7-4

――――――あの事件の犯人、ロヴィーノ君のストーカーなんやて?
そんならまた来るかも!って。そしたら今度は自分の子供が狙われるかもしれへんって
変な噂がお母さん方の間の一部で流れてるらしいねん――――――

そんな噂になっているなんて全然知らなかった。
そりゃ確かに新聞とかニュースとかで名前は出なかったけど
少し取り上げられたこともあったけど、
次は自分の子かもしれないと不安を抱かせていたなんて。
…――――――俺のせいで、アントーニョたち以外にも迷惑がかかっている。
宛てもなくただ走って逃げて、どうするんだ。
頭ではそう考えるのに止まらなかった。

「はぁ、はぁ…にいちゃんあしはやいわぁ」
「うわっち、ちび!?何追っかけてきてんだ戻れこのやろー!」
「えーっせやかてロヴィにいちゃんどこいくんー?」
「どこでもいいだろーが!ついてくな!」
「やー!にいちゃんまって…あっ!」
「ちび!?」

ずべっ。いい音を立てて転んだちび分に慌てて立ち止まると駆け寄った。

「お、おい、大丈夫かこのやろー!?」
「うう…」

抱き上げようとした手をちび分はがっちりと捕まえると
ぱっと花が咲いたように笑った。

「にいちゃんつかまえたー♪」
「フザけてる場合じゃねーだろ!膝、血出てるじゃねーか!」
「ほんまやー!どおりでいたいとおもたー」
「お前な…」

調子を狂わされてがっくりと項垂れた。
一体なんのために走っていたのか分からなくなった。
おかげで目尻に浮かんだ涙も引っ込んでしまった。
深く溜息をついて兎に角ちび分の手当てしないと…と思ったところで
アントーニョに追いつかれてしまった。

「はぁ、やっと追いついたわ。ほんま逃げ足速すぎや、ロヴィー…」
「あっとーちゃん!ほら、にいちゃんほかくしたよー」
「おぉーでかした!流石やなー」

褒められてえへんと胸を張るちび分に、怪我してるのに元気だなと呆れた。
ふと目が合い、慌ててちび分から手を引き剥がすと逃げるように背を向けるが
その前に気付いたアントーニョがその腕を掴んだ。

「なっなんだよ…っ」
「…ロヴィーノ。あんな、話があんねん」
「俺にはねぇ!離せ!離せよ!」

どうせ俺なんかいないほうが皆しあわせなんだろ。
本当はお前だっていい迷惑だって思ってるくせに。
もういい。
――――――望みどおり消えてやる。

泣いて喚く俺をアントーニョはその腕に閉じ込めた。

「ロヴィーノ!――――――何度言うたら分かるん?
俺はお前が居ってくれてめっちゃ助かっとるよ!
お前が居らな俺も、ちびも困るんや!せやから…っ
――――――消えるとかそんなんやめてや」

ぎゅうと抱き締める力が強くなる。
まるでいかないでと言われているようで、
抵抗していた体から静かに力を抜いてその胸に身を預けた。

「あーっとーちゃんずるいー!おれも!おれもハグー!!」

ちびの声にはっとして慌てて顔を上げ、アントーニョの胸を押し返した。
(しまった、こんな街中で俺は何を――――――!?)
周囲に人気はなかったが、自分の行動を思い返して赤くなったり青くなった。

「ロヴィーノ、あんな…――――――いや、とりあえずうち帰ろう?な?」

ちびの怪我、手当てしてくれるやろ?
しっかり逃げ道を塞いで、アントーニョは道中逃げないようちび分をロヴィーノに背負わせると
ロヴィーノの鞄と自分の鞄を一緒に持ってアパートに向かって歩き出した。
その少し後ろをロヴィーノが仕方なくちび分を背負って歩く。
歩けるよというちび分に、アントーニョはロヴィが逃げないよう
しっかりしがみ付いておくように言われると分かったと嬉しそうに
ロヴィーノの首に腕を回してぎゅっとしがみ付かれた。
楽しそうなちび分に小さく笑みを零した。

「…手伝うどころか迷惑ばっかかけて…その、悪、かった…」
「何言うとんの、毎回言うとるやん!ロヴィが手伝ってくれてめっちゃ助かっとるよ。
…さっきの話やったら気にせんでもえぇよ」
「でも…皆が気にするのも当然だよな。身近に誘拐事件起こったら不安だろ」
「まぁなー。でもせやからってロヴィのせいとちゃうんやし、
勝手に悪物扱いするんはどうなん?胸糞悪いわ」

眉間に皺を寄せ怒るアントーニョに少しばかり安堵して
負ぶったちび分を抱え直し、アパートを目指した。
(しかし、重いな…)
これもしかして相当苦行じゃねーのか?と今更後悔してももう遅い。



ロヴィーノは負んぶが余程堪えたのかちび分を玄関で降ろすと
そのまま倒れこんでしまった。

「大丈夫かー?」
「も、もう…むりぃ…一歩も歩けねぇ…」
「ははは、はいはい。そんなとこで寝たらあかんよー?」

ぐったりしているロヴィーノの体をひょいと肩に担いで
ソファに降ろすと軽々運ぶな!腹立つ!と睨まれた。
そんなロヴィーノに救急箱を手渡す。

「ほなちび分の手当て頼むわ。俺その間にぱぱーっと夕食作るな」
「ん…ほら、ちび。まずは水で汚れ落とすぞ」
「はぁーい」

大人しくロヴィーノに従うちび分に微笑むと夕食の準備に取り掛かった。
今まで散々邪魔が入ったが、今日こそはちゃんと言う。
もうタイミングだのシチュエーションだの気にするのはやめだ。
例え今更と言われても逃がさない。
離れるというのならどこまでも追いかけてやる。
そんなことを考えていると背後では手当ての終わったちび分が
折り紙で何かを作り始めた。

「ちび、何作ってんだ?」
「んー?ふふふっにいちゃんひだりてだしてー?」
「こうか?」

首を傾げながら差し出されたロヴィーノの左手の薬指に
ちび分は折り紙で作った指輪をはめた。

「にいちゃん、おれがおっきくなったらけっこんしたってー」

おれにいちゃんだいすきやからずっといっしょにおりたい。
だめ?とロヴィーノの両手を握って首を傾げて大きなみどり色の目で上目遣いで
覗き込んでくるちび分に、ロヴィーノは不覚にもときめいた。

(可愛いにもほどがある!!)

「そうだな…お前が大人になっても気持ちが変わってなかったら考えてやる」
「ほんまに!?やったぁ!やくそくやでぇ!」

ぴょこぴょこ飛び跳ねて喜ぶちび分にこんなことで喜ぶなんて
子供は無邪気で可愛いなと微笑ましく思っているとキッチンでゴスッと大きな音がした。
驚いてなんだと振り返ると黄色のエプロン姿でアントーニョは壁に拳をめり込ませて
不穏なオーラを纏わせていた。

「あぁ…もう、ほんまに腹立つわぁ…なんなん?
俺がちゃんと言おう思ったら周りが邪魔しおって…」
「あ、アントーニョ…?大丈夫かよ…?」
「とーちゃんキレた」

冷静なちび分と裏腹にロヴィーノは何かまずいことでもあったのかと
心配しておろおろしていた。

「何勝手な約束しとん!?結婚とかあかんのん決まっとるやろ!
ロヴィは俺の嫁さんにするんやから!!!!!絶対あかん!!!!!!」
「えー?でもにいちゃんかんがえてくれるっていうてくれたもーん」
「ロヴィも何軽々しく答えとんの!?アホちゃうの!?」
「ちょっ、…え?(嫁…!?)はぁ?!誰がアホだこの野郎!お前の方こそ、な、な、
何言ってんだアホちくしょう!ただの子供の口約束なんだから流しておけよ!!
何マジになってんだよ!…ばっかじゃねーの!?」
「本気やったらあかんのかいっ!」
「はぁぁぁあ?お前…どっかで頭でも打ったのか?熱でもあるんじゃ…」
「ないわ!!!こんなん冗談で言えるわけないやろ!!って。あぁもう!!」

違うこんなふうに言うつもりではなくて。
ちゃんと二人で真面目に話そうと思っていたのに。
沸騰した薬缶みたいに一気に捲くし立てたかと思えば
今度は一気に落ち込みだしたアントーニョに、
マジで大丈夫かコイツとロヴィーノは本気で心配になった。

「おい、アントーニョ…」
「…兎に角メシ出来たから、それ食うて。話はその後な」

料理を食卓に並べ始めたアントーニョに、ロヴィーノは黙って頷いた。



*



ご飯を食べてちびをお風呂に入れて寝かし付けると
アントーニョはロヴィーノとソファに並んで腰かけた。
アントーニョはどっと疲れて深々と溜息を零した。
全くいろいろ邪魔が入ったが、漸くだ。
ちょっと予想外の出来事があったが、まぁ結果オーライだ。

「あんな、ロヴィ。もういろいろ回りくどい言い方なしで直球でいうで。
――――――俺、ロヴィのこと好きや。俺と結婚して。ずっと一緒に居ってほしい」

ロヴィーノの手を握り、オリーブ色の目を見てしっかりそう告げると
ロヴィーノはその瞳からぼろぼろと涙を零した。

「…だから、なんで…っ…お前絶対熱あんだろ…!
そうじゃなかったらドッキリかなんかかよ…!?」
「平熱やし、ドッキリでも冗談でもなんでもない。大真面目やで」

ロヴィーノは手を振り払おうとするが、強く握って離さずにいたら
ロヴィーノは吐き捨てるように言った。

「お前、いつか俺に言ったじゃねーか!!俺に『そんな感情持てない』って!
ずっと変わらないし、ありえねぇっったの誰だよ!?お前だろ!!!
そんな言葉信じられるわけねーだろーが!!」
「せやなぁ。俺ほんまアホやったわ。…ごめんな」

泣きじゃくるロヴィーノを抱き締めてちょっとだけ、
アホな俺の話を聞いて。とアントーニョはロヴィーノの背中を撫でた。

「俺ん家両親ずっと海外赴任って言うてたけど、
ほんまはどっちも愛人作ってそっちで生活しててん。
時々家に帰ってきてはしょっちゅう喧嘩しよるし、
いっそ居らんほうがええわ、て思ってた。
そのうちどっちもほんまに帰ってこん。家に帰っても誰も居らん。
一人で寝て起きて、メシ食って…今思ったら寂しい生活やんなぁ。
でも、親居らんくて寂しいって思ったことないわ。
フランシスとか、ギルとか。フェリちゃんとか…なによりロヴィ、
友だちと一緒に居る方がずっと楽しかった。
それにロヴィはちょくちょく家に来て泊まってくれるしなぁ。
ロヴィと過ごす時間が俺ん中では特別な時間やった。
で、高校卒業すると同時に親は離婚。どっちも俺を引き取りたがらん。
当然やな。どっちももう既に別々の家庭があったんやから」

学費と生活費だけは苦労せんくらいには貰って、
あとは一人でやっていくことにした。
しっかし、愛があって結婚したんやなかったんやなー。
ほんならせん方が良かったんやないの?
…アントーニョは愛情を知らずに育ったせいか、恋愛について冷めていた。
女の子とそれなりに付き合ったことがあるが、
いつもロヴィのことをしつこく聞かれてうんざりして別れるのが常。
ロヴィーノのことは大事に思っていたし、付き合っていた子よりも大切な存在だった。
けれど、そこに恋愛感情などないと思っていた。
家族のようなものだと思っていたからだ。
愛だの恋だのが絡むとこの関係は崩れる。
何故かそう思ってしまっていた。

「そしたら卒業式の後でロヴィが好きやって言うてくるやん?
俺はロヴィとの家族みたいな関係を崩されたと思ってしまった。
恋人になったらロヴィも俺から離れると思って、怖かったんやなぁ…」
「…ばかじゃねーの…そんな理由でひでーこと言ったのかよ」
「せやねん。アホやろー?悪友には呆れられるわ、フェリちゃんには
二度と近づくな言われるし、踏んだり蹴ったり。まぁ当然やけどなー」

それからいろいろありましたが、ロヴィーノと再会して
あまりにも好みドストライクに成長しとるやん!
一緒に過ごすうちにやっぱこの感じ、ロヴィーやなぁ。ほっとするわぁ、えぇなぁ。
で。自覚するん遅かったけど、俺やっぱり昔っから好きなんやって気付いてん。

「もうロヴィ以外考えられへんねん。でな?引越しするんやったら
三人で住めるような広めのとこにせぇへん?」
「…フン。…ったく、お前ほんとに反省してんのかよ…」
「してますって!ほんま、どえらい回り道してもうたけど、
俺、ロヴィーノのこと好きやねん。ロヴィがもう俺のこと好きやなくても、
今度は俺がロヴィのこと振り向かせるから!!覚悟してや!!」

分かってない。
アントーニョは分かってない。
(ほんっと、このやろーは…!)
がばりと顔を上げたロヴィーノはその勢いで目の前のアントーニョの唇にキスをした。
勢いを付けすぎて歯がぶつかったが、そんなことは重要ではない。

「お前みたいなどうしようもねぇ男に付き合えるの、俺しかいねーだろ。
…――――――仕方ねぇから一緒に居てやるよ、このやろー」

踏ん反り返るロヴィーノにアントーニョは笑った。
手遅れにならなくて本当によかったと胸を撫で下ろし、
つられて口元を綻ばせたロヴィーノに今度はアントーニョからキスをした。




…完…




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2014/3/17 up
2014/3/24  加筆修正