今日はローデリヒに呼び出されて、アントーニョは本宅に向かった。
いつものように『すぐ戻るから!すぐやから!待っとってな〜!』
などと大声で叫ぶアイツに『うるせーさっさと行けっこのやろー!』とこちらも大きな声で返して
それを見送った後、屋敷の裏の小さなトマト畑に向かった。
今日もトマトは赤くて美味しそうだ。
食べ頃なのをもいで、カプリと赤い実に歯を立てた。
広がる酸味と少しの甘さに、頬を綻ばせた。
「おい、チビッコ!」
「ヴォアッ!?」
ここに客がくることは少ない。だから、油断していた俺は、
文字通り驚いて思わず大事なトマトまで落としてしまった。
「あぁ――――――!俺のトマトが……!畜生っどーしてくれんだこのやろー!!」
「そりゃ悪かったな…代わりにジャガイモやるから許せよ、チビッコ」
「いらねぇよっ!!つーか、もう俺チビじゃねぇし!いい加減その呼び方やめろ!
…う…うぅ…俺のトマト……」
半ば本気で泣きそうになったが、突然の訪問者であるギルベルトは…相変わらずだ。
畜生、色も形も申し分ないくらい上出来なトマトだったのに…!
ギロリと睨みつけたが全く意に介していないのが更に腹立たしく、
さっさと追っ払ってしまおうことにした。
「で、何の用だ。…アントーニョならお貴族様んとこだぞ。」
「それは知ってる。…ていうか、今日用があるのはアイツじゃなくて…お前だ」
「……帰れ!」
「あぁっ!?なんでだよ!」
「俺はお前に用なんかねぇよ!帰ってジャガイモでも食ってろこのやろー!」
「ジャガイモ馬鹿にすんな!あぁもう本当かわいくねぇー!」
そりゃ良かった。お前に可愛いとか言われてもキモいだけだ。
ぎゃーぎゃー五月蝿いギルベルトは無視して、籠にもいだトマトを入れた。
赤くてツヤツヤしてて綺麗なトマトは、太陽みたいだ。
「聞けよ!…あ、そういえば、お前もう女装はやめたのか?」
「女装言うな!好きで着てたわけじゃねぇぞ畜生が!」
アントーニョはやたらと俺に女物の服やドレスを着せたがる。子供の頃ならいざ知らず、今もだ。
小さい頃はアントーニョが似合う、可愛いって言って嬉しそうな顔をしてくれるから
着ていたけれど、今は流石に無理があるだろう。
第一俺は女じゃない。そんなにドレス着せてぇなら女に着せろハゲ!
と抗議したが、結局男物は…殆どアイツのお下がりだ。
今も着ているのはアイツのだから、少し袖や丈が長いので渋々何度か折って使用。
しかもウエストも合わないからベルトかサスペンダーは必須。畜生。
まぁどこかへ出かけるわけでもないから…これで我慢してる。
「まぁアントーニョもフランシス並に変態だからな。…諦めるんだな!」
ケセセと笑うギルベルトの脛を蹴っておく。
そんなことは分かってんだよっこのケ・バッレ!
付き合い長いからって分かったような口聞いてんじゃねぇぞ。畜生が。
「いってぇ!…てめーっ何しやがる!」
「俺は忙しいんだ、帰れこのやろー。」
「だから、俺はお前に用があるんだってーの!聞けよ!」
「…――――――」
何となく、嫌な予感がした。そもそも唐突すぎる来訪、
しかもわざわざアントーニョの居ない時を狙ったかのような口ぶりだった。
聞かないほうがいい気がした。だけど、聞かなければいけない気もした。
胸騒ぎのする心中を悟られないように大人しく向き直り、あくまで落ち着いて声を出す。
「…何だよ」
「……この間。久しぶりに実家帰ったら、弟に友達を紹介された」
「……?」
何を言われるのかと内心怯えていたのだが、弟の話?か。
なんだ、ビクビクして損をしたと気を緩めたのに、次にギルベルトが言った言葉に目を見開いた。
「その子はな…お前にビックリするぐらい似てた。」
名前はフェリシアーノ・ヴァルガス。ロヴィーノよりも少し薄い茶色の髪に
特徴的なくるんとした癖毛、蜂蜜色の瞳をした笑顔の愛らしい青年だった。
フェリシアーノは小さい頃に離れ離れになってしまった、兄を探していると言っていた。
その兄の名前は…―――――――――。
「『ロヴィーノ』って言ったんだ。…お前じゃねーの?」
「……フェリ、シアーノ…!?」
今まであえて考えるのをやめていた弟の名前に心底驚いた。
ヴァルガスといえば、あいつを引き取った家の名前だ。
…やっぱり、あいつは俺と違って上手くやっていけたんだろう。家名を名乗っているのが、その証拠だ。
「…心当たり、あるんだな?」
動揺する俺を見て、ギルベルトは問いかけてきて、それに少し間を置いて小さく頷いた。
「……あいつ…元気、だったか…?」
「あぁ。…素直で可愛くて、お前とは大違いだな!ケセセセ!」
「う、うるせーちくしょー!」
「…それで、俺がお前のこと知ってるならこれを渡してくれって頼まれたんだ」
ギルベルトはそう言いながら、一通の手紙を差し出してきた。
一瞬躊躇したが、俺はその手紙を恐る恐る受け取った。
「そんで、返事書いてあげろ。また来るから、じゃあな」
「まっ待て!お前……っあいつに、俺のこと…、話したの、か…?」
心臓がドクドクと脈打ち、薄らと冷や汗をかきながらロヴィーノはギルベルトに問うた。
怖い。フェリシアーノには、知られたくない。
俺が今、どこで何をしてるかなんて…!
(だって俺は違う。あいつみたいに上手くいかなかった…。)
(ここにだって、アントーニョが俺に同情しておいてくれているだけなんだから…!)
「安心しろ。詳しくは話してない。……あぁ、俺様優しすギルぜー!」
「くたばれバッファンクーロ!!」
「あぁ、そうだ。…お前、その手紙のことも、俺様がここに来たこともアントーニョには言うんじゃねーぞ」
「…なんでだよ」
ギルベルトは一瞬言うのを迷ったようだが、口を開いた。
「…―――アイツ、お前のことになると怖ぇんだよ。マジで何するか分かんねーからな。
現にアイツ、何年か前に俺やフランシスにここに来るなってすげー怒って…っとと。
…兎に角、いいな!?言うなよ!じゃあな。」
そう言って、ギルベルトは帰っていった…。
俺の手の中に手紙だけ残して…――――。
*
収穫したトマトの入った籠をキッチンに置いて、書斎に入ると
もう一度手紙を見た。真っ白な封筒の宛名は流麗な文字で『ロヴィーノ兄ちゃんへ』と書いてあった。
裏にはフェリシアーノの名前が書かれていた。
本当に、フェリシアーノからの手紙なのか…?同じ名前の別人ではないのか。
…そうも思えたが、この字を見て何故か俺の弟…フェリシアーノ本人であるような気がした。
文字だけだが、懐かしいようなそんな感じがした。
震える手で封を切り、恐る恐る手紙を開いてみる。
中には文字がぎっしり書かれた便箋が十数枚入っていた。
『兄ちゃんへ』『フェリシアーノです。お元気ですか?』手紙はそんな書き出しで始まっていた。
「…何枚書いてんだ、アイツ…。それになんで敬語なんだよ」
思わず笑ってしまったが、読み進めていくうちに妙な焦りを覚えた。
中には自分の今までのことが日記のように書かれていたり、学校に通っていたこと、そこで出来た友達のこと、
ずっと自分を探していたこと、……会いたい、こと。
そして…今は独立して画家やデザイナーとして活動していること…――――。
フェリシアーノは既にヴァルガス家を出て自立して働いている。
その事に、愕然とした。考えてみれば、もうそうしていてもおかしくないんだ…。しかし、
弟はもう立派に働いているというのに、俺はどうだろう?
今もアントーニョに甘えて、何もせずに日々を過ごしている。そのことが、溜まらなく恥ずかしかった。
返事なんて…書けない。なんて書けばいいんだよ。会いたいなんて…そんなの無理だ。
どんな顔をして会えばいいんだよ…!
その手紙が俺を責めるように見え、手が震えた。事実から目を背けるようにその手紙を鍵の掛かる引き出しに仕舞った。
けれど、今まで心の奥底で燻っていた不安が突如噴出し始める。これは、おざなりに過ごしてきたツケだ。
どうしようもない自分の現状、そして将来への不安。どうしよう。どうしたらいい。俺は…これから…
『ずっとここに居って』
『ロヴィーノは何も気にせんでえぇんよ』
アントーニョの優しい笑顔と言葉が頭を過ぎる。
アントーニョ…。アントーニョ…、それじゃあ駄目なんだよ…!
だって、このままじゃあ俺は…俺は…――――――。
急に胸が苦しくなった。
「っ……ぁっ…!」
息が出来ない。ひっひっと息を吸うことしかできなくて、吐き出せずに余計に苦しくなった。
ぐらりと視界が揺れ、身体が傾いていく。(倒れる…!)そう身構えたが、衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
代わりに、暖かい腕に包まれた。この腕が誰のものか、なんて考えなくても分かった。
「大丈夫か、ロヴィーノ!?」
「…っ――――ぁ……っ。」
「苦しいんか?!ロヴィーノ…っ!」
焦ったようなアントーニョの声に、少しだけ笑えた。心配そうに覗き込む優しい緑の瞳。
霞んでいく意識の中、俺はまたアントーニョに迷惑かけてしまったことを申し訳なく思った…。
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