「…なんだ、これは」

翌日、朝食を済ませた後俺は城に潜入するための“準備”一式をギルベルトに手渡した。
中身を確認するために部屋に入ってそれをひとつひとつベッドに並べたギルベルトは
ひくりと口元を引き攣らせた。

この国の城で働くメイドの制服である薄い緑のロングワンピースに白いエプロン。
ギルベルトの髪に合わせた銀髪のウイッグにヘッドドレス…。
並べたまま固まるギルベルトにロヴィーノは気にせずに言った。

「お前あの城には何度も顔出してんだろ?お忍びで潜入するなら
変装しないと直ぐバレるぞ。で、バレる確率下げるなら性別偽る方が
手っ取り早くていいだろ」
「嫌だー!!俺はまだ男捨てたくねー!!女子とだって手も握ったことないんだぞー!?
無理無理無理!!ぜってー着ねーからな!!」

突き返そうとするギルベルトの様子は想定の範囲内だ。
俺は最終手段に出ることにした。

「…そうだ。ギルベルト、フェリシアーノからの伝言だ
『この任務はギルベルトにしか頼めないんだ!お願い、兄ちゃんのフォローよろしくね♪』…だとよ」
「まっまぁフェリシアーノちゃんの頼みなら…仕方ねーよな!
いやー頼りにされてほんとまいったなー!」

しっかりフェリシアーノの声真似で伝言を伝えると
ギルベルトは急に態度を変えてやる気になったのを見てロヴィーノは呆れた。
(扱い易くて助かるけど…)
頼られて天狗になっているギルベルトを尻目に深く溜息をつきながら
ギルベルトの部屋のソファに座った。

(それにしても回りくどいな…)
アントーニョがギルベルトと知り合いだというなら、
彼を介せばもういつでも会えるも同然だが、ロヴィーノはギルベルトには頼りたくなかった。
言えばきっと何故アントーニョに会いたいのか。
理由を話さなければならなくなる。
…まさか婚約者のいる身で惚れた相手がいてそいつに会いたい、などと言えるわけがない。
もし知られたらアントーニョにいらない迷惑をかけてしまうことになる。
“最悪の事態”になることもありえる。
…王族でなければ。
…この国の王子との結婚話がなければ。
こんな面倒な手段などとらずにすむのに。

でも、王族でなければ、彼と出会うこともそもそもなかったのだ。
どちらが良いのかなんて考えるべくもない…。

自分の身のままならなさに唇を噛んだ。


「お前は流石っつーか、あれだな。慣れてるよなーこういうヒラヒラした服とか」
「……まぁ、ソレが昔からの習わしらしいからな」

準備を終えたギルベルトが外套を身に着けながらロヴィーノを振り返った。
手持ち無沙汰でワンピースの胸元のリボンの端を指先で弄ぶ。
俺の国では十三歳までの王族の男子は女性と同様にドレスを身に着ける。
何故そのような習慣が出来たのかは知らない。

「んじゃ、行くか」
「おぅ」

立ち上がってウイッグをセットしてマントを着こんでギルベルトと共にホテルを後にした。





小高い丘の上にある王城は東西に伸びた城壁に囲まれた兎に角広くて大きい城だ。
そこに向かって歩きながら、ロヴィーノは少し前を歩くギルベルトに問いかけた。

「な、なぁ…」
「ん?なんだ、もう疲れたのか?」
「ちげーよ!……あー…その、き、昨日の…アントーニョとかいうの?
アイツって、さ……どういうやつなんだ?」

何気なさを装ったつもりだが、急になんだとギルベルトはきょとりとした。
焦りながらロヴィーノは慌ててつけたした。

「俺、ガキの頃の記憶全部ぶっ飛んだって聞いてんだろ?
でも、アイツとはどっかで会った覚えがあるような気がしてっ…!
ちょっとだけ断片的に思い出したこともあるから、その…」
「なるほどな。この旅の目的ってもしかして記憶探しなのか?」

(まぁそういうことにして置いたほうが無理がないよな)
頷いてみせるとギルベルトは納得したようで
アントーニョなぁ、と少し考える素振りをして口を開いた。

「まぁ、そこそこ人当たり良くてそれなりに友人は多い方じゃね?
強さは俺と同じ…いや、俺の次に強いんじゃねーの?
普段のほほんとしてても、機嫌損ねるとすげーおっかねぇ、容赦ねー。
一回敵って認識するとすぱっと文字通り切り捨てる」

それが例えば身内であっても、長年使えてきた部下でも。
ギルベルトの首を切る動作に思わずごくりと唾を飲んだ。

「ま、アイツの場合はそうならざるを得ないよな。
この国は力が全てだからな。上に立つ者はこの国で一番強くないとだめなんだってよ」

ギルベルトはこの国の男児は五歳から剣術をならい、
自分の身はもちろん、家族や国を守る義務を負うのだと言った。

ふいにフラッシュバックするように脳裏に映像が過ぎる。
幼いロヴィーノを抱き上げてアントーニョは笑顔を向けた。

『ロヴィは俺が守ったるから何も心配いらんよ』




(じゃあ、アントーニョを誰が守ってくれるんだよ)




「あー…あとは婚約者がなかなか自分と会ってくれねぇって嘆いてたな」

ギルベルトはちらりとロヴィーノを見てにやりと笑った。
ギルベルトなりに記憶を取り戻すヒントになればいいと思って言ったのだが、
それはロヴィーノにいらぬ誤解を与える切欠になってしまった。

「こっこんやくしゃ…、いや…そ、そうか」

誰、と問いただしそうになって、慌てて口を噤んだ。
そう。そうだよな。あんな昔の約束律儀に叶えようなんて思わないよな。
婚約するくらい大事なヒトがいるのか…そう、か。

(じゃあ、あの時のあれは俺の思い違い…か?)
(アントーニョも俺と同じ気持ちじなんじゃないかと思ったのに…)

違うのか。

そう。そう、か…――――――

寂しいとか悲しいとか言いようのない感情が込み上げて喉元に引っかかっている。
大事な人がいるなら今更自分がのこのこ会いにいったら迷惑じゃないか。
足が次第にゆっくりになっていく。
(でも…それでもいいから)
逢いたいという気持ちがロヴィーノを再び歩かせるのだった。






*







ギルベルトの機転もあり、難なく城の内部に潜り込むことが出来た。
上着を脱ぎ、メイドのふりをしながら城の中を歩く。

「どうだ、何か思い出したか?」
「……あぁ」

城内なんてどこに何があるのか全く覚えていなかったけれど、
自然と足は迷うことなく宮殿の奥へと歩いていく。
たくさんの花が咲き乱れ美しい噴水や水路の通った中庭に差し掛かった。

「あ、…」

覚えてないけれど知っている、とこの景色を見て思った。

『ヴォアアアッもういやだ!うちにかえりたいぞこのやろー…!』
『泣かんとって、ほら元気の出るおまじないする?なぁする?ふそそそそ〜』
『なんだそれ、全然効いてねーぞ』

脳裏に蘇る記憶の断片。
そう、それでその後この庭の奥へ…――――――。
何かに導かれるように歩いていくロヴィーノに、
ギルベルトは何か思い出したのかと思って口を開いたのだが、
それは別の声によって遮られた。

「こらっあんたたち!新人かい?サボってないでほらこれ運んで!!」
「えっあ!ちょっ、ろ」
「はい、とっとと運ぶ!ほらほら!」

中年のいかにも古株のメイドにギルベルトは洗濯物の籠一杯に入った
シーツなどの白い布を押し付けられて慌てながら振り返るが
そこにロヴィーノの姿は無かった。

(やべぇえっ!)

またもやロヴィーノを見失い、ギルベルトは冷や汗を流した。
城の中だからそうそう危ない目に合うはずはないだろうが…
なんだかタイミング悪いな。早く合流しねーと…!
内心ギルベルトは焦りまくるのだった。


一方そんなギルベルトの焦りなど露とも知らずに
ロヴィーノは広い中庭の奥、東屋を通り過ぎ林の中へ足を踏み入れた。
木々の間を抜け、秘密のトマト畑に出た。

「ここ…やっぱり覚えてる」

二人で何度も内緒でトマトを食べて、それから…。
この畑の更に奥。湖のような池があって、そこでもよく遊んだ。
トマト畑に実る大きな赤い実を指でなぞる。

「こらっ!」
「ちぎっ!?」

大きな声にぎくりと身体を強張らせて振り返る。
…が、そこに人の姿はなく首を傾げた。
(あれ?さっき声…――――――)
辺りを見回していると身近な木の上でガサリと音がしたかと思えば
すたっとロヴィーノの目の前に綺麗に着地した者にロヴィーノは声を上げた。

「アントーニョ…!」
「またお前こんなとこで何しとん?つーか…なんちゅー格好を…」


(逢いたかった)


アントーニョの姿を見とめてほっと表情が緩んだ。
何となく、ここに来ればアントーニョに逢える気がしていた。


だって、ここは。


ここ、こそが。



二人の秘密の場所で、思い出の詰まった大事な…――――――だい、じ…な?







何だろう。この思い出せそうなのに、思い出せない感じは。







――――――『だめ、それ以上思い出したら』





――――――『辛い想いも、悲しい想いももうしたくないから』













出逢わなければよかった。
だから“忘れる”ことにしたんだよ。














【続く】

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ここで少し補足
伊兄弟の国は神の住む楽園、聖地なので
絶対不可侵領域で、その周辺の友好国のひとつが
芋兄弟の騎士団で代々伊兄弟の国の王族を守る
役割を担っているというような設定です。


2014/11/4 up