0-3

アントーニョたちはフェリシアーノを伴ってその場所から一番近い
ホテルのカフェに入った。
奥の個室に案内してもらい、それぞれ飲み物だけを注文して
それが届くと、フェリシアーノは少し迷いながら口を開いた。

「何から話せばいいのかなぁ…うぅーん…俺と兄ちゃんはね、
そこそこ裕福な家でじいちゃんと三人で暮らしてたんだけど…
俺が8歳の頃にじいちゃんが亡くなって…そしたら
今まで何の音沙汰もなかったじいちゃんの親族達がやってきて
家も、遺産も全部持っていかれちゃってさ、
俺たち二人、無一文で追い出されちゃったんだ」

そこから路上生活が始まる。
所謂ストリートチルドレンになり、毎日食べるものもなくて
空腹を満たすことも出来なくていよいよ死ぬのかなって覚悟して
だけど、そんな時にその街の教会のシスターに会った。
ほんの少しのパンとミルクを分け与えられて、
二人は久しぶりに人の善意に触れたのだとフェリシアーノは懐かしそうに話した。
その教会では土曜日のミサに自分達と同じような子供たちに歌を歌わせ、
その後にパンやお菓子とミルクを食べさせていたらしい。
そこで貰う食べ物で一週間持たせ、また歌を歌い、食べ物を得る。
そんな生活をして2年ほど経った時にあの男が現れた。
たまたま寄った教会で賛美歌を歌うフェリシアーノを見た男は
直ぐにその才能を見抜き、自分のオペラハウスに来ないかと誘った。
歌い手という全うな仕事と衣食住の保障。
今の生活に満足はしてなかったから、とても魅力的な誘いだった。
けれど…、とフェリシアーノは眉を寄せた。

「旨い話すぎて逆に胡散臭いよね?」
「まぁ、な」
「それにあの人、どう見てもいい人そうに見えないし」
「…せやなぁ」
「だから、嫌だって言ったんだけど…」

オーナーはしつこく食い下がってきて、うんざりして。
首を振る俺に困った顔をしても引き攣った唇の端に、苛立ちが見て取れた。
このままこの男に全て委ねるのは危険だと本能がそう言っていたし、
それに…――――――。

「俺があの人の手を取ったら兄ちゃんはどうなるの?
兄ちゃんだけを路上に置いて自分だけ安定した生活を手に入れるなんて出来る訳ないよ。
たった二人の兄弟なのに、離れるなんて嫌だよ、俺は。
だから意地でも頷かないつもりだったんだけど…――――――」

『では、どうしたら歌手になってくれるんだい?』
『…兄ちゃんも一緒なら』

「あまりにもしつこいから、つい、…言っちゃったんだ。
そしたら、あの人兄ちゃんも一緒でいいよって。
そのまま引き摺られるように、屋敷に連れてこられて今、ここ…みたいな?」

眉を下げて苦笑するフェリシアーノは、あんなこと言わなきゃよかったと
小さく呟いた。

「生活の安定…か。確か歌姫姉妹が人気出てきたのは…」
「うん、そこからまた三年後になるね。最初は兎に角
一般教養から音楽他エトセトラまでしっかり勉強の毎日だったよ。
そこはあの人にしてはまともだったかな。
でも…歌姫として舞台に出始めて暫くして噂が流れ始めるの」

――――――『天使の歌声』
――――――その歌声を聴いた者はしあわせになれる、と。

噂が噂を呼んで、少しずつお客さんも増えていった。
でもおかしいよね。俺にはそんな力ないのに。
本当に歌を聴いて幸せになった、という人が何人もいるらしい。
噂の広がり方もどこか変だった。勢いがありすぎるのだ。
おかげで国内外引っ張りだこで兎に角忙しくて周りを見る余裕がなかった。
一生懸命働いてお金を稼いだらいつかあの男と縁を切って
また二人で頑張るのだと、そう思っていたから…――――――。

「俺の考えが甘かったんだ。…変だなとは思ってたんだ。
オーナー、兄にばかり厳しくて、暴力振るって…なのに、『お客さん』が来たら
必ず兄にもてなすように言いつけるの。
ずーっと、意味が分からなかったけど『もてなし』ってそういうことなんだよね」

オーナーは兄に寄付をしてくれる金持ちたちに身体を差し出させて、
そして金持ちたちに知り合いにどんどん噂を流して貰うように仕向けた。
オーナーはその寄付をオペラハウスにではなく、マフィアに流していた。

「今まで知らないでいた自分が情けないよ…
俺のせいで兄ちゃんはあの男に言いように利用されて…っ」

信じられないことにオーナーは兄に
『フェリシアーノの情けで生かされているのだから
フェリシアーノがもっと輝けるよう支えるのがお前の役目だ』と
兄に言い聞かせていたのだ。

こんな弱みにつけこむようなやり方、許せるわけがない。
もうこんなことやめさせなきゃ。
でも俺一人が訴えたところで周りは誰も手を貸してくれなかった。
今残っている団員たちは皆オーナーに弱みを握られているか、
そこしか生きる場所がないものたちばかりだから。

「お願いします、兄ちゃんをあの男の手から解放してください!
そのためだったら、何でも協力するから…っ」

必死に懇願するフェリシアーノに、
アントーニョは少し考える素振りをしてちらりとギルベルトを見た。

「俺は元からあのオーナーの悪事は暴くつもりだったからな」
「せやなぁ…フェリちゃんは要するにオーナーと縁を切らせたいってことでえぇの?
具体的にどうしたいん?」
「ううん……あの人がやってることを暴いて欲しいけど、
それだけじゃ、多分だめだよね?だって例え警察に捕まっても
長くて十数年でしょ?それにあの人の借金の返済が
養子縁組してる俺たちにおっ被されるのはごめんだから
養子縁組の解消とオーナーの悪事を証拠と一緒に警察に叩きつけるのと
あとは関わったマフィアたちの撲滅…と、万が一再び兄の目の前に現れないように
あの男の手の届かない、安全なところで兄を保護してほしい…これくらいかな☆」

にこっと愛らしい笑顔でとんでもない要望をつきつけてくる
フェリシアーノに、流石のアントーニョも顔を引き攣らせた。
その笑顔には兄を傷つけた恨みは大きく、破滅するまで追い詰めてやる。
そんなフェリシアーノの決意が見て取れた。

「…今日初めて会ったのに、その無茶振り、流石やわぁ」
「無理言ってるのは分かってるよ。でも、もうこんなチャンス二度とないだろうし、
それに…お兄さんたちは『大丈夫』な気がするから…」
「あぁ、協力はするぜ、フェリシアーノちゃん!」
「ありがとう……そういえばお兄さんたちの名前聞いてなかったね」
「俺様はギルベルトだ。コイツは…――――――」

ギルベルトが紹介しようとするのを手で制すると、
改めて自分から名乗った。

「アントーニョ・フェルナンデス・カリエド。アントーニョでえぇよ」
「カリエド………カリエドってあの?」
「せや。あのカリエドや。オーナーとマフィンの関係の方はギルに任せるわ。
フェリちゃんたち二人のことは保護してくれるところのアテはある。
けど、その前に条件がある」
「おい、アントーニョ」
「フェリちゃんの要望ばっかに答えるんはフェアやないやろ」

そう言うとフェリシアーノは唇を引き結んだ。
流石スペイン一の大企業家、カリエド。
善意だけでは動かないか。

「…なぁに、俺に出来る事?」

望むのは金ではあるまい。
では、この男は一体何を望むのか。


「ロヴィーナ…いや、赤の歌姫の身柄は俺が預かる」




「――――――え?」









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終わらなかった…;;
すみませんもう少しだけ続きます!

2015/5/5 up