それはむかし むかしのおはなし。
絶望の淵で嘆き悲しむおひめさまの前に現れた魔法使いは
その苦しみからおひめさまを解放するために
『すべてを忘れる』魔法をかけたのでした。

しかし、おひめさまは知らなかったのです。
その魔法使いこそがおひめさまを悲しませる原因を作ったことを。

魔法にかかったおひめさまは眠り続け、
目が覚めた時には全てを忘れていたのでした。

魔法使いは影でその様子を見て笑っていました。
思惑通りに事が運び、魔法は完璧におひめさまにかかったかのように思えましたが
ただひとつ、誤算があったのです。


それは…――――――


































「――――――ノ、ロヴィーノ?」
「えっ―――あ?」

こめかみに手を当てて流れ込んできた記憶と声に
意識をとられてぼんやりとしていたロヴィーノの肩を緩く揺さ振ったアントーニョは
少し心配そうに顔を覗き込んできた。

「気分悪なったんか?大丈夫か?」
「あ、いや平気だ」

何か思い出しそうなんだけど…やっぱり途中で昔の自分が止めるんだよな。
そんなに嫌な記憶なのだろうか。
(アントーニョとのことも、思い出したくないくらい…?)

「で、何でそんな格好して城ん中うろうろしてん?許可した覚えないで」
「うっ…いや、そのこれは……お、お前はここで何してたんだよ?」
「…今の時間帯は俺ん中ではシエスタの時間やから」

ほう、俺の中では…と。
(つまり堂々とサボっていたということか)
によっと笑うとアントーニョは少し居心地悪げに視線を泳がせた。
そういえば昔遊んでた時もなんかサボって怒られてたような気がする。
変わってないな、と更に笑みが零れた。

「それより、ロヴィこそメイドの格好なんかして…
いずれ嫁いでくるところや言うてもまだお前は他国の人間やろ。
そんなヤツが許可もなくうろうろしとるっちゅうことは
スパイや思われても仕方ないで。…見つけたんが俺で良かったな」
「スパイ!?まさか、そんなつもりは…」
「ほな、どんな理由で勝手に城ん中侵入したんや」
「だから、それは……!」

お前に会いに来た、なんてそんなの素直に言えるわけがない。
別の最もな理由を模索してあーとかうーとか唸りながら考えている
ロヴィーノの頬は真っ赤で、アントーニョは噴出しそうになるのを必死で堪えた。

(あかん、トマトや…!めっちゃトマトや…!)

「記憶…そうだ!忘れた記憶思い出そうと思って…!
ここにきたらなんか思い出せそうで、それで!」
「記憶…?そんなん今更思い出してどうするん?十にも満たん頃の記憶やろ?
そんな重要なもんとは思えんけど」

重要じゃない…。
アントーニョの言葉に胸が裂かれるように痛んだが、
目を伏せ唇を噛んで堪えた。

「……お前に記憶のない俺の気持ちなんか分かるわけない…っ
目が覚めたら自分がどこの誰かも分からなくてっ
今目の前にいるヤツが敵か味方かも分からない状態で…
世界にひとりだけにされたようなそんな経験ないんだろ!」
「…まぁ、ないな。でも、せやな。寂しかったよな?ごめんな」

ぽんとロヴィーノの頭の上にアントーニョは手を乗せてゆっくりと撫でた。
優しい手付きに、ささくれた心がほぐれていく。
あぁ、もう。ほんとコイツ…ずるいよなぁ。

「…でも、ひとつだけ唯一覚えてる記憶があって…」

それは――――――

顔を上げてじっとアントーニョのペリドットの瞳を見つめた。

「…お前が、闘牛やってるとこ…。あの記憶だけ覚えてた…」
「………え?」
「大人になったら迎えにきてくれるっていうあの言葉も」

ずっと待っていたんだぞ。
ぼそりと言った言葉はしっかりとアントーニョの耳にも届いていた。
今度はアントーニョが視線を逸らせ頬を赤くしたロヴィーノの表情を見つめた。

アントーニョはロヴィーノは自分のことも何もかも忘れてしまったと思っていた。
だから彼の城を訪ねても会ってもくれないのだと。
手紙を送ってもなんの返答もくれないのだと思って
だけどいずれ彼は自分のものになる。
それからまたいろんな思い出を作ればいいのだ、と自分に言い聞かせてきた。

名前も忘れてしまっていたらしいが、それでも彼は自分を覚えていた。
家族との記憶もなくなった彼が唯一、自分だけを。
小さなロヴィーノが自分の服を掴んで離さなかったみたいに。

(あぁ俺…ほんま弱いねんなぁ)

ロヴィーノに両手を伸ばして縋られる、求められること。
傍に、と望まれることに言いようのない幸福を感じた。
内から湧き上がる衝動のままにアントーニョはロヴィーノを抱き締めた。

「ちょっ、アントー…んっ!」

重なった唇に驚き、声を上げようと開いたところに
アントーニョはぬるりと舌を捻じ込み歯列をなぞり舌を絡ませる。
深い口付けに身体の内から湧くぞくぞくとした感覚に
意識を持っていかれそうになったが、はっとロヴィーノは気付く。

(婚約者…そう、アントーニョにはもう婚約者が…!)

アントーニョの身体を押し返したり身を捩って逃げようとするが、
アントーニョはそれを許さず更に強く抱き込み、
呼吸を奪うような激しいキスをしてロヴィーノの抵抗を抑え込んでしまった。

(だめ、だ。こんなことしたら…!)

「はっ……だめ、っ」
「嬉しい…ロヴィが俺のことを覚えとってくれて…ほんまに」

そんな、心底嬉しくて堪らないみたいな声で囁かないでくれ。
もう誰かのものだって分かっていても、望んでしまいそうになる。
誰かのものじゃなくて俺のものになって欲しいなんて。
何もかも捨てて自分のところに来い、と連れ出して欲しいなんて。
そんなこと、いけないと分かっているのに。

多くを望んではいけないのに。

「ロヴィー、俺のロヴィーノ…」
「アントーニョ…」

再び重なる唇に、ロヴィーノは目を閉じた。
(ごめんな…今だけ、今だけだから)
アントーニョが愛しているのは俺だと錯覚させてほしい。
ロヴィーノはアントーニョの首に縋るように腕を回した。













*














「おーいっロヴィーノ!どこだー!」

遠くから聞こえてきたギルベルトの声にはっと我に返った。
アントーニョから慌てて離れると同時にギルベルトは近づいてきた。

「こんなトコにいやがった…お前なぁ、ってまたアントーニョと一緒かよ」
「ぶはっwwwちょっwwwwギルまでなんちゅー格好しとんのwwwwwwwwww」
「あ!こ、これは別に…!俺が着たくて着てるわけじゃねーからな!?」

けらけらと指を差して笑うアントーニョにギルベルトは慌てて言い訳を並べている。
しかしアントーニョはそれを聞き流しながら直も笑っていた。

「…ったく!おい、ロヴィーノ帰るぞ!」
「え、あ…」

くるりと踵を返したギルベルトにちらりとロヴィーノはアントーニョを見た。
もう夢の時間は終わり…か。
でもまだ、一緒にいたい。
けどそれをギルベルトには言えない。

だけど…――――――。

一瞬の躊躇の後、ギルベルトの後に続こうとしたロヴィーノの背に
アントーニョは引き止めるように名前を呼んだ。

「ロヴィー」

「…ロヴィーノ」


ロヴィーノは足を止めて振り返った。
泣きそうに歪んだロヴィーノの表情に、アントーニョは苦笑した。

「ロヴィー、おいで」

両手を広げたアントーニョに、ロヴィーノはギルベルトに振り返った。

「おいでって何言ってんだ、アイツ…っておい!ロヴィーノ?」
「悪い、ギルベルト。先に戻っててくれ」
「はぁ?!」

ロヴィーノはアントーニョの元に走り、その腕に飛び込んだ。
アントーニョはその身体を愛しそうに強く抱いて、
ギルベルトに告げた。

「夜までにはちゃんと送り届けるから、ちょっとお姫さん借りてくで!」
「はああああっ!?おいっコラ!アントーニョー!?」

アントーニョはロヴィーノの手を引いて走り出した。














【続く】

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冒頭のあれはちょっとだけネタバレですw
魔法使いはもちろんあの…おっと。


2014/11/10 up