3-3

応接室の黒い革張りのソファに座らされたアントーニョの目の前には
目を眇めたままのフェリシアーノ。
その向かって右脇にルートヴィッヒが立ち、反対側に黒髪の東洋人…
(確か名前は本田、と言ってただろうか?)が立っている。
その雰囲気はまるでマフィアの次期ボスとそのSP、そして参謀のようである。
その様子からもあまり歓迎されていないのは明らかだった。
(…まぁしゃーないわな)
フェリシアーノが本気で怒るほどのことを自分はしでかしてしまったのだから。

「改めて久しぶりだね、アントーニョ兄ちゃん。
――――――もう二度と会うつもりなかったのに、ね?」
「…せやな…元気そうで安心したわ。立派な店まで持って流石フェリちゃんやわ」
「あは、よくもまぁへらへらと笑えるよね。…アントーニョ兄ちゃんさ、
まさか“あの時”兄ちゃんに何言ったか忘れたわけじゃないよね?」

冷えた蜂蜜色の瞳でじろりと睨まれ、笑みを引っ込めて頷いた。
――――――忘れてなどいない。
あの時――――――高校の卒業式の後、ロヴィーノに『好きだ』と言われた。
もちろん親愛の意味でなく、恋愛感情でということだった。
コイビトとして付き合いたいのだ、と。

「『――――――ないわ。俺お前にそういう感情持てへんもん。
これからやって変わらんし、…ほんまないわ。
――――――そういう目で見られてたとか、ほんま最悪。気分悪い』…だったな?
断るにしても言い方があるだろう」
「ルートのいうとおりだよ。兄ちゃんのこと大事にしてくれてると思ってたのに…
あんな言い方ないよ。兄ちゃんの精一杯の勇気、ぶち壊してくれちゃってさ。
あれから兄ちゃん親しい友人さえ作ろうとしないし、
うちに引き篭もりがちになっちゃって――――――アントーニョ兄ちゃんのせいだからね」

どうしてそういう言葉が出てきたのかは知らないけど、
兄を傷つけた人に、再び偶然とはいえ傍に居て欲しくない。
感情的になっているフェリシアーノを諌めるように本田が口を開く。

「フェリシアーノ君、落ち着いて。アントーニョさんも何か理由が
あったのかもしれません…高校生は特に多感なお年頃ですし。
アントーニョさん、ロヴィーノ君…今は普通に接しているようですが、
一度口にした言葉は返りませんし、言葉の刃は身体についた傷と違って
ずっと心に深く残るものです。ですから、言葉は慎重に選ぶべきですね」

本田の言葉に返す言葉もない。
俺はロヴィーノに酷い言葉を投げたのは事実だし、それは消えない。
きっといくら謝っても、ロヴィーノが許してくれたとしても過去は取り返せない。

「まぁもういいよ。今回はこっちがしっかりあのアパートの住人の詳しい調査しなかったし。
近いうちに兄ちゃんの部屋引き払って実家に連れ戻すから、安心して?
じゃあそういうことで」

話は済んだよ、さっさと帰れとばかりにお帰りはあちらだよと手で示されるが
ロヴィーノがあの部屋を出て行くという話を聞かされては黙ってなどいられない。

「ちょ、ちょう待って!!なんでそこまで…っロヴィの意思は無視なん?」
「じいちゃんに報告したら強制送還されるの当然でしょう?
アントーニョ兄ちゃん、じいちゃんのブラックリストに入ってるから
夜道に気をつけてね?そのうちこうやって――――――」

フェリシアーノは徐にジャケットの内側に手を入れ、その手に黒い銃を手にして
素早くアントーニョの喉元に突きつけた。

「バーン!…ってね?撃たれちゃうかも☆」
「はっ……ははは…冗談キッツイわ〜…」

口元を引き攣らせながら両手を上げて降参のポーズを取るが、
一旦銃を降ろしかけたフェリシアーノは『冗談…?』と小さく呟くと
ぐっと下顎に再び銃口を押し当てた。

「冗談じゃないのはこっちだよ!!!…アントーニョ兄ちゃんさ、
自分の子供の世話、時々兄ちゃんにさせてるでしょ」
「え…?」

何故それを知っているのかと思ったが、ロヴィーノが何か言っていたのかもしれない。
と考えてその疑問は口にしなかった。
代わりに本田が口を挟んだ。

「すみませんが、少々調べさせてもらいました」
「何?家政夫がわり?幼馴染だからってこれ幸いに良いように利用しようって?
何様のつもり?無神経だと思わないの?」
「違っそんなつもりない!俺は、――――――」
「ではどういうおつもりで?」

答えようによってはこのまま引き金を引く、という気配に押されてたじろいだ。
すぅっと目を細めたフェリシアーノにアントーニョはごくりと生唾を飲み込んだ。

「――――――まさか、今更兄ちゃんのこと好きだなんて言わないよね?」
「…えっと…あ、あかんかな?」

口元を引き攣らせながらも何とか笑うとフェリシアーノは銃口を喉元につけ
引き金に指をかけた。

「ふざけないで!!!今更遅いよ!!」
「わ――――――待って待って待って――――――!!」

パアァッン!!
銃口から出た玉がアントーニョの喉元を突き抜けた…はずだった。
…フェリシアーノが持っていた銃が本物であれば。
アントーニョはそっと目を開けると目の前に赤い花が見えた。

「…え?」
「…冗談だよ。ビックリした?」

銃口から赤い花が出る玩具の銃をアントーニョから離し、ふふっとフェリシアーノは微笑んだ。
アントーニョは状況を理解しようと目を瞬かせた。

「やっと自分の気持ちに気付いたの?
ほんっとにアントーニョ兄ちゃんって鈍感だよねー」
「だな。」
「ですが気がついただけマシかと。ずっと気がつかないままなら
それこそロヴィーノ君が可哀想ですし…」

いや、良かった良かったという笑う三人にどういうことかと尋ねれば、
じいさんに報告やロヴィーノを強制送還させるという話は
今のアントーニョの気持ちを聞き出すための嘘だということだった。

「なんやそうやったん?変に焦ったわ…」
「ヴェーごめんね?でもそれ以外は俺の本音だからね」

兄ちゃんに自分の子供の相手をさせるのは無神経すぎるとフェリシアーノは怒っているらしい。
言われてみれば確かにそうだなと思い、ロヴィーノに頼りすぎていたことを
少しだけ反省した。

「アントーニョさん、もしかしてロヴィーノ君が自ら手伝いを買って出たのでは?」
「え、あ…うん。自分が出来ることあったら手伝うって言うてくれてん」
「やはりそうですか…だ、そうですよ?フェリシアーノ君」

ロヴィーノがやると言ったのだから、そこはアントーニョを責めるべきではない。
本田がそういうとフェリシアーノは複雑そうな顔をした。

「ロヴィーノ君は乱暴な物言いをしますが自分に優しくしてくれた人にはきちんとそれを返せる
思いやりのある人です」
「うんうん!素直じゃないけど、そこがまた可愛いんだよね〜」
「はい、とっても可愛らしい方です」

ふふ、と笑う本田に妙な危機感を覚えた。
まさかロヴィーノに好意を持っているのだろうか。
変な焦りを感じているとフェリシアーノはごめんね、ともう一度謝ってきた。

「家にいつでも帰ってきてねって言ってるのに
全然帰ってこないし、最近はお隣さんと出かけたり
一緒に料理作って食べたりってそういう話題ばっかりだから
兄ちゃん取られたーって妬いてたんだー」
「…それは俺のせい、だろうな」
「ヴェッ!?ルートのせいじゃないよ!」

何のことだか分からず、首を傾げていると本田が
ルートヴィッヒとフェリシアーノが結婚してヴァルガス家で同居しているから
ロヴィーノはあまり家に帰りたがらないのだと説明してくれた。
ロヴィーノは二人の結婚を良く思っていないのだ。
あぁ見えてフェリシアーノが大好きなロヴィーノは
弟が取られたようでルートを好ましく思わないのだろう。
しかもじいさんがルートを結構気に入っているというのも
ロヴィーノのルートヴィッヒ嫌いに拍車をかけているのだと。

「ロヴィーノ君はフェリシアーノ君が大好きなんですよね」
「ヴェー…アントーニョ兄ちゃん羨ましい?」

俺兄ちゃんに超愛されてるよね、といい笑顔で自慢してくるフェリシアーノに
素直に羨ましいと答えるとフェリシアーノは満足したのか
話を元に戻すべくそういえば、と切り出した。

「“あの時”本当はどうしてあんなこと言ったの?」

何か理由があるんでしょ?というフェリシアーノに苦笑した。
正当な理由などはないのだ。
本田の言うところの『多感なお年頃』だったのだ。
あの頃何度か女の子と付き合う機会があったけどれ
その時の彼女たちにロヴィーノとの関係を聞かれることが多かったのだ。
ただの幼馴染、弟分にしては親しすぎる。
本当はどういう関係なの?と。
本当はロヴィーノのことを好きなのではないかと疑われることもあった。
その度に否定していた。そんなのではない、と。
ロヴィーノは家族のようなもので、恋愛感情など抱いたこともない。
聞かれるたび、言葉にするたびにうんざりとした。
そのうちそういうことを聞かれるたびに一方的に関係を絶った。

『家族のようなもの』
本当は自分にとってのロヴィーノはそんなちゃちな言葉で関係を説明出来るほどのものではなかった。
けれど上手い言葉がそれ以外に浮かんでこなかった。


昔、女の相手にうんざりして別れた夜にマンションに帰ってきたら
自分の部屋の前で膝を抱えていたロヴィーノがいて、
『おせーぞ、このやろう』とぶすくれたロヴィーノの表情に何故か安堵した。
『なにしとんの、こんなとこに居ったら風邪ひくやん』と言って
部屋に招き入れて一緒に夕食を取り、一つのベッドで共に眠った。
そんな日々をふと思い出した。

あの時感じた安堵やぬくもりは酷く心地よくて
それを失いたくないと強く思っていた。
だからロヴィーノが好きだと言ってくれた時酷く動揺した。
今の関係を壊したくはなかったのに、ロヴィーノの言葉でそれが全て崩壊した気がして。
そうして出てきた言葉だった。

「…ほんま俺、アホや」
「ほんとにね〜。でも、今のアントーニョ兄ちゃんなら
兄ちゃんのこと安心して任せられそうだよ」
「えぇ、アントーニョさんが傍にいてくだされば安心ですね」

相変わらず過保護だな、と呟き苦笑する。
フェリシアーノは酷く深刻そうな顔をした。

「過保護にもなるよ、あんなことがあったし…」
「あんなこと…?何、フェリちゃん何があったん?」
「フェリシアーノ、それは」
「分かってるよ、無闇やたらと口にしていいことじゃないもんね」

頷くルートヴィッヒと本田に、首を傾げた。
三人が口を噤むようなことがロヴィーノの身に起きた?
一体何があったというのか。

「…アントーニョ兄ちゃん、もし兄ちゃんの様子がいつもと違ったり
兄ちゃんの周辺で変なことがあったら連絡してもらえる?」
「どんな些細なことでも構わん。兎に角気がついたら教えてくれ」
「ロヴィーノ君は今やっと立ち直ったところなんです。
もしまた何かあれば今度こそ心が病んでしまうかもしれません。
…・・・心配なんです」

ただの取り越し苦労であればいい。
兎に角もうこれ以上傷つかないようにしてあげたいのだ。
そういう三人に、一体何があったのか詳しく聞けないまま、
アントーニョは頷いた。










*












アントーニョたちが帰ったあと、
店の前を軽く掃除していると何か寒気を感じて振り返った。
いつもの通り、行き交う人々、そこに違和感はなにもなく
風邪でも引いたかなと思いながらロヴィーノは店に戻った。

向かいの建物の間の細い路地でその様子をみていた男が
歪な笑みを作り小さく呟いた。

『ロヴィーノ、見ぃつけた』

――――――と。








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何かのフラグが立ちました。
この後の展開読めちゃった方は
ドン引きしちゃわないかと心配…。
すみません、こんな展開ですww
うへぇってなったらそっと見なかったことにしてください;;

花景

2013/11/5 up