――真っ向から否定されてしまったわけだし…。
…ちくちく痛む胸に、苦笑いする。
分かっていたこととはいえ、結構キツイ。
けれど、それでも諦められない。
いつかまた、あの頃みたいに…と淡い夢を抱く。

愛してる。

この気持ちは、ロヴィーノにしか向かないのだから。






*







「なぁ、お兄様。俺様にも一口くれよ!」
「寝言は寝て言えジャガイモ兄。あとその呼び方やめろ。」
「代わりに俺様のビールやるから!」
「いらねーよ!」

俺とアントーニョのやり取りを見ていたらしいギルベルトに、
一口くれ、と強請られてうんざりとした。
なんでそんなに皆俺のティラミスを狙いやがるんだ!?
欲しけりゃフランシスに言えばいいものを…。
まさか、人が食ってるもんが美味く見えるっつーあれか?
くそっこれは俺のティラミスだから、もうやらねーっぞちくしょー!

「なんだよ、トーニョは良くて、俺様はだめなのかよ。」
「うるせぇな、これは俺のなんだから、欲しかったらフランシスに、」
「恋人でもなんでもねーくせに、お前らいちゃいちゃしすぎだろ。」
「してねーよ!!」
「せやで、俺ら幼馴染やもん。間接ちゅーくらい何回もやってたで!」

なー?と笑うアントーニョの頭をビシッと叩く。
そんなことを堂々と、何故か自慢げに言ってんじゃねーよ、ハゲ!
てか、か、間接キス…だとかっ…気持ち悪ぃ言い方すんじゃねーよ!

「だったら俺様だって昔馴染みみたいなもんだろ!よくつるんでたじゃねーか!」
「え、それはギルが勝手に絡んでくるだけやん。」
「俺はお前とつるんでたつもりはねーよ。」

言いながらコーヒーを飲む。美味い。
『そんな…つ、つれないぜお兄様…!』とギルが騒いでいたが、無視だ。
あと、お兄様とか呼ぶんじゃねー!ちぎー!

「大体ギルと俺が同列なわけないやん!失礼なやっちゃなー。」
「なんだとっ……ふ、フン…でも付き合ってもない、ただの上司…とか言うわりには、
親密すぎなんじゃねーの?……ロヴィーノ、お前…実はアントーニョのこと好きなんだろ?」

ブッ!!とコーヒーを吐き出さなかった俺を、誰か褒めろ。
い、いいいい一体何を言ってやがんだ、あの鳥頭野朗は…!?
ま、まさか、ば、バレ…!?いやいやいや、待て、待て、待て!!
そんなはずはない。たった今再会(不本意)したこの男にそんな…。
それに、コイツもあまり空気を読める方だとは思えないし…。
ここは冷静に、冷静に…。

「そんなんあるわけないやん!大体、ロヴィーノには好きな人おるみたいやし。」
「な、何だと!?だ、誰だよそれ!?」
「それは知らんけど…なぁ、ロヴィー?」

笑顔を向けられても、上手く笑えない。
代わりにきつく眉を寄せて、『そーだな』と喉から声を絞り出し、顔を背けた。
やばい、泣きそうだ…畜生…。

『あるわけない』…か。

確かに、自ら別れを切り出した俺が、その別れた男を今だ好きだとは、
そんなこと、微塵にも思わないだろう。

(でも、好きなんだ)

幼馴染で、ただの上司の部下…。
よりを戻すなんてことはない、と。
そう自分に言い聞かせて、そう思おうとしてるのに。

やっぱり、淡い期待を抱いてしまっていた。



…――――――――縋るように弱々しく掴まれた手を、振りほどいたのは自分なのに…。




「あ、それなら…なんで別れたんだ?直接の原因てなんだったんだよ?」
「…なんやねん、そんなんもうどうでもえぇやん!」
「まーたお前は空気読まないで…そういうことを言うんじゃないよ。」

フランシスが手にした銀の盆で軽くぽんとギルの頭を叩いた。

「いてぇ!だ、だってよ、もう時効だろ?いいじゃねーか!」
「そういう問題じゃないの。…ほら、ビールとソーセージでも食べてろ。」

ギルベルトは、目の前に置かれたビールのおかわりと皿に乗ったヴルストを
頬張りながらも、なおも続けた。

「むぐむぐ。…アントーニョはお前のこと甘やかしまくって、そりゃもう気持ち悪ぃくらい
めちゃめちゃ大事にしてたじゃねーか。…何が不満だったんだよ。」
「気持ち悪いは余計や!つーか、もうえぇやん!な、ロヴィ……。」
「……っせぇ。」


ギルベルトの一言で、俺の何かがプツンと切れた。
ガタンとおもむろに立ち上がった俺は、ギルベルトを睨みつけた。



「うるっせぇ!何が原因?何が不満?そんなもん………っ
“あの時”お前があんなことさせ言わなきゃ、俺は…俺は……っ!!!!」







(アントーニョの中のフェリシアーノへの想いに、核心に触れることなく、
ずっと気付かないままでいられたかもしれないのに…)








八つ当たりだとは分かっていても、言わずにいられなかった。











「――――――――そんなこと、お前が言うんじゃねーよ!!」




そう叫ぶと、逃げるように店を出た。
背後でアントーニョの呼び止める声が聞こえたが、立ち止まることなんて出来なかった。
ぽろぽろと涙が溢れては頬を伝っていく。
この涙を、見られたくなかった。
誰にも、今の俺の顔なんて見られたくない。
そんな思いで兎に角人気の無いほうへ走った。
右も左も分からないままで…。







*







「ロヴィーノ…っ!!」

店を出ようとするロヴィーノの背に引き止めるようにかけた声だったが、
それを聞くロヴィーノではなかった。
あっという間に店を出て行ってしまった背中に、かくりと肩を落とした。
(逃げ足だけは、ほんまに早いねんなぁ…)
苦笑したのも束の間、きゅっと口元を引き結んだ。

『“あの時”お前があんなことさせ言わなきゃ、俺は…』

“あの時”っていつ?
ギルベルトに、何を言われたんやろう…。

「な…なんだよ、俺のせいかよ!ほんっとあいつどうしようもね…」
「ギル!…お前、ロヴィーノに何か言うたんか…?」
「ま、ギルは空気読まないで思ったこと口にしちゃうとこあるし…
今みたいにさ。…ありえるな。」

と、フランシスも加勢してくれた。
じろっと睨みつけると、ギルベルトはたじろいだ。

「な、なななんだよっ!?知らねーよ!アイツが適当なこと言って…」
「『お前にとっては大したことないことでも、相手にとってはそうじゃない』
…かもしれんやろ。自分の胸に手ぇ当てて考えてみぃや!」

フランシスは、『お前もな』と内心思った。
ていうか、それ…昔お前に俺が言ったことじゃない?

「折角ロヴィーノ連れ出してご飯食べにきたっていうのに…どないしてくれんねん!
言っとくけど、ここまで来るのになが〜〜〜い時間かかっとるんやで!?
ツンツンしてるロヴィーノを口説き落とすの、大変やったんやからな!!
これからもう二度と俺とメシさえ食うてくれんようになったら………
やっぱり許せん。殴らせろや。」

ギルベルトの襟元を掴み、拳を振り上げる。
そこに、ひょいとフランシスが割って入ってきた。

「はいはい、ここ俺の店だから喧嘩は外でやってくれよ。
…それより、早く追いかけた方がいい。今思い出したけど、
最近この辺り、深夜になると柄の悪い連中がうろついてるって…――――――――」
「ロヴィィィィィィノオオオオオオオ!!!????」

慌てて店を出ようとしたが、フランシスが背に声を投げてきた。

「お前ケータイは持ってんの?何かあったらこっちに連絡しろよな。
あと、ロヴィーノは鞄も上着も置いてってるみたいだな。
携帯通じるか試してみた方がいい。鞄の中かもしれないし。」
「…ロヴィーノ、今日は確かここに来るまでに車の中で弄ってんのみたけど、
確か鞄にしまってたと思う。……やっぱりか。…兎に角、探してくる!!」

一度自分の携帯からかけてみると、鞄ロヴィーノの鞄の中で着うたが流れていた。
携帯を乱暴に尻ポケットに突っ込むと、急いで店を出た。
ロヴィーノの走っていた方へ、走り出す。
ロヴィーノがああして逃げ出すのは、泣いた顔を誰にも見られたくないからだ。
だとしたら、きっとロヴィーノは人気の無いところを探すはず。
そしてひっそりと涙を零すのだ。
(ギルのヤツ…あとでフルボッコやな…!)

「ロヴィーノ!今親分がふそそしに行ったるからな――――――――!」

人通りも疎らになった大通りを駆け抜けながら、アントーニョは叫んだ。







*






「なんだよ、どいつもこいつも!俺様が何したってんだ!?」
「ギルも探すの手伝ってやれ。お前が原因なんだし。」
「んなもん…どうせ直ぐに帰ってくるに決まってんだろーが。
アイツも子供じゃないんだし、心配しすぎだろ。」

落ち着いたら帰ってくるだろうと言うギルベルトに、フランシスは肩を竦ませた。

「だといいけどね……俺の経験上、あの子はあぁなると、トーニョかフェリシアーノが
迎えに行くまで戻らないだろ。それに…嫌な予感、するんだよね〜。
どういうわけか、そのテの人間に絡まれやすいし。
だから、“万が一”が“十が一”…いや、ほぼ確実に、になるんだよねぇ…。」

昔、近所のガキ大将にやたら絡まれてたし。
トーニョがボコってからは、そうでもないけど。
目離すとよく校舎裏に呼び出されてたし、
そうでなくても街中で因縁つけられることもあったし?
トーニョが傍にいればさらっとかわしてくれるんだけど…。

「…やっぱ心配だから、お前も探しに行ってよ。俺手離せないし。
トーニョはキレたら大暴れしそうだしなぁ…。いざという時のストッパー。
あとでビール奢ってあげるからさ、お願い★ギルちゃ〜んvvvvv」
「ぎめえ声出すなよ!!…ったく、しょーがねーな!
格好いい俺様が探しに行ってやるか!あー俺様優しすぎるぜー!」


高笑いしながら店を出たギルベルトを見送って、
やっと静かになった店内で肩を落とした。
つくづくトラブルの耐えないヤツラだな、苦笑する。
さて、とりあえず…念のために救急箱くらいは用意しておくか。
フランシスは、どこに置いたっけか?と考えを巡らせた。


















【続く】

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2011/3/6 up