ロヴィーノの周辺で異変があったら教えて欲しい。
そう言われて一応気をつけていたのだが、気になることは何もなかったから
油断していたのかもしれない。
その日は週の初めということもあって、少しばかり忙しかった。
その上急に夕方会議が入ってしまってちび分を迎えに行けなくなってしまった。
已む無くロヴィーノに連絡を取って迎えを頼んだのだった。
『しょがねーな、任されてやる』
返ってきたいつもどおりの声にほっとしながら口元を緩ませた。
偉そうな物言いだが、それはもうロヴィーノの癖になってしまっているもの。
素直に分かった、と言えないのだ。
彼を良く知る人物たちはいつものことと流せるものだが、
良く知らないものにとっては横暴な態度に映るらしく、眉を顰められる。
損な性格やなぁとアントーニョは思いながら、変わってないことに安堵する。
ロヴィーノはそれでいいのだ。
(せやってこれ以上ライバル増えたらたまらんもんな)
フェリちゃんは弟でルートヴィッヒがいるからまだ良い。
問題は本田とセボルガだ。
本田は真意は不明だがロヴィーノを可愛いと言っていたし、
ロヴィーノ自身も本田には気を許しているのか良く話題に上る人物だ。
セボルガに到っては先日会った時明らかにこちらを牽制していた。
ロヴィに対して好意がただ漏れなのに、当の本人は無頓着だったが。
ロヴィーノは自分に向けられる好意に鈍感だ。
その見た目だけでも十分魅力的なのに、それさえ本人は無自覚ときた。
多分、ロヴィーノのストーカーにさえも何故自分がこうも狙われたのか
理解できていないに違いない。
「終わったら即行で帰るから」
「おぅ、じゃいつもどおりメシ用意してやる」
「うん、いつもほんまにありがとう。めっちゃ感謝しとるよ」
ロヴィーノ大好き。そう言いかけて、やめた。
また調子良いこと言いやがって。そう思われそうだから。
さらりと流されるのでは意味がない。
好きの言葉以外で好意を伝える術を考える。
『ふん、感謝してるならもっと崇め奉りやがれ、このやろー』
「……うん、ほんまロヴィが居てくれて助かっとるよ。
ちびにも優しぃしたってくれてほんま嬉しい」
『…っな、んだよ…急に』
(さっき自分で崇め奉りやがれ言うてたくせに、なんでちょっとうろたえてるん?)
電話越しのロヴィーノの表情はきっと戸惑った顔をしているに違いない。
可愛えなぁ、とほくそ笑んだ。
「いつも頼んでばっかりでごめんな。ロヴィもな、なんか困ったことあったら言うてや」
俺で出来る事なら何でもするから。
だから助けて欲しいことがあったらいつでも呼んで。
そう伝えると電話越しのロヴィーノが息を呑むのがわかった。
あれ?俺そんな変なこと言ったかな?
内心慌てながらロヴィーノの返答を待ったのだが、
ロヴィーノは黙り込んだまま何も言わない。
電話切れたかな?そう思ってしまうくらいには沈黙が続いた。
「ろ、ロヴィ?」
恐る恐る声をかけるとロヴィーノは慌てたように『何でもねぇ!
俺は別に大丈夫だからちびの心配でもしてろ、このハゲ!』
と言ってぷつりと一方的に通話を切られてしまった。
困ったことはない、大丈夫。
ロヴィーノのそれに安堵してはいけなかったのに、俺はそれを見逃してしまった。
そのせいで大変なことが起こるとはこの時は想像もしていなかったのだ。
*
(びっくりした)
(びっくりした)
(びっくりした…っ!)
休憩室の椅子に座って携帯を握り締めたままテーブルに突っ伏し、盛大に溜息をついた。
あの野郎、急に真面目な声になりやがって…っ!
アントーニョに改まってお礼を言われ大いに戸惑った。
(…っあぁもう!アイツ絶対わざとやってんだろっ畜生!)
あの声はヤバイ。反則すぎる。
電話越しで良かった。
耳まで真っ赤になっているのをアントーニョに知られずにすんだ。
ばくばく煩い心臓に手を当てて落ち着こうと深呼吸をした。
「…困ったこと、…」
一瞬あの男のことが浮かんだが、いやいやと首を横に振った。
店も家も知られているのに具体的に何も仕掛けてこないし、
今のところ害はない。
何かあるかもとビクビクしていたが、杞憂に終わっている。
多分誓約書のせいだろうか、近づいてこないのは。
放っておいても大丈夫な気がしてきた。
「…仕事するか」
椅子から立ち上がったロヴィーノはそのまま休憩室を後にした。
*
夕方、ロヴィーノはいつものように時間通り店を出ると
その足で真っ直ぐ幼稚園に向かった。
園の門を潜ると教室にいたベル先生が気付いて軽く手を振ってくれた。
「ちび分、ロヴィーノ兄ちゃん来てくれたで〜」
「え、ロヴィーノにいちゃん!?わぁい!」
ちび分は直ぐに通園用の鞄をロッカーから出し、帽子を被って外に飛び出してきた。
「ロヴィにいちゃん!」
「よぉ、ちび。いい子にしてたか?」
「うん!おれめっちゃいいこしとったよ!!ほめてー」
よしよしと帽子越しに頭を撫でるとちび分は嬉しそうにはにかんだ。
その様子に和んでいるとベルがやってきてロヴィーノに声をかけた。
「なんかな、最近この辺りで不審者よぉ見かけるみたいなんよ」
「不審者?」
保護者に配っているというプリントを渡されて、それに書かれている
内容を読んでいるとベルが口を開いた。
「具体的になんかあったわけやないけど、
ほら、その人この辺やと滅多に見ぃひん外車乗ってるみたいでな。
最近日が暮れるんも早くなってるやろ?見かけた言う人も多いし、
警戒した方がえぇかもっていう話になったんよ」
プリントの簡易な地図上に目撃した場所に黒い丸印がついていて、
確かにこの辺りだし、しかもアパート付近に黒丸が集中していた。
外車…もしかして、あの男だろうか。
「そういうことやからロヴィーノ君も気をつけてな」
「…そうですね、ちびにも何かあったらだしな」
「それもあるけど…まぁえぇわ。ほな気をつけて帰ってや」
せんせいさよぉなら!とちび分が元気よく挨拶を返した後手を繋ぎ歩き出した。
保護者に怪しまれるくらい如何にも不審者ってどんだけだよ。
ちょっとだけ笑えたが、もし例の男ならぞっとする話だ。
何せアパート付近に黒丸が多すぎる。
寧ろ集中していると言ってもいい。
「ちび、今日は真っ直ぐ帰ろうな」
「うん?おかいものだいじょうぶなん??」
「ある物で十分作れっから大丈夫だ」
今日の夕飯の話をちび分としながら帰っていると
一台の車が二人に近づいてきてロヴィーノの後ろで止まった。
振り返る前に車から降りてきた男は素早くロヴィーノの背後に回り
口元に薬品で湿らせた布を宛がった。
「な、っ…!?」
「にいちゃん…!?」
突然の事態に慌てて思わず薬品を嗅いでしまった。
まずい、と思って藻掻いたものの時既に遅し。
ロヴィーノは意識を手放した。
くたりと力の抜けたロヴィーノの身体を抱えた男は車の後部座席にロヴィーノ横たえた。
その男の足にちび分がしがみ付き、噛み付いた。
「いっ…!この、ガキ…っ!」
「にいちゃんになにすんねん!!にいちゃんっかえせ!!このぉ!!」
わぁわぁと騒ぐちび分の声は大きく、男は舌打ちするとちびを引き剥がすと
トランクを開け、そこにちび分を放り込むと人が来る前に車で走り去ったのだった。
(アントーニョ…――――――)
ロヴィーノに呼ばれた気がしてアントーニョは顔を上げた。
難しい話を延々としている会議室にロヴィーノがいるわけもない。
(空耳か…)
今だ終わらない会議に辟易していたからだろうか。
けれど、どうにも胸騒ぎがする。
思わず携帯を見る。新着メールも着信もない。
しかし、時間はとっくに6時を過ぎていた。
いつもなら帰宅したというメールが既に届いている頃だ。
「っすんませんっちょっと失礼します!」
席を立って慌ててそう告げながら部屋を出て携帯でロヴィーノの番号にかけてみる。
まさか。何もないよな。
祈るような気持ちでロヴィーノが出るのを待った。
けれど、いくらかけても繋がることはなかった。
(うそ、やろ…!?)
足元から冷えていく感覚に、アントーニョは携帯を強く握り締めた。
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