すっかり日も暮れる中、スピードを緩めることなく男の後を追う二人の乗るバイクは
流れの速い大きな川の上にかかる橋に差し掛かっていた。
前を走る軽自動車を追い抜いたところで本田からの通信が入ってきた。
『ギルベルトさん、あの男の居場所分かりましたか?』
「あぁ、ちびにつけたGPSはさっきから山の中腹から動かねぇな」
具体的な場所の緯度経度の数字を口答で告げた。
もしそこにちび分だけを置き去りにしてロヴィーノだけを連れて逃げていたら
例の男を追う手掛かりがなくなってしまったことになるが、
ギルベルトはその可能性は薄いだろうと言った。
それに本田が疑問符を浮かべた。
「確かあの辺りには昔貴族の屋敷だったっつー今は使われてない古い洋館があって
周囲も森に囲まれてるから後ろ暗い野郎の絶好の隠れ場所になるはずだ!!」
『なるほど、そうですか。ではくれぐれも無茶はなさらないようお願い致します』
そう本田が言って通信が切れるとアントーニョが後ろから声をかけた。
「なぁ、もっとスピードでぇへんの!?」
「あぁ!?これでも十分出てるだろうが!!」
「せやってっ!!もたもたしててロヴィにもしものことがあったらどうすんねん!!」
「だーかーら!そんで今急いでんだろーが!!」
ロヴィーノのことになると目の色を変えるアントーニョに呆れながら
そんな大事ならなんで手放したんだと憤りを覚えながらギルベルトはバイクを走らせた。
*
ギルベルトとの通信を切ると本田は今度はルートヴィッヒの方へと連絡をした。
ギルベルトから伝えられた具体的な場所を告げてから切ると、
さて、と応接室でノートパソコンに差し込んだUSBメモリの内容を確認している
刑事二人を振り返った。
店の方は早々に閉めて、残っていたお針子たちやバイトも全員先程帰した。
店に残ったのは本田だけで、やってきた知り合いの刑事に事のあらましを話した。
そして今は例の男が過去ロヴィーノに送った手紙や隠し撮り写真、
メールや悪戯電話の発信元などから以前から新入社員を狙ったセクハラの数々の
証拠、被害者の証言など、本田の纏めたデータが入ったUSBメモリを
二人の刑事に見てもらっていた。
「すごいな…しかし、これだけの証拠があったなら何故さっさと被害届を出さなかった?」
データを見ていた金髪の刑事がその印象的な眉を顰めた。
本田は予想通りの刑事の言葉にそっと目を伏せた。
「当時のロヴィーノ君は精神的にも体力的にも消耗しきっていました。
そんな状態の彼にずげずげと無遠慮な事情聴取などさせたくありませんし、無理です。
警察の手が入ればマスコミに取り上げられる可能性もあるでしょう。
そうなれば一般人の遠慮のない視線に晒されることになり、
元々家に籠もりがちなロヴィーノ君は更に外へ出るのを嫌がるでしょう。
ですから、話し合いでこれ以上ロヴィーノ君に近づかないことを約束させて、
更に今後一切こちらに関わらない誓約書にサインをさせることでその場を治めました。
…ロヴィーノ君にも早く忘れて元気を取り戻して欲しかったのです」
「…まぁこういう事件の場合はそういうのも多いよ」
口を挟んだのは同じく金髪だが眼鏡をかけたまだ年若い刑事だ。
「それよりもこっちのデータ、どうやって集めたんだい?」
「それはとある筋の協力者たちのおかげです」
本田はふと笑みを浮かべた。
若い刑事――――――アルフレッドのいうデータとは例の男の父親の不祥事の内容だ。
USBメモリには例の男だけでなく、その親である会社役員の父親が行っていた
脱税の証拠や会社の資金の着服などもデータ化して保存していたのだ。
「例の男だけを逮捕しても、保釈金でさっさと出てきてしまうでしょう。
なら、そのお金の入手先も潰しておかなければ意味がありませんから」
「なるほどな」
「流石菊!大人しそうな顔してやることえげつないね!」
「お褒め頂き光栄です」
これでこの先あの会社がどうなろうが、あの親子がどうなろうが
こちらは知ったことではない。
「それじゃあこっちの件は俺にまかせろ!このデータ借りるぞ」
「お願い致します」
ぺこりと頭を下げると眉毛の特徴的な刑事――――――アーサーはにやりと笑うと
さっさと本部と連絡を取りながらパトカーで走り去った。
「あー!アーサーのやつ大きい事件の方持っていくなんてずるいんだぞ!」
「まぁまぁ、こちらは連れさらわれたヒロインを助けるヒーローの役ですよ?
アルフレッドさん、そういうのお好きでしょう?」
そういうとぱっと表情を明るくさせたアルフレッドはそれもそうだ。
では早速犯人を捕まえに行くぞ!と張り切りだした。
全く分かりやすい人だと思いながらアルフレッドの運転する車に同乗させてもらうことにした。
「まぁこのヒーローの俺に全て任せておけば例の男なんて簡単に逮捕して見せるよ!」
「お願いします。今度こそはもうこちらも容赦しませんから」
本田からギルベルトから聞いた男の居場所を聞くと
本部に連絡を入れながらパトカーを走らせるアルフレッドは
後部座席に座る本田をバックミラー越しに見た。
「…それにしても一体君たちは何者なんだい?
あのデータ、協力者がいたとしても簡単に入手出来ないもののはずだよ」
「そうですね、あれに関しては私達は単に運が良かった…それだけです」
実はあの父親の秘書をしていた女性がベラドンナを贔屓にしている常連客の一人だった。
犯罪に加担させられそうになり、やめたのだという話を聞いたと本田が話した。
「それともうひとつ。ここまでして君たちがロヴィーノを護るのは何故だい?
単に一緒に働く仲間だからという理由だけじゃないはずだ」
「おや?それだけが理由じゃいけませんか?」
「白々しいんだぞ!」
アルフレッドの追及に本田は肩を竦ませた。
(鋭いですね、流石腐っても刑事と言うことですか)
「…大切な友人のおじい様から直々にお願いされていますから必死にもなりますよ」
「『おじい様』?」
「アルフレッドさんも聞いたことぐらいはあるでしょう。
あの『ヴァルガス』…といえばお分かりになるかと」
その名を聞いて目を見開いた。
「ヴァルガスってあのヴァルガスかい!?」
「はい、あの『ヴァルガス』です」
アルフレッドはうわぁっと顔を顰めた。
予想通りの反応に本田はそっと微笑んだ。
「あ〜〜〜〜…なるほどね、その孫となれば必死にならざるを得ない」
この国においてその名を知らぬものはいない。
その名一つで政界、経済界、あらゆるものに影響を与える大物も大物。
それが彼らの祖父に当たる人物だ。
彼の大事な目に入れても痛くないと豪語するほど愛してやまない孫の一人に危害を加えたとなれば…―――。
「知らぬが仏。とはいえ…随分勇気のある人もいたもんだね」
「えぇ。全くです」
彼の手にかかれば誰に知られることなく闇に葬られても不思議じゃない。
司法の裁きなぞ、それに比べればなんてことはないだろう。
「これでも手加減しているのですよ?それなのに再びロヴィーノ君を狙うなんて…」
――――――なんて、命知らずでおマヌケな男でしょう。
くすりと本田は笑みを浮かべた。
アルフレッドはそれではそのマヌケの顔を拝みにいこうかとハンドルを握り直した。
*
「…うっ…」
ロヴィーノが薄ら目を開けるとそこは見慣れない部屋だった。
今だくらくらとする頭を振り、なんとか辺りを見回した。
赤々と燃える暖炉のおかげか部屋自体は暖かい。
歩くだけで軋みそうな床、所々剥がれた壁紙、時代錯誤なランプの明かり、
古びてくもの巣の張ったシャンデリア。
壊れかけの家具の中で自分の横たわっていた大きなソファだけが新しいものだった。
外は日がすっかり暮れてしまっている。
そこまで確認して、ジャラリと鳴る音にヒッと息を呑んだ。
右手首に鎖がついていて首元には皮製の首輪が嵌っていた。
手首の鎖の先は部屋の端にある柱にくくりつけられていた。
何とか部屋の中を歩けるくらいの長さにはされているが、これでは逃げられない。
恐怖に泣き出しそうなロヴィーノの耳に『んんー!』とくぐもった声が聞こえた。
その声を辿るように視線を巡らせると暖炉から遠い古びた大時計の前に
身体を縛られて口元にガムテープを張られたちび分が転がされていた。
慌てて近づき、その口元のガムテープをそっと剥がしてやる。
「ぷはぁっ!!に、にいちゃああああんっ」
目覚めたんやな、良かったと言って大きな瞳を潤ませた。
その小さな身体をそっと抱き締めた。
「ごめんな、ちび…巻き込んじまって…」
「?せや、にいちゃんはよにげな!!あのひとにいちゃんねらってるんやろ!?」
逃げたくても逃げられない。
手首の鎖を見せて首を振った。
「駄目だな。でも、お前だけならなんとか…今解いてやるからな!」
ちび分を拘束しているロープの結び目を解こうと奮闘しているとちびが叫んだ。
「にいちゃんっうしろ!!!!!」
後ろと言われて振り返る前にロープを解こうとする腕を捕まれて
腕を掴んだ男の腕の中へと抱き竦められた。
「ロヴィーノ、あぁ僕のロヴィーノ…ッ!会いたかったよ…」
もう二度と聞きたくもない男の寒気の走る声にロヴィーノは喉の奥で悲鳴を上げた。
その間にも男の手は無遠慮にロヴィーノ身体を這っていく。
その感触に吐き気を覚え、ロヴィーノは身を縮こまらせた。
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