3-1

昼を過ぎて先に休憩を取っていたもう一人の大学生のバイトと
交代して漸くロヴィーノも昼食にありついた。
店の二階にある休憩スペースには木製のテーブルに椅子が四つ。
それとミニキッチン、流し台に電子オーブンレンジ、冷蔵庫といったものが並び
それだけでいっぱいになるくらいの狭さだが、そんなにバイトの人数もいないため、
この店には十分なものだろう。
ロヴィーノはテーブルに近くのデリで買ったパスタにサラダを並べて
キッチンで今朝作ったミネストローネを自分のスープ用のカップに入れた。
あとはコーヒーを入れれば立派な昼食だろう。
美味しいものを食べることが何よりも好きなロヴィーノは
心なしかうきうきとした気分でフォークを持ち、パスタを食べ始めた。

暫くするとジャケットの内ポケットに入れていた携帯電話が震えて
それを取り出すとどうやら電話のようだ。
画面に表示された名前を見て、一瞬ドキリとしながら通話ボタンを押した。

「アントーニョ?」
『あっロヴィ!今電話いける?』
「おう、丁度休憩中だから大丈夫だ」
『ほんなら良かったわ。あんな、今日またちびのこと迎えに行ってもらってもえぇかな?』
「あぁ、今日も特に何もなければ五時で上がれると思うから行ってやってもいいぞ」

ちらりと壁にかけられた小さな時計を何とはなしに見遣る。
アントーニョは会社からかけているのか背後が少々騒がしい。

『ほんま?ほな頼んでもえぇかな?』
「仕方ねーな…任されてやる。帰り何時だ?」
『んー…七時には帰りたいところやけど…どうやろ?』
「メシ食って帰ってくるのか?」
『いや、そういう飲み会とか接待とちゃうから終わったら即行で帰るで!」
「なら、そっちも用意してやるから、しっかり仕事してこい」
『えっ!?えぇの?』
「…ま、自分の分のついでだからな」
『ロヴィのご飯かぁ、なんかやる気出てきたわ!』

ロヴィのご飯美味しいもんなぁという声に知らず口元がにやけてしまったのに気付いて慌てて引き締めた。
アントーニョは『ほな、ちびのこと頼むわ』と言って電話を切り、
ロヴィーノも携帯をポケットに戻した。
そして止まっていたフォークを持ち直して昼食を食べることに専念した。





*






五時を過ぎてタイムカードを押したロヴィーノは心持早足でちび分の待つ幼稚園に向かった。
帰るときにフェリシアーノと本田に一応挨拶をしてから出てきたが
隣人の子供を迎えに行くという話はしていない。
何となくフェリシアーノには隣人がアントーニョだとは言えずにいた。
言ったら絶対久しぶりに会いたいという話になるだろうし、
そうしたらアントーニョはフェリシアーノが会いたがっていると知ったら
喜んで時間を作るだろう。
笑顔でハグを交わす二人はロヴィーノとしては見ていてあまり気分がいいものではない。
そこに親愛以上のものはないとしても―――――。
それはフェリシアーノに対して感じる劣等感からくるものだろう。
今は昔ほど苛まれることはないとしても、それでもそれを見たくはなかった。
いずれどこからか弟の耳に入るとしても…勝手だとは思うがギリギリまで黙っていたい。
(それに…)
ちびだって、俺よりも明るく愛想もいいフェリシアーノに会えば
きっと直ぐに懐いてしまうだろう。
それも仕方ないと分かっていても悲しく思う。
俺は我儘で身勝手だ。
ロヴィーノは歩きながら溜息をついた。



園の門を潜って敷地内に足を踏み入れると直ぐにちび分の担任である
ベル先生が気がついて声をかけてくれた。

「ロヴィーノ君!」
「あ、こんにちは」
「ちび分のお迎えやろ?ちょっと待っててな、呼んでくるわ」

教室の方に向かって行ったベルが直ぐにちび分を連れて戻ってきた。
黄色の帽子に水色のスモッグを着たちび分はロヴィーノを見留めると両手を広げて飛びついてきた。

「ロヴィーノにいちゃんやー!おとーちゃんは??」
「遅くなるらしいから、代わりに俺が来てやったんだよ」
「そうなんや…ありがとぅにいちゃん!ほな、せんせいさよぉなら!」
「はい、さようなら。また明日な」
「はーい!」

ちび分は俺の手を掴むとベル先生に手を振って歩き出した。
俺も慌てて小さく礼をしてちび分の歩幅に合わせて歩き出した。

「帰りに夕飯の買出しして行くか。お前今日何食いたい?」
「えっにいちゃんつくってくれるん?!えっとな、えっとなー…ハンバーグ!!」

とろとろのチーズが上に乗ってるやつ!と目を輝かせながら言った。
ハンバーグ…また面倒くせぇのを…とは思ったものの
あまりにも期待に満ちた綺麗なペリドットの瞳で見上げられて、
仕方ねーなと溜息をついた。

「まぁ、俺もがっつり肉食いたい気分だったし、いいか。
そのかわり、お前もちょっと手伝えよ」
「うん!!おれもおてつだいするー!」

冷蔵庫には何が入っていただろう。
あとストックで足りない材料も買わないとな。
あれこれ頭の中で考えながらちびの手をしっかりと握って最寄のスーパーに向かった。









*








アントーニョは仕事を終わらせると直ぐに駅に向かった。
腕時計を見ると既に八時を過ぎていた。
随分遅くなってしまった。
ちび分はちゃんとロヴィーノが迎えに行ってくれたようで帰宅を告げるメールが
六時前に入ってきていた。帰りにスーパーにも寄ったから少し遅くなったと
律儀にメールに書いてくれているあたり、
ロヴィーノなりにこっちに心配かけないようにという配慮だろう。
食事に関しても食物アレルギーがあるかと聞いてきたり、
実の親でもあまり気にしていなかったことまで気にしている。
(いや、それは気にしてやれよとツッコまれそうだなぁ)
ほんまロヴィーは優しいなぁ。

そんなことを思いながら電車に乗り、三つほど駅を通過すると最寄り駅に着いて電車を降りた。
駅の売店は既にシャッターを閉めているし、人通りも疎らだった。
直ぐ近くのコンビニでは若者が数人屯っている。
その脇を通りすぎ、自宅アパートを目指す。
その間にメールで最寄り駅に着いたことを知らせると直ぐに返信がきた。
『気をつけて帰ってこい』という短い文章にさえ、ふっと笑みが零れた。
思えば結婚をした時でさえこんなやり取りをあの女とはしなかったなと気付く。
社会に出たばかりで日々仕事をこなすので精一杯。
前の職場ではそれこそ帰りが夜中になるのなんてざらであった。
妻子を養わねばならないというプレッシャーもあった。
構ってくれない冷たい夫と言われてもそれは仕方ないことだろう。
(でも…もしも。もしも相手がロヴィーノであったなら少し違っていたのかもしれない)
そう思うのは、やはり自分はロヴィーノのことを…――――――。

アパートの階段を上り、ロヴィーノの部屋のインターホンを鳴らす。
程なくしてドアが開いて黒いエプロンをつけたロヴィーノが顔を出した。

「えっと…ただいま?」
「おぅ、帰ってきやがったなこのやろー。…入れよ。今メシ温める」
「うん、おおきに…お邪魔します」

玄関に足を踏み入れ、夕食の並べられたテーブルにつき、
鞄を置いてネクタイを緩めてジャケットを脱いで椅子の背にかけた。
ちび分はテレビの前で大き目のクッションの上で丸くなって寝ていた。

「ちび、さっきまで起きてたんだけどな…寝ちまったみてーだ」
「そうなんや。えぇわ、寝かしとこ」

ロヴィーノがアントーニョの分のハンバーグが乗った皿を目の前に置くと
アントーニョの向かいの席に座った。

「今日のはちびのリクエストだぞ」
「へぇ…いただきます」
「野菜洗ったり、ピーラーで皮剥いたりして手伝ってくれたしな。
あと、ハンバークの種捏ねたり、丸めて形作ったのもアイツだから。
起きたら褒めてやれ」

楽しく料理をしたようで、ロヴィーノは楽しそうにそう言った。
そういえば、ちびに料理の手伝いをさせたことはなかったなと思う。
仕事で疲れているというのもあるし、その上まだ小さい子供に
いろいろと教えてやりながら作るには時間もないし、余計に手間がかかる。
それに包丁なんかも扱っているし、万一怪我でもさせたらと思うと
そんな心配をするぐらいなら自分でぱぱっと作ってしまったほうが早い。
けれど、そろそろそういうものも教えていたった方がいいだろう。
覚えてくれたら料理の分担も出来るし、こちらも楽になる。
今日はちび分にとってもいい経験になっただろう。
ロヴィーノお手製のトマトソースのかかったチーズハンバーグを食し、自然と頬が綻んだ。

「美味しい、ほんま美味いわぁ」
「フン、とーぜんだろ」

暖かな食事に和やかな会話のある食卓、
そして自分を出迎えてくれる人が居る家。
自分の憧れたそれらを体感して妙なくすぐったさを感じながら
アントーニョはやっぱりいいなと心中でその幸せを噛み締めた。








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親分の幸せ家族計画は着々と進行中。
ちなみに既にロマは何度かちび分を迎えに行ってます。
食事もロマとちび分は済ましてます。

花景

2013/10/20 up