6-2

首筋に押し当てられた唇から漏れる荒い息遣いが気持ち悪くて
そわりと全身の毛穴が収縮し鳥肌が立つ。
この男はいつもそうだが、それでも以前よりも性急に行為に及ぼうとしている気がした。
自分の意思に関係なく無理矢理身体を奪われそうで酷い恐怖を感じた。

「っや、 やめろっ!はな せ!」
「照れているんだね…かわいいよ、ロヴィーノ」

(ちっげーよっ!このカッツォ!)

一体どこをどう見たら照れているように見えるのだ。
頭がおかしいのか、この男は。
…あぁ、そうだな。そうじゃなきゃわざわざ俺みたいなのを性的対象にしないよな。
そんなことを考えながら何とか男の手から逃れようと藻掻くが、
見た目の割りに力強い男に難なく押さえ込まれてしまい、瞳に涙が滲んだ。
(くそっ…冗談じゃねーぞ…こんなヤツに好きにされて堪るか!)
ぎっと男を睨みつけると、男は急に痛いと声を上げ足元を見た。
男の気が逸れた隙にその手から逃れると、男の足にちび分が噛み付いていた。

「ちびっ!」
「おっちゃんにいちゃんになにすんねん!やめぇや!」
「いってぇなっこのクソガキ…っ!」

男に蹴飛ばされそうになったちび分を庇うようにその小さな身体を抱きしめた。
――――――そうだ、ちび分がいた。
自分のせいで巻き込まれたこの小さな子供だけは、
アントーニョの元に無事に帰さなければ。
(大丈夫だ、きっとアントーニョが助けに来てくれる)
きっと帰宅の連絡がないことを不審に思って探してくれるだろう。
だからそれまでちび分だけは何としてでも護らなければ。
小さな身体をぎゅうと強く抱き締め、男を睨みつけた。

「こんな子供に手上げるなよ!それに、この子は関係ねぇだろうが!」
「…キミは随分その子供がお気に入りのようだね…?
――――――いや、その父親の方が、かな?」

男が薄ら笑いを浮かべ、ちび分を抱き締めるロヴィーノを冷たく見下ろした。

「――――――!?」

何故アントーニョのことまで知っているのか。
驚きに目を見開くロヴィーノに男は笑みを浮かべたまま続けた。

「僕と逢えない間に他の男に現を抜かすなんて悪い子だね、ロヴィーノは。
いや、分かっているよ。キミはとても寂しがりやだからね…
僕と逢えない辛さにに耐えられなかったんだよね?でももう大丈夫。
ほら、こうして僕はキミを迎えにきただろう?だから、」
「何訳分かんねぇこと言ってんだ!お前となんか二度と会いたくねーよ!」
「本当にキミは照れ屋だなぁ。僕はキミの一番の理解者だからね、
寂しさに耐えかねてのことだと分かっているよ。
だから、もうあの男のことも忘れて僕と一緒にいよう。これからはずっと僕が傍に居てあげるよ」

駄目だコイツほんとに頭がおかしい。いかれてやがる。
話通じない上に思い込みが激しい。
何でこうなったんだ?最初はそこそこまともだったはずなのに。
いや、それとも元々こういう男だったのか…?
目を付けられたのが運の付き…ってことなのか?
つくづく俺、神様に嫌われてんだな。

「…理解者?笑わせんな。てめーが一番俺のこと分かってねぇだろーが」

気持ちの悪い手紙やメール、無言電話、付き纏われてうんざりしているのに
全く聞く耳持たずに再び同じように家の近くや職場付近をうろつかれて
こっちは迷惑でしかないのに、それすら理解してないくせに良く言う。

「にいちゃん…」

腕の中で小さな声が聞こえる。
不安そうに揺れるアントーニョと同じ緑の瞳が俺を見ていた。
安心させるように小さく笑うけれど、上手く笑えたかどうかは分からない。

「なぁ、…ちびは無関係だろ。親元に帰してやれよ、きっと心配してる」
「随分あの男に懐柔されているようだけど、ロヴィーノ。
あの男はキミを良いように利用しているだけだ。
キミにその子供を預けて仕事と言いつつ女の所に通っているんだよ」
「うそや!おとーちゃんがそんなことするわけない!」
「お前も可哀想にな。向こうと家族が出来ればロヴィーノと一緒に捨てるつもりなんだよ、あの男は」
「そんなことないもん!おとーちゃんはおれのこともにいちゃんのこともすてたりせぇへんもん!」
「ちび、落ち着け」

ロヴィーノの腕の中で必死に叫ぶちび分の背を撫でてやると
ちび分は大きな瞳を潤ませてロヴィーノの胸に顔を埋めた。

「お前、なんか勘違いしてるようだけど、俺は別にアイツと付き合ってるわけじゃねーし、
アイツが俺にちび分預けて女と会ってようが、利用されてるとは思わねぇし、好きにすればいい。
大体押し付けられてやってるわけでもない。
仕事しながら子育てって大変だから、出来る事は手伝うって言ったのは俺の方だ」

ちび分はまだ小さいし、母親が居た方が良いと考えて再婚相手を探しているのなら、
それは責めるべきことじゃない。第一、そんな資格、俺にはない。

「何故あんな男を庇うんだ!金もないし、キミに何もしてあげられないあんな男に…っ!
僕ならキミに何でもあげられる。金も権力も思いのままだ!僕の方がキミを幸せにできる!」
「金があろうがなかろうが、そんなの関係ねぇ。俺はアンタに何かして欲しいとは思わない。
俺や周りに一切関わらないでくれればそれでいい」

そう、それだけだ。
この男の存在を近くに感じて怯えて暮らした日々を俺は忘れたわけじゃないんだ。
今だって直ぐにでも逃げ出したいくらい怖いのだ。
でも…ちび分がいるから。何とか平静を保てている。
ちび分の泣き出しそうに潤んだ瞳に、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように
そっと背を撫でながら囁く。
大丈夫、もう直ぐアントーニョが助けてくれる。
根拠もないけどそう信じて、それまで俺がしっかりしないと、と思った。

「許さない…僕を拒絶するなんて許さない…」

ぶつぶつと呟いた男はふらりとロヴィーノに近づいてその細い首を片手で締め上げた。
男の行動に気付かず、反応の遅れたロヴィーノは喉を圧迫されて苦痛に藻掻き
逃れようとするが、更に男に力を加えられて、ちび分を抱いていた手がだらりと下がり、
ちび分がロヴィーノの膝から転げ落ちてしまった。

(ち、び…っ!)

「――――――っが、 ぅ」
「にいちゃん!!この…っあっぅ!」
「邪魔をするなっ!!」

男はロヴィーノを助けようと声を上げようとしたちび分の腹を蹴り上げた。
くたりと動かなくなったちび分に、ロヴィーノは手を伸ばそうとするが
床に引き倒され更に両手で首を締め上げられ、呼吸もままならずに目尻から涙を零した。
ちび分を護らなければ。
そう思うのに、意識が白んでいく感覚に、悔しく思いながら目を閉じた。
遠くでバイクの音が聞こえた気がした。







――――――ガシャーンっ!







バイクで窓を突き破って進入するとアントーニョはバイクから飛び降りざまに
ロヴィーノの首を締め上げていた男に跳び蹴りをして吹っ飛ばし華麗に着地してみせた。

「ごほっごほっ、ぁ…アントーニョ…?」
「大丈夫か、ロヴィーノ!…遅なってごめんな」

咽るロヴィーノを助け起こし、背を撫でるアントーニョは涙の滲んだ瞳に優しく微笑みかけた。
(来てくれた…アントーニョが…もう、大丈夫だ)
大きな安心感からその身体に抱きつこうとして、はたと気付く。

「ちび分!ちび分は!?」

先程あの男に思い切り蹴られていた。
もしも、ちびに何かあったらアントーニョに合わせる顔がない。
顔を青ざめさせ慌てるロヴィーノに、ギルベルトが縄を解いたちび分を抱いて近づいてきた。

「ちびならここだ。大丈夫だ、気失ってるみたいだけど息はある」
「ちび…っごめん、ごめんな…俺のせいで…!」

護ってやらなきゃいけなかったのに、どうして俺はいつもこうなんだろう。
何も関係ないちび分を巻き込んだだけではなく、傷つけて。
意識のないちび分をギルベルトから預けられたロヴィーノは
その腕に強く抱き締めて涙を流した。
そんなロヴィーノの肩を抱いてアントーニョは優しく声をかけた。

「ロヴィ、大丈夫…大丈夫や。お前のせいやない。せやから泣かんといて」
「アントーニョ…っでも、」
「そのうち救急車もくるから。そしたら手当てしてもらお。な?」

アントーニョは笑って、ロヴィーノの目尻の涙を指先で拭うと、
その首の絞められた痕に眉を顰め、更に首元の首輪に気付いて
それを外してやり、続いて手首の鎖も外してやった。

「…ロヴィが無事で良かった…」
「アントーニョ…」

二人の世界を醸し出すアントーニョとロヴィーノに、半ば呆れ顔のギルベルトが
突き破った窓からひょこりと顔を出したフェリシアーノに気がついた。

「ヴェー…派手にやったねぇ〜」
「修理代を請求されたらどうするんだ、全く…」
「ルッツにフェリシアーノちゃん!」

よいしょとルートの手を借りて屋敷に進入したフェリシアーノは
真っ先にロヴィーノに駆け寄った。

「兄ちゃん無事!?あぁっ首のソレ何!?すごく痛そう…」
「フェリシアーノ!?」

アントーニョにちび分を預けると、フェリシアーノはすぐさま
ロヴィーノに抱きついた。

「直ぐ救急車来るから、病院で手当してもらおうね…!」
「うぜぇ!抱きつくな」
「あはは、ほんま二人とも仲良しさんやなぁ」

兄弟のじゃれ合いを微笑ましく見守るアントーニョの傍らで
ギルベルトはルートヴィッヒに説教されていた。

「いくらどこもかしこも鍵がかかっていて開かないからと言ってバイクで窓を突き破るな!危ないだろう!」
「大丈夫だ、ロヴィーノたちに怪我はさせてないからな!」
「当たり前だ!!!!!」

これではどちらが兄で弟か分からない。
そんな和やかな雰囲気に忘れ去られている男が歯を食いしばって立ち上がった。

「…っく…何故邪魔をする…」
「あぁ?当たり前だろ?お前さっきロヴィーノ絞殺する気だっただろ。
ストーカーな上に誘拐、殺人未遂。これ以上罪を重ねんな」
「僕とロヴィーノは愛し合っているんだ!それなのに邪魔ばかり入るから…!
そうだ…皆邪魔なんだよ!邪魔者は…この手で消さなきゃ…!」

男は隠し持っていたナイフを手に持ち、淀んだ眼で周囲を見回した。
危険を感じたギルベルトとルートヴィッヒがすぐさま応戦できるように身構えた。
男はまだ事態に気がついていないアントーニョたちの方へ眼を向けた。
ロヴィーノと良く似たフェリシアーノに目をつけた男はフェリシアーノ
目掛けてナイフを振りかざして駆け出した。

「――――――フェリシアーノ!!!!!!!!」











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2014/2/2 up