6-3

ルートヴィッヒの声に驚いて振り返ると男が酷薄な表情を浮かべてナイフを
フェリシアーノに向かって振り下ろそうとしていた。

「フェリッ!!」

刃物に顔色を青くしたロヴィーノとは対照的にフェリシアーノは慌てた様子もなく
ひょいと体をずらしナイフの切っ先を避けた。
ロヴィーノが弟の危機に咄嗟に間に入ろうとするのを
ちび分を背に負ぶさったアントーニョが腕を掴んで引き止めた。

「あかんよ、ロヴィ」
「アントーニョ…っ!?」

何故止めるのかとアントーニョを睨む。
そうしている間にも再び男のナイフがフェリシアーノに迫っていた。

「は なせッ!離せよ!!やめろっフェリ、フェリシアーノ…!!!」

あぁ、だからこんなところに乗り込んでくるものじゃない。
(ヘタレなんだから)
フェリシアーノにもしものことがあったら、どうしたらいいんだ。
また俺のせいで誰かが傷ついてしまう。
脳裏にナイフがフェリシアーノを貫く様が浮かんでロヴィーノは瞳にじわりと涙を浮かべた。

…――――――そんなの嫌だ。

「フェリ!!!フェリッ!!誰か、アイツを止めろよちくしょー!!!」
「――――――フェリちゃんなら、大丈夫や」

捕まれた腕を振り払おうと藻掻き錯乱するロヴィーノとは対照的にアントーニョは落ち着き払った声で言った。
どうしてアントーニョもフェリシアーノも、他のやつらもそんなふうに落ち着いていられる。
だってフェリシアーノは、俺と同じで怖いのも痛いのも嫌いなんだ。
だから、早く助けてやらなきゃいけない の に、

「フェリシアーノ!!!!!!!!」

ロヴィーノの必死な叫び声にフェリシアーノは口元に笑みを浮かべた。
そして間近に迫った男に対してジャケットの内ポケットに忍ばせていた銃をすかさず構え、
少しも躊躇うことなく引き金を引いた。

「っうわっ!?」
「ルートっお願い!」
「任せろっ!!」

銃口から飛び出したのは弾ではなく、水だった。
それを突然顔面に浴びせられた男は驚き、動きを止めた隙に
ルートヴィッヒが男に飛び掛り、床に体を押さえつけ拘束した。

「よっしゃ!縛り上げるぜー!!」

ケセセセと笑いながらギルベルトがちび分を拘束していた縄で男の体を縛り上げ、事態を収束させると、
ロヴィーノは安心感から床へとへたり込んでしまった。
立て続けに大事な人を危険に晒されて心臓が持たない。

「流石フェリシアーノちゃんだなー」
「だから危ないから車で待てと言ったんだ、全く…」
「この間は花出てくるヤツ持っとったけど、今度は水鉄砲?おもろいなぁ」
「ヴェー、兄ちゃん大丈夫??」

パシンッ。
何事もなかったかのように笑って手を差し出してくる弟の手を振り払った。
こっちはあんなに心配したのに涼しい顔をして。
…俺は、怖かったのに。
一歩間違えば怪我するどころか、死んでしまっていたかもしれないのに。

「なんでお前はいつもそうなんだよ!!逃げればいいだろ!!
いつもだったらそうするくせに、なんで…っこんなとき、ばっか…っ!」

俯いてぎゅっと唇を噛んだ。
あの男のせいでろくに食べることも買い物さえ出来ずに
その時借りていたマンションの部屋で倒れてた俺を見つけたフェリシアーノが、病院へ担ぎ込んでくれた時も。
仕事あるし、忙しいだろうに目覚めるまでずっとついててくれた。
例の男の話も誰にも話せなくて辛かっただろうって。もう大丈夫だから、泣かないで。
気付いてあげられなくてごめんねって言って抱き締めて。
会社のこととか、マンションの部屋を引き払って何もかも片をつけてくれた。
実家に戻って引き篭もっていた俺の世話を焼いてくれた。
『ねぇ、兄ちゃん。俺のお店においでよ!兄ちゃんに見て欲しいんだ〜』
ずっと家に籠もってばかりじゃだめだよって外へ目を向けるきっかけをくれたのも、
フェリシアーノ、お前だった。
それ以前もずっと。
面倒くさい俺のこと、放り出さずに支えてくれた。
もう知らないよって投げ出せばいいのに。
それなのに。

「そんなの当然だよ!――――――家族だもん」

家族っていつだって一番の味方だよ。
困っていたら助け合うのも当然で、当たり前だよ。
そう言って笑ったフェリシアーノはロヴィーノの傍に膝を折り、抱き締めた。
暖かなぬくもりに安堵して、目を閉じた。

「馬鹿だ…っ本当にお前は馬鹿野郎だ」
「うん、うん。心配させてごめんなさい、でも兄ちゃんが無事で本当に良かった」
「心配なんかしてねぇ…」

そんな様子を微笑ましく見守っていると遠くからパトカーや救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
暫くして到着したパトカーから本田とアルフレッドが屋敷の前へと降り立った。

「おやおや、これはまた…随分と派手にやらかしましたねぇ…」

大破した窓ガラスを見て苦笑する本田に玄関の鍵を開けたフェリシアーノたちが気付いて声を上げた。

「菊ー!!こっちは無事例の男を捕獲したよ!でも兄ちゃんもちび君も少し怪我をしているから…」
「そうですか…皆さんお疲れ様です。ロヴィーノ君たちは直ぐに病院に。
アントーニョさん、付き添いお願いします」
「おん。ほら、ロヴィー救急車乗って」

救急隊に今だ目覚めないちび分預けると、担架に乗せられた小さな体が救急車まで運ばれた。
アントーニョはちび分に続いてロヴィーノの背を押して車に乗り込ませた。
すると金髪に眼鏡をかけた警察官の一人が近づいてきた。

「えーっと、君がロヴィーノ・ヴァルガス?」
「は、はい!」

声をかけた警察官の声にビクっと肩を震わせたロヴィーノに、警察官は肩を竦ませた。

「そんなに怖がらないでくれよ。俺はアルフレッド!菊とは友人なんだ。
近いうちに事情聴取させてもらうからよろしく頼むよ」
「事情聴取…」

途端不安そうな表情をしたロヴィーノに、アルフレッドは肩にぽんと手をおいた。

「大丈夫さ、悪いようにはしない。それにそっちの子供と保護者の…」
「アントーニョや」

眉を顰めてアルフレッドの手を隣に居たアントーニョが振り払った。
それにアルフレッドは一瞬瞠目したが、面白そうに笑った。

「そう、君も一緒に頼むよ。それじゃあまた後で!」

アルフレッドは片手を上げて救急車から離れた。
それを確認した救急隊がドアを閉めて車を病院へと走らせた。
道中名前や痛む箇所などを聞かれて答えながら、
目を閉じたままのちび分が心配でアントーニョと二人で小さな手を握っていた。

「ちび、大丈夫だよな…?」
「大丈夫やって言うてたやん。なぁ?」

アントーニョの声に傍に居た救急隊員の一人が笑顔で頷いた。
しかしそれでもロヴィーノの表情は冴えなかった。

「ごめん、巻き込んじまって…」
「はは、そんなんロヴィのせいとちゃうから気にせんとき。
それに、ちび分巻き込んでくれたおかげでロヴィたち直ぐに見つけること出来たんやで」

どういう意味かと首を傾げると、アントーニョはちび分の身に着けているものには
GPSをつけていることをロヴィーノに教えた。

「なんだよ…そういうことか。じゃあ毎回家に着いたメールしなくても良かったんだな」
「いやいや、そんなことないで!メールしてくれる方が有難いもん」
「ふぅん…?」

そんなもんか…?とロヴィーノはちび分に視線を戻した。
相変わらず閉じたままの瞳に、早く目覚ませよ、このやろーと念じた。

「はぁ…でもほんま、二人とも無事で良かった。…めっちゃ心配したんやで?」
「う、…わ、悪ぃ…」
「これもはよ手当てしてもらおな?」

ロヴィーノの首筋にくっきりと残る赤い蚯蚓腫れのような手形の痕に
ほんの少し眉を寄せたアントーニョはそれにそっと触れた。

「! アントーニョ…?」
「痛い?」
「ん…いや、そんなに痛みはない、から…もうやめろって」

アントーニョの手のひらが熱くて、何だか妙な気分になってしまいそうで身を捩ると
アントーニョはちょっとだけ名残惜しそうな顔をして『はよ消えたらえぇな』と言って手を離した。

(だからっなんだよその顔…!)

まるでもう少し触れていたかった、みたいな。
いやいやいや。何考えてんだ、俺。
ないない、そんなことアントーニョに限って。
だって、アントーニョは…――――――。
『俺お前にそういう感情持てへんもん』
これからだって変わらないとそう言っていたのだから。
その言葉を思い出してズキリと再び胸を痛めたロヴィーノは、ちび分の手を強く握り返した。




*






ギルベルトとルートヴィッヒが縛った男を引っ立てて警察へと引き渡した。
アルフレッドが男に罪状を述べ手錠をしっかりかけると、他の警察官に連れて行くように指示をした。
パトカーに乗せられるところで、男は見守っていたフェリシアーノたちに歪んだ笑みを向けた。

「こんなことをしても僕とロヴィーノを引き裂くことは出来ない…
また直ぐに逢いに行くと伝えておけ」
「残念ですが、それは無理でしょうねぇ…」

本田は男に悠然と微笑んだ。
その笑みに訝しむ男に向かって自身のスマホを操作して現在速報として流れているニュースを見せた。

「貴方のお父上は数々の汚職に数刻前に同じように捕まったようですよ?現在取調べ中で、
貴方を助ける暇などないでしょう。不正に得ていた資金は最早自力で返還が困難なようですし、
そのうち自宅も差し押さえられるかと。…終わりですよ、貴方もご家族も」
「なっ何…!?そんな、…!」

顔面蒼白になった男に、今度はアルフレッドが畳み掛ける。

「それにしても、君、随分勇気があるんだぞ!“あの”ヴァルガスの孫に二度も手を出すなんて、ね!」
「なっなんのことだ…?!」
「知らないことはないだろう?彼の名前、ロヴィーノ・ヴァルガスは“あの”ヴァルガスの
正統な血を引く唯二人のうちの一人だ。…その彼に手を出して今まで生きていたことが不思議なくらいだよ」

今度こそ言葉を失くした男はただがくがくと体を震わせた。
その男の首筋にフェリシアーノは先程男が振り回していたナイフの切っ先を押し当てた。

「ヒッ!!」
「さっきはどうも?一度目は見逃してあげたのに、本当に懲りない人だねぇ。
言ったはずだよ?今度兄ちゃんに手を出したら容赦しないよって。
本当だったらこのまま殺してしまうところだけど、それに比べたら司法の裁きなんて甘いものだよね?
あぁ、でも例え刑務所から出てきても、もうこの国にお前達の生きる場所はないと思ってね」

そう言ってナイフを傍にいた警察官に預けると、男は憔悴しきった顔で項垂れたまま車に押し込まれた。
男を乗せたその車が走り出し、それを見送ってからフェリシアーノはくるりと振り返った。

「ヴェー、やっと全部片付いたかな〜?」
「あぁ、まだあの男の処分がどうなるか分からないが、俺たちがすべきことは終わった」
「ルート、菊、本当にありがとう!皆のおかげだよ」

フェリシアーノは笑顔で二人にハグをした。

「私たちだけではありませんよ。フランシスさんや『ベラドンナ』の皆さんや
それにギルベルトさんも」
「ケセセ!まぁな!」
「うん、本当に良かった。でも拉致された時は本当はちょっと不安だったんだ。
また兄ちゃん塞ぎ込んじゃうかもって…でも心配なさそうで…良かった」
「えぇ、私もそれは懸念しましたが…アントーニョさんやちび分君が居たおかげでしょうか。
あの様子ではもう心配なさそうですね」

本田の言葉にフェリシアーノは笑みを返した。
守るべきものがあると強くなれる。
ロヴィーノはそれを見つけることが出来たようだ。
ほんの少し寂しさを覚えるが、それはロヴィーノにとっていいことだろう。

「ヴェー…あとは、アントーニョ兄ちゃんとどうなるか、だね〜」
「えぇ、それはもう私達は見守るしかありませんが、きっと大丈夫でしょう」
「さて、それでは帰るか」
「腹減ったな、何か食って帰ろうぜ!」

屋敷から外に出したバイクに跨ったギルベルトにフェリシアーノは振り返った。

「あ、ギルベルト!窓ガラス代請求されたらギルベルトの謝礼から引かせてもらうねー!」
「ちょっwwwwwフェリシアーノちゃんんんんんんっ!?」

そりゃないぜー!!というギルベルトの叫び声が宵闇に包まれた山中に木霊した。














TOP BACK NEXT















悪友だけ見せ場作るのじゃ物足りないので
イタちゃんも!ということで。
漸く片をつけたので次最終話となります。
最後までお付き合いいただければ幸いです

花景

2014/2/11 up