バイトを定時で上がったロヴィーノはアパートに帰る前に
足りない食材を買うために最寄のスーパーへと足を向けた。
今日はアントーニョからの連絡がなかったということは
アイツも今日は定時で仕事を終えたのだろう。
ほんの少し寂しい気がして、それが可笑しくて自嘲する。
ちび分のことがなくてもアントーニョと関わっていたいなんて、思ってはだめだ。
期待しない、深く関わらない。
そうでなければ『隣人』としてさえ傍にいられなくなる。
あの時のように全力で拒否されるのは…――――――辛い。
(あーぁ、俺いつまで不毛な片思い続ける気なんだ?全く…)
とっとと諦めてしまえればいいのに。
スーパーのかごの中に次々と食材を入れていきながら溜息をついて、鬱屈した気持ちを吐き出した。
「ロヴィーノ!」
後ろからかけられた明るい声に振り返ると、ブロンドの髪の美しい母娘が立っていた。
「ジェーンさんに、ジェシカ!買い物ですか?」
「えぇ、ロヴィーノも?」
「やだ、ロヴィーノ私服も格好いい〜♪」
洗練された物腰のジェーンに、笑顔の可愛らしい娘のジェシカ。
二人とも『ベラドンナ』のオープン当時からの常連客らしく、
今日も上から下まで弟デザインのもので纏めている。
「パスタにホールトマト他野菜に海老烏賊貝の海鮮…ロヴィーノ料理も出来るの?」
「こら、ジェシカっ人様のかごの中身みるなんてレディのすることじゃないわ」
「はは、これでも大学時代はレストランの厨房で働いていたからね」
「ふぅん……顔が良くて私服のセンスもバッチリ。料理も出来て…これで頭がよくて
フリーターじゃなければ、私彼女に立候補してあげてもいいけど…つくづく残念だわ」
ジェシカが頬に片手を当てて本当残念と溜息をつく。
女の子は現実的だ。手厳しいな、と苦笑するしかない。
「もう、本当にこの子ったら…ごめんなさいね、ロヴィーノ」
「いいえ、またお時間のある時にお店にいらしてください。お待ちしていますよ」
「えぇ、また是非」
またねと手を振って二人がスーパーから出て行くのを見送る。
こうしてたまに街で顔と名前を覚えてくれた常連客が声をかけてくれたりするようになり、
以前働いていた場所にずっといたらこんなふうに気にかけてくれる人はいなかっただろう。
それを思うとやはり弟の店とはいえあの場所が自分にとってかけがえのない場所になっていた。
サボりも遅刻もせずに通うことが出来ているのはあの仕事がとても楽しいからだ。
ずっと弟の世話になるわけにもいかないと改めて就職先を探す、ということが出来ないのは
出来るならずっとあの場所にいたいから、という気持ちが芽生えてしまったから。
(困ったことに)
「居心地良すぎるんだよなぁ…」
「なんの話?」
またしても背後からの声にビックリして振り返った。
「アントーニョ!?」
「あ、ロヴィーノ兄ちゃんやー!!わーい!!」
自分と同じくかごを手に持ったアントーニョがロヴィーノも今帰りなん?と笑った。
そこにお菓子をみていたらしいちび分が走ってきて足にじゃれついてくる。
「で、さっきの美人さん二人はロヴィの知り合い?」
「あぁ…見てたのか?あの二人は弟の店の常連さんなんだよ」
「ふぅん…随分親しげやったけど…?」
「おっ羨ましいか?」
ふふんと得意げに笑うとアントーニョは盛大に溜息をついた。
「そういう意味やないっちゅーの…ほんまこの子は…」
「なんだよ?」
「いや、うん。えぇわ。それよりどうせ帰る場所同じやし、一緒に帰ろうや」
最近は日暮れるのも早くなったしなーと言うアントーニョに
またどっか子供扱いされてむぅと口を引き結んだ。
しかし、確かに最近ちらちらとあの男の影を見ているし
有難い申し出に素直に頷いておく。
背に腹は帰られない。
何となく人通りの少ない場所を避けて一人になるのを出来るだけ回避しているが
やはりそれでも一人では心細く思う瞬間がある。
アントーニョが居てくれるだけで凄く心強い。
「なんやったら夕飯も一緒に作ろうや。一人分作るよりそっちのが楽しいやろ?」
「…いいのか?」
「もちろん、ロヴィは特別やもん」
へらりと笑うアントーニョにロヴィーノはぐるりと背を向けた。
(だあああかあああらああああああなんっでこの男はああああああ!!)
再びぐるりと体制を戻すとさらっとあんな台詞を吐くアントーニョに恨みがましい視線を送る。
ん?と首を傾げるアントーニョにイラッときて軽く蹴っておく。ちょっとすっきりした。
「え、なっ何???」
「なんでもねーよこのやろー!!ちぎー!!」
行くぞちび、と声をかけると大人しく『はーい』と答えるちび分を連れてさっさとレジに向かった。
「…一筋縄ではいかん、か…」
ほんま、そうやなとアントーニョは苦く笑った。
*
『ロヴィ、今帰り?』
『ちょうどえぇわ、一緒に帰ろー』
最近帰りにばったりとアントーニョに会う確率が高い気がする。
無論、以前から帰り道で会うことは稀にあったのだが、最近は特に多い気がする。
(偶然…?か…?)
帰り支度をして事務所にいたフェリシアーノたちに声をかけると
タイムカードを押して、店を出たところでセボルガが後を追ってきた。
「ロヴィーノさん、途中まで一緒に帰ってもいいですかー?」
「だが断る」
俺は男と並んで帰る趣味はないんだと返すとまぁそういわずに、と隣に並ばれる。
おい、と睨むと駅までですからとにっこり笑顔で返された。
「はぁ…もう好きにしろこのやろー」
「はーい、好きにしまーす」
何がそんなに嬉しいのかへらりと笑ったセボルガはあれこれと話しかけてくる。
それを適当に流しながら駅までの大通りを歩いていた。
「…にしてもお前、最近ずっと朝から夕方まで居るけど、
ちゃんと大学行ってんだよな?」
「行ってますよー?ちゃんと単位も取れてますから心配無用♪」
「心配なんかしてねぇけどな」
「またまたー。ロヴィーノさんは優しいですからネー、ちゃあんと分かってますよ」
いや、マジでなんでそうなる。
つーか何を分かってるってんだ。
心の中でツッコミつつスルーを決め込む。
「ほら、駅着いたぞ、じゃあな」
「あ、ロヴィーノさん家までお送りしましょうかー?」
「はぁ?いらねーよ」
だって心配ですし?
そう言ったセボルガにきゅっと手を掴まれた。
「おい、なんだこの手は!?」
「あははー、いやー、まぁまぁ?」
「何がまぁまぁだっ!はーなーせー!!」
「ささ、ロヴィーノさんお帰りはあちらですよー」
エスコートしようとするセボルガにやめろと騒いでいると
セボルガに掴まれた手を誰かが掴んだ。
「ロヴィっ無事か!?」
「アントーニョ!?」
セボルガが手を離すとアントーニョはロヴィーノを後ろに庇うように立ち、
手を掴んでいた男を不穏な空気を醸し出しながら睨みつけた。
「アントーニョさん?…あぁ、ロヴィーノさんのお隣サン…でしたっけ?
初めまして、僕はセボルガと言います。ロヴィーノさんのバイト仲間です」
「え?…バイト…?仲間?」
「あぁ…一応、そうだな」
「一応って!酷いなーもう…まぁいいや、邪魔が入ってしまいましたし、
また今度ゆっくりと…ネ?」
それじゃあまた、とセボルガはロヴィーノの頬にキスをして
怒られる前にさっさと駅の方へ歩いていってしまった。
(一体何がしたかったんだ、あいつ…)
頭に疑問符を浮かべているとアントーニョの手が頬に伸びてきて
ぎゅっぎゅっと強く擦られた。
「いっいた!おい、何すんだ…っ!」
「…嫌がらへんのやな」
「はぁ?」
「ホッペ、キスされてたやん」
むす、と面白くなさそうな顔をするアントーニョに首を傾げた。
(何でお前が不機嫌そうなんだよ…)
「セボルガ…ヴァルガスの親戚らしいし…ま、馬鹿弟と同じようなもんだろ?
アイツもよくハグだのキスだの強請ってくるからなー…」
「…へぇそうなん」
いつもより低い声に何か怒っているらしいことは分かるが、
一体何が悪かったのか、ロヴィーノにはさっぱり分からなかった。
「警戒心強いくせに隙だらけなんやから…しかも、めっちゃ鈍い」
「何だよ?」
「…べつに、なんもないわ」
はぁ、と重々しい溜息を吐きだしながら、アントーニョは
『あかんわこれ。ライバル多すぎ』と内心焦りまくるのだった。
そんな様子を遠くから見ていた男はすうっと目を細めた。
タイヘンだ。ぼくのロヴィーノが狙われている。
「…分かってる、今すぐ僕が助けてあげるよ」
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