合わさった唇は熱く、あまりの出来事に驚きすぎて固まるロヴィーノとは裏腹に
アントーニョは余裕の表情でロヴィーノの唇を啄ばみ、逃げる腰を引き寄せて
舌で歯列をなぞり、ロヴィーノが思わず声を上げた隙に更に深く口付けた。
「んあっ…んんっ!!」
なんでこんなことになっているんだ。
頭の隅で抵抗しないと、と思うのに身体は全く動けなかった。
俺は他人に触れられるのがあまり好きじゃない。
女の子ならまだしも、男には手でさえ触れられたくない。
でも、アントーニョに触れられるのは全然嫌じゃなかった。
こうしてキスをするのも、相手が他の知らない男であれば全力で這ってでも逃げ出しただろう。
こんなふうに舌で口腔を犯されるなんて絶対に嫌だ。
想像しただけでも気持ち悪くて吐きそうだ。
けど、アントーニョは嫌じゃない。
ドキドキして、顔だけじゃなくて、身体も熱くなって。
恥ずかしいけど、嬉しくて…気持ちがいい。
ロヴィーノはそっと目を閉じ、アントーニョの首に腕を回して与えられる熱に身を任せた。
離れたくないよと泣いたあの日を思い出す。
ずっと一緒にいたいのに、どうしていつも叶わないんだろう。
やがてゆっくりと唇が離れると、二人とも乱れた呼吸を整えながらも
その視線だけ絡ませていた。
ロヴィーノは夕闇の中光るペリドットの双眸の煌きに見入っていた。
しかしそんな甘やかな余韻はアントーニョのデコピンで覆された。
「いってぇ!なっ何しやがる!!」
「ド阿呆!自分警戒心ないんか?!なんで大人しく受け入れとんの?もっと抵抗せんかい!
…――――――それとも、誰が相手でもそういう態度なん?」
「んなわけあるかちくしょーが!お前じゃなかったら、こんなの…っ」
言ってる途中で羞恥心が込み上げて最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
頬を真っ赤に染めたロヴィーノを見て、アントーニョは深く息を吐いて、僅かに頬を緩ませた。
(トマトみたいやんなぁ、ほんま)
赤い頬を隠すように俯いたロヴィーノの頬に手を滑らせ、
そっと顔を上げさせ、じわじわと胸に募る愛しさのままもう一度キスをしようとしたが、
背後から聞こえてきた石畳を蹴る足音に、振り返った。
「やっと見つけたぜ、ロヴィーノ!ったく…離れるなっつっただろーが」
「ギルベルト…」
あぁ、そういえばこいつと逸れたんだっけ。
事の次第を思い出して、心配させたかとちょっとだけ申し訳なく思ったが
そんなことより、もう少しアントーニョと二人でいたかった気持ちの方が大きく
邪魔するなこの芋野郎空気読め!と小さく毒吐いた。
ギルベルトはロヴィーノに近づくと傍にいた男を見てぎょっとした。
「おまっ、あ、アントーニョ!?なんでこんなとこに!?城に籠もってるはずじゃ…―――」
「えっ?ギルベルト、アントーニョと知り合いなのか?」
「はぁ?知ってるも何もコイツは…――――――いってぇええ!!」
「おー、ギル久しぶりやーん!」
アントーニョは慌ててギルベルトの足を踏みつけると
その肩に腕を回して少しロヴィーノから距離を取った。
不思議そうなロヴィーノに背を向け、ぼそぼそと小声で何かを言い合ったあと
アントーニョはギルベルトを解放した。
「二人、どういう知り合いなんだ?」
「学生時代からの悪友やねん!なー?」
「お、おぅ…」
「ふーん……?」
心なしか何かを誤魔化されたような気がしないでもなかったが、
ギルベルトはこの国の寄宿学校に通っていたというのを思い出して
そこで知り合ったのかと納得した。
ギルベルトの通っていた学校は国内外の貴族や王族も通っていた学校だ。
つまり、はやりアントーニョはそれなりの家柄の出身なのだろう。
(まぁそうでなきゃ他国の王族である俺と接触出来るはずない、か…)
「…そろそろ戻るわ。ギル、こっちにとってもロヴィーノは大事なお姫さんや。
護衛やったらちゃんと守ったらなあかんよ」
次同じようなことしたら命ないで。
と、釘を刺してアントーニョはマントを翻して踵を返した。
その後姿があの時の闘牛士の姿と重なり、
幼いロヴィーノが必死に名前を叫んで手を伸ばした。
同じようにロヴィーノもまた、アントーニョのマントを掴んだ。
「トーニョ!」
折角会えたのに。
まだ一緒にいたいのに。
伝えたい言葉は何一つ言えてない。
アントーニョが俺を覚えていても、いなくてもいい。
アントーニョは、嫌かな。
昔と変わってない、俺の気持ちは迷惑かな。
昔も今も、変わらず好きだよ。
あの約束は叶わないけれど
ずっと、待っていたんだよ。
「…トーニョ、」
ぎゅっとマントを掴んだロヴィーノの縋るような瞳に
昔の幼いロヴィーノが重なる。
懐かしさに小さく笑うと振り返ってロヴィーノの柔らかな頬を撫でた。
「ロヴィ…また、な」
どきりとした。
切なくて、どこか苦しそうな微笑みにその手を離さざるを得なかった。
するりとロヴィーノの手からマントが離されると、アントーニョは路地の奥へと消えていった。
「…トーニョ…」
少しだけ思い出した記憶の中でロヴィーノは彼をそう呼んでいた。
そして、アントーニョは『ロヴィ』と。
もしかして、アントーニョは覚えていたのかもしれない。
けれど、理由があって知らないふりをしようとした…?
「…ロヴィーノ、帰るぞ」
「………うん」
アントーニョの去っていた方に一度振り返るが、そこにもう彼はいない。
諦めてギルベルトの後を追った。
駅まで歩いて列車に乗り、再びホテルに戻って一人の部屋で
一人掛けのソファに座ってぼんやりと窓の外を見た。
すっかり暗くなった空はぽつぽつと小さな星が浮かんでいた。
この旅の目的はアントーニョに一目でもいいから会うことだった。
それは果されたのだから直ぐにでも国へ帰るべきなのかもしれない。
でも、まだもう一度アントーニョに会いたいと思っていた。
一目会うだけで満足すればいいのに、欲張りだなと思ったが
会う前よりもずっと逢いたい気持ちが募ってしまってどうしようもないのだ。
触れ合った唇を無意識に指でなぞり感触や熱さを反芻してしまう。
それに気付いて慌てて頭を振ったが、どうしても頭から離れてくれなかった。
「はぁ…それにしても…」
最後にみせたアントーニョの表情が気になった。
アントーニョが貴族やそれに近い身分ならこの国の王子と
隣国の王族であるロヴィーノが結婚するという話も当然耳にしているだろう。
国の決め事に逆らうことは出来ない。
それであの約束はなかったことにしようとした。
だから、アントーニョはロヴィーノのためにあえて知らない振りをしたとしたら。
『ロヴィ…また、な』
また、なって。
どんな気持ちで言ったんだろう。
アントーニョの気持ちを考えて胸を痛めた。
ぎゅっと拳を握ったロヴィーノは部屋を出てギルベルトの部屋をノックした。
「ロヴィーノ?どうかしたのか?」
「ギルベルト、明日のことなんだけど…城に行くぞ」
「……はぁ?!」
ギルベルトが漏らした『城に籠もっている』発言をしっかり耳にしていたロヴィーノは
城に行けば逢えるのだろうと思った。
「お前、これお忍びなんだろ?なんでわざわざ城に…」
「もしかしたら記憶戻るきっかけになるかもしれねぇし…元々行くつもりだったし。
フェリシアーノに忍び込めるよう用意はしてもらってるからそこはまかせろ」
お前の方の準備も出来てるから安心しろ。
親指をぐっと立てたロヴィーノに、ギルベルトはいやな予感がしてならなかった。
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