「いだだだだっ!」

音もなく近づいてリーダーらしき男の腕を捻り上げた
黒いマントのフードを目深に被った男は口の端を上げて笑った。

「今日の俺はめっちゃ機嫌悪いんや。…今すぐ俺の視界から消えろ」
「くそっ!なんやお前ぇ!邪魔すんなや!!」
「消えるんはお前の方や、ろ!!」

俺を囲んでいた男達は手を離して黒マントの男を攻撃対象にしたらしい。
次々にマントの男に向かって拳を繰り出し始めた。


(たすかっ…た、のか?)


よく分からないが、チンピラ共の視界から外れたことにほっとして気が抜け、
そのまま膝から崩れ落ちた。
そして狭い路地で争う男達に視線を遣った。

(―――――え?)

チンピラの男たちの攻撃をひらり、ひらりと避ける男の黒いマントが
あの夢に出てきた闘牛士が翻すムレタに見えた。
そして、あの身のこなしは…――――――。

重なる。

夢の中の闘牛士の少年と、あの


黒いマントの男の動きが…――――――!



ただ似ているだけ?
いいや。あの夢を何度も繰り返してみていたのだ。
あんなに身のこなしが重なる人物なんて、そういない。



『ロヴィーノ!』


少年の声が、俺を記憶の海に導いた。
煌びやかな闘牛衣装を身に纏う少年が俺に向かって手を振る姿が脳裏に浮かんだ。
その表情はやっぱり逆光で見えなかった。
けれど、共に過ごした時間も短かったが自分にとって
あの人はかけがえのない大切な存在なのだ。
一緒にいたいと切望するほどに。




あぁ、ずっと…会いたかった。
またいつ会えるだろう。
いつ自分は大人になるのだろう。
いつ迎えにきてくれるのだろう。

指折り数えて待っていた、のに。

砂嵐が全てを一瞬にして消し去ってしまう。
そして音声だけが再生される。



( う そ つ き )



( お れ だ け じゃ 、な か っ た ん だ ――――――! )




『――――――それ以上思い出してはだめだ!』


頭の中で幼い自分が警鐘を鳴らす。
頑丈そうな大きな扉の前で通せんぼするように両手を広げていた。
まるでこれ以上はいかせぬとばかりに。
(あれ…?じゃあ、なんだ俺は…――――――)
もしかして、意図的に自ら記憶を封印した…?
何故?何の目的で…?


ロヴィーノが思考している間にチンピラ共を全員フルボッコにして
締め上げてちょっとだけ気分の良くなった黒いマントの男の傍に
誰かが駆け寄ってきた。

「アントーニョ様!」
「式も一ヵ月後に控えとるのにこんなに治安が悪かったら
あのじいさんがやっぱりやめたと言いかねへん。
警備の強化が必要やな」
「はい、すみません。あの者たちはこちらで処理を」
「あぁ、任せるわ」
「それと…」

部下がちらりとへたり込んでいるロヴィーノに視線をやった。
その視線から遮るようにマントを翻した。

「…早ぅ行け!」
「はっはい!失礼します!」

チンピラ共を纏めて引っ立てていく部下たちを見送り、
静かになった路地で座り込んだままのロヴィーノに近づいた。
コツコツとブーツの靴音にロヴィーノは顔を上げた。


「…観光客がこんな人気のない路地に入り込んだら
襲ってくれって言うとるようなもんやで」
「あ…っ」

フードから顔を晒した男は癖のある濃い茶の髪に
ペリドットの瞳をしていて、やはりあの少年と重なった。
夢の中の少年よりも大人びた青年の姿。
間違いない。
逸る鼓動が教えてくれた。
あの人だ、と。

「自分、ひとりなん?連れは?」
「あ、えっと…は、はぐれて……道、わからなくなって…」
「なんや、迷子かいな。ほら、手貸したるから早ぅ立ち。服汚れてまうで」

伸ばされた手に既視感を覚えた。
おずおずとその手に触れるとぐっと力強く引かれる。
勢いのついた俺が慌てるのも遅く、その胸に飛び込んでしまう。

「全く…ほんまに危なっかしゅうてかなわん…」
「?何…――――――」

アントーニョの小さな呟きはロヴィーノに聞こえなかったようで
顔を上げたロヴィーノから少し距離を置いた。

「ここの道真っ直ぐ行ったら突き当たり右。
そのまま進んだら大通りに出るからそれを左な。そしたら駅や」

ほなな、と踵を返す男の黒いマントを慌ててぐっと掴んだ。
このまま離れたらもう会えない気がした。
この国にきた目的は、今目の前にいるのに…!

「なん?」
「た、助けてなんて頼んでないけど一応礼は言っとくぞ!
そ、それと…、名前!そうだ名前!教えろこのやろー!!」

また可愛くない言葉しか出てこない口を恨めしく思いながら
必死でそのマントに縋った。

「…名前…なぁ。こういう場合、先に自分から名乗るんが礼儀やろ」

男の冷めた瞳に感じ取る。
この人は、俺のことなんて一切覚えていないのだ、と。
熱くなっていた心が冷えていくのを感じた。
そう、そうだよな。
あんな子供の頃の口約束。
しかも、数週間共に過ごしただけの子供のことなんか。
忘れていて当然だ。

それでも…、一目会えたら満足…だった、






…はずなのに。








「――――――ロヴィーノ。ロヴィーノだ」
「…ロヴィーノ、な。俺はアントーニョや」

アントーニョ。
心の中で何度も繰り返し呼んだ。
(ん?アントーニョ…?)
あれ?最近その名前どこかで聞いたような…?
とは思ったがこの国ではあまり珍しくもない名前だ。
まぁいっかと頭の隅に追いやった。

「ほな、そういうことで。えぇ加減離し…」
「あの、さ……その、俺とお前…昔どっかで会ったこと…ある?」

緊張から声もマントを掴む手さえも震えた。
アントーニョはそんな俺に向き直るとしげしげと眺め、口角を上げた。
それはもう、獲物を見つけた肉食獣のように。

「なん?それ…陳腐なナンパ男の台詞みたいやで」
「なっ!?ち、違…っ!」

意地悪く笑うアントーニョから一歩後ずさると、とんと背中が壁に当たった。
アントーニョの手が俺を囲うように壁についた。

「お誘いやったらノったらなあかんよな?」
「ちょっ、まて違う…!」

何だこの展開は。こんなはずじゃなかったのに。
そう慌てる俺に構うはずもなく、アントーニョは笑みを浮かべたまま
顔を近づけてきて、二人の唇が重なった。










【続く】

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ほんとは優しいいつもの親分で書こうとしたけど、
黒分のほうが展開が面白いと感じてしまったのでこんなことに。
すまない、ロマーノさん…

2014/9/22 up