感傷に浸っているとあっという間にひと月経ち、数ヶ月前から進められていた婚礼の準備が整った。
空は青く晴れ渡り、式を挙げるには絶好の日和となった。
ロヴィーノはフェリシアーノ他親族や友人、身の回りの世話をするメイドや護衛と共に
再び西の国の地を踏んだ。

婚礼の儀式が行われる場所は城の敷地内にあるという礼拝堂だ。
そこから少し離れた一室が花嫁となるロヴィーノの控え室として案内された。
荷物などは予め前日までに運び込まれており、
ロヴィーノは身一つで今日の婚礼を済ませるともう西の国の人間だ。
自国に戻ることはそう簡単に許されない。

…後戻りはもう出来ない。

大きな鏡の前でテキパキとメイドたちがロヴィーノに婚礼衣装となる
白いドレスを身に着けさせていく。
細身のシンプルなドレスの首の根元から袖ぐりの下は大きくカットされ
デコルテ部分を覆うレースのハイネックは透け感があり
ロヴィーノのすっきりとした首元を上品に見せている。
デコルテ部分と同じレースで作られた白い手袋をして
パールのジュエリーを身に着けられて、
そして最後に繊細な刺繍を施された長いマリアヴェールを被せると
作業の終わったメイドたちは一礼して部屋を出て行った。
大きな窓から明るい日差しの差し込む中、静かに佇むロヴィーノを
傍で見ていたフェリシアーノは感嘆の溜息を零した。

(きれい…)

花嫁というのは誰でも美しいものだが、
普段口数の多いフェリシアーノでも軽口さえも出てこないほど見惚れてしまう。
けれど、やはり気乗りしないのかロヴィーノは憂い顔で椅子に腰かけた。
そんなロヴィーノに少し迷ってから口を開きかけたフェリシアーノだったが、
突然バンと開いたドアに驚き振り返った。

「ロヴィイイイイイイノオオオオオオオオオオ!!」
「ヴェッじいちゃん…!」
「うおおおおおおっさすが俺の孫!!綺麗だなーあぁあの若造には勿体無い!!」

ぎゅうぎゅう抱き締め頬ずりする祖父に慌ててフェリシアーノは間に入る。
折角綺麗に整えてもらったのに手直ししてもらわなければいけなくなる。

「ほら、じいちゃん先に行ってて!!騒がしくすると兄ちゃんも落ち着かないでしょー?」

ほらほらと騒がしい祖父を部屋から追い出すと、やれやれと溜息をついた。
あんな様子でロヴィーノとヴァージンロードなど歩けるのだろうか。
むしろ、王子などに引き渡すかと抱きかかえて帰りそうな勢いだ。


(それはじいちゃんの役目じゃないよね)


もちろん自分でもない。
フェリシアーノは大きく深呼吸するとロヴィーノに近づいた。



「兄ちゃん、……喉渇かない?ハーブティー飲む?」
「フェリシアーノ…いや、今はいい」

そうしてまた窓の外を見るロヴィーノに、フェリシアーノは
何度か迷ってから口を開いた。

「ねぇ、兄ちゃん……あのね?もしかして、さ……好きな人居るんじゃない?」

その瞬間、ロヴィーノの大胆に開いた背中がぐっと強張るのを見て、
フェリシアーノは確信した。
ロヴィーノは好きな人がいるのだ。
だから、言ったのに。嫌なら断っていいんだよって。

「そんなヤツ、いるわけ…っ」
「嘘。兄ちゃん、それなら早くそう言ってくれたらよかったのに!
言ったでしょ、兄ちゃん!無理しないでいいんだよって!!
なのに………俺、兄ちゃんが幸せじゃない結婚しちゃうのは絶対嫌だよ!」

もちろん、兄なにりに考えてのことだとは知っている。
でも、こんなのは俺もじいちゃんも望んでない。
誰も望んでいないのに。

「でも、」
「だめっ!こんなの絶対だめ!俺いやだ!祝福なんて出来ないよ!!
だって……こんなの、全然幸せじゃない…っ」
「フェリシアーノ、俺はもう納得してここにいる。だから、」


だから、もういいんだ。



静かに笑むロヴィーノに、フェリシアーノは胸を痛ませた。
違う。こんな顔が見たかったわけじゃない。
こんなふうに寂しそうな顔で笑って欲しくてこの結婚話を進めていたわけじゃない。
フェリシアーノは何かを腹のうちで決めて、顔を上げてロヴィーノをみた。
そしておもむろに自分の着ていた礼服を脱ぎだした。

「お、おい、フェリシアーノ!?」
「脱いで、兄ちゃん。そんで俺の服着て!俺が代わって皆を引き付けておくから
そのうちに逃げて…――――――好きな人のところに行って」
「は…はぁああ?そんなの出来るわけ…っ」
「兄ちゃん!」

フェリシアーノはロヴィーノの肩を掴んだ。
そしてその顔を覗き込み、言った。

「俺は兄ちゃんを犠牲に国を創りたいとは思わない。
そんなのは俺の描く未来じゃないよ。だからぶち壊す」
「ぶち壊すって…」

のほほんとした弟から物騒な言葉が出てきて面食らった。
そんなロヴィーノを見て、フェリシアーノは微笑んだ。

「兄ちゃん、幸せを望んじゃいけない人なんていないよ」
「――――――…や、でも」

もうこれでいいと。
アントーニョのことはそっと胸に仕舞い込んでしまおうと決めたのに。



(だめ、じゃないのか…――――――?)



(俺はアントーニョの傍にいてもいいのか――――――?)






「迷ってる時間ないよ。ほら、にいちゃん」

上着を差し出すフェリシアーノに、ロヴィーノは瞳に涙を浮かべ
小さくごめん、と呟いた。











*











カツカツと苛立たしげな足音を隠しもせず、白いタキシードを着た男は
大理石の廊下を突き進んでいく。
目的の部屋は城の二階にあり、式が始まるまで人払いがされている。
護衛の任についた他国の軍服を着た兵士は真っ直ぐ突き進んでくる男を見てぎょっとした。

「邪魔するで!!」
「お、お待ちください!これより先はいくら王子といえど許可無く立ちいることはご遠慮ください!」
「お引取りくださいっ」

本日晴れて夫婦となるはずの姫君の護衛やメイドが止めるのも聞かずに
その控え室となっている部屋へ強引に押し入った。



「ロヴィーノ!!」




バンっ!と音を立てて開いた扉の先の大きな鏡の前の椅子に腰かけた
麗しいドレス姿の婚約者の姿に一瞬息を呑む。
音に少し驚いたように繊細な刺繍の施されたマリアヴェールが揺れたが、
そのまま微動だにせず、振り返らないロヴィーノに眉を顰めた。

「…久しぶりやん。先日はまさかやり逃げされるとは思わんかったわ。
さよならって何?…どういうことか説明してや!」

愛していると確かめ合ったはずなのに、
なのに朝起きたら隣に居るはずのロヴィーノはいなくて。
代わりにサイドテーブルに『さよなら』と書かれたメモだけが残っていた。
まるで永遠の別れを告げたかのようだ。
連絡をとろうとしてもまた面会謝絶とはどういうことだ。
全く意味が分からない。

「なんなん?俺をどうしたいん?遊ぶんも大概に…――――――?」

ずっと前を向いて黙ったままのロヴィーノを訝しみ、
じっとその後姿を観察して男は何かに気付いて大股で近づいて
その肩を掴んで無理矢理振り返らせた。

「ウヴェッ…!?……――――――えっと、ちゃ、チャオー?」
「フェリちゃん…?!なんやこれ、どういうことや!?」

何かを誤魔化すようにわざとらしい笑顔を浮かべたフェリシアーノの
細い肩を掴んでがくがくと揺さ振った。

「ごっごめんね〜?」
「ロヴィーは?ロヴィーノはどこや!?」

フェリシアーノは表情を引き締めると男の手をそっと払った。
そして困ったように笑いながら言った。

「本当にごめんなさい。でも、俺は兄ちゃんが幸せじゃない結婚は
させられないし、嫌なんだ。そうでしょ?――――――アントーニョ兄ちゃん?」

フェリシアーノの言葉に男…アントーニョは苦い顔をした。
フェリシアーノはロヴィーノを逃がしたのだ。
全く、最後の最後でこんな裏切りをされるとは思わなかった。
アントーニョは口角を上げた。

「はは、…なんそれ?俺と結婚したらロヴィが不幸になるとでも?」
「そうじゃないけど…好きな人がいるなら、その人の所に嫁がせてあげたいんだよ」
「好きな人?」

アントーニョは目を見開いた。
まさか、そんな。
だって、あの時あんなにも…――――――。

「だから、ごめんなさいっ!このまま兄ちゃんを逃がして…って」

アントーニョはくるりと踵を返し、扉をまた乱暴に開いた。
そして待機していた自国の兵士に大声で告げた。

「皆っ緊急事態や!花嫁が逃げた!!今すぐ探し出して俺んとこ連れて来い!!」
「はっはい!!」
「出入り口は全部固めろ!人っ子ひとり外に出すんやないでっ!!」
「了解ー!!」

どたどたと走っていく兵士を見送り、アントーニョはフェリシアーノを振り返った。

「ちょっちょっとアントーニョ兄ちゃん!?待ってよ、お願いだから
このまま兄ちゃんを放っておいて!好きな人のところにいかせてあげてよっ!」
「悪いな、フェリちゃん」

涙目で縋るフェリシアーノに微笑むと、
アントーニョは何かに導かれるように大きな窓の傍に近づいた。
下を見下ろすと黒の礼服を纏った濃茶の髪の青年が中庭の方へと走っていくのを見つけた。

その姿に口の端をあげた。

(誰が逃がすか)

窓を開け放ち、窓枠に足をかけた。

「アントーニョ兄ちゃんっ!?」
「悪いけど、俺な?俺以外のヤツの傍で幸せなロヴィーノとかありえん
絶対許せんもしそんなヤツ居ったらそんなんぶち壊すん決まっとるやんな?
――――――ロヴィーノを幸せにするんは、俺以外におって堪るかいっ!」


言い終えると同時にアントーニョはその窓から飛び降りた。
下の木の枝に掴まると反動をつけて綺麗に着地をすると
ロヴィーノを追って、走り出した。

その後姿をフェリシアーノは少し呆れたように溜息をついて見送ってしまった。

「すごっ……普通飛び降りるかな、二階から…」

あぁでもどうしよう。
思っていたよりも早く入れ代わりに気付かれてしまった。
やっぱりルートについていってもらうべきだったかな。
でもじいちゃん押さえられるのルートしかいないし…。
菊は…――――――あれ?途中まで一緒にいたはずの菊もいないし。
もうなるようにしかならない。


(どうか、兄ちゃんが逃げ切ってくれますように…!)



そう、願うしかなかった。







【続く】

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2014/12/21 up